【悲報】下江姉、エッチを知らない   作:スラバヤサトゥ

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お疲れ様です。よろしくお願いします。


撃ちだした弾丸は戻らない

「ちょっとちょっと! そこの人、止まりなさい!」

 

白の制服に身を包んだ門番の生徒が、前方を歩く黒の制服の生徒を制止した。

 

「ん?」

 

呼び止められた生徒は、足を止めずに短く応じる。

 

「『ん?』じゃなくて! 自分が何をしてるか分かってるの? ここから先はティーパーティーの許可がないと立ち入り禁止……見たところ正実でしょう? それくらい、分かるはずよ」

 

「あー……」

 

黒の制服――イチカは後頭部をガリガリとかきながら、困ったような苦笑いを浮かべた。しかし、その細められた眼光の奥には、どこか冷徹な色が宿っている。

 

「ムズイことは、あんま分かんなくて」

 

にしり、と不気味に口角を吊り上げる。

次の瞬間、片腕で無造作に支えていたライフルの銃口が、吸い込まれるような速さで門番の眉間へと突きつけられた。

 

「貴様ッ……! 自分が何をしているのか分かっているの!?」

 

門番の声が裏返る。恐怖でガーランドライフルを構えることができない。

こんなのでは門番失格だ。日々の鍛錬が台無しじゃないか。しかし、体がいうことを聞かない。

.30-06(サーティ・オー・シックス)』八発のクリップはすでに装填済みなのに。

 

「承知も承知。百も千も万も承知っすよ。んじゃ……」

 

トリガーにかけられた指に、じわりと力が籠もる。

 

「地獄にいくっすよ」

 

刹那、鼓膜を震わせるけたたましい発砲音が門前に鳴り響いた。

しかし――それはイチカの愛銃…『レッドドラゴン』の放つ、乾いた7.62ミリ弾の咆哮ではなかった。

 

「……っ!?」

 

反撃の暇もなく、ただ覚悟して目を瞑り、身構えていた門番だったが、いつまで経っても衝撃はやってこない。恐る恐る瞼を開くと、そこには背を向けた一人の生徒が立っていた。

同じ黒の制服にとげとげしい翼。その背中から放たれる威圧感は、先ほどの少女とは比べものにならない。

 

「あッ……あ、あなたは……ツルギ委員長!?」

 

呆然と座り込む門番の問いに、ツルギは答えなかった。ただ、血のような赤を宿した瞳で前方を睨み据え、重苦しい沈黙の後に、短く、掠れた声を発する。

 

「体は、大丈夫か」

 

「え……えぇ、なんとか。……まっ、まさかあいつ、正実の制服を着た偽物……!?」

 

「いや……」

 

ツルギの視線の先。爆ぜたような白煙の向こう側から、制服の汚れを払うこともなく、ゆらりと立ち上がる影があった。

 

「いったぁ……。あはは、本気でぶっ飛ばすなんて酷いっすね、()()()

 

「……大切な後輩(本物の正実)だ」

 

数メートル後方まで吹き飛ばされたイチカは、後頭部を押さえながら、どこか投げやりな笑みを浮かべていた。しかし、その双眸から余裕の色は消え失せ、底知れない濁った情念が渦巻いている。

 

「邪魔しないでほしいって、言ったはずっすよ」

 

「いや、それは無理だ。……私は委員長として、お前を止める」

 

「……ハッ。シオリのことを、貴女もあんなに可愛がってたクセにっすか?」

 

その名が出た瞬間、ツルギの纏う空気が一層鋭く、重く研ぎ澄まされた。

 

「……だからこそ、だ。相棒が、友人がクーデターの首謀者だなんて……あいつは、耐えられない……そうだろ?」

 

「ッ……!」

 

図星を突かれたイチカの表情が、劇的に歪んだ。

 

「本気で、ティーパーティーを撃てばシオリの為になると……そう信じているのか?『シオリの事を一番わかってるのは私だ』みたいな空気を出しておいて、コレか。なかなか笑えるな」

 

「あーもう! なんでさっきから、そうやって言葉で詰めてくるんすか!それはハスミ先輩の仕事でしょうが!! 『戦略兵器』なら、御託を並べずにさっさと撃てばいいじゃないっすか!!!もう既に一発ぶち込んでるし、二発目も変わらないでしょうに!!」

 

