負ける気せぇーへん、機械兵やし 作:長い犬
初めて出会ったのは入学式のとき。入学式のスピーチの担当があいつと私だった。スピーチをするのは成績順に決められていて、私が一位、あいつが二位だから、あいつは前座で私がメインとなった。
けど、私は知っている。本来はあいつが一位だったことを。しかしお偉いさん方は7等級の奴にスピーチをさせるのは面子に関わるため、ねじ曲げたのだ。
そして私は用意された原稿を読むことになった。本当のことなど何一つない嘘だらけの原稿を。
……何が「今後も結果に驕らず、精進を続けていきます」よ。誰が嘘の結果で調子にのれるのよ。
決して顔には出さないが、イライラした気持ちが胸に溜まっていく。なんで努力して、その結果を出したやつが報われないのか。
「お~い、ダイジョブですか?」
どんな顔してスピーチすればいいの?他人の結果をぶんどってそれを自分の成果にすることが努力なの?馬鹿馬鹿しい。
「あれ?無視されてる、これ?」
考えれば考えるほどわからなくなる。正しい姿とは何?社会の言うことが全て正しいのか?もしそうなのだとしたら、いっそわたしが……。
「大丈夫ですか?」
「わっ、いきなり何よ!」
あいつはこちらの顔を見ると、嬉しそうにニコニコと微笑んだ。
「お、漸く返事してくれた。もうすぐスピーチの時間だぜ?準備はOK?」
「あ、ああ。そうだったの。準備はできてるわ、行きましょう」
そこまで没頭していたとは。くっ、失態ね。
「と、その前に」
突如私のほうを振り返り、真剣な眼差しで見つめてくる。
「な、何よ」
「酷い顔してるぜ、ライカ。誰かを恨み殺しちまうほどのものすごい剣幕だ」
嘘っ。慌てて手鏡で確認するとあいつの言う通りだった。眼は恐ろしくつり上がり、まるで仇を目の当たりにしたときみたい。口角は微塵も上がっておらず、むしろ真一文字に結ばれている。
全然我慢できてないじゃない。また失態を重ねるところだった。いつもなら自重できてるはずなのに。
「ごめん、ありがとう」
「いやいや、お気になさらず。ちなみになんでそんな怖い顔してたん?」
……コイツ、ナチュラルにタメ口なのね。今まで問題にならなかったのかしら?軍での等級関係はかなり厳しいのよ。
「……あんたに言う必要があるわけ?」
「ごもっともな意見やね。そう言われるとぐうの音も出んわ」
けどやなぁ、と優しく私に語りかける。
「言葉にすることでなんかスッキリせえへん?こういうのはいっそぶちまけたほうが楽なれんで。あ、勿論やけどちっさい声でな。誰かに聞かれたら俺ら打ち首やからな」
「……ふっ、何それ」
成績優秀者のくせに堂々と国家侮辱罪になりそうなこと言っちゃって。可笑しいやつ。
「せやから話を……あ、ヤバい。時間ないわ。ライカ、大丈……夫そうやな。メンタル強ない?」
「ええ、もう心配ないわ。迷惑かけたわね。さぁ、行きましょうか!」
それからあいつとの関わりが始まった。同じクラスになったのもあるけど、なんとなく馬が合ったのよ。
軍事演習では、あいつの天賦の才が光っていた。一つ、二つの武器を上手く扱えるやつは何人もいるけど、全ての武器をほぼ完璧に使えるやつはあいつしかいなかった。射撃の正確さ、瞬時の判断能力、その他にも色々あったけどどれもが既に一級品だった。
一度あいつに聞いたことがある。どうして完璧にできるのかと。そしたらあいつはさも当然のように言ったわ。
「必死にした練習の成果やね」と。
私はそれが信じられなくて、なら私も一緒に練習させてと頼み込んだわ。何か秘密の特訓でもあるんだろうとそう思ったから。
けど実際の内容は違った。本当に、ひたすら血の滲むような努力を積み重ねていただけだった。常人ではついていけない練習メニューを軽々こなし、運が悪ければ死ぬような過酷なことも淡々とこなしていた。
頑張って途中まで粘ったけれど、最後まで耐えることはできなかった。その時私は知ったの。天才は常人よりよほど努力して、その果てに成るものだと。
この日から私もあいつと一緒に練習するようになった。私は自分に甘くしたくない。私がボケーと過ごしている間、あいつが鍛練を積んでいると思うと、私はいてもたってもいられなかった。
最初は途中で離脱するしかなかった練習も、三ヶ月目に漸く最後まであいつと肩を並べることができた。疲労困憊の私と違ってあいつは少し発汗しただけだから、まだまだ差はあったけれど。最低限のラインに立てたことが、何よりも嬉しかった。
その後もあいつと競い続けた。結局勝てた数は片手で数えられるごく僅かな回数しかなかったが。それでも私は一切手加減なんてしなかったあいつに勝てたのだ。今でもそれは私の誇りよ。
そうして軍学校の生活はあっという間に過ぎ去っていき、気づけば今日が卒業式。あいつと送る生活は、今日で終わりを迎えた。
これから私たちはカゾルミア陸軍に入隊する。配属先は別々になるだろう。政官の娘である私は国内の憲兵、あいつは早速実戦に投入されるだろう。
だから、あいつと会えるのは今日が実質最後。私は、最後の最後まで無駄にはしたくない。
卒業式の後、時間が空いた私たちは初めて遊びに行った。商業施設で様々な体験をした。ウインドウショッピングをしてみたり、外食したり。誰かとそんなことをするのは初めてだったけど、あいつがいろいろリードしてくれた甲斐もあって楽しめた。
夕暮れ時にはすっかり満喫した私たちは、帰り道に出店でそれを見つけた。
無骨なデザインの銀のロケット。周りにあるネックレスやら指輪と比べたら人気のないものだった。しかし、戦場に身を置く私たちにとってはそれが最適だった。
「ねぇバルス。これって頑丈そうよね」
「確かに。銃弾の一発や二発は軽く弾きそうやな」
「………バルス。一緒に買う?これ」
「ええね、お揃いやん。ほな早速……」
コイツ、わかってて無視してるのか?それとも面の皮が厚いだけ?くっ、なんか負けた感じがする……!何か仕返ししたい!
