【悲報】下江姉、エッチを知らない   作:スラバヤサトゥ

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お疲れ様です。よろしくお願いします。


夜中に食う方が数倍美味い

「ん? あ、電気ついた」

 

天井の照明がぱっと明るさを取り戻し、体育館にほっとした空気が広がる。

 

「ここのブレーカーの問題か、電線の問題か……それとも発電所の問題か。どれだろうね?」

アズサが真顔で首をかしげるのを見て、コハルが肩をすくめた。

 

「まぁ、そこまで気にしなくていいんじゃないの?」

 

「雨も止んでますね」

 

窓の外を見やったヒフミが、安心したように微笑む。

屋根に打ち付ける痛々しい音ももう聞こえない。

 

「よかったぁ〜。これで洗濯ができるよ」

 

「シオリちゃん?」

 

その声に、シオリはびくっと肩を跳ねさせた。

 

「……約束、しましたよね?」

 

「あ……うん。分かった」

 

そうでした私は家事禁止でした…としゅんとしながら肩を落とすシオリを横目に、アズサがぽつりと呟く。

 

「これでパーティーはお開きか……第二回を楽しみにしている」

 

「二度とないわよ、こんなの! 初回限り! もう禁止!」

 

即座に食い気味で叫ぶコハル。

 

「ま、まぁ……場所をわきまえれば、二回目もアリ……じゃないですか?」

 

ヒフミが遠慮がちにフォローを入れると、コハルは頭を抱えた。

 

 

その日はもう遅く、各自で洗濯を済ませ、簡単な食事を取り、順番にシャワーを浴びていく。

賑やかだった時間の余韻だけが残り、補習授業部は一日の終わりを迎えようとしていた。

――と、そのとき。

 

「……ちょっと待ってください」

 

寝支度に向かおうとする一同を、ハナコが呼び止めた。

いつもの柔らかな笑顔のまま、しかしどこか意味ありげな声音で。

すると部屋の空気が、ほんの少しだけ張り詰める。

 

「まだです! まだ終わりませんよ! このまま一日が終わるだなんて、勿体なさすぎます!」

 

部屋の空気を切り裂くように、ハナコが勢いよく立ち上がった。その声量に、全員の視線が一斉に集まる。

 

「は、ハナコちゃん……!?」

 

「わ〜、元気だね〜」

 

「元気どころじゃないでしょ……急に立ち上がって大声出すんだもん! びっくりしたぁ……」

 

呆れと動揺が入り混じる中、当の本人は満面の笑みだった。

 

「その場の流れ的な話でしたが、せっかくのお休みになったんです。みんなで――こう、色々あった後なのに、こんな淡白に“おやすみなさい”なんて、私は嫌です」

 

「存在しない記憶を熱く語らないでよ! そもそも一枚あるから! 一とゼロじゃ雲泥の差だからぁ!」

 

コハルの甲高い声にも、ハナコは楽しそうに肩をすくめるだけだ。

 

「勿体ないって言っても、何するの? 今から百キロ行軍でもする?」

 

「む、望むところだ」

 

「あはは……私、もう寝ますね……」

 

この二人がいうと冗談にならない可能性が高いため、ヒフミがそっと距離を取ろうとした、その時。

 

「違いますよ」

 

ハナコは人差し指を立て、意味ありげに微笑んだ。

 

「うふふ……合宿といえば?」

 

「泥! 銃弾! 爆薬! そして先輩の怒号!」

 

「……やはり合宿場を抜け出すことです。それが醍醐味でしょう!」

 

「な、なるほど?」

 

納得しかけているヒフミに、コハルが慌てて割って入る。

 

「ちょっと待ちなさい! それ完全にアウトなやつじゃない! 今は違うとはいえ、正義実現委員会の前でよく言えるわね!?……そうよね、お姉ちゃん!」

 

突然話を振られ、シオリは顎に指を当てて少し考え込む。

 

「まぁ……そうだねぇ……うーん」

 

その曖昧な反応を逃すはずもなく、ハナコは一歩、距離を詰めた。

 

「シオリちゃん♡ お仕事柄、忙しい生活だと思いますし、補習になってからは、なかなか羽を伸ばせていませんよね?」

 

耳元で囁くような声に、シオリは思わずたじろぐ。

確かに、仕事は忙しい。なぜか無線で『下江、頼む』やら『シオリ先輩、お願いします』等、名指しで応援要請を受けるため、一般的な委員よりは多忙な気はする。

自分を呼ぶ理由を聞けば、『ちょうどいい』らしい。何がちょうどいいのやら…。

 

