【小説版】ヴァル・フ・ドルゴーム~チートスキル“仮面ライダー”とか異世界召喚3回目とかはどうでもよくて、俺みたいな陰キャでも勇者になれますか?~   作:であであ

1 / 2
一章 俺が勇者で仮面ライダー!?
第一幕 陰キャ、召喚


 それは、何の変哲もない教会だった。

 ただ、老朽化が進み外壁の大半は崩れている。人工的な明かりのない聖堂内は、崩れた天井から差す夜空の黒と同じ色をしている。木製の座席は朽ち果て、落ちてきた壁の瓦礫に埋もれている。到底、人も野生動物も寄り付かないであろう、不気味な静寂に包まれていた。

 しかし、聖堂内の最奥には、一人の少女がいた。白いローブを身に纏った、金髪のロングヘアの少女。手に持つ杖を天に掲げ、何やら祈っている。

 

「この世界は、再び魔王の手に堕ちようとしている……。どうか、お救いください……。異界の勇者……、『仮面ライダー』よ……!」

 

 力強く言い切る少女。その言葉に呼応したように、杖が眩い光を放つ。その真っ白な光は、やがて聖堂内を、そして教会を包み込むのだった。

 

*****

 

 カーテンが閉められた暗い部屋。朝方だというのに、陽の光は差さない。本やゲーム、その他さまざまなものが散乱し、雑然としている。ともすれば、悪臭さえしてきそうだ。

 小型のテレビの前に胡坐をかいて座る、一人の青年。高校二年生の儚田勇也は、今日も徹夜をして趣味のRPGゲームに勤しんでいた。彼の顔を無機質に照らす、テレビ画面の灯り。呆然と見開かれたその目は赤く充血しており、釘でも打って動かないように画面にのめり込んでいる。カチャカチャ、コントローラ―の小気味良い音が室内に響く、実に慣れた手つきだ。その時、耳を劈くようにスマホのアラームが鳴る。

 

「あぁ、学校行かなきゃ……」

 

 スマホ画面には七時十分の表示。眉を寄せた勇也は、低く唸るようにそう呟くのだった。

 

 教室での勇也の席は、最も窓側の最後列―所謂、主人公席だ。授業を聞いているのかいないのか、頬杖をついてぼんやりと外の景色を眺める。ノートには、何かしらのアニメキャラの落書きがいくつか。それ以外はまるで白紙―授業は聞いていないようだ。

 何か面白いことないかな、なんて退屈な毎日に飽き飽きしている主人公が言いそうなことでも考えているのだろう。まるでお経の様に聞こえる教師の声には耳も傾けず、今日も勇也は何の代わり映えもない日常風景をただ見やる。

 

 昼休みになった。ガヤガヤと生徒たちの話声が聞こえるが、勇也の周りだけは静かだ。一人、机で弁当を食べ終えた勇也は席を立ち、教室を後にする。これから昼休み終了まで、行きたくもないトイレと教室の往復で時間を潰すのだ。

 ジャー、と水の流れる音がして、勇也がトイレから出てくる。トボトボと教室まで歩いて、その入り口でピタッと立ち止まる。

 勇也の席を、何人かの生徒が占領している。まるで自分の席だとでも言わんばかりに、しっかりとその椅子に腰を下ろしている。

 

「……」

 

 しかし、勇也は文句ひとつ言わない。文句がないからではない、この状況に慣れているからだ。カースト上位の生徒に席を取られたら、どうぞと譲るしかない。勇也程度のカーストの生徒には、彼らに口出しする権利などありはしないのだ。

 故に、スタート地点を臨時で変更する。勇也は教室の入り口から、再びトイレを目指して歩き出すのだった。

 

 ジャー、と水の流れる音がして、勇也がトイレから出てくる。トボトボと教室まで歩いて、その入り口でピタッと立ち止まる。ここまで一緒。因みに、コピペせずちゃんとタイピングしている。

 今度は、先程とは違う生徒が勇也の席を占領している。ただ先程と同じことは、相手が陽キャであることと、勇也には意見する権利がないということだ。

 

「はぁ~……」

 

 最大限の抵抗として深くため息を吐いた勇也は、一人どこかへ歩き去るのだった。

 

