【安価・ダイス】ワイ、キャスバルに転生してしまう 作:むにゃ枕
降りしきる雨の中を1人の男が歩いていた。足取りは不確かで酔っていることが見て取れた。
男はふらりと車道へ飛び出した。1台のエレカが、丁度、飛び出してきた男を轢きかける。咄嗟に急停止することで、男はただ車道に転がっただけだった。
「気をつけてよ!! 死にたいの!!」
軍服を着た運転手が酔っ払いに罵声を浴びせる。彼女は、怒り心頭といった様子だったが、酔っ払いの顔を見てその怒りが驚愕へと塗り替えられた。
「エドワウくん。こんなところで何をやってたのかな??」
「誰だか知らないが、放っておいてくれ…! 死にたいんだよ!」
「私の顔も分からないのかぁ。ほら、風邪引くから乗ってよね」
クリスは酔い潰れたエドワウを助手席に積込み、彼の家へと送った。エドワウは酒や煙草の類が嫌いなはずだった。少なくとも彼は以前、クリスにそう語っていた。
酒に溺れ車道に飛び出すような人間ではない。彼が悩みを抱えていることは明白だった。
「ほら、着いたよ。鍵は??」
「なくした」
「あー。それはそれは。やってくれるねえ」
エドワウ家のドアには、しっかりと鍵が掛かっていた。びしょ濡れの彼を家の前に置いておくわけにはいかない。
「仕方ないなぁ。変なことはしないでね。ま、出来るんなら、別にしても良いけど」
エドワウは千鳥足で歩き、そのままクリスの家の玄関に転がった。クリスはそんな彼を風呂場まで引き摺っていく。
「服くらい、自分で脱げない? あー。これは完全に駄目になってるね」
エドワウの服を脱がしていく。鍛えられた筋肉の感触にクリスは少しだけドギマギしてしまう。
「水、掛けるよ。溺れないでね」
酒臭い大型犬を洗っていく。雨と酒の臭いが、シャワーで洗い流されていく。軽くタオルで拭いたところで、エドワウの意識がはっきりとした。
「目、覚めた? 服は自分で着てね」
「ああ」
エドワウは、緩慢な動作で服を着ていく。クリスのルームウェアをエドワウが着込んでいるのが、シュールだった。
「鍵、ポケットに入ってたよ。なくしてないじゃない。今夜は温かくして寝るんだよ。ほら、突っ立って無いで帰って寝なさい」
エドワウは、感情が抑えられなくなったようで泣き出した。
「エドワウくん泣き上戸だったんだ。まいったなあ」
しばらく子供のように泣いているエドワウを、クリスは見守っていた。数分後には落ち着いたのか、ぼろぼろと感情を溢しはじめる。
「ひとりは嫌だ。誰も居なくならないでほしい。僕は誰も守れなかった。母さんを見殺しにして逃げ延びた。
僕を守るために戦場に行った妹まで失ってしまった……何がダイクン家の御曹司だ。母も妹も守れない奴が、そんなだいそれた奴なわけが無いだろ」
「……エドワウくん。それ言って良いやつなの?」
「ダメだ。でもクリスになら構わない」
エドワウの瞳は澱んでいた。クリスはその発言が、とても正気のものとは思えなかった。
「聞かなかったことにしてあげる。君と私は単なる仲の良い友達だからね」
「……君は、連邦政府の付けた監視役だろう。でも、それでも僕は君との間に確かな友情を感じていたんだ。それすら、嘘だった」
「違うよ」
「違わないさ。僕は失敗ばかりだ。こんな偽物。出来損ないの失敗作だよ」
「違う! エドワウくんは、そんな人じゃない」
「クリス、誤魔化さなくて良いんだよ。僕は、ジオン・ズム・ダイクンの息子だ。そしてその責任から逃げた臆病者だ。僕が行動すればこんな戦争は起きなかったかもしれない! 30億の市民が死ななかったかもしれない! 連邦軍人の死者ももっと少なかったかもしれない! 僕が責任から逃げて、何もしなかったせいでみんなが死んだんだ! 僕が皆を殺したんだよ! 僕がセイラを殺したんだ!」
クリスはエドワウを抱きしめた。
「優し過ぎるのよ。エドワウくんは。あなたはもう楽になって良いわ。私にとって、エドワウはエドワウ。キャスバルなんかじゃない」
「違うんだ。僕は違うんだよ」
「いい加減、自分を認めてあげなよ。私の好きなエドワウくんを認めてあげて。この際だから言っちゃうけど、私、エドワウくんのこと異性として好きよ。私が好きなエドワウくんは、自分を認められているエドワウくん」
