食蜂結絆という男
俺の名前は食蜂結絆(しょくほうゆはん)だ。
苗字を見たらわかると思うが学園都市の誇るレベル5の一人である食蜂操祈とは血がつながっている。
操祈は俺の妹である。
我が妹は周囲の人間をまとめて操ってしまうようなすごい能力を持っているが俺の場合は基本的には自分しか操ることができない。
文字面だけ見れば下位互換に見えるかもしれないが、まあ俺は俺でできることが多いので日常生活でかなり助かっている。
そんなこんなで俺は毎日を面白おかしく過ごしているのであった。
俺の能力の正式名称は『自己制御(セルフマスター)』。
名前の通り、自分自身のあらゆる生理・心理状態を自由に操ることができる能力だ。
例えば、疲労を感じなくすることもできれば、痛覚を遮断することも可能だ。
記憶の整理も自在に行えるし、必要なら自分の脳の働きを加速させることだってできる。
肉体の細胞レベルでの調整も可能で、自衛のために筋力を底上げしていたり、視力や聴力を常人の数倍にしていたりする。
もちろん、必要な際はもっと引き上げることもできる。
とはいえ、妹の操祈が持つ『心理掌握(メンタルアウト)』と比べれば、確かに地味な能力かもしれない。
だが、俺にとってはこの能力こそが最高に便利で、最高に面白いものだった。
結絆がいつも通り平和な学園都市ライフを送っていたある日、突然、常盤台中学の正門前で操祈に呼び止められた。
「お兄様、ちょっといいかしら?」
操祈はいつものようににこやかに笑いながら、手には一つのスマートフォンを持っていた。
「......どうしたんだい?俺に用があるなんて珍しいねえ」
「ちょーっと困ったことが起きちゃったのよねぇ。だから、お兄様の能力を貸してくれるかしらぁ?」
操祈が結絆に頼み事をするのは、かなり珍しい。
普段なら自分の能力で大抵の問題は解決できるなのである。
「なるほどねえ。操祈が頼るくらいだから、相当厄介なことなんだろう?」
「んー、まあ、そんなとこかしらねぇ。でも、お兄様なら簡単に解決できると思うわ」
そう言って操祈は結絆の耳元にそっと囁いた。
「このスマホ、学園都市のとある研究機関から盗まれたもので、持ち主を探してるのよぉ」
「......ほう?」
結絆は思わず聞き返した。
「そのスマホの中身、ちょっと面倒なことになってるのよねぇ。だから、下手に人の精神を操って探し回るわけにもいかないのよぉ」
「それで俺の能力を使って探せと?」
「お兄様の『自己制御』なら、例えば記憶を遡って目撃情報を整理するとか、集中力を高めて手がかりを見つけるとか、いろいろできるでしょ?」
結絆の能力を使えば、通常の捜査よりもずっと効率的に情報を集められる。
彼の能力は応用力があるのである。
「まあ、面白そうだし、協力するよお」
「さっすが、お兄様♪ じゃあ、さっそく始めましょ」
こうして結絆は、操祈とともに学園都市の裏に隠された秘密を追うことになったのだった。
結絆は操祈からスマートフォンを受け取り、しげしげと眺めた。
見た目は普通のスマホだが、学園都市の研究機関から盗まれたものとなれば、ただの通信端末では済まないだろう。
「これ、ロックはかかってるのかい?」
「ええ。でも、それがちょっと変なのよねぇ。普通のパスコードや生体認証じゃなくて、どうも脳波とか精神パターンを読み取る仕組みらしいの」
「......なるほど。心理掌握でも解読できないってことか」
「そうなのよねぇ。下手に触るとデータが消去されるかもしれないしぃ、慎重にいかないと」
結絆は少し考えてから、能力を発動することにした。
『自己制御(セルフマスター)』を使い、脳の働きを普段よりも引き上げる。
並行して記憶の整理を行い、最近の学園都市内で起きた異変や事件の情報を振り返った。
すると、思い当たる節が一つあった。
「そういえば、数日前に第一学区の研究施設が襲撃されたって話を聞いたねえ。確か、犯人は不明のままで、盗まれたものも特定されていなかったはずだけどお......」
「ふぅん、じゃあ、このスマホはそのときに盗まれた可能性が高いってわけね?」
「ああ。となると、これを盗んだやつが何らかの目的で動いてるはずだ」
結絆は深呼吸し、さらに能力を駆使する。
自律神経をコントロールし、五感を鋭敏化。
スマホの表面を細かくなぞりながら、指紋や微細な傷の痕跡を解析する。
「......ふむ、最近、このスマホを持っていたのは三人だな」
「まあ、お兄様ったらすごい♪で、その三人の中に怪しい人物はいるのかしらぁ?」
「まだ特定はできないけど......手がかりはあるなあ。うち一人は手袋をしていたようで、指紋がない。もう一人は研究員っぽい。最後の一人は......ん?」
そして結絆はある痕跡に気づいた。
微細な皮脂の付着......これは、どこかで嗅いだ匂いであると思い出す。
「......香水の匂いがするねえ。しかも、どこかで嗅いだことがある......!」
「へぇ、どんな香り?」
「甘めのフローラル系......でも、少しだけスパイシーな感じもする」
操祈が微笑んだ。
「あら、それってひょっとして......『ファントム・フレグランス』の香りかしら?」
「知ってるのかい?」
「ええ。それを使ってるのは、学園都市の裏社会で有名な情報屋よぉ」
情報屋......それならこのスマホの価値を知っていてもおかしくない。