 放課後、勇也は生物室にいた。

 と言っても、それも名ばかり。ただ、偶然空いていた生物室を宛がわれ、そこでオタク友達とゲームしたり、漫画を読んだり、昨日見たアニメの感想を言い合ったりなどするだけの、オタクの集まりだ。唯一、生物室にいる、という事実だけが、勇也が生物部を名乗れる免罪符になっていた。

 広めの机に、四つの椅子がその周囲を囲う。それの塊が六個ほど。どこにでもある、一般的な理科実験室のような内装。棚には水槽があり、何匹かの金魚が勇也を嘲笑うかのように泳いでいる。大した生物もいない、生物室。

 

「どうして陽キャは、他人の机を勝手に使うんだろう」

 

 とは、先の昼休みの縄張り争いに完敗した勇也の台詞だ。そしてその言葉の向く先は、漫画を読む対面でパソコンゲームに熱中する、勇也のオタク友達。

 

「自分の縄張りを広げたいんでござるよ」

 

 まず間違いなく勇也と同じ目に遭っているであろう友人のその言葉に、勇也は妙に納得した。やはり実体験がある分、出てくる言葉が違う。

 水槽の水を運ぶモーター音と重なるように、友人のタイピング音、マウスのクリック音が響く。これも、実に慣れた手つきである。

 

「それ、どこまで行った?」

「レベル、素材カンスト。収集要素もコンプリート」

「マジか、やることないじゃん」

「まさか。この広大な異世界を歩き回っているだけでも、ファンタジーの世界に浸れるでござるよ」

「ほんと好きだよね、異世界モノ」

 

 因みに、勇也に異世界モノやRPG作品を教えたのはこの友人だ。勇也は彼ほどのめり込むことはなかったが、それも彼と比較した場合の話。傍から見れば、二人とも同類である。

 友人は、まるで先駆者のような笑みを浮かべながら―

 

「勇也殿も、このゲームをプレイしているなら同じでござる」

「俺はなんか、そこまでのめり込めないんだよなぁ。やっぱり、現実に生きてるっていうか?他のオタクとは違うっていうか?なんてね」

 

 もちろん冗談だ。勇也には、他のオタクとは違うんだ、なんてイキった考えはない。オタクは皆、等しくオタク。勇也は、良く言えば謙虚で、悪く言えば小心者なのだ。

 しかし、そんな勇也の軽口に返ってきたのは、友人のマジレスだった。

 

「……教室では空気みたいに扱われ、放課後は暗い空き教室で、名ばかりの生物部として金魚を横目にゲームや漫画という家でも出来るようなことを繰り返す毎日……。こんなリアルにまだ生きる希望を見出せている勇也殿は、ラスボスより断然強いでござるよ……」

 

 パソコンの向こうから覗く友人の目は、死んだ魚のようだった。

 水槽の金魚も、命尽きれば彼のようになるのだろうか。はたまた、今の彼を水槽に入れれば、金魚になるのだろうか。

 

「……やめてくれ、悲しくなる」

 

 死んだ金魚の目にあてられた勇也は、ただそう呟くしかなかった。それ以降の生物室には―想像に難くないと思うが―居たたまれない空気が充満するのだった。

 

*****

 

 最終下校の時間を迎え、勇也は一人、スマホを片手に帰路に付いていた。友人はあの空気に耐えられなくなったのか先に帰ってしまったので、もちろん一人で。また明日になれば、彼も気を持ち直すだろう。

 

「お、このアニメ二期決定してる……」

 

 そうは言っても、勇也は今の生活に特別不満があるわけではなかった。誰に気を使って、調子を合わせて愛想笑いをして過ごすくらいなら、一人でアニメや漫画を嗜んでいる方がよっぽどマシ―そんなやつなのだ。それこそ、異世界になんて飛ばされたら、日常とのギャップで精神崩壊は免れないだろう。

 交差点に差し掛かる。未だにスマホに目をやる勇也は、しかし赤信号であることに気付かず歩みを止めない。直後、視界の端にバッと光が照り付ける。思わず振り向く勇也。大型トラックのヘッドライトだ。クラクションが住宅街に響き渡る。しかし、勇也は体が硬直して動けない。その後は―もう、言わずとも察せるだろう。

 歩きスマホによる交通事故は、年々増加傾向にある。その中でも、特に多い事故の発生場所は『道路』―そう、今の勇也だ。非はどちらにあるのだろう。加害者になるのと被害者になるの、どちらが望ましいのだろう。そんなこと、事故が起きてから考えても仕方のないことなのだが。