イチカの叫びが、静まり返った正門前に木霊した。

腰の抜けた門番はぽかんと口をあけ、ツルギは不敵な笑みを浮かべる。

震える手でライフルを握り直し、怒りと、それ以上に深い「自己嫌悪」をぶちまける。

 

「そうっすよ! 全部、自分のせいっす! 自分のせいで、相方があんなことになって……その怒りを抑えられず、外に、他人に向けようとした……しょうもないバカが、ここにいる私っす! 私の本性なんて、とっくに知ってるハズっすよ!」

 

「…………そうか」

 

ツルギの口角が、奇妙な角度で吊り上がった。

 

「その本性……シオリが知ったら、どんな顔をするだろうな。キヒッ、キヒヒヒッ!!」

 

「んんッ……!」

 

残酷な問いかけに、イチカは唇を噛み切り、言葉を失う。ツルギは一歩、また一歩と、死神のような足取りで距離を詰めた。

 

「まぁ間に合ってよかった。……銃口を向けた時点で怪しいと思っていたが、弾は出ていないな」

 

「……先輩が、私の頭を思いっきり12ゲージでぶっ飛ばしたからっすよね」

 

「ケヒッ……そうだな。なぁ、イチカ。……そのチャンバーに込めたままの『弾』と、そのどうしようもない『感情』……全部、私にぶつけてみないか?」

 

ツルギの背後で、陽光に照らされた影が長く伸びる。

挑発か、あるいは救済か。彼女は凶悪な笑みを浮かべたまま、後輩を受け止めるための壁として立ちはだかった。レバーアクション、ウィンチェスターを二丁。くるりと回し、リロードを済ませる。そして、胸の前でクロスさせるように構えた。

 

「………………言ったっすね」

 

「あぁ。来い」

 

イチカの瞳に、先ほどまでの濁った色とは違う、確かな闘志が宿る。

 

(あぁ…マズい…なんか興奮してきた…)

 

瞼を開眼させ、目の前の委員長(バケモン)を思いっきりにらむ。

 

「……じゃあ、遠慮なく。思う存分、ぶん殴らせてもらうっす……!!」

 

 

 

 

 

「ナギサ様!ナギサ様!」

 

テラスのガーデンチェアに腰かけ、優雅に紅茶を嗜んでいたナギサ。そんな彼女のもとに、血相を変えたティーパーティーの役員が駆けつけてきた。

普段は冷静なその役員の慌てぶりに、ナギサは怪訝そうにカップをソーサーへと戻した。

 

「どうしましたか?そんなに慌てて」

 

「その!単刀直入に申し上げます!!正実が内乱をッ!」

 

「!?…なっ…正義実現委員会が!?そんな訳ありません!正実は決してクーデターなど!」

 

「正実の『中』での内乱です。ええと……ツルギ委員長と、二年生の幹部候補がやり合ってます」

 

「は、はぁ?まったく…紛らわしい言い方をしないでください!」

 

「申し訳ありません…!」

 

いっきに体温が上がったのか、手で風をあおるナギサ。

 

「はぁ、えっと……正実に、決闘で次期委員長を決めるような文化は……」

 

「ありませんね…百鬼夜行にはそのような行為があると聞きますが」

 

「…訓練の可能性は?」

 

「訓練にしては、あまりにも異常です! お互い、本気でころ…「こほん」

 

「……ッ、ナギサ様……?」

 

役員の口から飛び出しかけた物騒な単語を、ナギサは短い咳払いで遮った。

 

「そのような不穏なこと、滅多に口にしてはいけませんよ」

 

「……っ、申し訳ありません。失礼いたしました」

 

窘められた役員が深く頭を下げる。ナギサは手元のティーカップをそっとソーサーへと戻し、小さく息を吐いた。磁器の触れ合う繊細な音が、緊張に包まれたテラスに微かに響く。

 

「しかし…ツルギ委員長が現れる前、その正実委員は門番に銃口を向けた…との話が…」

 

「そうですね……。ここはハスミさんに、直接事情を伺うとしましょうか。あのツルギ委員長と、次期幹部候補にもあがる実力者が衝突しているとなると……周囲への甚大な被害が予想されますからね。副委員長である彼女に、どうにかして引き剥がすよう説得してもらうとしましょう。話はまずそこからです」

 

「わかりました! 直ちに使いの者を送りましょうか?」

 

「いえ」

 

身を乗り出す役員を、ナギサは片手をそっと挙げて制する。

 

