食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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今回も、前回の続きになってます。


歌姫と災難

 学園都市の午後の陽射しは、夏の名残を感じさせる鋭さを帯びていた。

 

放課後、校舎を出た結絆は、校門の前で待っていた鳴護アリサと合流した。

 

彼女は明るい笑顔を浮かべて手を振り、どこか嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

「結絆くん、お疲れさま!」

 

「ありがとう、アリサ。待たせちゃったかなあ?」

 

「ううん、ちょうど今来たとこ。あのね......ちょっと言いたいことがあって」

 

「ん?何かなあ」

 

アリサは一瞬言葉を選ぶように視線を泳がせたが、すぐにまっすぐな目で結絆を見上げた。

 

「エンデュミオンで歌うとき......結絆くんには、特等席で聴いてほしいの」

 

その言葉に、結絆は頬を緩めた。

 

「もちろんだよお。君の晴れ舞台なんだから、ど真ん中の一番いい席で、ちゃんと聴かせてもらうよお」

 

「......ふふっ、ありがとう。なんだか安心したかも」

 

アリサの笑顔は、どこかほっとしたような色を帯びていた。

 

そんな彼女の表情を見て、結絆は改めて、この少女が本当に心から歌を愛しているのだと感じた。

 

二人はそのまま談笑を始め、今日の学校の話や、マジックシアターでの出来事について語り合っていると、結絆のポケットの中で携帯が振動した。

 

「おや、美琴からだねえ」

 

画面には『御坂美琴』の名前が表示されている。

 

通話ボタンを押すと、勢いのいい声が耳に飛び込んできた。

 

『ねえ、結絆?今どこ?』

 

「今は高校の近くでアリサと喋ってるよお」

 

『ちょうどいいわね。佐天さんがね、アリサに会いたいって言ってて。だから、もし大丈夫なら連れてきてくれない?』

 

「わかったよお。アリサもいいかな?」

 

アリサは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐにうなずいた。

 

「うん、大丈夫だよ!」

 

結絆が了承の返事を返すと、美琴は『じゃあ、駅前のファミレスで待ってるね!』と言って通話を終えた。

 

 

 

 ファミレスの一角、美琴、黒子、初春、そして佐天が席に座って待っていた。

 

佐天は少しそわそわしており、ドリンクバーのストローを無意識に回していた。

 

「落ち着いてくださいな、佐天さん。まるで告白でもするみたいですの」

 

「いやいや、だってね?あのARISAに会えるってなったら、誰でも緊張するって!」

 

「佐天さん、凄い熱弁っぷりですね」

 

初春が笑っていると、扉のベルが鳴り、結絆とアリサが店内に姿を現した。

 

「皆さんお待ちかね、アイドル登場って感じだねえ」

 

結絆が冗談めかして言うと、アリサは苦笑しながらもぺこりと頭を下げた。

 

「こんにちは、鳴護アリサです。今日は会えて嬉しいです」

 

「うわ......本物だ......!」

 

佐天が小声で呟き、そのまま硬直したように動けなくなった。

 

「佐天さん?大丈夫?」

 

美琴は、少し苦笑いしながら佐天を見る。

 

「う、うんっ......!アリサさん......あの......あの曲、すごく良くて......えっと、ファンですっ!」

 

勢いに任せた告白に、アリサは目を見開いたが、すぐに優しく微笑んだ。

 

「ありがとう。そう言ってもらえると、とても嬉しいよ」

 

「きゃーっ!ま、マジでやばいんだけど......!」

 

佐天は耳まで真っ赤にして顔を覆ったが、その反応がかえって場の空気を和ませた。

 

美琴と初春も笑い、黒子も「やれやれですの」と呆れながらも穏やかな表情を浮かべた。

 

アリサも自然と話に加わり、歌の話題やマジックシアターの裏話、ファンとのエピソードなどを語るうちに、佐天も徐々に緊張が解けていった。

 

「......なんだろ、話してみるとアリサさんってすっごく気さくで、優しいね!」

 

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

アリサのその一言に、佐天はじんわりと胸が温かくなるのを感じた。

 

「ねぇ、エンデュミオンで歌う日って、もう決まってるの?」

 

「うん、もうすぐ発表されるみたい。もし来られたら、ぜひ観に来てね」

 

「行く行くっ!絶対行くよ!」

 

佐天が力強く返すと、皆の顔に自然と笑みが浮かぶ。

 

その笑顔の輪の中で、アリサはふと結絆の方に目を向けた。

 

彼の穏やかな視線と目が合い、アリサは少しだけ頬を染めながら微笑んだ。

 

特等席で、あの人に見てもらえる。

 

それだけで、どこまでも歌っていける気がする

 