 死を悟り、諦めて目を閉じる勇也。せめて加害者にならなくてよかった―儚田勇也という男は、死の間際にそう考えた。しかし、次に感じたのは轢かれた痛みでも、衝突した衝撃でもなく、ある声だった。

 

「どうかお救いください……。異界の勇者……、『仮面ライダー』よ……!」

 

 声が聞こえる。女性の声だ。否、その声はどこかから聞こえるのではない。頭の中に、脳内に直接響いてくる。その謎現象に、勇也は閉じていた瞳を再び開ける。しかしそこは、真っ白な世界だった。真っ白な光が勇也を、そして世界を包み込んでいたのだった。

 

*****

 

 ゆっくりと目を覚ます。ぼんやりと、光が入り込んでくる。それで空を見ていることに気付き、自分が地面に寝そべっていることを知る。トラックに轢かれたまま跳ね飛ばされたのなら、コンクリートの地面は固いはず。しかし、勇也の背中を撫でるのは、何やらサワサワしたものと、柔らかい土だった。

 

「ここは……」

 

 ゆっくりと体を起こし、周囲を見渡す。一面に広がる緑。頭上、木々の隙間からは木漏れ日が差している。どうやらここは、森のようだ。おかしい、先程まで家々の立ち並ぶコンクリートジャングルにいたはずなのに。いつの間にか、ガチのジャングルに来てしまったのだろうか。

 ポリポリと頭を掻く勇也だったが、先程のトラック事件と今の状況を鑑みてとある一つの結論を出す。

 

「……これが天国か。まぁ、悪くないな、うん」

 

 トラックに轢かれて死亡した自分は、天国に飛ばされたのだ。うん、実に納得のいく、辻褄の合った結論だ。果たして、勇也が死後に天国に行けるような人生を送っていたかは別問題として。

 とその時、背後からガサガサと物音がする。何かが草を掻き分けてこちらにやってくる、そんな音だ。立ち上がる勇也は、思わず身構える。天国なら、何かしら現世とは違う身体的能力を手に入れているだろう。そんな推測の元、勇也は拳を握る。

 だが、そんな勇也の些細な危機感は、草むらから飛び出した小さな顔に霧散した。

 猫だ。小さな猫だ。草むらから顔を出し、そして草むらから飛び出してくる。何の変哲もない、どこにでもいるような猫。

 

「その可愛さ、もしかして君が天使かな?」

 

 なんて軽口を言ってみる。だが、ここが天国であれば天使がいるのはおかしな話ではない。可愛さが天使級、という話でも、特段間違ってはいない。

 一度抱こうと近づく勇也だが、それに尻尾を振り、猫は走り去っていく。何かのアピールをするかのように、時折こちらを振り返るので―

 

「もしかして、着いて来いってこと?」

 

 という勝手な解釈をし、猫の尻尾を追いかけることにした。

 

 森の出口は思いのほかすぐ近くで、猫を追いかけているうちに開けた場所に出た。どうやら崖の上のようだ。そして勇也は、目の前の景色を見て瞠目する。

 眼下に広がる広大な世界。どこまでも続く新緑の平原。大きな湖は、空の青を映して眩しく輝いている。聳える巨山、その頂上は遥か雲の上。さながら、オープンワールドゲームのステージのようだ、と勇也は思う。優しい風が勇也の背を撫で、ふと吹き抜ける。まるで、この世界自体が青年の訪れを祝福するかのよう。

 

「すげぇ……」

 

 思わず声を漏らす勇也。その時、足元から猫の声がする。さっき、草むらから顔を出し、勇也をここまで導いてくれた猫だ。今度こそ抱き上げようと勇也が一歩踏み出すと―

 

「ちょ、あぶな―」

 

 思わず声が出たのは、勇也が落ちそうになったからではない。猫が、何の躊躇いもなく崖を飛び出したからだ。いくら猫と言えど、この高さでは助からない。咄嗟に手を伸ばす勇也だったが、それも杞憂に終わる。

 猫が、歩いている。いや、猫が歩くのは当たり前だが、その歩いている舞台が問題なのだ。崖から飛び出した猫は、あろうことか空中で軽やかなステップを踏んでいた。まるでそこに、勇也には見えない足場でもあるかのように。テクテクと歩いては、崖下へと降りていく。当然、驚いた勇也は猫を視線で追うが、その先に何かが見える。小さな、集落のような、村のような何かだ。