「今は何よりも速さと……『親しみ』が大事です」

 

ナギサは懐から自身のスマートフォンを取り出すと、白い指先でさらさらと画面をなぞった。

モモトークを開き、「羽川ハスミ」のアカウントを探そうとした、その時。検索を終えるよりも早く、手の中の端末が激しいバイブレーションと共にうなりを上げた。

画面に表示された名前に、ナギサの眉がわずかに動く。

 

「……ふふ、どうやら既にこちらの動きを察しているようですね」

 

呼び出しに応じ、端末を耳へと当てる。

 

「こんにちは、ハスミさん。お疲れ様です」

 

『こんにちは、ナギサ様。いきなりのご連絡、大変申し訳ないのですが――』

 

受話口から聞こえるハスミの声には、隠しきれない焦燥が滲んでいた。ナギサはそれを遮るように、穏やかなトーンを保ったまま言葉を紡ぐ。

 

「ええ、状況はおおまかに把握しています。ちょうど、良い茶葉と美味しいジャムクッキーが手元にありまして…甘いものはお好きでしたよね?ぜひ直接お会いして、お話をしたいのですが……」

 

『――もちろんです。既にそちらへ向かっています。場所はいつものテラスでしょうか?』

 

「えぇ。良い天気ですから」

 

ハスミの張り詰めた声の背後から、凄まじい勢いで回転するエンジンの音が吹き荒れるように響いてくる。もはや、こちらの誘いを待つまでもなく行動を開始していたらしい。

 

「ふふ。お待ちしております」

 

通話を終え、ナギサはスマートフォンをテーブルへと伏せた。

再びティーカップを持ち上げ、琥珀色の液体を口に含んで一息つくと、周囲に控える付き人たちへ静かに、しかし威厳に満ちた口調で指示を飛ばす。

 

「ハスミさんが見え次第、すぐにここへ通してください。ボディーチェックも必要ありません」

 

「……よろしいのですか? 万が一、ということも……」

 

扉を警護している生徒が不安げに視線を交わす。現状のトリニティの不穏な情勢の中、武装した正義実現委員会の実力者をノーチェックで近づけるのは警備上のリスクでしかない。

しかし、ナギサの微笑みが揺らぐことはなかった。

 

「いいのです。私は、彼女を信じていますから」

 

ナギサはそっと目を細め、悪戯っぽく微笑んだ。

 

「それに……もしもの場合は、優秀な貴女方が私を守ってくれるのでしょう?」

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました、ナギサ様」

 

「ええ、お疲れ様です、ハスミさん。まぁ、まずは座って紅茶でも――」

 

「いえ、格式を重んじるナギサ様には大変不作法とは存じますが、単刀直入に申し上げます」

 

ハスミは椅子に座ることもせず、机に両手を突いてナギサをまっすぐに見つめた。大ぶりの黒い翼が、彼女の焦燥を体現するように小さく震えている。

 

「ツルギとイチカの衝突の件、すでに耳に入っているかと思います。ですが、これだけは断言させてください。我々(正実)がティーパーティーに対してクーデターを企てているなどという噂は、全くの事実無根です!」

 

悲痛とも言えるハスミの訴えに、周囲の付き人たちが一瞬身構える。

しかし、ナギサは表情を崩さないまま、そっとカップを傾けた。

 

「私は申し上げました…お互いに信じる…と。正義実現委員会がトリニティの平穏を脅かすような真似をしないことくらい、私が一番よく知っています。ですから、どうか落ち着いてください」

 

ナギサの静かで確かな言葉は、張り詰めていたテラスの空気を優しく解きほぐしていくようだった。ハスミは小さく息を吐き、その肩からふっと力が抜ける。

 

「……ありがとうございます。ナギサ様にそう言っていただけるだけで、救われる思いです。ツルギの暴走は、副委員長である私が責任を持って止めます。それに、イチカが今回このような行動に出たのも……それなりの理由があると思うのです」

 

「理由、ですか?」

 

ナギサは首を少し傾げ、ハスミの次の言葉を待った。

 

「ええ……」

 

ハスミは一度視線を落とし、躊躇うように唇を噛んだ。しかし、意を決したように再びナギサをまっすぐに見つめる。

 

「話してください。どのような事情であれ、私は受け入れます」

 

ナギサの真摯な眼差しに背中を押され、ハスミは重い口を開いた。

 

