殺人ピエロは連邦生徒会長を狩りたい……♠︎ 作:GT(EW版)
気まぐれで嘘つき♠
──また「おはよう」って言って、またユメを見せて、今日も元気で過ごせたらイイよね。
学園都市キヴォトスを象徴するランドマーク、サンクトゥムタワーが聳える連邦生徒会の管理地域「D.U」。その中でも最新の施設が備わった大病院の一室にて、眠り姫は静かな寝息を立てていた。
規則正しいリズムが整った、安定した寝息だ。安らかな顔でとても気持ち良さそうに眠っているその姿は顔色も良く、何故病室にいるかもわからないほど健康体に見えた。
実際、あらゆる医者から見ても彼女は全くの健康体だった。心音も脈も安定しているし、外傷も無い。もちろん、脳にもだ。
二年ほど前にこの病院に運び込まれた時こそ酷い脱水症状に襲われていたが……手遅れになる前に処置が間に合ったため、今では完全に完治していた。
ただ一つ、「健康体なのに目を覚まさない」こと。
それだけが、眠り姫──梔子ユメを蝕んでいる問題だった。
生きているのに。
息をしているのに。
ただ意識だけが帰ってこない先輩の姿を、小鳥遊ホシノは自分の「罪」だと認識していた。
せめてもの懺悔の気持ちで二年間、少なくても一週間に一度はこの病院に足を運んでいる彼女だ。今でこそ頻度は落ちたが、かつてはそれこそ毎日通っていたものである。
今日は起きないかな……と、心の奥底ではそんなことあるわけないとわかっていながら、それでも病室のドアを開けたら昔と変わらない笑顔で自分を迎え入れてくれる──そんな夢を見ては叶わずに終わる日々を過ごしていた。
笑い合うこと、何気ない会話。毎日の暮らしの中でどうだっていいこと。
何も考えずに浮かんでくる言葉……ふとした瞬間がどれだけ大切なものだったのか、あの頃は思いもしなかった。
ああ、私がユメ先輩を……殺したようなものだ。
もっとあの人の気持ちを考えていたら。言葉を聞いていたら。彼女は今でも青空の下で元気だったろうし、とっくに卒業だってしていた。
その責任に押し潰され、自ら命を断とうと思ったことも一度や二度ではない。
小鳥遊ホシノがそうならなかったのは、ユメのいなくなった学校にノノミやシロコといった後輩ができたからと──他校の生徒であるが「空崎ヒナ」というかけがえのない親友ができたからだろう。
小鳥遊ホシノは過去を語らない。自らの過去を、汚点として憎んでいるからだ。
しかしそれでも、あの時──たった一度だけ、その胸の内を他の誰かに明かしたことがある。それこそが高校一年生の頃に出会い、友人となった空崎ヒナというゲヘナの生徒だったのだ。
彼女とは、ユメとほぼ同時期に出会った。
アビドス自治区に逃げ込んできたゲへナの不良──今で言うところの便利屋68のような集団を追ってきた彼女と鉢合わせになったのが、接点を持ったきっかけである。
その際にいつものトラブル吸引体質を発揮し人質にされたユメを助ける為、彼女とは成り行きで共闘し、以後梔子ユメ共々親しい間柄となった。
……実はそのきっかけとなった不良集団がアビドス自治区に逃げ込んできた理由にはどこぞの変態殺人ピエロが一枚噛んでいたりするのだが、経緯はどうであれ当時の小鳥遊ホシノと空崎ヒナは性格が正反対故に相性が良かったのである。
──この二人がこの時点で親交があったのはピエロの存在によって「本来の運命」から少しずつズレていった結果の一つであったが……ホシノにとっては間違いなくプラスに転じた出来事だった。
行方不明になった梔子ユメがこのような状態で帰ってきた後、ホシノの心はボロボロだった。
彼女をこんな目に遭わせたアビドスの地も、何より自分自身が許せなくなり──塞ぎ込んでいた当時のホシノを救ったのが、数少ない友人であるヒナの存在だった。
『気にするなとは言わないけど……貴女自身が貴女を許せなくても、梔子ユメは貴女を許す筈よ。今の貴女をあの人が見たら、こう言うでしょうね』
