「良い天気ですねぇ…」
ヒフミがペロロの顔が散りばめられたピクニックシートに腰を下ろし、麦茶の入ったコップを両手で包み込むように持ちながら、これまたペロロの顔がプリントされたパラソルの影からのんびりと空を見上げた。夏の空…呆れるほど透き通った巨大な光輪が浮かぶ青い空だった。
光が縁取りになって空に浮かぶようで、彼女の顔もそれに照らされて少しだけ神々しく見える。
「……あんた、そんなに会話が下手だったっけ」
隣でコハルがローファーを脱ぎ、ポッシェの中から小型のブラシを取り出し軽く靴の砂を落とす。手早く向きを揃えるとシートに座り、呆れ顔でヒフミを見つめた。
「別に天気の話題を出したからって、会話下手ってわけじゃないですからね!?」
ヒフミはぶんぶんと両手を振って抗議するが、その勢いで麦茶のコップを傾けかける「ちょっ……!」とコハルが反射的に手を伸ばし、ギリギリのところでキャッチ。
ぴしゃ、と少し麦茶がシートにこぼれた。
「倒すところだったじゃない!結構ドジというか…まったく…」
こぼれた数滴の麦茶を除菌シートで拭きながらため息。
「す、すみません!でも、ほら?別に天気の話題自体は悪くないと思うんです!」
「いや、まぁ…うん、悪くないわよ?健全だし……」
コハルは小首を傾げながらも、グラスを返す。
ヒフミは両手でそれを受け取り、こくこくと頷いた。
「はい、ただ、その後どう話を広げるかは――本人の力量に委ねられるところはありますけど」
「ふーん……じゃあその“本人の力量”ってやつ、見せてもらおうじゃない」
「えっ!?そっ、それは聞き手の役目っていうか……」
「ちょっと!今『本人の力量に委ねられる』って言ったの誰よ!?」
「き、記憶にないです!!」
「秒で喪失するんじゃないわよ!古い電池式のゲームカセットでも、もうちょっと記憶持つわ!」
「や、やめてくださいその話題ぃ!何も知らずに電池交換して初代モモモンのデータ吹っ飛んだんですから…!!」
ヒフミは両手で頭を抱え、地面にうずくまる。
一応先輩で年上のなんとも情けない姿に若干引きつつ、再びため息をついた。この短時間で彼女への評価が少々変化した気がする。
「知らないわよそんなの。そっちが勝手に被弾しただけでしょ」
「シオリちゃん……!そうです、同じペロロ様ファンのシオリちゃんならこの感情を理解してくれるはずです!この話をしたら「うんうん分かるよ」って手を握ってくれるハズなんです!お姉さんみたいに!」
「人の姉になんてこと求めてるのよ!?“お姉さんみたいに”みたいにって…あの人は実際、姉だし…あ、いや…あんたの姉じゃなくて私のなんだけど…あぁ!もう全部天気の話題したヒフミのせいよ!」
「ひどくないですか!?」
「そもそも、お姉ちゃんがそんなくだらない事に理解を示すなんて……」
コハルは勢いよく言い返しかけて、ふと口を閉じた。
言葉が喉の奥で止まり、視線が少し泳ぐ。
脳裏に浮かぶのは、笑顔のままコントローラーかゲーム機本体をを強く握りしめる姉の姿。
そして次の瞬間――「あぁもう!死刑!!」なんて連呼しながら半泣きでそれ壁に投げつける光景…それが彼女の目に、鮮明すぎるほど浮かんでしまった。
あの人は、この目の前のオタクには及ばないけど、結構な
コハルの頬に、じわりと汗が滲んだ。
「……あの人なら…まぁ…確かに…」
小さく呟いた瞬間、ヒフミがぱっと顔を上げる。
表情がみるみるうちに明るくなり、まるで花が咲くようにぱぁっと笑みが広がった。
「ほらぁ!やっぱり!シオリちゃんは分かってくれる派なんですよ!」
「本人がいないのに勝手に派閥に入れるのはどうなの……?」
笑顔全開のヒフミに対して、コハルは呆れ顔のまま返す。
視線を手元のコップに落とすと、氷がカランと音を立て、麦茶の表面が揺れた。
夏の陽を受けて、淡い琥珀色がきらきらと光る。
コハルは視線を明後日の方向に逸らしながら、その冷たい液体をちびちびと口に含んだ。
