【悲報】下江姉、エッチを知らない   作:スラバヤサトゥ

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寝る前のひととき

「さて、そろそろ寝ましょうか…ってシオリちゃん?」

 

ヒフミが蛍光灯のリモコンを握りしめて呟くと、視線は室内をゆっくり滑った。床に広げられたマット、腕まくりをしたジャージ姿、そして金属の棒を器用に分解・組み立てしている人物――シオリの姿が目に入る。

 

「んあ?ごめんもうちょいだけ待ってて!」

 

ちらりと視線を返し、先ほどよりも一段と素早い手つきで部品をはめていく。寝る前の儀式のように、心を落ち着かせている様子。

 

「この合宿に来てから一度もやってなかったから流石に…って思っちゃって…ごめんごめん」

 

「まぁ銃の整備は身だしなみの次くらいには大切ですからね」

 

「うんうん、職業柄いっぱい使うからこの子のケアは自分のお肌並みに気にしているんだ〜」

 

「…お肌のケアとか言うけど…お姉ちゃん、夜通しで映画見たり、夜食も結構…」

 

コハルは顔をほんのりしかめながら言った。夜更かしや夜食の数々を見てきたからこそ小言を挟みたくなったのだが、改めて姉のその顔を見れば――確かに綺麗で柔らかそうだ。その二件は案外、お肌の調子とは関係ないのかもしれない、とコハルは小さく首をひねる。

 

「うっ…でも、コハルだって夜中、なんかゴソゴソ壁越しに聞こえる事あったよ?」

 

なんだか機械音のような、そんな感じなのと人の声っぽいやつだ。

 

「えっ!?ちょっ…!」

 

「あらあらコハルちゃん?」

 

「黙れ!死刑!」

 

「判定が早すぎるし、口が悪い…」

 

「むぅ…仕方ありません…シオリちゃんに詳しく聞くとしますね♡」

 

「それもダメっ!!!」

 

ハナコは得意げに微笑み、コハルは猫目で反撃態勢を取る――そのタイミングで、シオリの作業がきっちり終わった。

さて、道具とマットを片付けようとした時、アズサが道具箱の近くに転がっていた弾薬を一つ拾い上げ、指先でゆっくりと回し、底面の刻印を見つめた。

 

「どうかしたの?何の変哲もない45ACPだけど」

 

「あぁ…シオリのSMGは確かSTENだっけ?」

 

「うん「STEN」シリーズの「Mk.II」だよ。まぁ…アフターパーツで改造しまくりだし、というか中身の機関部もほぼベツモンだから…この子をステンって言っていいのか些か疑問だね……」

 

本来は鉄パイプと板金を継ぎ合わせたような、粗削りで美しいとは言い難い風貌だった。

作られたシリーズの中で特定のモデルがあまりにもな完成度だった為、その評判が他のモデルまで波及し、『ステン』という銃の評判を下げてしまっていたが、元々の設計は割と高性能。

さらにカスタムが施されたことで、最新型とも張り合える実用性を持つ一挺に仕上がっていた。

そもそもキヴォトスでは、武器はあくまでも戦う手段。後は使い手自身の能力がものを言うのである程度の性能があればそれで良い…のだが、上質な物を持って悪い事はないだろう。

 

その話を聞いてアズサは眉をひそめる。弾薬を見つめる視線が、改造の事情に興味を示していた。

 

「もともと9ミリの銃だよね?」

 

「うん、でも依頼して45口径に改造してもらったんだ」

 

「えっ…わざわざ?」

 

「まぁね、その反応は分かるよ?でも聞いて、結構ちゃんとした理由があるのよ」

 

そう指を立てながら言うと、シオリは四つん這いでベッドへ近寄り、その上に放り投げられていたホルスターから拳銃をくるりと取り出す。

ブラックに塗装されたフレームの冷たさを確かめるように指先で撫でると、彼女は微笑みながら目を細めた。

 

「私、もともとこの子がメインでね?まぁ色々あってSMGに持ち替えようか〜ってなった時にとある問題にぶつかったわけさ」

 

「問題?」

 