「今日はお休みですよ? せっかくです。このタイミングで、自分を労ってはどうですか?」

 

「うぅ……んん? まぁ……自分を労わるのは、正義に反しない……気もするけど……」

 

休日もそこまで多くない彼女にとっては悪魔の囁きだった。

 

「コハルちゃんはどうですか?」

 

「へっ!? あ、あぅ……興味は……ある、けど……」

 

その一言を聞いた瞬間、ハナコは満足そうに振り返った。

 

「だそうですよ? お姉ちゃん♡」

 

「う……もう! おーけぇー! 分かった! 行く! 行けばいいんでしょ!」

 

観念したように叫ぶシオリに、空気が一気に明るくなる。

 

「先生もいいですよね?」

 

「うん、楽しそうだね!」

 

即答だった。

 

「準備はできた。行こう」

 

「アズサちゃん!? いつの間に着替えを……」

 

ヒフミが振り返った先には、すでに外出用の装いを整え、ライフルを肩にかけながら、当然のように立っているアズサの姿。

夜はまだ始まったばかりだった。

 

 

「ここら辺は相変わらず明るいね〜」

 

この一帯は、トリニティ屈指の“眠らない街”として知られている。

とはいえ、その賑わいはネオン看板が眩しく瞬き、車のヘッドライトが交錯するD.U中央繁華街のようなものではない。

 

建物の窓からこぼれる柔らかな灯り。

通り沿いの壁に取り付けられたランタンが、石畳をほのかに照らす。

派手さはないが、どこか落ち着きと温もりのある夜景――それこそが、トリニティの夜の街の特徴だった。

 

もちろん、自治区内には高層ビルが立ち並ぶ、いわゆるコンクリートジャングルも存在する。

だが、この地区では法令によってそうした建築が制限されており、昔ながらのトリニティの街並みが今も大切に守られている。

 

とはいえ、決して不便というわけではない。

十分に近代化は進んでおり、通りを少し曲がれば、コンビニだって当たり前のように営業しているのだ。

 

「すごいな……スイーツショップも喫茶店も、まだ開いている……これが夜の街か」

 

感心したように、アズサがきょろきょろと周囲を見回す。

夜間の見回り自体は経験があるものの、こうして娯楽として街を歩く機会はほとんどなかったのだろう。その表情は終始、物珍しさに満ちていた。

 

「ここからもう少し進んで、右を曲がったところにモモフレンズのオフシャルショップがあるんですよ。それから、さらに小道に入ると……限定品を扱っている、隠れた名店もあります!」

 

「さすがヒフミちゃん。詳しいですね」

 

「あはは……」

 

一方で、下江姉妹はというと。

夜の街の賑わいに内心わくわくしつつも、どこか落ち着かない様子で周囲を警戒しながら歩いていた。

 

「はぁ……勢いで来ちゃったけどさ。こんなところ、同僚に見られたらまずいかもなぁ……」

 

「……うぅ。特にハスミ先輩に見られたら、すっごく怒られそう……」

 

「その時は……私がコハルの分も、まとめて責任取るから……」

 

そんな二人の様子を見て、ハナコが小首を傾げ、柔らかな声で尋ねる。

 

「あら。ハスミ先輩って、後輩にとてもお優しい方だと聞いていましたけれど……?」

 

「いや、優しいよ?あそこまで面倒見のいい人、他にいないくらいだし。“さすが副委員長!”って感じで、めちゃくちゃ頼りになるんだけど……」

 

シオリは言葉を区切り、少しだけ視線を逸らす。

 

「……あの、ね。わかるでしょ?コハル」

 

「う、うん……怒るときは本当に怖い……下手したら、戦闘中のツルギ先輩よりも……」

 

「最近だと……あれかな。ゲヘナで会議があった時」

 

「ゲヘナで?」

 

「うん。条約関係の話でさ。結局、何も進展せずにおしゃかになったんだけど……」

 

シオリは肩をすくめ、小さく息を吐く。

 

「その時、ゲヘナ生徒会の偉い人が……ハスミ先輩の体のことを、ちょっと……いや、かなりデリカシーなく言っちゃってね。なんてか、"大きい"って」

 

「……それは……怒る理由もわかると言いますか…」

 

「うん。それが完全にアウトだったみたい。もともとゲヘナ嫌いな人だし」

 

苦笑しながらも、その時の光景を思い出したのか、シオリの声は少しだけ重くなる。

 