使いすぎた喉に、ひんやりとした感覚が心地よく染み渡る。
緊張がほどけ、肩の力が抜けたその瞬間――。
――ぐぅ。
静かな庭に、不意打ちのような音が響いた。
ヒフミが一拍置いて、口元を押さえ、肩を震わせる。
「……///」
コハルの顔が一瞬で真っ赤になった。
翼をばさばさと動かして立ち上がり、猫のように目を吊り上げる。
恥ずかしさのあまり、声が裏返る。
「〜〜〜っ!! ち、違うのよ!? これは……その、仕方ないの!!」
両手を振り回しながら、必死に弁解するコハル。
その拍子に髪がふわりと揺れ、頬をかすめた。
彼女の動きに合わせて光が反射し、翼の縁が白くきらめく。
「ふふっ。お昼ですからね〜」
ヒフミはあくまで穏やかな笑顔で、グラスの縁を軽くトントンと叩く。
まるで子供をあやすように柔らかく、しかし確実にからかっている目だった。
「〜〜っ!!仕方ないじゃない!勉強して、模試やって…エネルギーを使ったからよ!!馬鹿にしないで!!そうよ!お腹空いてるの!悪い?」
「悪くはないかと…私も結構空いてますし…」
コハルは真っ赤な顔で歯を食いしばった。
その時――。
「今、なかなかに良い音が聞こえたけど……誰のかなぁ〜?」
頼もしいけれど、どこか無邪気さと優しさを含んだ声。
聞き慣れたその響きに、コハルの全身がピタリと固まる。
ごくり、と喉が鳴った。
まるでホラー映画の登場人物のように、ぎこちなく首を回す。
冷や汗が背筋を伝う。
「おまたせコハル!ご飯だよ~」
振り返った先――そこには、ピンクのフリルがあしらわれたピクニックバスケットを抱えるシオリが立っていた。太陽の光を背に受けて、笑顔を輝かせている。
そしてその後ろには、ハナコとアズサ、そして先生。
この合宿のメンバーが全員、ここに揃っていた。
「皆さん!もう遅いですよぉ!」
「このピクニックの言い出しっぺが遅いとかもうダメね…なにやってるのよハナコ」
「ごめんなさい、アズサちゃんと先生を探すのに苦労しまして…」
ハナコが苦笑しながら答えた。
「ごめんね、ちょっと用事があって」
先生が後頭部をかきながら、申し訳なさそうに笑う。
「なるほど。アズサちゃんの方は…」
「地雷の敷設作業をしていた」
ふんす。息を吐き、目をつむりながら堂々と言うその言葉にヒフミとコハルは一瞬だけ固まった。
「そしてその地雷を私が除去していました…」
力なく笑ってから、がくりと肩を落とすシオリ。
どこか疲労感の漂う彼女の姿をよく見てみると、黒いジップアップパーカーの一部や膝には土埃が付着していたりと中々な状況だったことが窺える。
「あぁ、大体はシオリに除去された。次はもっと隠蔽を強化する予定だ」
淡々と呟きながら、シオリに視線を向け「期待してて」と言わんばかりに頷いた。
「いや、強化しなくていいからね!?私、べつに工兵の課程とか受けてないし…というかどこからあんな武器弾薬を確保してくるんだか…クレイモアに対戦車地雷まであったし…」
シオリが両手を振って必死に否定する。
「あはは…」
ヒフミが乾いた笑いを漏らしながら視線を逸らす。
このままでは不毛ないたちごっこになる未来しか見えなかった。
そんな微妙な空気の中――。
「とっ、とりあえず!もう全員揃ったんだし、早く食べよ!」
コハルが声を張り上げて、勢いよく両手を叩いた。どうやら我慢できなくなったらしい。
朝はどうにも食欲が出ず、結局、口に入れたのはリンゴを二切れ。それに加えて、シオリが持参していた委員会支給のラズベリー風味のエナジーバーをほんの少し——という、栄養的にも気力的にも頼りないメニューだった。
そんな物しか胃に落としていなかった為、そのツケが回ってきたのだろう。
あむッ…もぐもぐ…。
「~ん!!キャベツがシャキシャキしてますね!そして…これは…ツナですかね?シンプルだけど美味しいです!」