彼女もまた、梔子ユメのことをよく知っていた。
だからこそ、彼女はホシノ自身も心の中ではわかっていたユメの心情を代弁できたのである。
普段口数の多い方ではない彼女が友の為に懸命に振り絞ったその言葉は、自分自身を含む何もかもを壊そうとさえ思っていた当時のホシノの心に強く響いたものだ。
『誰にだって間違いはある。連邦生徒会長だっていつも完璧なわけじゃない。ただ私がドジだったの──だから前を向いていこう、ホシノちゃんって……』
『……っ』
梔子ユメが遭難する原因を作ったのは、前日に心無い言葉を浴びせた自分だ。そう自罰的に己を責めていた彼女に対して、当の梔子ユメならどのような言葉をかけるのか──そんなことは他でもないホシノ自身が誰よりも理解していた。
理解していたからこそ、許せなかった。そんな心を読み取った、空崎ヒナの言葉は的確だった。
……的確だったからこそ逆鱗にも触れた。お前に何がわかると激昂し、かつては殴り合いの喧嘩にまで発展したものだ。
だがヒナはそんなホシノの癇癪を全部吐き出してしまいなさいと受け止め──二倍返しぐらい殴り返してきたものである。
そうしてお互い疲れ果てるまで殴り合った後で、彼女はホシノに問い掛けた。
『……あの人が貴女に残したかったのは、苦しみや後悔なんかじゃない。自分と貴女で守ってきた、「アビドス」という思い出の楽しさでしょう?』
どれほど理不尽な困難に苦しめられても、梔子ユメはアビドスを憎まなかった。そこに関わる、ただ一人の人間さえもだ。
きっと自らが意識を失う時まで、彼女の心には恨み節一つ無かったのだろう。小鳥遊ホシノの知る梔子ユメは、そういう人だったのだ。
その先輩が自分に残していったものを……私は。
『そんなに辛いなら、アビドスなんて辞めなさい! だけどあの人は、ユメ先輩は死ぬ為にあの学校に残っていたんじゃない! 貴女や後に続く後輩たちの為に、その思い出という足跡を残しておきたかったのではなかったの? 小鳥遊ホシノ……!』
そうだ……ユメ先輩が、たった一つ、私に残してくれたものを……私が……!
『……その言い方だと、先輩が死んじゃったみたいじゃん。やめてよ、縁起でもない』
『……ごめんなさい……熱が入りすぎたわ』
『でも、ありがとヒナちゃん。そうだね……いつかユメ先輩が起きた時と、これから続いていく後輩たちの為にも……あの人から受け継いだものを、ちゃんと残さないとだね』
──人よりも恐れられているのに、人よりも怒るのに慣れていない……そんな不器用な友人から叱咤激励を受けたあの日から、未だ覚束ないながらも小鳥遊ホシノの生き方は定まった。
彼女の言う通り、梔子ユメは後輩の心に傷を遺す為にアビドス高校に残ったのではない。この空を曇らせる為に生きてきたのではないのだ。
あれもこれも自分の責任だと塞ぎ込むのは、それこそ彼女の意思を蔑ろにしていた……殴り合いの喧嘩になっても大切なことに気づかせてくれた彼女の存在は、ホシノにとって本当に得難い無二の親友となった。
でも、私の方が強いから。あれで勝ったと思うなよ──と、彼女に対しては今も「おじさん」らしからぬ対抗意識を胸に抱えている小鳥遊ホシノにとって、可愛い後輩たちと共に歩み続けた高校生活はとても楽しいものだった。
病室の中、梔子ユメの寝顔を穏やかに見つめるホシノの脳裏にはこれまでの濃厚な日々が鮮明に浮かび上がってくる。
だからこそ、今も性懲りなく愚かな決断をしようとする自分に乾いた笑いが漏れてしまうのだ。
「……今度は私が残しますよ、先輩。貴女が私に繋げてくれたように、私があの子たちに繋げていく……貴女の意識も、私が全部取り戻します」
──これからホシノは、カイザー・コーポレーションに身売りする。
