【安価・ダイス】ワイ、キャスバルに転生してしまう 作:むにゃ枕
サイド6は富裕層が多い。このコロニー群は、一種のタックスヘイブンを形成しているのだ。政治家の息子や、社長令嬢など、様々なエスタブリッシュが都市を独特の色に染め上げてきた。
セイラ・マスとエドワウ・マスもまたエスタブリッシュであり、この都市の上流階級の一員だった。ジオン・ズム・ダイクンの遺児という立場は、このリーアでも血統書付きのものだった。
リーア政府は2人を注視していたものの、表立って動こうとはしなかった。セイラ・マスとエドワウ・マスは、あくまでもテアボロ・マスの養子でしかない。賢明なリーア政府はそうすることで、無用な軋轢を生み出さないようにしたのだ。
リーア政府の方針は、テアボロにとっても歓迎できるものだった。地球での襲撃以来、彼は政治的な立場を徹底的に避けていた。サイド6という場所ならば、金で安全を買えると考えたのだ。
そして、その考えは当たっていた。厳重な警備もサイド6ならば金で雇える。金融都市の特性は、マス家にとって良いものだった。
「兄さん。最近、視線を感じるの。誰かが私を見ているみたい」
「それは大変だ。危害は加えられていないか?」
「ええ。大丈夫。でも、証拠も得られてないわ」
「分かった。テアボロさんと警察に相談しよう」
リーアの治安が良いといってもトラブルは発生するものだ。セイラの容姿は整っており、それがもとでストーカーが発生することも考えられる。
キシリア機関による監視という可能性も有った。しかし、リーアの首都バンチで大規模な事件を起こすことは、ザビ家にとっても望ましいことではない。
リーアのメンツを潰すような真似をすれば、ジオンとの関係は確実に悪化するだろう。外交的な失敗をジオンは犯すこととなる。
このストーカーは、セイラの登下校を狙い発生しているようだった。彼女が目標となっている可能性は高い。監視者は、セイラに対し、証拠を残していない。狡猾さを持っているのだ。
「はじめまして。デュークです。刑事をしています」
「はじめましてエドワウ・マスです。こちらが妹のセイラです」
刑事は、かなり話が分かる人物だった。セイラの立場に忖度し、話の分かる人物が送られたのかもしれない。
「なるほど。登下校時ですか。我々もパトロールを強化します」
「ええ。よろしくお願いします」
予想通り、話はすんなり通った。エドワウはデューク刑事と共に、警察署へ向かった。パトロールカー仕様のエレカは、かなり重厚な作りである。初めて乗る車両であり、エドワウは多少、興奮していた。
「エドワウさん。貴方方の身元について警察は把握しています。ですので、緊急性の高い案件として対処します」
「はぁ。それはどうも」
エドワウは、セイラと自分の出自について何の思い入れもなかった。それどころか、トラブルを呼び込むものとして忌々しいとすら思っていた。
車内で、事件について話しているうちに、エドワウの脳裏に予兆が過った。助手席からハンドルを強引に操作する。
「なんです?? 危ないですよ!?」
「トラックだ。こちらを狙っている」
数分のカーチェイスの後に、パトカーは無事に危機を脱した。あのトラックは間違いなくこちらの生命を狙っていた。
セイラのストーカーと今回の事件は、単に偶然だったと済ませることは出来ない。2つの出来事には、何かしらの関係があるはずなのだ。
それが因果関係なのか、相関関係なのか判断するにはまだ材料が少なすぎた。
それからというもの、エドワウは何度か生命の危機に遭遇した。何の偶然なのか、デューク刑事も巻き込まれることが多かった。
「デューク刑事。心当たりは有りますか?」
「白昼堂々狙撃される心当たりなら有りますね。貴方ですよ。エドワウくん」
「僕は単なる学生ですよ」
「襲撃者はそう思ってないのでしょう」
「まさか」
エドワウの中で、とある疑念が大きくなっていった。しかし、それが真実だと判明するにはまだ証拠が足りない。
十数日ばかりが経ち、エドワウのもとに決定的な証拠がやってきた。セイラがストーカーを捕まえたのだ。
「で、君がセイラのストーカー……と」
「あ、僕はそんなつもりじゃないんです! セイラさんのことが好きで、どうしても僕の思いを告白したくて。今日、告白したら振られて、ストーカーだってなじられて……」
