『テステス……聞こえているか?こちら、キューコンバーサンドウィッチ』
「えぇ、ばっちりと。…あ、いや。でも、なんだかノイズが?」
『風邪気味なだけだ、気にするな』
「それはお大事に。…それで本土の状況はどうです?」
『依然として酷い。あまりにも情報が錯綜しているし、この部屋も大混乱だ。現場では白黒本気でやりあってるよ。これじゃまるで内戦だ」
「我が校の伝統、得意分野では?」
『笑えない冗談だな、――まぁ私は好きだぞ。大丈夫だ、戦闘区域は限られてるからな。一般生徒の避難も大体完了している、訓練ってことにしてな。依然、校境にも異変はない…というか、自治区の大半の人間が中央で起きていることを把握できていない。』
「流石に素早い。この手腕はキリフジ嬢でしょうか」
『じゃないか?。あぁ、興味深いことに正実とやりあっているには主にパテルの連中だ、その他分派もいるにはいるが…成り行きで戦闘に巻き込まれた可能性が高い」
「パテルというと…プリンセスはどうなんです」
『わからない。現状、お三方の中で唯一安否が確認できていない』
「……」
『まぁ君は気にしなくていい。あぁそれと、後々面倒になりそうな情報は大体はこちら側で落とした。ゲ帝もミレ公も連邦の連中もこの話を今は知り得まいさ。だが多少の
「了解いたしました。…ですが、私の専門は破壊工作ですよ?お忘れで?」
『知っているさ、
「私、こんな物騒な女になるつもりはなかったんですけどね」
『ははっ!幸運を祈るぞ。ブロンディ』
「追い返されちゃいましたね……」
ヒフミが困ったように眉を下げ、ぽつりと呟く。
「なによあれ! お姉ちゃん、絶対に何か隠してるわ! あんなに無理して笑って……体だって震えてたじゃない!」
コハルは拳を強く握りしめ、自宅のマンションを見上げながら声を荒らげた。その瞳に浮かんでいるのは、姉への怒りではない。正体の分からない「何か」に姉を奪われかけていることへの、激しい焦燥と恐怖だった。
震える唇を噛みしめるコハルに、ハナコがそっと寄り添う。
「コハルちゃん、一度落ち着きましょう」
「落ち着いてられるわけないでしょ! ハナコもお姉ちゃんが変だってことくらい、分かったでしょ!?」
「……ええ」
ハナコはいつものからかうような笑みを消していた。
その整った横顔には、珍しく深い憂慮の影が落ちている。
「分かっていますよ、コハルちゃん。シオリちゃんは……ただの悩み事ではなく、何か自分ひとりで抱え込まなければ、取り返しのつかないことになる爆弾を突きつけられているような……そんな目をしていました。いつもの輝きがどこにもない…」
ハナコの言葉に、周囲の空気が一段と冷え込む。
アズサは無言のまま銃のグリップに手をかけ、暗がりに鋭い視線を走らせていた。しかし、その表情もどこか暗い。
「何よ、逃げたって……どんなことがあろうと、絶対に逃げない人だったのにっ……」
「コハルちゃん……」
「先生、ハナコ、アズサ、ヒフミ……! どうにかしてよぉ! あんなのお姉ちゃんじゃない! 絶対におかしいんだってば! 誰か、誰でもいいからお姉ちゃんを助けてっ!」
涙目でみんなの顔を見回し、縋るように助けを求めるコハル。
何も浮かんでこない自分の頭が嫌で、悔しくて仕方がない。
絶望に打ちひしがれ、車のドアに背を預けたまま、ずるずると地面へへたり込むコハル。
「……トリニティの裏切り者」
静まり返った空気の中、ヒフミがぽつりと口にした。
「ヒフミ…?」
「シオリちゃんはそのことで悩んでいるかもしれません……」
「まって、シオリもその話を知っていたということかい?けど、彼女はあの場にはいなかった…もしかして、最初から知って補習部に入っていた…?それか他の情報筋からかな…」
ヒフミはこくりと頷く。
「ちょっ……ちょっと待ってよ! な、何!? 裏切り者って!?」
「コハルちゃんは……そうでしたね、まだ知らされていませんでした」
ハナコが眉をひそめながら、静かに告げる。
「この補習授業部は……エデン条約を害する不穏分子を集め、まとめて処理するための『箱』……というわけです」
ヒフミの言葉に、コハルの顔から血の気が引いた。あまりのショックに、あふれていた涙さえ引っ込んでいく。
「そんな、そんなこと知らないもん! 裏切りだとか条約だとか……っ! ま、待ってよ、お姉ちゃんが……そんなわけないじゃない……!」
「コハル。シオリは裏切り者じゃないよ。それだけははっきり言える」