「いやー、あの時は本当にやばかったよ。まさか、テーブルをひっくり返して、発砲しかけるとは思わなかった……」

 

「……え」

 

一瞬、ハナコの動きが止まる。

 

「向こうは向こうで殴りかかってくるしさ。こっちも、反撃するしかなくて……」

 

「ま、待ってください……シオリちゃんも、ゲヘナに行ってたんですか?」

 

ヒフミは思わず一歩近づき、確認するように問いかけた。

 

「行ったよ?ハスミ先輩の補佐役としてね」

 

「で、ゲヘナ生を……」

 

「え?とりあえず、銃奪って分解したあと、殴り返して、ボコボコに――」

 

言いかけて、シオリは慌てて両手を振る。

 

「ち、違うからね!? 正当防衛ってやつ!それに、ちゃんと後日、謝罪しにお菓子持って行ったから!その時に、ゲヘナの方にも知り合いできたし!」

 

必死のフォローに、ヒフミと先生は言葉を失い、互いに顔を見合わせた。

『結構な事やっているなぁ』という感想とどう反応すべきか分からない、という表情である。

一方ハナコはというと、引きつった笑みを浮かべながら、少しだけ距離を取っていた。

 

「えっと……それで、ハスミ先輩がダイエットするって宣言して……お姉ちゃんも、それに巻き込まれてたわよね?」

 

気まずい空気をなんとかしようと、コハルが助け舟を出した。

 

「だ、だね〜。まぁ私は夜食を控えるくらいで、特に何か始めたってわけでもないけど」

 

「あら、ダイエット中なんですか、シオリちゃん」

 

ハナコが意外そうに目を瞬かせる。

 

「まぁ…?」

 

「十分痩せていると思いますが……」

 

ヒフミがチラリとシオリのお腹周りを見る。

 

「確かに、これ以上は逆に危険……」

 

ハナコとヒフミの脳裏に、ふと以前の光景がよぎった。

シャワーを浴びていた時のシオリの姿だ。

 

決して細身、というわけではない。

全体的に丸みがあり、しっかりとした、健康的な体つき。

必要なところにちゃんと肉がついていて、動く人間らしい体――そんな印象だった。

 

けれど、言われてみれば、確かに。

腰やお腹のあたりには、指でつまめそうな柔らかさもあった気がする。

 

「「……」」

 

二人そろって言葉を失ったのを見て、シオリは怪訝そうに眉をひそめた。

 

「……なんで黙るのさ」

 

「あ、ここもスイーツ屋か。みんな甘いものが好きだな」

 

足を止めたアズサの視線の先には、おしゃれでモダンな雰囲気が漂うスイーツ店があった。

店際には立て看板があり、堂々と「OPEN」の文字。

 

「まぁ、女子高生は甘いものとスパイスで出来てるって言うしね」

 

「お姉ちゃん…アズサに変なこと言わないでよ……」

 

「なんだか……ダイエットの話をしたら、お腹が空きましたね。せっかくですし、何か食べていきませんか?」

 

「あ、ここの限定パフェ、すっごく美味しいんですよ!種類も豊富で……まさか二十四時間営業だったとは……!」

 

ヒフミの声が、ひときわ弾む。

 

「私、抹茶かマンゴーがいい〜」

 

「方向性が真逆ですね……」

 

「パフェか……食べてみたいかも」

 

ぽつりと漏れたアズサの一言に、全員が笑って頷き、彼女の背中を押すように入店していった。

 

「えっ……?だ、誰も見てないわよね……?」

 

慌てて周囲をきょろきょろと見回しながら、コハルも小走りでその後を追った。

 

 

「いらっしゃいませ。六名さまでしょうか?ご注文をどうぞ」

 

ロボットの店員が、補習授業部の面々を順にスキャンするように視線を走らせ、ペンとメモを構えた。

 

「こんな時間にパフェとは……なかなか背徳的と言いますか……!」

 

「だね〜。えっと、限定パフェって、まだありますか?」

 

シオリがそう尋ねると、店員は一瞬だけ動きを止め、頭部のディスプレイに表示された“目”を、申し訳なさそうに細めた。

 

「申し訳ありません。先ほど、残っていた三つが完売いたしまして…」

 

「あちゃ〜、そうですかぁ」

 

「逆に、この時間まで三つ残っていたのが凄いと言いますか……」

 

「これがパフェの争奪戦か……中々厳しいな」

 

残念、じゃあ通常メニューで――と気持ちを切り替えかけた、その時。

 

「あ、あら……先生?」

 

