ヒトヒトの実モデル“決闘者”withふわんだりぃず 作:月日は花客
そこは白い町だった。
あれから僕は、のんびりと孤島でキャンプしてみたり《霧の谷の巨神鳥》の背中の上で眠ったりしながら、旅をしていた。
この世界はほとんどが海だ。広く青い大海原が一面に広がっている。大抵は人のいない無人島で、僕は適当に地面に降りつつ、大半を巨神鳥の背中の上で過ごしていた。
そして今日もまた、無人島だと思っていたのだ。
しかし、その予想とは違いとても発展した町……真っ白な建物が特徴的な、人の営みがあった。
孤独に弱いわけではないし、デッキのみんなと交流できるので精神は満ちていたけれど、久しぶりに人と接するからドキドキしながら、僕はその町の近郊、林の中に降り立った。
街の名前は「フレバンス」と言うらしい。口遊ぶと、なんだか華やかな名前に思える。
その感覚は間違っていなくて、珀鉛という鉱石でこの街は随分と栄えているようだった。
街を歩けば、露天商や玩具屋の広告、屋台の美味しそうな匂いが五感を刺激してくる。
適当に串焼きを一本買ってつまみつつ、僕は真っ白で美しい街並みを楽しんでいた。
ふと、その穏やかな静けさが破られる。
赤ちゃんの泣き声だ。それも特大の。
人というのは赤ちゃんの声には本能的に反応してしまうもので、僕もつい音の方向を向いてしまう。
そこにはおくるみに包まれた赤ちゃんが、母親らしき女性の腕の中で泣いてきた。母親らしき女性は笑顔を浮かべつつも、疲れた顔で赤ちゃんをあやしている。
「ゔあああああああん!!!」
「よしよし、大丈夫よー……怖くないからね……」
その言葉には明らかに疲労が見えて、おそらく家であまりにも泣くものだから気分転換に外に出てきて、それでも泣かれてしまったのではないだろうか? と思考が行く。
町の人はそれを労わりながらも何もしない。いやできないのだ。
しかし中には赤子の泣き声に不愉快そうに眉を顰める人もいて、このままではなにかよからぬ輩に絡まれそうだと予想がよぎる。
その時にはもう、食べ終えた串をゴミ箱に捨てて歩き進めていた。
「こんにちは、赤ちゃん元気ですね〜」
「ああ、こんにちは……元気すぎて困っちゃうくらいです。かわいい子なんですけどね」
「赤ちゃんのお顔を拝見しても?」
「え? ええ……どうぞ」
余程疲れているのか、危機感なく母親は子どもの顔を僕に見せてくれた。
黒髪に、少し目つきが悪いけれど確り我をもってそうな強い瞳。きっとこの子は大きく育つだろう。
僕は何かを包むように赤ちゃんの目の前で手を合わせてみせた。
大泣きするいのちがそれに合わせてふっと静かになる。
「見ててね、君に祝福をあげる」
手を開いて出てきたのは、一匹の青い翼を持った燕。《スロワースワロー》だ。
黄色い花を咥えたスロワーは、その翼をはためかせて赤ちゃんに風を送る。
その微風に、赤ちゃんはくすぐったそうにきゃらきゃらと笑った。
「うそ、泣き止んだ……」
「スロワーのこと、ずっと見ててね。君のことを祝福してくれるんだ、笑顔になってほしいんだよ」
「──!」
スロワーが高く小さく鳴いた。それに返事をするように、赤ちゃんも喃語を返す。
母親は「あんなに泣き止まなかったのに……!」と驚いていた。
「ふふ、お役に立てたならよかったです。このままだと余計なトラブルに巻き込まれそうだったので。突然すいません」
「いっいえいえ! この子がこんなにご機嫌になるなんて久しぶりで……。よかったら、うちの家でお昼でも食べませんか?」
「それは……いいんですか?」
串焼き一本では男子大学生の胃を満たせない。特段死ぬほど空腹というわけではないが、一食くらいなら普通に入りそうだ。
母親はもちろん、と返すと僕の手を引いて歩き始めた。
「あ、そういえば名前を言っていなかったですね。僕は遊鳥旅途、流れの旅人をしています」
「私は……トラファルガーと申します。この子はロー。トラファルガー・ローです」
真っ白な街によく映える色の薄い髪を靡かせ、婦人は笑った。抱えられたロー君は、スロワーの花を掴もうと手を伸ばしてはあやされている。
宗教画みたいだ、とほんのり思ったのを、黙って心の中にしまった。
*
トラファルガーさんの家はお医者さんの家らしい。しかも結構でかい。つまり、ロー君は良いとこの長男なわけだ。
父親も母親も医者で、その中で子育て……しかもよく泣く子の世話は相当大変だろう。育休なんてシステムがこの世界にあるか知らないけど、両人の目の下の隈から疲労は有り余るほど察せられた。
「気難しい子で……一度泣いたら数時間は泣いたままだったんです。それなのに、あの小鳥さんが現れたらすぐに泣き止んで」
「しかもオモチャにも数十分で飽きてしまう。我ながら手のかかる子だと思っていたんですがね……」
ロー君は、ベビーベッドの上を飛ぶスロワーにきゃっきゃと遊んでもらっていた。
時折尾羽が頬や手を掠めるのが楽しいのか、さっきからずーっと笑っている。
それがトラファルガー夫妻によってとても驚くべきことだというのはわかった。
気難しい赤ちゃんが一瞬で小鳥の虜になってしまった。
「お二人ともお仕事があるんですよね? ベビーシッターなど雇われないんですか?」
「それが……この子があまりにもぐずるものですから、数日でいつも辞めてしまうんです」
「こちらとしても病院を開けるわけにはいかないのですが……」
困ったように笑うトラファルガー夫妻。そんな彼女らを、僕は純粋に助けたい、お手伝いをしたいと思った。
幸いスロワーを気に入ってくれてるみたいだし、あの調子だと下手にスロワーが消えたら大泣きが再発しそうだ。
「良ければ、僕がベビーシッターの代わりになりましょうか? 小鳥……スロワーも、あの子のことが気に入ったみたいですし」
「それは……願ってもないことですが、いいんですか?」
「自分は旅人なので、宿さえ提供していただければお給金なんかも要りませんよ。ロー君の面倒は僕とスロワーで担います」
そう言うと、トラファルガー夫妻は喜んで承諾してくれた。ふふふ、宿ゲットだぜ。
大学時代に
流石にお給金は出すと言われたが、金に困ってないので格安にしてもらった。宿はトラファルガー家のゲストルームを使う。
念の為契約書を書き、それに署名をした僕は、この日からトラファルガー・ロー君のベビーシッターとなった。