「折角だからこれを機に約束して、バルス」
「ん?何をや?」
「戦争が終わるまでお互いこれをずっと持つのよ。お互いの写真を入れてね」
ふふ!流石にここまですれば少しくらい赤面するだろう。ロケットに写真を入れるなんてカップルか家族しかいないだろう。……そう思うと急に恥ずかしくなってきた。ちょっと冷静じゃなかったわ……。
けど、ここでバルスの赤面を見れればまだ私の勝ちだ。さぁバルス!恥ずかしがりなさい!
「……ああ、ええ考えや。そうしよか」
な、なんでそんな嬉しそうな顔してんのよ。私が思ってたのと全然違うけど、ある意味珍しい表情を引き出すことに成功したからよしとしよう。
「じゃあもう一つ約束しようや」
「ん、何かしら?」
「戦争が終わったら、また二人でこうして出かけようや。その時に言いたいことがあるから」
言いたいことって……まさか、ね。
「いいわよ。……当分先の話だけど、ちょっと未来が楽しみになってきたわ」
「ああ、俺も楽しみや……」
その時のあいつの顔は、同じように未来のことを楽しみにしているように見えた。けれど、同じくどこか諦めにも似た感情が見えた気もした。
そうして私たちは予想通りの配属先に飛ばされて、気軽に会うことはできなくなった。なので代わりに文通をすることにした。
正直、私は国内の憲兵なのでそんなに仕事はない。だからたまにあいつに手紙を送っていたのだ。一方のあいつは実戦に投入されたから、余裕は一切なかっただろう。それでも頻繁に私に返事の手紙を送ってくれた。
今日は○○戦線で戦ったとか快勝だとかの軍事に関することも時々書いてたが、手紙の内容はほぼ雑談だった。
食事が不味い。上官がウザイ。久しぶりに私と遊びたい等々多岐にわたった。文通は月に一回程度届くかどうかだったから、いつも楽しめたわけじゃないけど。それでも数少ない私の楽しみの一つだった。
………けど、丁度二ヶ月前から連絡が来なくなった。最後の手紙には「北部に移動するから手紙は遅れるかもしれんわ」と書いてあったから。きっとそういうことだ。
そこから一日、一週間、一か月、半年と待った。待ち続けた。ずっと待っていた。結局、返信は来なかったが。
そこで漸く思い至ったのよ。あいつはもう既に……。まさかそんなはずはないだろうと思った。あいつは飛び抜けて優秀な兵士だった。だから、今もきっと何処かで生きてるに違いない。妄信的になっていた。
けど私の理性が囁く。ならばどうして返信は来ないのか、と。聞かないふりをしたかった。けどあの時あいつを見て誓ったんだ。妥協はしないと。
そしてツテを使ってあいつの所属していた遊撃部隊の安否を調べた。そしたら呆気なく情報が入ってきた。
今から一年前、あいつの北部に行くという旨の手紙が届いた頃だった。あいつは行方不明になっていた。あいつの仲間は全員死体が確認されたが、あいつの死体だけは確認されなかった。
だが、その代わりにあるものが落ちていた。壊れかけた無骨なデザインの銀のロケットが、ポツンとそこに。
………約束したじゃない。戦争が終わるまでずっと持っておくって。戦争が終わったら一緒に出かけようって。
どうして、どうしてどうして。あいつはずっと努力していた。それなのに、どうして……。
首にかけたロケットを握りしめる。ひんやりと冷たい感覚を送ってくるのが、今は酷く、邪魔に思えた。
けれど、まだ、可能性が一つある。どうやら噂だが、『バルス』と名乗る隣国の機械兵がたまに戦場に出没するらしい。圧倒的な高火力で敵を凪払うらしい。その姿まさに激甚とも言われている。
……いつか昔、手紙にこんなことを書いていた。
「最近グレネードランチャーで活躍してるからか、なんか知らん間に『激甚』とかいう二つ名がついてたんやけど。正直恥ずかしいわ」
噂、あくまで都市伝説だ。尾ひれがついたただのデマかもしれない。誰かの見間違いかもしれない。けれど私は否定したくなかった。少しでもあいつに会える可能性があるのならいくらでも信じてやる。
幸か不幸か、近々前線の人員不足により私も戦場に派遣される。しかも北部の前線だ。あの噂は北部間で広がっている。
あいつ、いいえバルス。絶対に探しだしてやる。そして説教して、その後に思い切り抱き締めてやりたい。バルスは私との約束は一度も破ったことはない。だからバルス、待ってて。今迎えに行くから。
握りしめたロケットは鈍い光を放った。
ライカちゃんかわいいよぉ