イートインスペースの方から、聞き覚えのある声がかかった。

 

「ん……?」

 

先生が顔を上げると、自然と全員の視線がそちらへ向く。

 

そして――

 

「「ハスミ先輩!?」」

 

そこにいたのは、イートインスペースの椅子に腰を下ろしているハスミだった。そしてテーブルの上には、豪奢なパフェが、きっちり三つ。

 

「コハル、シオリ……それに、補習授業部の皆さん、ですね」

 

「ヤッベ……」「お、終わった……」

 

下江姉妹は、ほぼ同時に遠い目をし、顔色を分かりやすく青くした。

コハルはすっと姉の後ろに隠れようとしたが、それを無言で阻止しようとするシオリ。姉妹の静かな攻防が繰り広げられる一方で、ハナコは一切ひるむことなく、にこやかに一歩前へ出る。

 

「これはハスミさん、奇遇ですね♡あら、そのトレーにあるのは限定パフェでは?しかも三つ……確か……ダイエット中だと伺いましたが」

 

やけに芝居じみた、大ぶりな動きでハスミに詰め寄るハナコ。

 

「えっ……あ、その……いえ、これはですね……!」

 

明らかに動揺した様子で言葉を探すハスミ。

だが、慌てて視線を泳がせた先で、彼女は気づいてしまった。

 

じっと、こちらを見ているシオリの目に――。

 

その瞬間、ハスミの動きがぴたりと止まる。

彼女にとってシオリはただの後輩だけではなく“ダイエット仲間”――しかも、自分よりずっと前からストイックに節制している先人。この光景はシオリからしたら裏切りに近い。

 

「シオリ、これは……その……」

 

「聞きましたよ、共に頑張っていると……シオリちゃんは、毎日ちゃんと自分を律して、それを守っていたのに……」

 

畳みかける。

 

「いや、私は……むぐっ

 

ぼそっと反論しかけたシオリの口を、ヒフミがやけに慣れた手つきで素早く塞いだ。

 

「………お互い、見なかったことにしましょう。すみません、シオリ……私は……」

 

肩を落とし、素直に頭を下げるハスミ。

 

「いやいや、頭上げてくださいって。大丈夫ですよ!」

 

シオリは慌てて手を振り、少し照れたように笑った。何故ここまで自分が先輩に謝られているのかを理解していない様子でもある。

 

「私も……ありますし、そういう日。えへへ……えっと、ここから一緒に頑張りましょ?」

 

「シオリ……ありがとうございます……。あぁ…コハルも……お勉強、頑張っていますか?」

 

穏やかな声でそう問いかけられ、コハルの肩がぴくりと跳ねた。

 

「あ、えっと、その……」

 

言葉に詰まるコハルを見て、すかさず先生が口を挟む。

 

「コハルは最近、成績の伸びがすごいよね」

 

「はい!このままの勢いを維持できれば、合格も十分射程圏内かと……!」

 

ヒフミの太鼓判に、コハルの顔がみるみるうちに赤くなる。

そして、そのまま帽子を頭から取り、それで顔を隠してしまった。

 

「ふふ……そうですか。何よりですね」

 

ハスミは柔らかく微笑み、そっとコハルの頭に手を置く。

 

「あの時、言った通りです。あなたは、できると」

 

姉とは違う、けれど同じくらい優しい感触。

撫でられた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

――あの時のこと、忘れない。

 

激励は少し声が大きくて、正直びっくりしたけれど。

「下江シオリの妹」ではなく、「下江コハル」という一人の後輩として見てくれて、期待してくれているのだと分かった。

それが、嬉しかった。

だから、頑張ろうと思えた。

あなたと、同じ場所に立ちたいから。

 

「えと……は、ハスミ先輩の期待を裏切りたくないので……!も、もちろん……おね……姉のも……!」

 

「はい。引き続き、応援していますよ」

 

ハスミはゆっくり頷き、続ける。

 

「私も、早く貴女への手ほどきを再開したいと思っています。せっかく同型のライフルですし……肩を並べて仕事をしたいですからね」

 

「はい!頑張ります!」

 

そのやり取りを、補習授業部は和やかに見守っていた。

先生は目頭を押さえているが……流石にもろすぎる気がしなくもない。

 

「シオリ」

 

「は……はい!」

 

名を呼ばれ、背筋が自然と伸びる。

 

「安心してください。貴女は、やるべきことをやってください」

 

ハスミの手が、今度はシオリの頭に触れる。

 

「大丈夫です。私が、ついています」

 