「……彼女は、シオリの相方でした。例の『補習』の件で、日を追うごとに精神的に追い詰められ、崩れていく彼女の姿に……イチカは耐え切れなかったのでしょう。補習部を立ち上げ、シオリを追い詰めたティーパーティーに対して怒りをぶつけるために、彼女は独断で動いたのだと思います。……部下の統制が行き届かず、このような騒動を引き起こしてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした」

 

どうやら、ティーパーティーに反感を持っている人物がいたのは確からしい。しかし発砲したと言う話は聞かない。なら大丈夫だ。良かった。

 

ハスミは深く頭を下げた。

だが、ナギサは首を横に振った。その表情には、責める色など微塵もない。

 

「頭を上げてください、ハスミさん。謝罪しなければならないのは、私のほうです。……私の独断と猜疑心が、結果として彼女たちをそこまで追い詰めてしまった。相応の罰は……覚悟しています」

 

自嘲気味な言葉を聞きながら、ハスミは懐へと手を伸ばした。

 

「ナギサ様。ならば、こちらの手紙については……ご存じでしょうか」

 

「手紙……? 一体、何のことでしょう」

 

不審そうに眉をひそめる彼女の前へ、ハスミは一枚の書面を差し出した。

 

「こちらです」

 

丁寧に折り畳まれたその紙は、ある夜、シオリが人知れず受け取っていたものだった。

そこにつづられていたのは――ティーパーティーの名を使った、残酷な交渉(脅迫)

 

それを受け取り、目を通した瞬間、ナギサは息を呑んだ。

信じられないというように、その端正な顔が驚愕に染まり、美しい瞳が大きく見開かれる。かすかに翼も震えていた。

あまりの衝撃だったのか、がたりと椅子から立ち上がり、何歩か退いた。

 

「……っなんですかこれは…!!ハスミさん。私は……私はこのような手紙、断じて書いていません!

 

「ナギサ様……?」

 

「これまでの私は、裏切りへの恐怖から周囲を一方的に疑い、冷酷に切り捨てることばかりを考えていました。……ですが、前にお会いした時、そこ言葉が、凍りついていた私の目を覚まさせてくれたのです。私はもう、疑うのではなく、人を信じる道を選びたい」

 

ナギサは手紙を握りしめ、ハスミを真っ直ぐに見つめた。その瞳には、かつての冷徹な猜疑心ではなく、確かな決意の光が宿っている。そして彼女の脳裏には大切な友人たちの姿が浮かんでいた。

 

「だからこそ、はっきりと申し上げます。補習部に関しては、通常の定期テストと同じ問題を用意する手筈でした。計画していた、合宿の内容も見直しました。合格点も通常通りに戻し、形式上のテストを終えたのちに解散。その後、改めて不穏分子の捜索を情報部に任せるつもりでいたのです。このような、尊厳を踏みにじるような真似など……!」

 

手紙を見つめるナギサの手が、怒りと戦慄で微かに震えていた。

ティーパーティーが認めた証である、翼を携えたカップのマーク。

自分たちの預かり知らぬところで、誰かがティーパーティーの権威を利用し、生徒たちを極限まで追い詰めた。

 

二人の間に冷たい沈黙が流れた。しかし、その不気味な静寂はすぐに破られる。

一人、また別のティーパーティー役員が、髪を振り乱し、青ざめた顔でテラスへと駆け寄ってきたのだ。

 

「はぁ、はぁ……っ、ナギサ様! 緊急事態です!」

 

「…今日はなかなかに騒がしい日ですね……。落ち着きなさい、何がありました?」

 

ナギサが毅然と言い放つ。しかし彼女も内心焦っていた、次から次へと…胃が痛い。

 

役員が息を整え、必死に言葉を紡ごうとしたその瞬間――今度はハスミのスマートフォンが激しく震えた。ただ事ではない気配を察し、ハスミが即座に端末を耳に近づける。

 

次の瞬間。現場の悲鳴と、受話口からの絶叫が、残酷なまでに重なり合った。

 

「我々は現在、正義実現委員会と交戦状態に入りました!!!」

『ハスミ先輩! 現在、我々はティーパーティーの部隊と交戦中です!!! やつら撃ってきました!』

 

役員の叫びと、電話の向こうの悲痛な声。

重なり合う二つの凶報に、ナギサとハスミの顔から完全に血の気が引いた。仕組まれた狂気が、ついに引き金を引かせたのだ。

 

 

 

