ともかく、ジークアクスは返してもらう。そう言い切った青年をマチュは他人事のように眺めていた。ポメラニアンズのメンバーは非難轟々で食い下がっているが、マチュはそれより犬のおもちゃを投げることに忙しい。もともとクランバトルなんて参加する気もなかったのだ。ガンダムがなくなったところで自分には関係ない。構われることに満足し一人遊びを始めた犬を見ながら、じゃ、帰りますね、とひと声かけて鞄を背負った。部屋から出る寸前に振り返るとばちり、と音がなりそうな程の強い視線とかちあってマチュはなんとなく彼が言いたいことを察した。少し古ぼけた電球に照らされる路地を彷徨いてしばらく待っていれば彼が建物からでてきて辺りを見回し、こちらを見つけると暗がりに近寄ってきた。待たせてしまったね、と言ったエグザベはまだ先ほどと同じ硬い表情をしていた。軍服を着ているというわけでもないのにどうにも動きにらしさが香り、警戒するマチュの足には力がこもった。遠くから誰かの笑い声が聞こえる。しかし薄暗いこの路地を覗き込む人間はいなかった。
「君が操縦していたんだね。」
非難するわけでもなく静かに切り出された言葉に戸惑う。クランバトルでは顔を見られていないはずだが、そういえばガンダムに
「だから、なに?」
「いや、その……どうやって起動させた?アレは起動できないはずだ。少なくとも、ぼ……正規のパイロットはあのシステムを起動させていない」
真直ぐに見つめられた圧がマチュを後ずさらせる。一瞬にして振り返ると、白いハロに言われるがままに操作していっただけだし、何もわからないままがむしゃらに動いていた、気がしてそれにふさわしい言葉を選ぶ。
「え、普通に動きましたけど……」
「普通に?」
炭酸の抜けたジュースみたいなしまらない声は、彼の威厳を吹き飛ばし、ただの青年へと戻した。説明が足りなかったと判断したマチュが正確な詳細を思い出そうと頭を捻り始めた。
「なんか、ハロが手を置けっていうから置いたら勝手につきました。」
「は?」
ええっとそれからどうしたっけ、と唸る少女にエグザべは嘘をついているわけではないことを理解した。しかし、見出されずにいたにしてはあまりにも大きすぎる原石の処遇に頭が痛くなってきた。こんな才能をみすみす見逃しているとは、うちも連邦も目隠しでもしていたのだろうか。それともサイド6という場所柄、いや少女に何か事情が、そんな思考を振り払って頭を抱え出したマチュを静止した。
「あー、もう思い出さなくていい。機密に触れた以上、君のことは調べさせてもらうが、処罰は軽く済むだろうから、」
「え、処罰とか困ります。」
「いや、困っているのはこちらなんだが……」
「というかおにーさん、もしかしてあのガンダムのパイロットなの?じゃ、あたしとおんなじだ。」
エグザべを見上げてくる瞳は何の色も載っていない、ニュータイプという単語すら知らない人間の顔だった。己も知らぬうちに覚醒していた能力に振り回されたことのない、子供の顔だった。このコロニーで生まれ戦争に関わることなく成長してきた、まだティーンの子供がいた。全くなんてことをしてくれたのだろうか、一般人を引きずり出すなど。
「そう、だね。……ああ、なければいいんだが、君の才能を求める大人がきたらこの番号にかけるといい。面倒ごとはこちらで受け持とう。迷惑をかけた詫びだとでも思ってくれ」
「……あり、がと」
先ほどとは逆に百面相を披露する少女は、先日被弾なくクランバトルを勝利してみせたようには思えない。壊れ物に触れるように破り取ったメモ帳を摘むといそいそと鞄に仕舞い込んだ。もう用件は終わりだ、協力感謝するとエグザベが頭を下げた。マチュは少し赤くなった頬をそのままに今度こそ帰ります、さようなら、と早口で言い終わると不法建築の迷路を駆け出していく。エグザべは彼女の背が見えなくなるのを見届けると、自分も帰るために歩きだした。