ヒフミがなんの捻りもないごく普通の感想を口にする横で、アズサは淡々とサンドイッチに被りついていた。その姿は昼休みの終わりを意識しながら弁当を掻き込む会社員のようで、頬をぱんぱんに膨らませているのもあってか、なんだか心配になるレベルだ。
もきゅもきゅとしっかり噛んで、ゆっくり飲み込む彼女の表情は真剣そのもの。食べ方自体はそこまで汚くはないが、集中しすぎているのか…少し息が荒く見え、一瞬涙ぐんでむせそうな時もある。渡している飲み物にも、オニオンスープにも手をつけないでずっとパンと格闘中だ。
そんな様子に、シオリは思わず目を見張り、「喉を詰まらせないかな」と胸の奥で小さくハラハラする。
「あ、アズサちゃん!そんな急がなくて大丈夫だよ?私も任務中とかだと結構頑張るけど…今は時間的にも全然余裕だしさ…!」
もぐもぐ…ごきゅん。
「ごめん、癖で」
「あ、謝らなくていいよ!癖かぁ…なるほどねぇ…早食いというか詰め込み癖ねぇ…えっと、やりすぎは注意だよ?」
「分かった」
「あ!お味の方はどう?口に合う?」
シオリの言葉に、アズサは一度、自分の歯型がくっきりと残ったサンドイッチに目を落とす。沈黙が流れる中でシオリは更にハラハラしてしまう。
「…元々パンはあまり好きじゃなかったけど……これは好きだ。柔らかくて、香ばしい。肉も臭みが無いし、野菜も傷んでいない…この得体の知れない白っぽい液体も塩味があって好きだ……本当に、美味しい」
アズサはそう言い終えると、目を細めて微笑んだ。その表情は普段の印象からはあまり見れない穏やかな空気があり、その場の皆が胸の奥にじんわりと温かみを感じていた。
彼女はサンドイッチをゆっくりと置き、次は手をつけていなかった黄金に輝いているオニオンスープへ。立ち上る香りをまずは確かめるように鼻先を近づけると、目を丸くして一口、また一口とすすり始めた。
静かに幸福を味わうアズサに横顔を見て、シオリもようやく安心したようだ。
「良かったよ~もう少し手の込んだモノ作った方が良かったかなって思ってたからさ」
「いやいや…これで十分すぎますよ。流石ですね」
ピザ風のサンドイッチを頬張り、チーズを伸ばしながらハナコが感心したように言う。
「ううん。こりゃ食材と設備が良かっただけだよ。何ここのトースターなんでこんなにパンが美味しくなるのさ…うちの買い換えようかな…」
「そう?別にお姉ちゃんが作る、いつものサンドイッチって感じであんまり変わりようが無い気がするけど」
コハルが呟くと先生が反応した。
「へぇ…!シオリは結構頻繁にサンドイッチを作るんだね。うんうん、これは美味しいよコンビニのコッペパンとは段違いだ」
「あーそうですね…コハルのお弁当にサンドイッチをって感じでほぼ毎日…比較的に簡単ですから。まぁ弁当箱の半分ぐらいは冷食使ってますけど」
「毎日。何時起きなの?」
「えっと…まぁ五時六時ぐらいですかね?本当にきついなぁ…って時は『ごめん!今日は学食か外で食べて!』ってコハルに頼み込む感じです」
「お姉ちゃんってよりお母さんって感じですね」
「なんか恥ずかしい……」
「コハルちゃんが恥ずかしがってどうするんですか…」
自分が弁当を作ってもらっていると言う事実を暴露された事が恥ずかしかったのか、体育座りで丸まり、目元を翼で隠しながら赤面するコハル。
「しかも毎日二食分でしょ?」
「え?一食しか作りませんよ?」
「えっ?」「あら?」「そうなんですか?」
食事に夢中のアズサと、そんな事とっくのとうに知っているコハル以外が豆鉄砲を喰らったような表情で動きを止めるが、シオリは「何か変な事でもいっちゃったかな?」とでも言いたげな表情で小首を傾げている。
「一食って事はシオリちゃんの分はないですよね…?えっと、お昼を食べないってコトはないでしょうし…」
ハナコの疑問に先生とヒフミがそろってうんうんと頷く。
シオリは数秒ぽけーっとしていたが、意味を理解してぱっと笑顔になった。