それは、アビドス高校の借金相手であるあちらの理事との契約である。自分がPMCの傭兵になることで、アビドス高校の借金を大きく減らすことができると──その提案に、ホシノは乗るつもりだった。
あの不誠実が服を着て歩いている理事が素直に約束を守るかというと極めて微妙だが、それを理解してもなお彼女の決心は変わらなかった。
と言うのも彼女の本当の目的はそちらではなく、「黒服」と名乗る理事のビジネスパートナーにあったからだ。
正確には、黒服の抱えている「特別な知識」への興味である。
『今の梔子ユメさんが陥っている状態には心当たりがあります。我々が日々研究を行っている「神秘」に深く関係していると言いましょうか……そして我々には、現代の医学では対処できないそれを解明する術があります』
──と、そんなことをあの見るからに怪しい男は言っていたものだ。
彼が語るには小鳥遊ホシノはキヴォトス最高の神秘を持っているとのことだが、生憎にもホシノ自身は「神秘」という概念について理解しているわけではない。ただそういった理屈では測りきれない不思議な力がこの世界に溢れていることを、どこぞの変態殺人ピエロが語っていたことを思い出した。
だからこそ、それが今のユメに関わっていることに納得できてしまった。
ホシノ自身も悟っていたのだ。このまま無為に入院生活を続けさせているだけでは、梔子ユメは決して目を覚まさないと。
他に手掛かりが無いのだから、僅かな可能性だろうと縋るしかない。
心の中ではどうせ裏切られるだろうと疑っていても、自分たち子供の力だけでは何の進展も無いとわかっているホシノにとっては、黒服の言葉さえも一縷の希望だった。
──大丈夫。既に布石は打った。これでもし私がいなくなっても、アビドスは永遠に生き続ける……!
もちろん、無策で飛び込むつもりはない。
もしもの時の備えとして、既に頼れる親友にはモモトークで連絡を入れている。最悪の状況になったら、彼女が何とかしてくれるだろう。
あのシャーレの先生……柴大将以外に初めて見た優しい大人も、残された後輩たちのことを悪いようにはしない筈だと──そう信じている今のホシノの表情はとても穏やかだった。
……それが一転して曇り出したのは、この病室に「イヤな奴」の気配を感じた時のことである。
うわでた。そんな顔をしながら振り向いたホシノの視線の先には、連邦生徒会の白い制服を身に纏ったカーキ色の髪の少女が佇んでいた。
見舞いのつもりなのか、色鮮やかなガーベラの花束をその手に抱えた姿は当人の華やかな容姿と相まって憎たらしいほど絵になるものだった。
こうして素顔を晒している時は、彼女の
「まだここにいたんだね♥ みんな心配していたよ♠」
……喋らなければ、という条件がつくが。
病院の中に入る時はしっかり正装でキメてきたことといい、見舞いの花束には「希望」の花言葉を持つガーベラを選んできたことといい……こういう時はしっかりエチケットを守れる癖に、何故か世界観が透き通っていないのがこの女である。
そんな彼女の姿に思わず吐き出しかけた溜め息を辛うじて押しとどめながら、ホシノは今度は何を企んでいるのかとその挙動に目を「凝」らしながら応対する。
「うへ……シロコちゃんには遅くなるかもって言っておいたんだけどね。心配させたなら後で謝りに行くよ」
「うん♪ 親しき仲にも礼儀ありだからね♣ 可愛い後輩は大切にしないと♠ あと、警戒しなくていいよ♥ 見ての通り、今はオフだから♥」
「……あっそ」
確かに見たところ、今の彼女は病院のルールに則り完全に武装を解いている。
その言葉を完全に鵜呑みにするのは論外としても、見舞いの花束を用意してまでわざわざこの病院に来てくれた来客を追い払うのは悪いだろう。そう思ったホシノは遺憾ながら梔子ユメの命の恩人でもある彼女──揃カルカの来訪を受け入れることにした。