「そうか。しかし、ストーカー紛いなことをしたことは、事実なんだろう? セイラは困っていたよ」
セイラの同級生は、エドワウとセイラに謝罪をした。セイラをつけていた理由は、告白のタイミングを伺っていたからというどうしようもないものだった。
「事件は解決ね。私のストーカーは、彼だったもの。刑事さんに報告しなくちゃ」
「いや、報告しなくて良い。あの人が本当に僕たちの味方なら、何も起こらないはずだから」
セイラのストーカーと、エドワウの暗殺未遂は何の関係もなかった。エドワウの身元を知る人物は、サイド6でも多くない。
この一連の襲撃は、エドワウがケイティ・デューク刑事と出会ってから起こっているのだ。エドワウは、刑事である彼女が、襲撃を手引きしたとは考えたくなかった。
「セイラ。僕が戻らなかったらテアボロさんを頼むよ」
「兄さん…?」
「大丈夫。きっと戻るから」
事件について、エドワウと会って直接話したい。デューク刑事は、秘匿性の高い案件であると言って、待ち合わせ場所をリーア中央駅に指定してきた。
古い駅舎であるリーア中央駅には、ホームドアなどの設備が導入されていない。しかし、古いながら利用客数は多い。この人混みの中で、エドワウを襲撃するのは困難だろう。
「やあ。エドワウくん。待っていたよ」
「デューク刑事。待たせてしまいましたか?」
「いや、たった今来たところだよ。デートと洒落込もうじゃないか」
「大事な話が有るって言っていませんでしか?」
「まあまあ、今日の私と君はカップルという設定だ」
大きな胸の目立つ服装で、親しげにエドワウに肩を回すデューク。これが演技なら大したものだろう。ケイティ・デューク刑事には、諜報員の才能があるということになる。
「歩きにくいです。ちょっと離れてください」
「いやー。ごめんごめん」
エドワウは、彼女がそうでないことを祈りながら、口を開いた。
「デューク刑事。あなたはキシリア機関員ですね? 警察に潜り込んでいたスリーパーであり、暗殺のために僕に近付いた」
「……面白い推理だね」
「貴女は、自分に酔っているだけだ。ジオニズムが好きな自分が好きなんだろう。それは単なるテロリズムだ。僕はあなたを嫌いになりたくない」
デュークの目がスッと細くなった。先程までのにこやかな印象は、彼女から消えている。
「エドワウくん。キシリア様が君を危険視するわけだよ。ここで死のうか」
デュークは、エドワウに飛びついた。手元には刃物が握られている。それをエドワウは躱し、足払いを掛ける。
唖然とした表情を浮かべたまま、彼女はホームへと落ちていった。入線して来た列車が、何か大きなものを轢いた音が残った。
現場は騒然となった。エドワウは、重要参考人として警察署に連行された。しかし、エドワウに実刑が下ることはなかった。
結局、ケイティ・デューク刑事の死は自殺とされた。彼女は多額の借金があり、ジオン系の犯罪組織により追い詰められており、それを苦にして自殺した。そういうカバーストーリーが作られた。
リーア政府は、この事件を受けて国内のジオンシンパに対して圧力を強めていくこととなる。これにより、リーア内のキシリア機関は弱体化し、エドワウの襲撃は元より監視すら行えない状態へと陥った。
「ああ。セイラか。悪い予感が当たってしまったよ」
「兄さんが無事で良かった…!」
「大袈裟だなぁ」
大変な事件が起きたことを、セイラはなんとなく察していた。しかし、誰もセイラに詳細なことを教えてくれなかった。
兄はセイラにバレていないと思っているようだが、たまに目元が泣き腫らしたように赤くなっていることをセイラは知っている。
ベッドに潜り込もうとした時に、魘されていたことも。気丈に振る舞っているようで、兄が繊細な人間であることも。自分を思い遣って無理に理想の兄を演じていることも。全部、セイラは分かっていた。
兄のためにサイド3から亡命してきたランバ・ラルは、兄が隠していた事件について教えてくれた。
そこから、セイラの決意は固まった。こんな素晴らしい兄が、あんな顔をしなければならない世界は間違っている。ザビ家も、ジオンも存在してはならない。
兄のために新たな世界を作り上げたい。その一心でセイラは、地球連邦軍の士官を志した。