【悲報】下江姉、エッチを知らない   作:スラバヤサトゥ

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かんしゃあ。


押収品管理の心得

カフェの片隅、シオリは静かに紅茶を口に運んだ。

温かな液体が喉を通る。ほのかな渋みが、舌の上に心地よく広がる。

 

……しかし、それも束の間だった。

 

目の前――向かいの席で、尊敬する偉大なハスミ先輩が巨大なパフェと格闘している。

 

「うーん…甘美ですね」

 

浮かれた声とともに、スプーンが生クリームをすくい上げ、苺ソースがとろりと垂れる。

チョコレートソースにバニラアイス、ホイップクリームにカットフルーツ……。

層を成す甘さが、視界に訴えかけてくる。

 

(……あっま)

 

シオリはそっと視線を逸らし、紅茶をもう一口。

だが、隣のテーブルからも「すごーい!」「おいしそう!」と歓声が聞こえる。

ふと横を見ると、そこにもパフェ、向こうにもパフェ――どこもかしこも、パフェだらけだった。

 

包囲網の中だ、補給路も撤退する道もない…制空権も喪失、航空支援も物資投下も望めない。

じわじわと殲滅されるのを待つのみだ。

 

(……いや、私は食べていないのに)

 

胃の奥にじわりと重さが広がる。

妙な圧迫感を感じ、深く息を吐いた。

 

「手が震えてますが…大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です。少し、満たされ過ぎただけです」

 

「???」

 

ハスミは首をかしげながら、またパフェへとスプーンを伸ばした。

シオリはそっと目を閉じ、甘さの洪水から意識を遠ざけるように、静かに紅茶をすするのだった。

とある三年生が言っていた…『ハスミに誘われたら胃薬を用意しよう。使わなくてもいい、用意するだけで違う』

 

なるほど、先人の知識は偉大だ。

そしてそれを無視した私は愚かだ。

あぁ、黄色い狸の漫画に改造されたスポーツカー…はぁ考えるだけ無駄かぁ。

 

「シオリは食べなくて良かったのですか?」

 

ハスミ先輩が、スプーンを休めて問いかける。

 

「え?あぁ…その」

 

言葉を選ぶ。

ただ「いりません」と言うだけでは、角が立つ。

だが、「甘いものは苦手です」と断るのは、なんとなく違う気がした。

というか普通に甘いものは好き。

冷蔵庫に入れておいたモンブランプリンをコハルに食べられて頭をぐりぐりした事があるぐらいには好きだ。

だが何にも適量ってモノがある。

 

少しだけ沈黙し、シオリはそっとカップを置く。

 

「……最近、あまり食べすぎないようにしているので…」

 

使い古された言い訳だ。

…え?本当に食事制限してるのかって?

へへへ、カップうどんって美味しいよね…夜に食べると特に。

 

シオリは微かに視線を落とし、曖昧に微笑んだ。

するとハスミの眉が、わずかに動く。

 

「なるほど…なんて強い意志でしょう…なのに私は!」

 

苦しい顔をしながらスプーンを更に動かすハスミ。

なぜか泣いている様子だったが…明言するのは野暮ってやつだろうと思い、小さく何度か頷く。

そうだった…ハスミ先輩は減量中。

ツルギ先輩からあまり食わせるなと言われてたの思い出した…もう遅いじゃん…がっつり行っちゃってるよ。

 

「食べ過ぎてもだめ…しかし我慢しすぎても良くない…難しい問題です、ほぼ懸賞問題ですね」

 

「あはは…」

 

ミレニアム生が助走をつけて殴ってきそう。

…念のため周りを見るが、それらしき影は無い…セーフ。

あそこの自治区では爆発が日常茶飯事らしい…怖いねぇ。

 

「あぁ…それで…話ってなんでしょうか、ただ単にカフェで休憩…って訳じゃないですよね」

 

「…」

 

ハスミは頬を膨らませ、何度か咀嚼しながら目をぱちくりさせた。

パフェを飲み込む。

 

「そうでした」

 

目のまえの糖分の塊に理性と記憶をやられていたのかは知らないが、後輩の一言で全てを思い出す。

ナプキンで口元のクリームを拭き取り仕事モードへ移行。

シオリもメモとペンをテーブルの上に置き、続く。

 

「人事異動の事なのですが…」

 

「人事異動…ですか」

 

シオリは慎重に聞き返した。

 

「えぇ、つい先日決まった話でして」

 