「うん、使う弾に関する問題。アズサちゃんなら分かるんじゃない?」

 

アズサは一瞬首を傾げたが、すぐに腑に落ちたように頷く。

 

「……あぁ、なるほど。拳銃は45で、SMGは9ミリ。弾薬が共有できないと補給や管理が面倒になるってわけか。弾の共通化は理にかなってるけど、機関部を丸ごと換えたり、フレーム強化したりしてまでやるかっていう印象はあるな」

 

「まぁそこは当時の私も悩んだんだけどさ、思い立ったらやろう!って事でね。あんとき、ミレニアムに凄腕のエンジニアがいるって話もあったからさ、頼んじゃったんだよね。あの改造屋さん今でも元気かな」

 

シオリが改造という大胆な決断をした理由は主に二つだった。

一つ、二種類の弾薬を管理するのが面倒くさいという事。毎月の弾薬配達サービスの設定を変えるのがどうも億劫だったらしい…サイトを開いて、ただ注文票をいじるだけなのだが。

そして二つ、コストの話。元々使っていた45ACPよりSMGの9ミリ弾が前者より若干値段が高い。圧倒的な銃社会のキヴォトスにおいて弾はスマホのバッテリーのようなもので、毎日消費するとなるとその数円の差もデカい。下江家は決して貧しくはないが、家計の管理は大切なのだ。

あと単純にシオリが45信者…という面もある。

 

「使い勝手はどうなんだ?」

 

「思ったより良い出来だよ。でも反動が増したからストックはループ型に替えたし、サイトもオリジナルから手を入れてある」

 

「なるほど…良いな」

 

「構えてみる?」

 

「えっ…でもそんな自分の愛銃を人に触らせるだなんて…シオリ、流石にそれは…不用心が過ぎるというか…」

 

一瞬ためらうアズサに、シオリは肩の力を抜くように笑って見せた。

 

「あー大丈夫大丈夫。私だって知らない人だったらそいつの手を問答無用で撃つよ?でもさ」

 

かちゃりと音を立てて、シオリは両手でSMGを差し出す。

 

「アズサちゃんは友達だから大丈夫!」

 

「友達…」

 

「うん、まぁあの時はボコスカやりあったけど…あれはまぁね…しゃーなしってコトで。アズサちゃんの腕だし、変な事にはならないって信頼してるから」

 

「そうか…ありがとう」

 

恐縮した面持ちで受け取ったアズサは、おずおずと構えを取る。だが、いざハンガーみたいに寂しいループストックを肩に押し付けると、途端に目つきが変わった。細かな身体の使い方と重心の取り方が、無言のうちに『兵士』のそれへと切り替わる。

 

「あぁ…こういう感じなのか」

 

弾倉が空であることをまず確認すると、アズサは軽くコッキング動作を入れて機関を起こし、トリガーを一押しする仕草を見せた。次に肩付けの体勢に移りつつ、片手で本体を支えながら弾倉を外して入れ替える。現代ではあまり見られない方式のマガジンだ、ちょっぴり動作がもたつくが十分素早かった。横差しマガジンの底を掌で一度叩いて、カチッと嵌る感触を確める。

確実な挿入と、バネのへたり解消…そしてちょっとしたお祈りだ。

再びコッキングを行い、引き金に軽く圧を掛ければ、ボルトが前進して「カチャン」と清冽な金属音が響く。

 

「ふむ」

 

セミ・フルのセレクターボタンを確認し、伏せ撃ちの体勢へ。マガジンが横にある為、地面と干渉せず中々快適だ。改良…どころか丸ごと載せ替えたらしい丸型ピープサイトを覗きこむ。フロントには蛍光塗料が塗られており狙点を追いやすい。再び立射の姿勢、そしてレディポジションへと移行し、最後にはしっかりとセーフティをかけた。

 

「うん!いいな!」

 

ふんす!と鼻から息を抜き、目を輝かせながらシオリに向かって頷いた。最初は遠慮していたものの、実物を手にしてみるうちにテンションは上がりっぱなしだ。資料の写真でしか知らなかった機構や感触を、実際に握って確かめた満足感がはっきりと顔に出ている。

