【悲報】下江姉、エッチを知らない   作:スラバヤサトゥ

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洗濯場で

「ほいっ、ほいっ、ほいっ……と! ハナコちゃん、まだある?」

 

シオリは腰を軽く揺らしながら、ハナコが洗濯かごからすくい上げた衣類をもらい、コインランドリーでよく見るタイプの大型洗濯機へリズミカルに放り込んでいく。乾いた布の音が、ぱさり、ぱさりと軽快に鉄でできたドラムの中に響く。

 

「あともう少しです。……あら、これは?」

 

「ん? ポケットにティッシュでも入ってた?ちゃんと抜かないとダメだよ?大変な事になっちゃうんだから」

 

よくあるミスだ。私自身も何度かやらかしたし、コハルなんてイヤホンを丸洗いしかけたことすらある。あの時は私が気づいたから回避できたけど…もしそのまま回してたら、どうなっただろうか。コハルが泣き叫ぶ…というのは考えられないけど、ぐすんと鼻水すすって静かに涙を垂らす姿が鮮明に思い浮かぶ。

 

「お母さんみたいなセリフですね」

 

「もう、私は結婚してないってば」

 

(結婚の概念は知っているんですね。なるほど)

 

「なんか、失礼な事考えてない?まぁハナコちゃんに限ってそんなのはないと思うけどさ」

 

「うふふ。シオリちゃんは可愛いなぁ…と思ってただけですよ」

 

「ふーん。ま、素直に受け取っておくよ、どうもね」

 

「そうしてください♡」

 

「んで、何があったの?まさか爆弾とか言わないよね…?」

 

「コレですよ、コレ」

 

ハナコは満面の笑みで洗濯かごの底から、黒い布をひらりと摘み上げた。

指先で端をすっと広げられた布は三角形の形をしており、誰が見てもソレと分かった。

 

「あぁ、コハルのショーツだね」

 

「やっぱり」

 

「やっぱり……?」

 

「サイズ的な話と、センスですよ」

 

「サイズ的な話とセンスねぇ……」

 

小首を傾げながら、シオリは下着を受け取る。

黒い布地に薄っすらと花柄が見えるデザインだ。花の種類は分からないけど、なんだかおしゃれな感じがする。

 

「昔はね~コハルの服は全部私が選んでたんだけどさ、最近はあの子自身に任せてるから、どんな服を持ってるのか把握してないんだよね。洗濯するときにさ『あ、こんなの持ってたんだ』とか結構あるんだもん」

 

「あらあら、コハルちゃんは姉離れしてしまいましたか」

 

「そうかも。まぁそれに対して私はコハルにべったりなんだけど……あ、流石に一緒に寝るとかはないし、逆に服を選んでもらってるとかもないよ?」

 

ハナコがくすりと喉を鳴らす。

洗濯場のベンチ、カゴの隣に腰をかけ、僅かに伏し目がちになりながら言葉を紡ぐ。

 

「あら…シングルベッドに二人寄り添って眠るのかと思っていました」

 

最初は軽い冗談に聞こえた。

だがハナコは微笑を深め。ゆっくりと言葉を重ねていく。

 

「細く白い腕で互いの体を抱きしめ…寝返るたびに、足どうしがふわりと触れ合って、同じ毛布の中で体温が混ざり合い、息を吸うたびに、あら…お互いの吐息が頬にかかってしまいます。暗がりの中、目を合わせれば……もう唇が触れてしまいそうな距離で……。ふふ、そんな夜の時間を姉妹で過ごしているのかと」

 

「えっと?なんか行動がかなり具体的な感じするけど……ないない!抱き合って寝るだなんてコハルはさせてくれないよ!映画観るときにさ、『ひざ座る?』って言っただけでも、すぐそっぽ向かれちゃうし!」

 

それでもナデナデからは逃げないから、それは好きなのかな。

 

「うふふ」

「んふっ」

 

「お年頃だよねぇ」「お年頃ですねぇ」

 

二人の言葉が自然に重なり、笑いが弾ける。

シオリはショーツをひょいっと放り込み、ハナコも口元を押さえて肩を震わせた。

だが次の瞬間、ハナコは首をかしげる。

 

「でも意外でした、コハルちゃんならもう少し()()()()()()を選ぶと思っていたのですが」

 

「ん?背伸び…って?」

 

「…んふふ」

 

「ちょっと、ハナコちゃん!教えてよぉ…」

 

「それはですね…コハルちゃんの方が詳しいと思いますよ?」

 

「え?マジ?下着と背伸びになんの関係性が…

 

「知りたいですか?」

 

「うん、知りたい」

 

「うふふ。そうですね…例えば、レースが全体にあしらわれてる…とか」

 

「それは…可愛いかも?」

 

レースがついていると、“背伸び”になるらしい。よく分からないが、そういう分類がある世界なのだろう。コハルはそういうのも知ってるのか、やっぱあの子は物知りだ。

 

「他には……布地が少々、透けているだとか」

 

「へぇ〜透けている…?まってまってまって。え?す、透けている?下着が?