シオリは唇を噛み、二回指を鳴らした。

異動の可能性は常にあるものの、今の地区にはすっかり慣れていた。

新しい環境に順応すること自体は問題ではないが、新たな関係を築く時間が必要になることが少し面倒だった。

顔見知りがいるといいな。

 

てかイチカちゃんともコハルとも離れるんじゃんかぁ…仕事終わりに会えるとは言えモチベーション下がるなぁ。

 

……仕方ないかぁ…仕事だし…

 

気持ちを切り替え、シオリは真剣な顔で尋ねる。

 

「それで、私はどこの地区を担当することに?」

 

しかし、ハスミは一瞬きょとんとした後、小さく笑った。

 

「あなたの異動ではないですよ」

 

「……………え?」

 

「異動するのは、あなたの妹さん。コハルです」

 

「…」

 

「ヴぇ?」

 

映画のバケモノみたいな声をだすシオリ。

人は驚けばウィルスに感染しなくてもバケモノに変身できるのだ。

 

その後シオリは、数秒間沈黙した。

 

「……失礼ですが、今なんと?」

 

「ですから、下江コハルが“押収品管理係”に異動することが決まりました」

 

(……………………は?)

 

 

脳の処理が追いつかなかった、一昔前のパソコンでももっと早いだろう。

先輩の言葉をもう一度、心の中で繰り返した。

カップに手を伸ばす。残りの紅茶をぐびっといき…冷静を取り戻そうと努力する。

 

押収品管理――

 

それは、正義実現委員会が押収した銃器、薬品、禁止物品…そして落とし物などを厳重に管理する、極めて重要な職務である。

…といっても皆で管理しよう!的なノリだったので責任者と言える人はいない。当番制って奴。

委員なら全員に権限があるし…何か特別な能力が必要って事はないけど…

もし責任者を決めるとしたら経験豊富で慎重な人物が任されるはずのポジションになるハズ。

 

(……なぜ、そこにコハルが?)

 

「……何かの間違いじゃ…?」

 

「正式な辞令です」

 

「……まさかとは思いますが、委員会の誰かが悪ふざけで人事を弄ったわけでは?」

 

「そこまで言いますか…彼女の仕事ぶりが評価されたのです。問題を起こすこともなく、指示にもきちんと従っている…優秀です」

 

「はぁ…」

 

確かにコハルは真面目に仕事をしている事は分かる…なんたって一番近いところで見てるし…けど、あの子はまだ一年生。

妹の昇進と言うかなんというか…喜ぶべきなんだろうけど素直に喜べない…不安だ。

私が過保護なだけ…なのかなぁ…

 

「い、一年生にやらせていいのでしょうか」

 

「考えてみてください。二年生は実戦経験も積んできて、学園の治安維持において即戦力として動ける重要な存在…倉庫の管理までするとなると他の任務に集中できなくなる可能性があります」

 

「確かに?」

 

「三年生に任せる、という案も当然ありました…しかしこれは“戦線離脱”と見なされかねない」

 

「一種の“降格措置”と受け取られる可能性が高い…と言う事ですか」

 

シオリの言葉にハスミは小さく頷く。

押収品管理に回されたことで、『現場で活躍できなかったから下げられた』と思われるのは問題か。

あと一年で委員会の仕事を終える…となっていきなり内職を任されたら不満が積もるのはそうかもしれない。

 

「最近は、押収品の数が増えすぎて、今までの当番制では対応しきれなくなりました」

 

「……確かに、最近は違法武器の流入が問題になっているとは耳にします」

 

「早めの対策を…という訳です」

 

「なるほど…」

 

納得…していいのだろうか。

別に不満がある訳ではない…不安なのだ。

一年生の内に管理職にする訳だ、将来の事を見据えて…って感じだろうハスミ先輩が何を考えているかは正直分からない。

 

シオリはゆっくりと目を閉じ、息を吐いた。

 

「…もう、決まった事なんですね?」

 

「ええ」

 

「…それってもうコハルには…」

 

「伝えました、三時間前に」

 

はっや。

 

「全員に通達は?」

 

「後日します」

 

「では、なんで今日私に?」

 

「あなたのポスト的にもですし…あの子の姉ですからね」

 

ハスミはそう微笑む。シオリは黙って頷くしかできなかった。

 

 

 

「ねぇお姉ちゃん」

 

「ん~?何々コハル」

 

シオリとコハルは横一列にならび、学園の暖かく豪華な廊下を歩いていた。

目的地は正義実現委員会の倉庫…押収品管理室。

正実の生徒からは『禁制倉庫』と禍々しい俗称で言われている。

 

何故かって?