そもそもここは連邦生徒会の管轄下であり、どちらかと言えば自分の方がアウェーなのだ。その立場をホシノは弁えているつもりだった。
「で、何しに来たの? まさか本当に先輩のお見舞いに来ただけじゃないよね?」
「キミへの報告と相談♣ カイザー・コーポレーションはそろそろ、アビドスの買収に本腰を入れてくるかもしれない♦」
「……そう」
「で、それに気づいたアビドスのみんなが便利屋68と一緒に襲撃計画を練ってるってワケ❤︎」
「なんて?」
今、楽しそうな顔でとんでもないこと言い出したなコイツとホシノは目の前のピエロ……もとい、見た目 美少女!!をジト目で睨む。
そんなホルスの視線に目を細めた彼女は窓際の花瓶の中身を手持ちの花束と入れ替えながら、ホシノがここにいる間アビドス自治区で起こった出来事をかくかくしかじかと語った。
カイザー・コーポレーションの命令を受けた便利屋68による柴関ラーメンの爆破。
ゲヘナ学園風紀委員会の乱入と退去。
場を収める為にカルカが介入したことで、対策委員会のカイザーに対するヘイト感情が現在爆発寸前であること。
いずれにせよアビドスの現生徒会長である小鳥遊ホシノを交えて話し合う必要があるということで、帰るまでそう時間は掛からないだろうと待っている間時間潰しに開催したジジ抜き大会。
ゲームが終わってもホシノは帰ってこなかったので、便利屋のメンバーは一旦先生が責任を持ってシャーレに引き取ることになり、暗くなってきたので今日はお開きになったこと……それら濃厚な出来事をカルカは簡潔に話した。
因みに、ジジ抜き大会の結果は便利屋68の社長陸八魔アルの勝利に終わった。
その際に彼女がカルカに向かって言い放った「貴女は三つのエースの内どれかをジョーカーに見立てると言っていたけれど、とんだピント外れね。
ゲームは予想以上に盛り上がったようで、当初は一触即発だった対策委員会と便利屋68が親睦を深めることができたらしい。
……正直、自分も混ざりたかったなと思ったのは内緒である。
そんなこんなでゲームを通して相互理解を果たした彼女らは、「一緒にカイザーブッ潰しに行こうぜ!」というノリになったらしい。流石に先生が止めに入ったようだが、先輩としてちょっと心配になる流されやすさである。
まあ、そこが可愛いんだけど。
「……ワカちゃんまで巻き込んで、みんな何してんのさ……」
「やられっぱなしなのは面白くないだろ♦ みんなキミの背を見て育ってるんだよ♥」
「うへ……ユメ先輩みたいにはいかないね……」
自分のことは見習ってほしくなかったのだが、三年生が他にいない弊害であろう。悔しいことに、後輩たちがカイザー・コーポレーションに対して抱いている感情はホシノも同じだった。
これが梔子ユメであれば「乱暴なことはダメ!」とはっきり釘を刺しに行くところなのだろうが……生憎にも小鳥遊ホシノ本来の気質は今で言うところの砂狼シロコに近い。今すぐカイザーを壊したい気持ちは誰よりも理解していた。
そんな本音を年月と共に培ってきた理性で覆い隠しながら、ホシノは丁度良い機会だとカルカに訊ねる。
「私も、お前に聞きたいことがあるんだけど」
「おや珍しい♦ 何だい?」
「黒服って知ってる?」
「うん♪ 知ってる♦」
「知ってるんだ……」
梔子ユメ復活の手掛かりを持っていると告げた怪しい男、黒服。
こちらを見つめるあの控えめに言って気持ち悪い眼差しに、ホシノは既視感があった。それが今目の前に立っている揃カルカという女である。
逆に言えば根拠はそれしかないのだが、冗談半分で問い掛けた言葉に対して彼女はあっけらかんと答えた。
「ボクが知っているのは黒服個人と言うより、彼のいる「ゲマトリア」って組織のことだけどね♦ 他ならぬキミの頼みだし、情報料はタダで教えてあげよう♣」
「いい。後が怖いからお金は払うよ。値段は内容次第だけど、いつものところに振り込んでおくね」
「キッチリしているねぇ❤︎」