「……はい」

 

その言葉に頷きながら、シオリの胸中には別の思考が渦巻いていた。

 

――あの手紙の内容を、ハスミ先輩は知っているのだろうか。

知っていたとしたら、正義実現委員会として同意したのか。

もし、知らないのなら……話すべきなのか。

手紙には他言無用とあるから、もし話したら約束を破ったとして、話は無効どころか、もっとサイアクな事になるんじゃ…。

 

考えれば考えるほど、思考にノイズが走る。

 

「あぁ……そう言えば、伝えたいことが二つ」

 

「?」

 

「一つ目ですが――シスターフッドから提供された情報をもとに、正義を執行しました」

 

「……!あ、ありがとうございます!」

 

マリーちゃんがやってくれたんだ。あのシスターフッドが動いてくれたんだ。

自然と笑みがこぼれた。

 

「それと……」

 

ハスミは視線を横に移す。

 

「貴女が、白洲アズサさんですね?」

 

「ん?そうだけど」

 

「副委員長として、正義実現委員会を代表して謝罪します。……申し訳ありませんでした」

 

「そっちは仕事をしただけ。大丈夫」

 

即答だった。

 

「まぁ……数トンの爆薬を消費し、施設に損害を与え、こちらの委員を数名病院送りにした件については……」

 

一拍置いて。

 

「……今回は、大目に見ます。ですが、次は“ジャスティスパンチ”を炸裂させます」

 

「なんだ……それは?パンチ?」

 

「…言ってみただけです。とにかく、次は無しでお願いしますよ」

 

「うん、分かった」

 

軽く頷くアズサに、ハスミは少しだけ肩の力を抜いた。

 

「それで、二つ目ですが……」

 

「?」

 

「イチカが、寂しそうにしていましたよ」

 

「イチカが……」

 

シオリは一瞬、視線を落とした。

モモトークの、感情が読み取れない短い文章だけでは分からなかったが――“寂しそうにしている”という言葉は、意外だった。

 

『そんな、寂しがるようなタイプだったっけ』

 

ふと、彼女の顔を思い浮かべる。

思い出せば思い出すほど、胸の奥に小さな痛みが積もっていく。

申し訳なさが、じわじわと勝っていった。

 

「あぁ……すみません……その……イチカには、もちろん……委員会のみなさんにも、よろしくお願いします……」

 

「もちろんです」

 

ハスミが微笑み、静かに頷いた、その時だった。

彼女のスマートフォンが低く唸りを上げる。

 

「こんな時間に…って話をすればなんとやら、イチカからですね」

 

そう言って、ぱっと画面を見せる。

確かに、そこには同僚の名前が表示されていた。

この状況での着信に、さすがにシオリも目を見開く。

 

「はい、羽川です。どうかしました?今日はもうあがったハズだったのでは?」

 

『っす!あがったつもりだったんすよ…でも、ちょっと問題が発生して。今、大丈夫ですかね?』

 

「問題…?」

 

ハスミは一瞬だけテーブルのパフェに視線を走らせ、すぐに意識を電話へ戻す。

 

「大丈夫です、どうしましたか?」

 

『えーと、落ち着いて聞いて欲しいっす。学園郊外にゲヘナの生徒と思われる集団が不正なルートで侵入、そのまま無差別に銃撃しながら、こっち側の施設を襲撃してる…と今緊急入電が』

 

「はッ…!?ゲヘナが!?風紀委員会…いや、万魔の角付きが本性を…!」

 

『あぁ…いや、別にそんな…』

 

「この時期に…という事はエデン条約を妨害しようとする連中でしょうか…規模は!場所は!何の施設が襲撃を!?宣戦布告もなしに…卑劣な…」

 

『落ち着いてほしいっす、えと、入ってる情報だと…とりあえず、一般生徒っぽいっすね。あっちの公的機関は関係ないっぽいっす。集団って言っても4名だけっすね」

 

「よ、4?…確かに…流石にその兵力で、戦争を始めようとするほど、風紀も万魔も愚かではないですね…」

 

『襲撃されたのは『ランカスターアクアリウム』っすね。たしか今、金のマグロを展示するイベントをやってる所っす。情報伝達が速かったのは、そこで警備しているウチの委員がいたからかと』

 

「…あぁ…そんな話ありましたね……なるほど、それ狙いですか」

 

『希少なんで、どっかに()()()気なんじゃないすか?あ、刺身ってことじゃなくて。ん、今追加で情報が、相変わらず情報課は仕事が速いっすねぇ…えーと、犯人を特定…『美食研究会』…って』