 

そこに収められているものの大半が、「普通の生徒が持ってはいけないもの」だから。

「あそこに入るのは合法だけど、そこにあるものを手に取るのはアウト」という皮肉も込めてあるのだろう。

皆言葉遊びが好きだねぇ。

 

「私…ほ、本当に係に…」

 

「任命されたねぇ」

 

「嬉しいけど…お姉ちゃんとのパトロールはこれからできなくなるの?」

 

「いやぁ?流石にそれは無いんじゃない…?ずっと籠るなんて図書委員長じゃないんだし、普通に外回りに行くこともあるでしょ」

 

「ほんと?良かったぁ」

 

しばらく廊下を進み、見えてきた厳重な扉の前で歩みを止めた。

シオリはため息をひとつつくと、押収品管理室の前で待ち構えているワクワク顔の妹を見下ろした。

鞄からジャラジャラと鍵を取り出し、一つを選ぶ。

ギャグホラーなら何度も鍵を間違える所だが…シオリは一発で正解を引き当てた。

 

ギギギと重い音と共に扉が開く。

 

室内に入ると、整然と並んだ棚と保管庫が目に入る。

厳重に施錠された金属製のロッカーが壁際にずらりと並び、そのひとつひとつに「押収番号」が記されたプレートが貼られている。

 

「…思ってたより…綺麗かも」

 

「人の出入りが全くない…って場所じゃないしね」

 

シオリは静かに言いながら、ポケットから折りたたんだ紙を取り出す。

ほんのわずかに視線を落とし、チラリと中身を確認した。

 

《押収品管理係:業務説明》

 1. 押収品の記録と保管

 2. 指定された保管庫への適切な配置

 3. 重要押収品の定期確認と報告

 4. 許可なしの押収品持ち出しは禁止

 5. 絶対に遊ばないこと

 

(……最後の一文に、すべての不安が集約されてる…)

 

シオリは軽く咳払いし、カンペをチラ見…どころかガッツリ見る。

 

「押収品管理係の役割は、ここに収められた物資を適切に管理し、必要なときに正しく処理することです」

 

なんとなくセリフがカタコトだ。

 

「例えば…どんなものがあるの?」

 

「たとえば――」

 

プレートを指さしながら説明していく。

違法改造銃に…不正ルートで流通した高性能カートリッジ。

盗難された軍用食糧、認可されていない化学薬品…爆薬。

改めてみるとなぜこんな物が…って感じなのがチラホラ。

 

「な、なるほど…確かに押収すべきね…!」

 

「他には良く分からないブレスレットやら、高濃度の水素ゼリーとか…まぁ怪しい物だね」

 

「へぇぇ」

 

コハルは感心しながら、棚の奥を覗き込んだ。

 

「じゃあ、お姉ちゃん、この部屋の管理をするってことは――」

 

「うん、これらの“保管状況の点検”を担当するって感じ」

 

シオリはメモ帳の一ページを破り、コハルに手渡した。

そのメモには業務内容の一覧が、注意すべきところには蛍光色のマーカーで線が引かれている。

 

「…地味で重要な仕事だよ」

 

「うんうん」

 

「間違っても、興味本位で押収品を触らないようにね」

 

「う……はい……」

 

(今「う……」って言った…?)

 

聞かなかった事にして話を続ける。

 

「特に火器類は、万が一作動したら重大な事故になるから注意ね」

 

「そ、それは流石にわかるわよ…何年銃を持ってると思ってるの!」

 

「……ならいいけど」

 

前に携行式の対空ミサイルが作動した時はヤバかった…学園上空で起爆して、辺りは騒然…ティーパーティの近衛兵まで現場に出てきたもん。

なんとか丸くおさまったから良かったけど…どこかにぶつかってたら…怖い怖い。

 

シオリは静かに紙をたたみ、ポケットにしまった。

 

「責任は重大。何か問題があれば、必ず上に報告してね」

 

「うん、わかった!」

 

「おーけー」

 

本当に分かったのかなぁ…一抹の不安を抱えながらも、シオリは冷静を装う。

腰に手をおき、ため息をついた。

 

もう少し、経験を積んでからの方が良いと思うんだけど…まぁ現場で学びながらってのもアリか。

ハスミ先輩はコハルに期待している…って事なら私も期待しよう。

 

「ねぇお姉ちゃん」

 

「ん?」

 

「これなんだけど…」

 

コハルはとある棚の前で立ち止まり、プレートを指さした。

そこには『漫画・雑誌』と記してある。

 

「漫画も雑誌も対象になるの…?校内で読んでる人結構いるけど…」

 