ただより高いものは無いという言葉があるが、この女に関してはまさにそれが当て嵌まる。ただでさえ「梔子ユメの救助」という特大の借りをしている彼女に、これ以上甘えるのはプライドどうこう以前に後で何を要求されるかわからなくて本当に怖かった。
空崎ヒナのような貸し借り無しの友人関係なら話は別だが、ホシノは揃カルカという人物とそこまで打ち解けているわけではないし、今後も打ち解けることは無いと思っていた。
表面上こそ友好的に話しているが……彼女は今もナイフのような殺気を「発」している。それはホシノほど鋭敏な感覚の持ち主でなければ読み取れない微弱な殺気であったが、わかる者にだけ的確に不快と感じる巧妙さで放たれていた。
因みに現在失踪中の連邦生徒会長は、それを日常的に受けながらもあえて自然体で接していたらしい。荒らしはスルーで安定とはよく言ったものだが、実際にそれができるのは彼女のような超然的な存在か、或いは陸八魔アルのような大物ぐらいなものだろう。
……そういった例を挙げてみると、彼女がどういった人物を好むのか何となくわかってしまうのがホシノは嫌だった。
うへぇではなく、うえぇっとした感情を懸命に抑えるホシノの前で、彼女はそんなこちらの感情を愉しむように微笑みをたたえている。
窓の隙間から入り込んできたそよ風にふわりと靡くカーキ色の髪と、黄昏の光に照らし出された彼女の姿が無駄に神々しくて腹が立った。
「ゲマトリアは構成員五名で、全員がキヴォトスの「外」から来た大人❤︎ メンバーは突然入れ代わることがある♦︎ 活動は主に「神秘」の研究で、たまに慈善活動もする❤︎」
そこまではホシノも知っている。
しかし続けてカルカの語った内容には、表社会でまともに暮らしている者には知り得ない事実が幾つもあった。蛇の道は蛇という奴なのだろう。
カルカは語る──遥か昔のキヴォトスには、大いなる「神」を再現するためにAI開発を行う研究機関が存在しており、その研究に対して援助活動を行っていたゲマトリアという組織があったという。
しかし、その計画は頓挫し組織は解散。以後、黒服たちが「ゲマトリア」の名前を拝借しているとのことだ。
そんな彼らのメンバーは、現時点では五人。
ホシノに取引を持ち掛けた「黒服」の他には、それぞれ「マエストロ」、「ゴルコンダ」、「デカルコマニー」、「ベアトリーチェ」と名乗っている。
「わかりやすく言うと、「神秘」を専門に扱う研究会だね♦ 学校の部活と違うのは全員大人だということの他に、神秘の探究の為には非合法的な人体実験も厭わないってトコかな♠」
「…………」
彼らはメンバーごとに──ゴルコンダとデカルコマニーは二人で一人という表現が適しているが──それぞれ研究、芸術、文学など各々異なるスタンスで「神秘」に対する探究を行っている。
故に、メンバー同士いつも一緒にいるわけではないようだ。
しかしキヴォトスの生徒たちにとって善でないことは共通しており、ホシノが睨んでいた通り危険な集団であるという認識に齟齬はなかった。
「ボクは彼らと二、三年前に接触した♦︎ ボクも神秘には興味があったからね♦ 会長と会ってからはもう用が無くなったからそれきりだけど♠︎ ああ、この中だとベアトリーチェとは会ってないね♦」
「……詳しいんだね。お前、実はその一員だったりしない?」
「ボクも神秘には一家言あるケド……ボクは学者じゃないからね♦︎ オカルトマニアの研究会には興味が無いんだ♦」
「だろうね。疑ってごめん」
「いいよ♥ 今のボクは気分いいから♥」
……思ったより有用な情報をくれるから質が悪い。困ったことに、この殺人ピエロは裏の世界の情報屋としては非常に優秀だった。
これまでの付き合いで得た教訓から彼女の語る言葉の全てを鵜呑みにはできないが、だからこそホシノは彼女と近づきすぎることのない適切な距離を維持していた。ここに陸八魔アルがいたら、そんなビジネスライクな関係をハードボイルドだと目を輝かせていたことだろう。