 

「い、行ってみる……?」

 

 やめておけばいいものを、勇也がそっと崖から片足を出してみる。猫の真似だ。ズリッ、滑って尻餅をつく。それで、心臓を吐き出しそうになってしまった。思い直すようにブンブンと頭を横に振った勇也は、大人しく崖下に続く道に沿って走り出した。

 

 そこは、集落や村、と言った体をなしていなかった。何故か、家や店に該当する建物が一つもなかったからだ。人気はなく、動物もいない。乾いた風が吹き抜けるそこには、崩れた瓦礫や折れた木材が積み重なっているだけだった。さながら、廃材置き場のような印象だ。

 と、正面から件の猫の声がする。

 

「お前、凄いな~。もしかして、本当に天使か?」

 

 三度目の正直でようやく抱きかかえることに成功した勇也が、猫にそう語り掛ける。

以前、X(旧Twitter)で実際の天使の姿と称して、無数の眼球が付いた神々しい生物を見せられたことがある。それに比べれば、この猫は実に可愛らしい天使だ、と勇也は思う。よしんばあれが本当に天使だとしても、そんなのがウロウロいるであろう天国には行きたくない。ましてやあれが後の自分の姿なんて言われれば、葬式中でも気合で起き上がってやる。勇也は心底安堵した。

 

「アンタが連れてきてくれたの?」

 

 なんて考えていると、正面から突如疑問符を投げかけられる。勇也が顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。

 

「あいや、連れてきたっていうか、連れてきてもらったっていうか……」

「どっちでもいいけど、とりあえず礼を言うわ。急にいなくなって、探してたのよ」

 

 と、言うことは、この猫は目の前の少女のものなのだろうか。それを証明するかの如く、猫は勇也の腕を抜け、少女へと駆け寄っていく。

 

「もう、勝手にいなくなっちゃ駄目でしょ~?」

 

 少女は、駆け寄ってきた猫を抱き上げ頬擦りする。思わず頬が緩んでしまうような、和やかな光景だ。だがそれ以上に、勇也はその少女の事が気になった。

 活発な声を放つ少女の肌は、勇也より少し黒いか。まぁこれは、勇也が普段家から出ないから白すぎるだけかもしれないが。深緑と金の装飾が付いた、何ともエジプシャンで露出の多い服を着ている。前髪の切り揃えられた丸髪は、毛先に行くにつれて深緑色にグラデーションがかかっている。額あたり―ちょうど、体育祭で女子がハチマキを付ける位置―には、金色の仰々しいアクセサリーが目を引く。

だが、それ以上に勇也が注目し、果ては二度見したのは少女の耳だ。どうみても人間の耳ではない。それは、今彼女が抱いている猫と同じ、柔らかそうな毛の生えた猫耳だった。いよいよ辛抱堪らなくなった勇也は、少女に話しかける。

 

「き、君は……?」

「アタシはバスティ、獣人よ」

「じゅ、獣人!?獣人ってあの、人と獣の混血の……!?」

「それ以外に何があるのよ。アンタは?」

 

 獣人の存在は知っている。創作物においてはレギュラー種族と言っても過言ではない。勇也がプレイしているRPGゲームにも度々登場している。故に、獣人がいることが問題ではない。“今、目の前に”獣人がいることが問題なのだ。

 そんな戸惑いなど気にも留めぬように少女が問うので、勇也は答えるしかない。

 

「え、は、儚田勇也、です……。一応その、人間……」

「変な名前ね。それに、人間にしては変わった見た目……」

 

 悪口を言われた、わけではないと信じたい。確かに、勇也は背はあまり高くなく、それでいて筋肉に乏しく細身だ。一般的な男性の体型とは、些か乖離している。『儚田』という苗字も、生まれていから一度も聞いたことがない。

 

「あ、もしかして君が天使?俺を天国に連れてってくれるの?」

「はぁ?何言ってんのよ」

 

 しかし、再び辿り着いた勇也の仮説を、バスティという獣人少女は一蹴する。少し棘のある言い方に聞こえて、勇也の心臓が一回り小さくなる。

目の前にいる猫と獣人少女は天使ではない。とすると、この場所自体が天国ではない可能性が出てきた。いよいよ、自分が本当にどこへ来てしまったのか、勇也が頭を悩ませていると―