「ん?あぁ、これは言葉が足りないかも」

 

シオリは引き出しを開け、中をゴソゴソと漁りだした。

コハルはその姿を真面目な目で見つめていたが…姉が中から取り出したものを確認するやいなや、身体を震わせた。

 

「これだね、『成人向け』とか『R18』って書いてる奴が対象」

 

シオリは淡々とした口調で言った。

とんとんと表紙の片隅にあるマークを叩く。確かに18禁の印だ。

肌色とピンクっぽい表紙だ、本と言うには少々分厚さが足りないような気がした。

 

「そっ…それ…エッ……」

 

コハルは目をパチクリさせ、何かを言いかけたが唾と共に無理やり胃に落とす。

顔はみるみるうちに赤くなり、瞳孔も鋭く変化した。

そんな彼女と対照的にシオリは、訳の分からないモノを見る目で表紙を眺めている。

遊んでいる訳ではない、確認だ。

 

「分かった?」

 

「えっ、あ、うん……そ、そうだね……!」

 

コハルはビクッと肩を震わせた。

必死に平静を装うが、脳内は大混乱だった。

そういう本もだが、それを姉が手にしていると言う光景…ここ最近見た物で一番衝撃的、イヤ…人生で一番かもしれない。

珍百景だ……珍ってそっちじゃなくて。

 

(流石に冷静すぎない!?)

 

「コハル?」

 

「ひゃっ!? な、なに?」

 

「顔赤いよ?大丈夫?」

 

「だ、大丈夫…ちょっと暑いだけ…」

 

「あぁ確かに、籠るからね~ここ。夏はもっとヤバイから換気してね、あ!でも窓を開けっぱなしは防犯的にダメだから注意ね」

 

「うん…」

 

コハルは必死に意識をそらそうとしたが、一度認識してしまった以上、頭の片隅にチラつくものがある。

 

「…」

 

ちらっと姉の方を見る。

なんとページをパラパラめくっているではないか。

「どっから入手するんだろうねぇ」とぼやく。

まるで古本屋で漫画を立ち読みする中学生のよう…まぁ物語を楽しんでいる様子は無い、仕事の為って雰囲気。

 

「……傾向として、恋愛モノが多いのかな?でも付き合うまでの過程は描かれてなくて最初からカップルって感じが多い気がする」

 

(冷静に分析しなくていいよお姉ちゃん…!)

 

「これは、なんかタコみたいなバケモノが出てくるからSFモノかも、しかも珍しく人間側が負けるタイプ…ニッチだね普通だったら人類が勝ってハッピーエンドなのに」

 

(確かに…それ系はニッチだけど意味がなんか違う…あ、でも最近だと人気なジャンル…イヤイヤイヤ)

 

「これ、人物の顔が描かれてない…なるほど…あえて描かないで自分に投影しろって感じかぁ…へぇ」

 

「…ぬぐぅ」

 

こういう物を見慣れているのか……?たとえ見慣れていても人前で涼しい顔でそんな本を読める人間がこの世にいるの?

いや、いるはずがない。

仮に、仮によ?その知識が無かったら…でも高校生でそんな事ある?

私が変なだけ?

もしくは一定のレベルを超えて、ある程度のモノでは動じない体になっちゃった……は流石に無いか。

 

「……コハル?」

 

「ひゃあっ!!?」

 

「何に驚いてるのさ」

 

「な、なんでもない!! なんでもないですっ!!」

 

シオリは一瞬、怪訝な顔をしたがすぐに「まあいいや」と流した。本を引き出しの中へ放り投げ、他の棚へと歩む。

コハルは、押収品リストに目を落としながら、ひそかに考える。

 

無理にそう言った知識を与える必要はないのかもしれない…もしかしたら一般常識レベルの事も知らないかもしれない。

無知だった事にショックはあるが…お姉ちゃんはこのままでいい……むしろ、このままでいて欲しい。

というか、お姉ちゃんが「そういうの」に詳しくなったら、なんか嫌だ……!

『何でも知ってる姉』であってほしいが、"そういうこと" だけは知ってほしくない。

 

「ふぅ…」

 

コハルは何らかの覚悟を決め…深く息を吐いた。

ふと視界に魅惑が詰まっている引き出しが入る。

 

(そ、それはそうと…アレの中身を…)

 

そんな考えが頭をよぎった瞬間、コハルは自己嫌悪で顔を真っ赤にするのだった。

 

 

 

 

 




コハルちゃんは高校デビューするとっくの前に頭の中がピンクです。やったね。

次回は…硬派な話になるかもしれません、多分。
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