ホシノ自身も彼女に振り回されるようになってから、すっかり荒んだ性格になってしまったと自嘲している。
思えば後輩たちの前ではうへうへ寝坊助おじさんをやっているのも演技というわけではなく、そういったストレスからの反動も理由にあるのかもしれない。付き合いの長いノノミとシロコには、薄々感づかれているかもしれないが。
そんな不誠実な自分自身に苦笑しながら、ホシノは彼女に「本題」を突きつけた。
「じゃあもう一つ聞くけど……お前はそのゲマトリアって組織なら、ユメ先輩を治せると思う?」
ホシノは語った。
カルカが来訪するほんの少し前、自分はゲマトリアの黒服と何度目かの密会を行い、ある提案を受けたと。それを引き受ければ梔子ユメの意識が戻るかもしれないと、彼が口にした言葉をそのまま話したのである。
それは彼女が友人でも後輩でもない何とも言えない関係だからこそ、特に躊躇いも無く打ち明けることができた相談であった。
「そんな重要そうな決断に、ボクの意見が必要なのかい?」
「私よりはゲマトリアに詳しいでしょ? 客観的にどう思うのか聞きたいんだよ」
「ふむ……♣」
裏社会に潜む謎の組織を探るには、やはり自分よりも裏社会に馴染みある者に聞いた方が合理的である。もちろんホシノ自身も彼らについて独自に調べていたが、一人では限界があるのが正直なところだった。
忌憚の無い率直な意見を求めると、カルカは少し考え込む素振りをした後、数拍の間を空けて応えた。
「少なくとも、ここに置いておくよりは進展がありそうだねぇ♣ 今のユメの状態が彼女の「神秘」に影響しているかもとは、会長も睨んでいたことだ♦」
「会長も、ね……」
「あと、黒服はゲマトリアの中では誠実な方だよ♦ ボクと違って嘘は吐かないタイプの人だ♦ 嘘を吐かずに騙そうとしてくるけどネ♠ 彼と契約を結ぶなら、今みたいに自分だけで判断しないのが大切だよ❤︎」
「……お前がまともなこと言うとなんかムカつく。為になる情報ありがとね」
それはまた、本当なら期待が持てる話である。かの連邦生徒会長のお墨付きまであるのならそうなのだろう。
──ああ、ならやっぱり直接聞きに行くのが正しいか。コイツの真似をするのは癪だけど、ここはノノミちゃんの真似ということで一つ。
ゲマトリア──そろそろ狩るか……♠︎
ホシノは元々そうする予定だったが、カルカとの会話を経たことで黒服への返答と今後の予定を固め、ニヤリと笑んだ。それは彼女が一年生の頃、いけ好かない不良たちを制圧する時に浮かべていたのと同じ悪童の如き笑みだった。
──あっちは私のことを狩るつもりなんだろうけど……どっちが狩人か教えてあげるよ。
「くくっ♦︎ そういう顔も似合うねェ〜❤︎」
そんなホシノの笑みを見て何かを察したのか、揃カルカもまた愉悦の表情を浮かべる。
……彼女から寄せられる怪しい視線に寒気を感じてきたので、ホシノは強引に話題を変えることにした。
「そう言えば、連邦生徒会長の居場所はまだわからないの?」
「残念ながら☠️ だけど、手掛かりっぽいものは見つけたよ❤︎ どうやら先生がキヴォトスに来る時、彼女と会ったみたいだ❤︎」
「うへぇ〜、それは初耳」
失踪した連邦生徒会長の情報。彼女は元々それを求めてアビドスに来訪し先生と接触しに来たのだろうに、用件を後回しにして狐坂ワカモと数日間に渡ってアビドスウォッチングをしていたのだから、遠目ながらホシノは困惑したものである。
気まぐれすぎて本来の目的を忘れたのではないかと疑っていたが、彼女はジジ抜き大会の際、シャーレの先生から話を聞き出していたらしい。
──そしてその結果こそが、今の妙に機嫌が良い彼女の笑顔なのだろう。