「ほう...それで、そいつの居場所は?」
「ふふっ、それはお兄様の仕事でしょ?」
結絆は小さく息を吐き、集中する。
『自己制御』を使い、記憶を辿りながら学園都市内の情報屋の拠点を整理する。
「......第三学区の裏通り、カフェ『オブリビオン』。そこに手がかりがあるかもしれないねえ」
「さすがお兄様♪ じゃあ、行きましょ?」
こうして結絆たちは、学園都市の闇に足を踏み入れることになった。
第三学区の裏通りにあるカフェ『オブリビオン』。
そこは学園都市の闇に通じる者たちが情報をやり取りする、知る人ぞ知る場所だった。
外観こそ普通のカフェだが、その実態は情報屋たちの集う拠点の一つ。
昼間は一般人も訪れるが、夜になれば裏の顔を持つ者たちが暗躍する。
「ここねぇ。お兄様、準備はいいかしら?」
操祈が楽しげに微笑む。俺は頷きながら、能力を発動する。
『自己制御(セルフマスター)』。
脳の回転を加速させ、状況分析を迅速化する。
同時に自律神経を調整し、冷静さを保ちながらも身体の反応速度を向上させる。
相手が敵意を持っていた場合に即座に対応できるようにしておくためだ。
「さてと...行くか」
結絆はカフェの扉を開けた。
店内は落ち着いた雰囲気で、カウンターには数人の客が座っていた。
その中の一人——甘めのフローラル系の香水をまとった女性が、俺たちに気づき、視線を向けてくる。
「ふふっ、お客さんかしら? それとも......別の用件?」
彼女は長い黒髪をかき上げながら、妖艶な笑みを浮かべた。
「『ファントム・フレグランス』......お前が持ち主かい?」
結絆の問いに、彼女は微笑を崩さない。
「さて、何のことかしら?」
「とぼけないでほしいねえ。このスマホに残された香りが、お前のものだと確信しているんだよお」
そう言いながら、結絆はスマホを取り出して見せた。
彼女の瞳がわずかに細まる。
「なるほどね。確かに、私がそれを持っていたことは認めるわ。でも、もう手元にはないの」
「どういうこと?」
「私もそれを調べようとしたけど、ロックを解除できなくてね。仕方なく、ある人に預けたのよ」
「......誰にかな?」
「『スナッチャー』よ」
結絆は眉をひそめた。
スナッチャー——学園都市の闇に生きる盗品売買の専門家。
手に入れたものを裏市場で売りさばくことで知られている。
「つまり、そいつが今このスマホを持っている可能性が高いってことかねえ」
「ええ。ただ、スナッチャーは慎重な男。簡単には見つけられないと思うけれど?」
「心配いらないわ。お兄様がいれば、すぐに見つかるもの」
操祈が俺の腕に軽く寄りかかりながら、意味深な笑みを浮かべる。
「......まったく兄使いが荒いねえ。じゃあ、やろうかあ」
結絆は再び能力を発動。
記憶の整理と情報の再構築を行い、スナッチャーの行動パターンを推測する。
「......第四学区の地下オークションが怪しいねえ」
「お兄様、相変わらずすごいわねぇ♪ じゃ、行きましょ?」
第四学区、地下オークション会場。
闇市場として機能するこの場所には、学園都市の裏の住人たちが集まる。
スナッチャーがここに現れるなら、スマホを売りさばくつもりなのだろう。
結絆たちは慎重に会場に潜入し、人混みに紛れながらターゲットを探した。
「いたぞ」
奥の席に座る男——痩せた体付きで目つきの鋭い男が、スマホを手にしていた。
「おや、興味があるのかな?」
スナッチャーは俺たちの視線に気づき、にやりと笑う。
「そのスマホ、誰かに預けられたんじゃないのかい?」
「はは、そうだったな。でも今は俺の物だ。何せ、買い手がついていてな」
「それは困るわねぇ」
操祈が一歩前に出る。
しかし、スナッチャーは警戒しているのか、簡単には渡すつもりがないようだった。
「ならば、こうしよう。俺と勝負しろ。俺が勝ったら、そのスマホを渡すんだ」
「ほう? 勝負とは?」
「単純なことだよ。俺が今ここでお前の隠し財産を言い当てる。違っていたら、この場から退散しよう」
スナッチャーの表情が僅かに揺らぐ。
「面白い......やってみろ」
結絆は能力を全開にし、彼のわずかな表情の変化、体温、脈の変動を読み取る。そして、彼が隠し持つ資産に関する情報を推測する。
「......第一学区の隠し倉庫。そこに大量の電子マネーと、密輸品を隠しているな?」
スナッチャーの顔色が変わった。
「......どうして、それを......?」
「答えろ。違うかい?」
沈黙。
そして......
「......降参だ。そのスマホは持っていけ」
スナッチャーは苦々しい表情でスマホを差し出した。
「さっすが、お兄様♪」
操祈が嬉しそうに微笑む。
「さて、これで一件落着かなあ?」
「ええ。でも、お兄様?」
「ん?」
「このスマホの中身、気にならない?」
結絆は少し考えた。
「......ま、危険なものなら処分するだけだよお」
「ふふっ、頼りになるわねぇ」
こうして俺たちはスマホを取り戻し、事件は幕を閉じた。
いや、本当に?
結絆はふと、背筋に冷たい感覚を覚えた。
このスマホのデータを狙った連中は、本当にこれで終わりなのか......?
それを確かめるのは、また別の機会になりそうだった——。
結絆の話し方は食蜂操祈と結構似ています。
そして結絆が学舎の園に自由に出入りできているのは彼の能力の応用によるものだったりもします。