 

『儚田勇也様、ですね?』

 

 死角から聞こえる声。否、それは聞こえるのではない。脳内に、直接響いてくるのだ。この穏やかな声音、どこかで聞いたことがある。勇也は既視感を覚えた。

 しかし、それより先にまた心臓が一回り小さくなった勇也は、思わず身構える。

 

「だ、誰……?」

『神官、エルフ族のエルマと申します』

「エルフ……?」

「アンタ、誰と話してんのよ?」

 

 エルフとは、あのファンタジー作品に出てくる耳の長い種族の事だろうか。獣人族と一位二位を争うほど、メジャーな種族だ。今、自分が話しているこの声の主が、そうだというのか。

 一方、一人取り残されているバスティは、怪訝に眉を寄せる。この声は勇也にのみ聞こえているものであり、バスティには聞こえていない。つまり、バスティは会話に入れてもらえない仲間外れであり、勇也は勇也で傍から見れば大きな独り言を言っているヤバイやつなのだ。

 しかし、今の勇也にはそんな自分の姿とバスティの疑問に答える余裕などない。そして、脳内に語り掛けてくる謎の女性の次の言葉によって、勇也の残り少なかった余裕はついにゼロになる。

 

『貴方様を、召喚させていただきました』

「……え、今なんて?」

 

 “召喚”という、最も聞き慣れていて最も聞き慣れていない言葉が聞こえて、勇也は自分の耳を疑う。

 

『トラックに轢かれそうになっていた貴方様を、召喚させていただきました』

「……召喚って、どこに?」

『ようこそ、異世界・『ボーテンミュイズン』へ!』

 

 両手でも広げて、高らかと言い放っていそうなテンションの声が脳内に響く。またもや“異世界”などという、最も馴染み深く、そして最も縁遠い言葉が聞こえてきて、勇也は疑問が止まらない。

 

「異世界?」

『はい』

「日本じゃない?」

『はい』

「天国でもない?」

『はい』

「つまり、異世界召喚ってやつ?」

『はい!』

 

 本当に信じられない場面に直面した時、人は刹那、冷静になる。否、頭が真っ白になって何も考えられなくなっているから、返って表面上は落ち着いているように見えるのだ。

 今の勇也もそうだった。そして、徐々に脳内の整理がついてきたところで、勇也は肺一杯に息を吸い込んで―

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 異世界・ボーテミュイズンへの挨拶として、大絶叫を聞かせてやるのだった。

 

 

「分からない……。何も分からない……」

 

 今の勇也は、現実の受け入れられなさに地面と一体化している。見ようによっては小さな山のようで、猫たちの遊び場になるにはちょうど良かった。

 

「アンタ、大人気ね……」

 

 あれからすぐ、声の主は通信を切断した―何も分からない勇也を取り残して、一方的にプツリと。しかし去り際、彼女は勇也に一つの目的を与えた。それは、彼女がいるであろう神殿に来る、ということ。どうやらそこで、この世界のことや、勇也が召喚された理由について詳しく話そうとしているようだ。

 しかし、目的を与えられたからと言って、今の勇也に何ができるだろう。新作のゲームを買い与えられたら、文句も言わずその攻略法を見つけるだろうが、それとこれとは話が違う。何も知らない土地で、何も持っていない状態で、道も分からない場所へ辿り着け、など一種の拷問だ。

 自身の、不可抗力の無力さに打ちひしがれ、ジタバタとする勇也。それを見て、獣人の少女は深くため息を吐く。

 

「仕方ないわね、アタシが連れて行ってあげる」

「え?」

「探してた子見つけてくれたお礼よ。教会の場所ならアタシも知ってるし。別に、アンタが心配だからとかじゃないんだから、勘違いしないでよね……!」

「め、女神……!」

「獣人!ほら、行くわよ」

 

 獣人なのは重々承知だ。しかし、今の勇也には彼女が正真正銘の女神に見えてしまったのだから仕方がない。

 照れ隠しなのか、それともただ勇也がウザったかっただけなのか、バスティはズンズンと先を行ってしまう。置いてかれまいとフラッと立ち上がり、まるで親猫に着いて行く子猫のように、勇也は彼女の背中を追いかけるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。