クリスはエドワウを、自分のベッドに連れ込んだ。露骨に戸惑っているエドワウの手を優しく導く。
「その悲しみを、私が受け止めてあげるから」
エドワウは酒が回ったのか、緊張の糸が切れたのかクリスの胸に頭を押し付けたまま寝はじめた。
「…ヘタレ」
コロニーの空は快晴だった。酒の抜けたエドワウが、目を覚ますとクリスが彼の顔を覗き込んでいた。
「おはよ。すっきりした?」
「……おはよう。どうして僕はここに?」
「エドワウくん、私にあんなことしたのに覚えてないんだ? エドワウ・マスはクリスチーナ・マッケンジーの恋人になったんだよ」
エドワウの記憶はすっきり抜け落ちていた。二日酔いもなくすっきりとした目覚めだった。恥ずかしそうにはにかむクリスを見て、そういう関係になったことをエドワウはようやく意識した。
セイラからエドワウに手紙が来たのは翌日のことだった。そこには、彼女が無事であることと、小隊の仲間と撮ったであろう写真が入っていた。
また、彼女がこの戦争が終わっても軍務に奉仕すること。クリスとの付き合いを目撃してしまったことに対する謝罪などが書いてあった。
セイラはエドワウから離れて自分の人生を歩むことを決めたのだ。兄に対する思慕は勿論あった。けれどセイラはその感情を昇華することに決めたのだ。
コロニー・レーザーにより壊滅させられた友軍の救助を行ったこともセイラの人生を決めた。医者を志望することも考えていたセイラにはこの破壊は悲惨過ぎるものだった。
大規模破壊兵器による無差別攻撃。こんな蛮行を行ったジオンを野放しにすることは出来ない。セイラの心がそう訴えていた。
連邦軍の一部が行ったズムシティに対するGGガスの注入に対してもセイラは憤りを感じていた。連邦軍を改革し、世界の平和を維持する。軍で出世し、自分の派閥を持つこともセイラは考えていた。
セイラを含むレビル艦隊はサイド3に駐留することとなる。ジオンの出方については各連邦軍艦隊が対処することとなっていた。
「……無念だ」
「ヒュー、あんたの考えていることは間違っている。俺は上官としてのあんたを尊敬していた。だからこんな結末を迎えるのが残念でならない」
ジョニー・ライデン中佐はヒュー・マルキン・ケルビン大佐を殺害した。そして、キシリア派の幹部を殺害、もしくは拘束する。
「ユーマもイングリッドも無事よ。その他の子供たちも大丈夫」
「助かったよエイシア」
狭い部屋に押し込められていた子供たちをエイシア・フェロー少佐が救出していた。
子供たちの状態はひどいものだった。すっかり怯え、エイシアから逃げようとする子供もいる。
ジョニーがクーデターを決めた切っ掛けは、ユーマやイングリッドが加工されると聞いたからだ。キシリアが実行しようとしている強化人間の運用方法は、ジョニーにとって全く納得できないものだった。
その方法とは、ニュータイプ能力を発揮させるために、強化人間を頭部と生体パーツに加工し、複数体をMSに搭載するというものである。これは、グラナダに設立されているフラナガン機関の編み出した方法だった。
非人道的な方法をジョニーはどうしても許せなかった。キマイラ隊に預けられたユーマ・ライトニングとイングリッド0。この2人が生体部品に加工されることを見て見ぬふりをすることは、ジョニー・ライデンには決して出来なかった。
「ジョニー・ライデン中佐。私は貴様を信用しキマイラ隊を預けた。まさかキマイラが獅子身中の虫となるとはな……」
「キシリア閣下。貴方は方法を間違えました。アスタロトもミナレットも廃棄させました。ア・バオア・クーとズムシティが陥落したのです。ジオンの未来である子供を犠牲にしてまで、足掻くことなど出来ません」
「そうか。中佐。その選択を後悔するなよ」
キシリアは、分割される祖国の姿を予見していたのかもしれない。しかし、過去に戻れるとしてもジョニー・ライデンは自身の決断を改めようとは思わなかった。
かつての同胞を連邦軍に引き渡す。彼らが処刑される姿に何の感情も湧かないと言えば嘘になる。キシリアの墓石に、ジョニー・ライデンは花を供えた。