 

「……」

 

『有名なテロリスト、ウチも何回か交戦してる奴らじゃないっすか。ゲヘナ本土でも要注意扱いの生粋のアウトローっすよ』

 

「…『美研』ですか…【黒館ハルナ】…またですか…」

 

『どうします?一応、現場付近に動かせる部隊がいくつか…第3歩兵大隊と第14独立機械化旅団とか……ちょっと決断を急いで欲しいんすよね……このままじゃ、えっと…あの、ツルギ先輩がアップを始めてるんすよね…』

 

「なッ…!ツルギは一週間の任務抜きにしてるハズですよ!?それを理由に止めてください!」

 

『それが無理なんすよ!止められるの、ハスミ先輩しかいないっす!今ここにいる歴戦の三年生の先輩方ですら歯が立たなくて――……って、あぁ!言ってるそばから!ちょ、行かないでください!そのドア、直したばっか……!』

 

――ゴォンッ、という、重く嫌な破壊音。

電話越しに響いたその音に、ハスミは反射的にスマートフォンを落としかけた。

 

『行っちゃいました…一応、あたしらも出ます。多分ここからの距離的に現着までかかりそうっすけど…では…アウト』

 

通話が切れた直後、建物全体が微かに揺れ、爆発の振動が空気を震わせた。

 

「近いな。半径数キロ圏内だ」

 

アズサが身を乗り出し、ライフルのセーフティーを解除しながら外の様子を警戒する。

 

「え…と、そのテロリストさんが近くに…!?」

 

「そのようですね…」

 

ハスミは状況を整理しよう脳をフル回転させているその時、強い視線を向けられていることに気づいた。

 

視線の主は、シオリだった。

 

瞳をきらきらと輝かせ、銃のスリングをぎゅっと握りしめ、翼をぱたぱたと動かしている。明らかに落ち着きがない。

 

「やらせてください」と、無言で訴える圧。

友人程ではないが、この子も戦闘に飢えている所がある。

しかし、今回はちょうど良かった。

 

ハスミは、短く息を吸い、決断した。

 

「…みなさん、いきなりで申し訳ありませんが、力を貸していただけますでしょうか。今は、エデン条約締結前の敏感な時期。もし我々の公式戦力がゲヘナ生を撃ってしまうと『トリニティとゲヘナ間の衝突』として捉えられ、状況が不利になるかもしれないのです」

 

「そこでシャーレの出番…ってコトでいいかな?ハスミ」

 

「えぇ…先生を利用するような形になってしまったのは本当に心苦しいのですが…シャーレとして事を収めていただくのが、両学園にとって最善かと思いますので…あぁ!一応私も現場にはいきますが…」

 

「うん、大丈夫だよ。まかせて」

 

「え、先生になにができるのよ…」

 

疑わしげな目を向けるコハルに、ハスミはきっぱりと言った。

 

「コハル。この方の手腕を侮ってはいけません。戦闘力……は、その……言葉を濁しますが、少なくとも戦闘指揮に関しては、右に出る者はいないでしょう。先生を信じなさい。私の言う意味が、後で分かるはずです」

 

「は、はい…」

 

「ここから戦闘ですか…やるしかないですね…」

 

「先生が指揮官か、うん。好きに使って」

 

「あらあら」

 

「ヨシッ…美食研究会!まさか実際に戦えるとは……やってやる」

 

シオリは口元を手の甲で拭い、SMGのリロードをカチンと終え、雑にハンドルを引いた。

そしてピストルのチャンバーチェックをし、45口径弾の薬莢の鈍いか輝きを見ながら小さく呟いた。

 

「マガジンをフルで持ってきて良かった…これで思う存分やれる」

 

その目つきは、完全に狩りをする猛禽類。

空気が一変したのが、誰の目にも分かる。

ヒフミとハナコは思わず息を呑み、コハルも『今の姉には近づかない方がいい』と判断したのか、少し距離を取りつつ五発クリップを装填し、薬室を閉鎖する。

 

「……先生」

 

ハスミが低い声で言う。

 

「私も注意しておきますが、シオリは特に見ておいた方が良いかもしれません。普段は穏やかで可愛い後輩ですが……戦闘となると少々、危ういところもありますので」

 

そう言って、軽く一礼する。

 

「うん、分かった」

 

先生は一度頷き、声を張った。

 

「補習授業部出発!いくよみんな!」

 




シオリのお腹のふくよか具合はご想像にお任せします。
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