 

「はい」

 

「ごめんね?言っちゃ悪いけど、めっちゃバカじゃん?元から透けてるなんて、衣類としてどうなのさ」

 

「まぁ、衣類としての機能性は求めていないようなモノですし。うーん、これは【背伸び】と言うより【勝負】でしょうか…また違う、話になりますね」

 

「え?勝負って何?たぶんそのままの意味じゃないんだろうけどさ…まーた分からないのが増えたよもぉ」

 

透けている下着。

どう考えても実用性は皆無に思える。だって、透けるということは生地が薄いということで……破れそうで怖い。

 

ラップみたいに完全に透明、というわけではないのだろう。

金魚すくいのポイくらいの、あの心許なさ……そんなイメージが頭に浮かぶ。

これはもう、実物を見ないと判断できない。

 

そもそも、恥ずかしくないのだろうか。

上でも下でも、どちらも。

個人的な感覚で言えば、下が透けている方がだめな気がする。

 

(だってねぇ…その…さぁ……下はいろいろデリケートだし…)

 

コハルがそんなモノを持ってるとは思えないけど…知ってはいるんだろう。

 

「うぬぬぬ…」

 

シオリの頭上には、見えないクエスチョンマークがいくつも浮かび、くるくると回っている。

オンライン会議みたいに背景を変更できる機能が現実にあれば、銀河系が写っている綺麗なやつを選んでるだろう。

 

「はい、シオリちゃん。これで最後です。ラストは――私の下着でしたね」

 

「……あ、うん。えと、これは…背伸び?勝負?」

 

「あぁ、それは普段着ですよ」

 

「あーもう!こんがらがるよぉ!ずっとスポブラにボクサーパンツの私には何がなんだかぁ!……でも、可愛いと思うよこれ!」

 

「ありがとうございます♡いいお店を知っているんです」

 

「いい店?あぁ下着屋?」

 

「ランジェリーショップ…って言いましょうか、シオリちゃん」

 

「どっちも同じようなモンでしょ」

 

「シ オ リ ちゃん?」

 

「……ワカッタ」

 

「うふふ」

 

圧に押される形で、シオリはハナコから洗濯物を受け取る。

淡い色合いのブラだった。大胸筋サポーター、と呼ぶ人もいるらしい。

 

「ふぅん……」

 

デザインよりも、どうしても“サイズ”に目がいってしまう。

なんだろう、この感覚。どこか既視感がある……あぁ、思い出した。初めてハスミ先輩に会った時だ。

その時、頭に浮かんだ感想は三つ。

綺麗な人だな。翼がとても力強い。そして――大きい。色々とね。

 

待て待て。考えてみれば先輩は年上だ。一年分の違いがある。

一年という時間は、思った以上に大きい。

でもハナコちゃんは同い年だったはず。身長もほとんど変わらない、たぶん160前後。

 

一体どこで分岐したのか。生活スタイルの違い……? それとも体質……?

うーん。人体とは本当に不思議だ。

 

いや、別にそのサイズが欲しいというわけじゃない。

あの……なんというか、一度はヒーローや魔法少女に憧れるのと同じ感覚、みたいな。

 

……あれ?

 

でも初めて会った時、先輩も二年生だったような……。

 

「えっとぉ……じゃ、じゃあ回すね……」

 

「ええ。お願いします」

 

喉元までせり上がってきた一言を、つばと一緒にぐっと飲み込む。

ちょうどそのタイミングで、シオリは洗濯機のスタートボタンを押した。

ゴウンゴウンとドラムが勢いよく回転を始め、低い機械音と衣類が叩きつけられる音が、部屋の隅々まで響き渡る。

 

(…ふぅ…通知の消化でもするかな)

 

「シオリちゃん」

 

ふいに名前を呼ばれ、シオリはスマホの画面から顔を上げた。

ハナコも自分のスマホから目線を外し、静かにシオリを見つめている。

 

「ん?なぁに?」

 

「最近、寝れていますか?」

 