――その頃。トリニティの喧騒を遠くに望む屋上で、一人の少女が楽しげに声を弾ませていた。

 

「いや~、思ったよりもうまくいったね。 でも、ナギちゃんが最後まで正実を信じたのは驚いちゃった」

 

聖園ミカは、騒がしい広場を眺めながらクスクスと笑う。

その傍らには、過呼吸気味に肩を揺らす、先ほどまでナギサの元にいたティーパーティー役員の姿があった。

 

「ミカ様……これで……その、約束の方は……」

 

「え? ああ、うんうん! 大丈夫、ちゃんと覚えてるよ?」

 

ミカ様。――聖園ミカは振り返りもしないまま、ひらひらと手を振る。そうすると役員は救われたように顔を輝かせ、胸を撫で下ろした。

 

「よかった……!」

 

「ナギちゃんのボイス――って言い方はアレかもだけど、それを録音して、いじって…展開中の部隊に流す。……で、まぁなんやかんやして計画完了後は結構いいポストにつけてあげる……だよね?」

 

「ええ! その通りです! やはり聖園様こそが、トリニティを統べるにふさわしいリーダーです!」

 

「もー、そういうお世辞はいいからさ。ほらほら、自分の仕事に戻りなって。私もいろいろしないといけないしさ」

 

「わかりました! それでは!」

 

役員は嬉々としてその場を走り去っていく。

ミカはその背中を冷ややかな目で見送り、ふっと鼻で笑った。

 

「……単純だなぁ~」

 

そう呟きながら、指の関節をパキパキと鳴らし、足首をぐりぐりと回してストレッチを始める。

紅茶を一杯…と思ったがあいにくここには無い。部屋に葉も茶器も忘れたのだ。

 

「うーん…しくじっちゃった…」

 

耳を澄ませば、遠くから風に乗って聞こえてくるのは、絶え間ない銃声と爆音ばかり。上品で、お高くて、なんだかんだ平和だったいつものトリニティは、もうどこにも無かった。

頭上に浮かぶ巨大な光輪を、眩しそうに細めて見つめていると、背後の暗がりの足音が響いた。

 

「聖園ミカ」

 

「ん~?」

 

振り返るとそこには、完全武装を施した少女たちが、一糸乱れぬ様子でずらりと整列していた。トリニティの生徒ではない。その異様な威圧感を放つ部隊の先頭に立つ者が、冷徹に告げる。

 

「……計画の準備もほぼ完了しているとはいえ、いくら何でも前倒しが過ぎるのでは? 例の作戦もまだだ。スクワッドには伝えたのか?」

 

「今、なんだよ。今が最高の好機なの。サオリに連絡…はしてないよ、なんかめんどくさいし」

 

ミカはふわりとスカートを翻し、小悪魔のように微笑んだ。

 

「ナギちゃんの補習部設立から始まって、シオリちゃんへの手紙、そして正実の糸目ちゃんの暴走。そして、今現在のこの大混乱。チャンスは絶対に掴み取りたいタイプなんだよね、私」

 

「……」

 

「わかるよ? 夜の方が行動しやすいんでしょ?まぁ、でもあと数時間もしたら暗くなるし、いいんじゃない? 私も、夜の方が好きなんだよね~……色々隠してくれるから」

 

ミカの瞳の奥に、仄暗い歓喜が宿る。

対峙する部隊のリーダーは、短く息を吐くと、毅然と手を挙げた。

 

「わかった。では、現在時刻をもって、これより『墜鳥(ついちょう)作戦』を開始する」

 

「うん。はじめちゃって」

 

ミカの軽い声を合図に、リーダーの鋭い号令が響き渡る。

 

「いいか!日々の訓練の成果を存分に出す機会だ!我々アリウスの力を見せつけるぞ!!」

 

「各員、持ち場に着け!!」

「もたもたするな、迅速に展開しろ!それこそが本作戦の要だ!」

「展開後は、各部隊長の指示に従い、戦線を構築しろ!」

「本格的な行動は日が落ちてからだ!いいな?」

「了解。状況開始、状況開始」

 

一斉に動き出す生徒たちの無機質な姿を確認すると、ミカはゆっくりと視線を戻し、遠くに見えるトリニティのランドマークである巨大な時計塔を見つめた。

ピンク色の長い髪が、不穏な風に激しく揺れる。

 

「……あはは。始まっちゃったかぁ」

 




はい。お姫様本格参戦!
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