 

「でしょ?正直古い銃だけど……愛し方次第で全然現役だよ」

 

「うん、全体的に好印象。ただ、このストックとグリップ周辺は私にはちょっと合わないかも。長時間構えると手が痛くなるというか、フィット感が足りない」

 

「そこは…ごめん、それにしないと重すぎるんだよね」

 

シオリは気まずそうに笑う。

 

アズサがそう言うのも無理もない。なんせループストックは『肩付けを可能にする』最低限の機能しか備えていない。なんならグリップと言えるグリップがないため、安定感に欠ける。

しかし、コレぐらいしか装着できる物のがないのと、これ以上重くするとSMGの取り回しやすさが消し飛ぶ可能性があるのでここは妥協点だろう。手の痛みは布やテーピングで誤魔化す。

 

「ありがとう。いい体験をさせてもらった。お返しに私のライフル、見てくれないか?」

 

「うん!」

 

「…やっぱり改造しないで、拳銃の方を9ミリに合わせた方が良かったんじゃ…」

 

二人が盛り上がっている中、シオリの「重い」発言に対しヒフミが呟いた。だがその一言が何かのスイッチを入れてしまったようだった。

ゆっくりと笑顔のまま振り返るが、どこか目元あたりに影がさしているシオリ。

 

「ヒフミちゃん」

 

「は、はい…?」

 

いつもとは違う不穏な空気を纏う彼女に流石のヒフミもたじろいだ。

 

「ごめんね?ほんの少しだけど、ヒフミちゃんへの好感度が…」

 

「ちょちょちょ!待ってください!」

 

「あーあ、やっちゃったわねヒフミ」

 

やれやれと言った様子のコハル。

 

「な、何がいけなかったんでしょうかぁ…」

 

「ヒフミちゃん?いーい?こだわりってヤツだよこれは」

 

「こだわり…ですか」

 

「うん。まぁペロロ様…って言えば分かるかな?」

 

「完っ…全に理解しました!」

 

「わかんない、わかんない。えぇ?ハナコ、あんたは分かった?」

 

バンッと机を叩くような勢いで即答するヒフミ。

その真剣すぎる顔に、今度はコハルが頭を抱えた。

普段、姉が発する言葉の98%程は理解できるし、なんなら『その通りよ!』と言った感じで肯定もできるのだが残りの2%は頭の周りをクエスチョンマークが飛ぶわ、宇宙空間に飛ばされ壮大な銀河系が見えるわで困惑しかできない場合がある、それが今だった。

 

「こだわり…ですか。えぇ分かりますよ」

 

にこーっと微笑むハナコ。

その柔らかな笑顔に、コハルは「理解してないのは自分だけなのか……」と焦りを覚え、必死に頷いて“分かったふり”をした。

 

「そう!こだわり!ハナコちゃんもこだわるよね!」

 

「えぇ…多分ですが、人よりこだわっていますよ、私」

 

ハナコの反応にシオリは嬉しそうに頷く。

そして満面の笑みを浮かべながら、無邪気に

 

「あとで良かったら、良かったらハナコちゃんのも見せて欲しいかも。あ、嫌なら全然断ってくれて結構だよ」

 

なんて言うと、その瞬間ハナコの表情がふっと赤くなり、やや芝居がかった仕草で肩をすくめた。

「仕方ないですねぇ〜……シオリちゃんのためなら、人肌脱いじゃいます♡」

 

そう言って、自分のジャージのファスナーに手をかけかけ――

 

「やめなさいってばぁぁぁ!!!」

 

コハルが全力で飛びつき、止めた。

 

「本当に…この子はねぇ…相棒!はイチカちゃんか家族!はコハルがいるしえぇ〜と、うーん…」

 

「パートナーとかですかね?」

 

ヒフミが首を傾げながら、提案するように言った。

 

「夜の?」

 

その一言に空気が凍る。

 

「あんたはねぇホント…!なんでマシンガンみたいに次から次へと…!」

 

「H69って型番の銃…ありそうですよね♡」

 

「そんなのあるわk……ぐぐ…否定できないっ!」

 