先生の言葉を引き継ぐように、ヒフミが言葉を重ねる。
「その、皆さんの過去の成績を調べているときに、シオリちゃんの委員会での活動記録もいくつか拝見しましたが……エリートと言って差し支えない経歴でした。そして本人の性格を考えても、トリニティを裏切るとは到底考えられません」
「じゃあなんで、お姉ちゃんが補習授業部にいるのよ……っ! わ、私はバカだから……仕方ないけど……っ!」
「『人質として最高』――といったところでしょうか?」
ハナコは腕を胸の下で組みながら、淡々と、しかしどこか冷徹に言い放った。
「優秀な正義実現委員会のメンバーであり、上層部からの信頼も厚い。かつ、素直。そして何より、妹を誰よりも大事にしている。……どんな方向からでも揺さぶれますよ。そうですね、一番効果があるのは……」
ハナコは、きょとんとした表情のコハルに視線を向けた。
「わ、私……?」
「はい。コハルちゃんを利用すれば、シオリちゃんを意のままに動かすことなど容易いでしょうね」
「お姉ちゃんを動かして、どうする気なのよ……」
「それは……」
ハナコは一度、唇を固く結んだ。
正実の次期幹部候補。たった一回の試験欠席で補習授業部へ入部させるなど、通常ではあり得ない横暴をティーパーティーはやってのけたのだ。あの茶会の連中から見ても、シオリは喉から手が出るほど欲しい人材のはず。価値あるものをそのままゴミ箱にポイするほど、連中も馬鹿ではない。捨てる気など毛頭なく、政治的に利用するために入部させたことは確実だろう。
「シオリちゃんは正実に対する人質。そしてコハルちゃんは、シオリちゃんにとっての人質、という二重構造でしょう。正実、特にハスミさんはゲヘナ嫌いで有名ですからね。エデン条約締結を妨害されないため、未来の委員会を担う人材をここで抑え込んでおけば……」
「正実の動きを封じ込めておくことができる……」
「ええ。まあ見たところ、正実を縛るための人質は
「は、ハナコ……なんか、怖いわよ……」
「コハルちゃん。私は許せないんですよ。なぜ、あれほど真面目で清廉潔白なシオリちゃんが、茶会連中の政治ごっこにで心をすり減らされなければならないんです?」
「……ハナコ」
コハルは、目の前の友人がいままで浮かべたことのない冷徹な表情に、ただ圧倒されることしかできなかった。いつも、口を開けばいかがわしいことしか言わないのに、こちらをからかうようなふざけたな目しかしないのに。
「……私のせいだ」
その時、ずっと黙って銃のグリップを握りしめていたアズサが、掠れた声で呟いた。
「アズサ……?」
「ハナコがいうように、シオリが人質なのだとしたら、そうなる原因を作ったのは私だ」
「え……? な、何言ってるのよ、アズサ……?」
「エデン条約を害する『本物の裏切り者』……トリニティを壊すために送り込まれたスパイは、私なんだ」
「――っ!?」
あまりの衝撃に、コハルは息を呑んだ。姉の件でパニックになっていた頭が、一瞬で真っ白に染まっていく。
「すまない、コハル…」
アズサはただ静かに、冷たい銃口のように揺るぎない瞳で、その事実を告白した。
「まってまってまって!さっきから情報量が多すぎるのよ!いきなりぶっこまないで!」
「ご、ごめん」
「アズサちゃん、ちゃんと説明してもらえますか?」
「わかった…」
アズサは自分が何者で何をしにこのトリニティに来たのかを赤裸々に語った。
アリウス分校。それがアズサの出身校だった。
様々な分派が闘争を繰り広げていた過去のトリニティ、しかし長い戦乱の中ついに息を切らした各派閥が平和的な統合を進めた中、統合に断固拒否したのがアリウス派であった。
結果、統合し強大な力をつけたトリニティに潰され、その残党が奥地に逃げ込んだところでほとんどの記録がストップしている。
「アリウス…その失礼ですが、まだ存続していたのですね」
「あぁ…ある時、一人の大人が現れ、本当に最低限だけど人間的生活ができるようになってから…」
「まってアズサ。大人がいるの?」
「う、うん。でも、なんというか先生とはまた違う感じの大人だけど。みんなマダムと呼んでいる。今のアリウスは彼女の統治下にある、実際…あれが来てからアリウスは一定の秩序を取り戻したから」
『大人だけど、自分とは違うような感じ』その内容に先生は拳を握りしめた。
子供同士の政治闘争にどう対応するかに追われていた毎日だったが、大人が関わっているとなると話が変わってくる。