「あぁ~私のご飯がないってことね!」
「はい…」
「いやぁさ…なんというか……お昼ぐらい自分が作ってないご飯たべたいんだよね。」
なんだか妙に濁った瞳でそう呟くシオリ。だがすぐに輝きを取り戻した。
「だから大体学食とか…あと学園近くのカフェでパン買ったりとか?…あと最近だと広場にキッチンカー来てたりするからそこで済ませてるかな。それとハンバーガーとかも結構行くかも」
「あら、私もそんな感じですね。たまにお弁当も作りますが」
「あ!もしかしてお仕事の都合とかもあります?なんだか聞く限り、片手で食べれるようなモノが多い気がして」
「正解!ヒフミちゃんに45ポイント!」
「なにのどんなポイントですかそれ…」
「いやホント急に通報来るからさぁ…だからアズサちゃんの早食いの癖がなんとなく共感できると言うか………『カップ麺にお湯いれると絶対通報入る』って言う謎のジンクスが生まれるぐらいだし」
「そのジンクス、学園のネット掲示板で見ましたよ…あれ本当だったんですね」
「まぁ後単純に朝つくる弁当一つになるしね。コハルがどうしても私の作るご飯がいいって言うからさ」
「うっ…ごめんなさい」
コハルが申し訳なさそうにして翼を縮める。
「ううん、別に大丈夫だよ。気にしない気にしない!私も結構楽しいから」
シオリはそう言って、優しくコハルの頭を撫でた。受け手のコハルはまたもや恥ずかしそうだがどこか心地よさそうにしている。
「このクオリティかぁ…いいなぁ、私も毎日食べたいくらいだよ」
「なっ…」
「あらあら♡」
「あはは…」
「?」
先生の言葉に突然場の空気がざわつき始めるが、そんなの気にせずにシオリは答えた。
「えっと…毎日…は流石にキツイですけど、たまになら作れると思いますよ!」
真剣な表情でそう返すと、先生が少々慌てた様子で手を振る。
「え?本当に?って言っても……なんだか悪いよ、ごめんね私から言ったのに」
「えっと…シャーレ?ってなんか『当番』?とかそんな制度があるんですよね?ハスミ先輩から聞きました。その時に作る感じでどうでしょうか」
シオリが提案すると、ぱっと笑顔になる先生。
「あ!シオリも当番に来てくれるの?」
「えと…足手纏いじゃなければ是非…?」
「そんな謙遜しなくていいよ。歓迎するよ!ね、ヒフミ」
「えっ!?あ、はい!シオリちゃんなら大歓迎ですよ」
ヒフミの慌てた声にくすっとシオリが笑う。
「あ、ヒフミちゃんはもう当番やってるんだ、じゃあ先輩だね!」
「シオリちゃんに先輩呼びされるのなんだか色々な意味で違和感が…どうしても年上に感じてしまう時がありますし…」
ヒフミが困ったように頬をかき、先生は肩を揺らして笑っている。
そんなやり取りを蚊帳の外から聞いていたコハルとハナコだが、同時にため息をついた。
「……なんか、言葉の裏を深読みしていた自分が情けないし、お姉ちゃんが取られそうで怖い……」
「…すごい健全なやり取りといいますか……そうですね…」
コハルは微妙に赤い額をおさえ、ハナコは遠い目をしていた。そんな二人にアズサが「大丈夫か二人とも?」と声をかけている。
「あ!やばいやばい!冷めちゃう前に食べよーっと…」
シオリが満を持して、お昼ごはんにかぶりつこう…そうした時だった。
突如として轟音が鳴り響き、地面が揺れた。
「っ…!?」
「わぁ!」
「きゃっ…!」
「む?」
「チッ…!」
咄嗟の判断で地面に置いていたSMGを拾いあげるのと同時に、サンドイッチを多少雑に皿に投げ捨て、険しい表情で舌打ちをしながら辺りを警戒する。
「爆発音!?こんなはずれの合宿場でですか!?」
「あぁもう!例のジンクスだよまったく!!」
「音が聞こえた方向的に…建物の入り口付近でしょうか……」
「……そうっぽいね…ちょっと見てくる!!」
そう言い、銃の金属音を響かせた。
ちょっとアズサにはいっぱい美味しいモノ食べて欲しいんですよね。