「実際にその銃が存在した場合の事を考慮して、コハルちゃんが言い切れていないです…!いつもならすぐ死刑なのに…!!」

 

ヒフミがペロロ様をぎゅっと抱きしめながら興奮気味に分析する。

 

「ヒフミ!ならあんたは『淡水に鯨がいたって』って話を否定できるわけ?」

 

「いや、鯨は淡水で生きれられな……あぅ、完全否定できないのが自然界の嫌なところですねぇ…」

 

「そういうことよ!あぁもう!死刑!ハナコ!死刑!」

 

「結局死刑じゃないですか!これまでのくだりは⁈」

 

「別にハナコを死刑にするだけなら、何も否定してないわよ!」

 

「ハナコちゃんのこれからの未来を否定してますって…!」

 

「パートナーかぁ〜じゃあこの子は『戦闘のパートナー』だね。あと夜のパートナーなら別にいるよ?」

 

「お姉ちゃん!?」「シオリちゃん!?」「あらあら!」「?」

 

――その瞬間、時間が止まった…そんな感覚に陥った。

 

仕上げとしてSMGの表面を布で磨いていたシオリの、あまりに無邪気な一言が爆弾のように炸裂したのだ。

妹は「え? E? ゑ?」と放心状態になり、ヒフミは限界まで熱せられたマフラーのように顔を真っ赤にしてペロロ様を抱きしめてプルプル震える。

ハナコは「その話、詳しく聞かせてくださいね?」とでも言いたげな、にっこりとした笑顔で顔をぐいっと近づけてくる。

アズサは、というと――完全に理解不能の表情。またしても何も知らない様子だ。

 

「え?あぁコレなんだけど〜」

 

「コレ!?物扱い!?」

 

「え?だって物だし…」

 

「あはは…」

 

「そっちかぁ……」

 

「待ってね、今出すから」

 

「持ってきてるしぃ!」

 

「カバンの中に…あれぇ?昨日も使ったのに…」

 

「……っ…」

 

コハルは震えていた。身も心もだ。あの姉が()()()()()()を持っている可能性があるからだ。どれだけ無知だろうが、人間には欲求がある。知識と違ってそれは生を授かれば、どっかの誰かさんが設定をミスしない限り絶対に備わるのだ。

 

下江シオリにも欲求はある。

 

下江コハルはそう考える。夜警を終え、玄関で爆睡している姉。

胃も口も小さい癖に、レストランで300gのハンバーグをうきうきで注文し、後々死んだ魚の目をしながら完食した姉。

所謂『三大欲求』の内、姉の睡眠欲と食欲は既に観測している。

だがもう一つは未知だ…しかし、もしかしてこの予期せぬタイミングでそれを見てしまったら…コハルは尊敬し、愛する姉に『死刑』を宣告しなければいけない。

 

(お願い…お姉ちゃん…どうか…どうか違ってて!)

 

「あぁ~あった!これこれ」

 

運命の時。シオリが笑顔で取り出したモノ…それは。

 

「マウス…ピース」

 

「うん…なんか私、歯ぎしり凄くってさ。これないと寝れないから『夜のパートナー』だね」

 

シオリはきょとんとした顔で、部屋を見回した。

静寂が場を支配する中、補習部のメンバーはお互いに視線を合わせ、完璧なコミュニケーションを交わした後、最初に口を開いたのはヒフミだった。

 

「さて、明日も早いですし寝ましょうか」

 

「そうですね♡」

 

「む?もうそんな時間か?シオリ、ライフルの件は明日にしよう。約束は絶対守る」

 

「えっ?なんか反応が心なしか寂しいような…」

 

困惑した様子で、ベッドに入っていく補習部の姿を見ているシオリの肩に、コハルがぽんと手を置いた。

 

「お姉ちゃん…」

 

「なに?コハル」

 

「なんか安心した。けど…ほんの、本当にほーんの少しだけがっかりした。おやすみ」

 

「え?どういう事?ねぇコハル?ちょっ!」

 

慌てる姉の声を背に、コハルは表情ひとつ変えずに寝床についた。




緩い話でした。ステンを崇めよ。
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