「その、歴史的にみるとアリウスはトリニティに憎悪を向けるのは自然なながれだと思います、アズサちゃんがきた目的は…復讐ですか?」
「……私は、派閥間の確執だとか復讐だとかそういうのには関心がない…私が選ばれたから…それだけ」
「選ばれたって…!誰に…」
「……聖園…聖園ミカに…二つの学校を繋ぐ希望になってほしいと言われた」
「み、ミカ様が!?」
「確か、偉い人…よね?」
コハルがなんと会話についていこうと、自分の知識を振り絞るがしかし、それ以上の情報量で殴られる。
「偉いどころじゃないですよ!一派閥のトップ、今のティーパーティー三人の一人ですよ!?正義実現委員会ですよね⁈」
「うぅ…」
「ミカさんは、アズサちゃんをトリニティに編入させた。多分ナギサさんはこの事を知らないのでしょうね、だから怪しいと補習授業部に入れたと」
「そ、そんなのちゃんと言えばいいじゃない!だって、『仲直りしよう』ってことでアズサを代表にしたんでしょ?アズサがこっちで楽しくやれれば、他のアリウスの人も大丈夫かもってなって、最後には統合?もできるんじゃないの?!」
「あら、コハルちゃん冴えていますね」
ハナコがコハルの言葉に関心し、頭をなでる。すると「えへへ」と先ほどから暗い表情に少し明るさが戻ったようだった。
「ナギサに言えない理由が他にあった…ってことだね、アズサ」
「……」
誰とも目を合わせず、アズサは頷いた。
「大丈夫だよ、アズサ。ここにいるみんなは君の友達だ、何をいっても罵倒したり背を向けたりする子はいないよ」
「そうです!アズサちゃん、私たちはもう友達です。違う学校で過去にいがみ合っていようが、スパイだろうが、裏切りものだろうが!関係ありません、友達は友達なんです!私はどんなアズサちゃんも受け止めますから…!」
「ヒフミ……」
互いの友情を確かめ合ったその瞬間、大気を重く震わせる異音が響いた。
「砲撃音ですね……」
誰かが呟くと、全員の表情が一変する。
「学校の方向でしょうか」
ヒフミの冷静な分析に、アズサの顔が焦燥で歪んだ。
「……っ! まさか、いや……にしては早すぎる!ヒフミッ!車を出して!」
「えっ!?はっはい!」
その音を聞くや否や、アズサは学園中央の方角を指して弾かれたように車に飛び乗った。
そんな彼女の深刻そうな様子に気圧され、補習授業部の面々も慌てて乗り込む。コハルは切なげに自宅へと一度視線を投げかけたが、この緊迫した雰囲気の中で置いていかれる恐怖に背を押され、未練を振り切るようにその場を後にした。
学園中央は戦場と化していた。治安維持のために不良が撃たれただとか。喧嘩が発展して撃ちあいになっただとか、そんな生易しいものではなかった。
「ねぇ!?本当に訓練じゃないわけ!?」
「あたしに聞かないでよ!撃たれたから撃ち返してるだけだっつーの!!」
少女は前方に展開する豆粒の影をアイアンサイトの中に収めながら叫んだ。
塹壕から身を出し、低く構えながらライフルを連射する。委員会では有名なとある先輩が今では珍しい、横刺しマガジンのSMGを使っていたが、なるほどこの状況だと欲しい。アサルトライフルだと弾倉が地面に干渉して邪魔でしかたない。
「まさか、スクエアに塹壕を掘ることになるとはね……通信は?」
「だめだ、どのチャンネルもつながらない。広範囲に強力なジャミングが
かかってる。スマホもだめだ」
「チっ……ケーブル引いて、野戦電話つなぐ?」
「それができるならもうやってるよッ!」
『はぁ~』と全力でため息をつき、土壁にもたれかかる。
朝まで何にもなかったのに、今はこれだ…そういえば今日の星座占いは最下位だったっけ。
「でも、まだよかったよ」
「何がよ」
頭上を弾丸が突き抜けていく音が、なんとも居心地の悪い塹壕の中、となりの仲間の言葉に耳を疑った。こんな状況、良いことなんてひとつもないだろと。
「相手がティーパーティーって聞いて、てっきり初手榴弾の効力射で木っ端みじんにされるかと思ったから…」
「流石に自治区に弾を降らせる気にはならないんでしょ」
そう吐き捨て、日が暮れてきた空を見上げる。
「It's a long long way to Trinity,But my heart's right there…」
自治区から一歩も出ていないが、愛しき母校が遥か彼方に感じるのだった。
まじで不定期でスミマセン。