屈託なく笑っている時の素顔は、「妹」そっくりなのに……それ以外の全てが似ても似つかない姉妹だった。
「ただ記憶が朧げで、はっきり憶えていないらしくてね……♣︎ 先生の話によると、どこかの電車の中でそれらしき人物と会ったそうだけど♣︎」
「曖昧だね……」
「だが初めて掴んだ手掛かりだ❤︎ 大切にしないとね♠︎」
かつては連邦生徒会という組織に対して思うところがあったホシノだが、ユメの為にこの病院を手配してくれたこともあってか今では会長に対し惜しみない感謝を捧げている。あと、激務の中でこのピエロを飼い慣らしていたことへの尊敬と同情も。
カルカに借りを返すのと併せて、ホシノもまた会長に対する恩に報いる為、アビドス自治区内での捜索活動を毎週行っていたぐらいである。
そんな中カルカが掴んだと言う手掛かりには、彼女も興味があった。
目的は違えど誰かの帰りを待っている者同士、ホシノはカルカにそれなりのシンパシーを抱えていたのかもしれない。アビドスに迷惑をかけない範囲なら、彼女と会長の対決を手伝ってあげたいと思うぐらいには。
小鳥遊ホシノと揃カルカの関係は、そんな奇妙な距離感だった。
「電車の中……って言うと、ハイランダー鉄道学園が関係してるのかな」
「その可能性はあるね♠︎ ハイランダーとはボクの実家が業務提携してるみたいだし、ソッチの方面から色々探ってみるつもり❤︎」
「セイント・ネフティス……」
「灯台下暗しって奴だね♦︎」
「実家って……勘当されてるんじゃなかったの? ノノミちゃんからは十歳ぐらいの頃、姉が執事を半殺しにして逃げ出したって聞いたけど」
「ああ、そんなこともあったね♦︎ 会社の後継ぎには興味無かったから仕方ない♦︎」
「仕方ないってお前……」
「だけどそうだね……♣︎ そうなるとボクがハイランダーの調査をするのは少し面倒そうだ♠︎」
神経は使うが気は遣わない。変態殺人ピエロであるがホシノにとっては数少ない自分と同等の力を持つ同学年との会話は、遺憾ながら嫌いではなかった。もちろん、ヒナと話している時の方が何万倍も楽しいのは語るまでもないが。
しかし……
「だからネフティスに取り入る為の手土産として、カイザー・コーポレーション理事の首でも持っていこうかと思ってるんだけど、どうかな♠︎」
……そういうところは、本当に嫌いである。
「どうかな♠︎じゃないよ……」
お前は何を言っているんだ。およそ病院内で話すことではない言葉に真顔で問い返すホシノに、カルカは「カイザーはネフティスの商売敵だからねェ……♣︎ 理事を殺せばネフティスも喜ぶし、キミたちも借金を踏み倒せる……❤︎ ベストじゃない?」と笑っていた。
そういう発想が世間話の中から突然出てくるのが、彼女が殺人ピエロと呼ばれる所以であった。しかもそれは、ブラックジョークでは済まない。
穏やかな表情から一転してシリアスに変わったカルカが、ホシノに告げる。
「そこでお互いへの結論だが……一人では目標達成が困難とは思わないか?」
「……何が言いたい?」
今この時の彼女は、ジョークではなく本当にカイザー・コーポレーションを狩るつもりだったのだ。
その雰囲気を察し、ホシノもまた真剣な眼差しで彼女と相対する。
「ボクと──組まないか?」
ともすればそれは、黒服よりも悍ましい……悪魔の誘惑であった。
──この
本作でのノノミの口調がちょっとおかしいのは……オリ主の妹だから♠
ここではおじさん化があまり進んでいないホシノも、ヒナとの出会いが早く気軽に相談できる仲になったことから、本編開始前時点で曇らせフラグを一気に殴り飛ばされた♠
ボクは
たまには日頃の鬱憤を晴らし、ゲマトリアもカイザーも手玉に取りながらモテまくり勝ちまくりなおじさんの姿を
愛でてみたい
それはそれとして自己肯定感を取り戻したわけではないので本作のホシノにも先生セラピーが必要だったりします♠
事の顛末は次回に♣