「なかなか急だね…えと、寝れているか?あぁ……うーん、正直に言うとあんまりかな。どうしてもトイレに起きちゃう。あはは、なんかおばあちゃんみたいだなぁ」

 

「……その、お手洗いに行く時にアズサちゃんがベッドにいないと気づいていましたか?」

 

「え、アズサちゃん?あぁ……うん。ラックにライフルが無かったしね。まぁ一人になりたいとか…色々あるんだろうなって。アズサちゃんって転校生らしいから、まだどこか慣れない何かがあるんだろうなって思ったけど」

 

「慣れない環境による不眠…かと思っていましたがそうではなさそうです。ほぼ一晩中“どこか”に行っているようなんでして」

 

「“どこか”ねぇ…?庭に出るどころか、合宿場の外に出てるってコトか」

 

「後をつけてみるのは…本人にも失礼ですし。ちらっと後ろ姿を見た時は、ライフルを肩にかけずに、しっかりと構えていました」

 

「前のトラップの件しかり、何かの襲撃に備えてる…ってのは大げさか。でもなんだか、常に任務中だって緊張感がアズサちゃんにはあるかも。うーん、その様子じゃどっかでぶっ倒れる気がするな」

 

シオリの口調は軽いのに、声の奥には焦がれが滲んでいた。彼女の言葉にハナコは深く頷く。

 

「アズサちゃんが何をしているのか、今は分かりません。ですが……そろそろ、多少無理やりにでも寝かせてあげるべきだと思うんです……とても、不安そうだったので…」

 

「そうだねぇ…」

 

睡眠が大事だってコト自体は、本人も分かってはいるだろう。わざわざパフォーマンスを下げるだなんて愚行をやらかす人間ではないだろう。寝ないのには何か理由が……。

 

「私、アズサちゃんの寝顔をほぼ見ていないです」

 

「そう言われると…確かに」

 

「シオリちゃん」

 

「ん?」

 

優しい声色で再び名前を呼ばれる。

 

「シオリちゃんも…どこか疲れているように見えます」

 

「んふっ。大丈夫だって。まぁ確かに疲れてはいるけど…これぐらいは平気だよ」

 

「頻繁に起きるようになったのは……疲労のため過ぎが原因なのでは?」

 

「さぁ?あ!あれだよ、疲れってより食べ過ぎ飲み過ぎかも」

 

今から行軍だ。と言われてもいけるし、任務はむしろ歓迎。

ツルギ委員長との模擬戦だって、勝ち目はないけれど、マガジン5つ分を撃ち切るぐらいの時間は耐えれる自信があるぐらいには体力は残ってる。

 

「……私が言えたことではありませんが…だんだんと点数が下がっていっていますよ?」

 

「たまたまだって、次には上がるかもしれないじゃん。えっと…自覚はあるみたいだけど、流石に点数の事でハナコちゃんになんか言われるのはむかつくな〜もう」

 

ハナコちゃんの普段の言動やら、勉強の教え方から見ても、まぁストレートな言い方になってしまうが馬鹿ってわけじゃないと思う。むしろ教養がしっかりとあるタイプ。でもこの合宿では点数が一番大事って言っても過言じゃないから……やっぱりハナコちゃんに成績の事でとやかく言われるのはどうしても引っかかってしまう。

 

(貴女の成績が悩みの種の一つ…だなんて、本人に言う勇気は私にはないや…)

 

はははと軽く笑い、回転するドラムを見つめながらシオリはそんなことを心の中で独りごちた。

 

「……」

 

「大丈夫、大丈夫だよ私は」

 

「……シオリちゃん。私の前で“お姉ちゃん”である必要は無いと思います」

 

「そりゃあ、妹はコハルだけだよ。そしてハナコちゃんはお友達だね」

 

「はい、お友達です。……何かあったら、言ってくださいね?シオリちゃんにもしもの事があったら、コハルちゃんが悲しんじゃいますから。もちろん私もです」

 

「うん、ありがとね。…さて、ちょっとお花を摘みにトイレにいこうかな、夜起きたくないしね~」

 

「花を摘むが機能していませんよ?」

 

「あ。バレた?ま、いいや。ハナコちゃんはもう戻ってていいよ、乾かすのは後でやっておくから」

 

そう言い、手をひらりと動かしてシオリは洗濯場を後にした。




無知でも羞恥心はそれなりにあると思われます。シオリの生態は難しいですね。

あとコハルが普段着以外にどんなのを持っているかはご想像にお任せします。
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