彼女の胸に小さな決意が芽生えたのだった。

 

 

 

 都内の高層ビル群の一角に聳える、未来的な外観を持つ超高層建築。

 

それがオービット・ポータル社の本社ビルだった。

 

ガラス張りの外壁に反射する光は、春の日差しをまるで星のように散りばめていた。

 

ロビーに入ったアリサは、真新しいステージ衣装とは異なるシックな私服に身を包んでいたが、その表情にはプロとしての気概が垣間見えた。

 

「......すごい場所ですね。なんだか緊張します」

 

アリサが小声で言うと、隣に立つ結絆が笑って彼女の肩を軽く叩いた。

 

「大丈夫だよお、アリサ。俺がついてるし、君は堂々としてていい。君はもう、この世界で歌っていくんだからねえ」

 

「うんっ......ありがとう、結絆くん」

 

受付を通り、エレベーターで最上階まで上がると、そこには近未来的な会議室が広がっていた。

 

中世の雰囲気を漂わせる内装、浮かぶように設置されたテーブル、そしてその奥に立っていた一人の女性。

 

金糸のような髪を結い上げ、緑色の瞳を持つその女性は、上品でありながらどこか非現実的な雰囲気を纏っていた。

 

「ようこそ、鳴護アリサさん。そしてあなたは......マネージャーさんって感じね」

 

女性は柔らかく笑いながら歩み寄り、アリサと結絆の前で立ち止まる。

 

「私はレディリー=タングルロード。オービット・ポータル社の代表よ。今日は忙しいところをありがとう。あなたの歌、試聴映像を何度も見させてもらったけれど......こんなに惹かれたのは、ジェニー・リンド以来かしら」

 

「ジェニー・リンド......?」

 

アリサが首を傾げると、結絆がくすりと笑って口を開いた。

 

「それって十九世紀のオペラ歌手だよねえ。もしかして、君はその時代を生きてきたりしたのかい?」

 

結絆が冗談を言ったその瞬間だった。

 

レディリーの表情が、ほんの僅かに、だが確かに、こわばった。

 

目の奥の何かを隠すように、微笑みが一瞬だけ消えた。

 

だがそれはすぐに戻る。

 

まるでなにもなかったかのように。

 

「例え話よ。ジェニー・リンドは“スウェーデンのナイチンゲール”とも呼ばれた伝説的な歌姫。私も歌に関しては少々うるさいの。でも......あなたの歌には、それを忘れさせる“力“があるわ」

 

「そ、そんな......恐縮ですっ」

 

アリサは少し戸惑いながらも笑顔を返した。

 

その頬にはほんのりと紅が差していた。

 

結絆は、レディリーのわずかな変化を見逃さなかった。

 

(......何か、隠してるねえ?)

 

しかし、今はその場を穏やかに進めるべきだった。

 

この後、アリサは契約書にサインし、打ち合わせが進められた。

 

スタジオではプロカメラマンによる撮影が行われ、ライトに照らされた彼女は、ステージの上と同じように自然体で輝いていた。

 

結絆はカメラの後ろで腕を組みながらその様子を見守っていた。

 

(......最初は不安そうな表情を見せていたけど、この感じだと大丈夫そうだねえ)

 

そして撮影後、控室で少しの休憩時間が与えられた。

 

「結絆くん、さっきの社長さん、ちょっと不思議な人だったよね」

 

「不思議な雰囲気があったよねえ。端的に言えば、言葉の端々に......時代を超えてきたような匂いがある。まあ、勘だけどねえ」

 

「でも、そんな人が私の歌を褒めてくれたのは嬉しいな」

 

アリサは微笑んだ。

 

まるでその心の奥で、何かに手が届いたような表情だった。

 

 

 

 都心部に位置する大型複合商業施設のイベントスペース。

 

その中央に設けられた特設ステージの上で、鳴護アリサがマイクを握っていた。

 

エンデュミオンの公式アンバサダーとしての初仕事。

 

彼女の歌声は、通りすがりの買い物客や、わざわざ足を運んだファンの心を次々と引き寄せていく。

 

ステージの周囲は、透明なドーム型の音響システムに包まれ、まるで宇宙空間に浮かんでいるかのような浮遊感と広がりを持った音が鳴り響いていた。

 

観客達が次第に手を胸に当て、目を潤ませながらその旋律に聴き入っていく中、最前列で見守る一人の少年――食蜂結絆は、ふと口元に微笑を浮かべた。

 

「......やっぱり、アリサの歌はいいねえ」

 

商業施設の上層階からも多くの人々が見下ろしており、イベントスペースはまるで一つのライブ会場と化していた。

 

アリサの歌声がサビに差し掛かったその瞬間。

 

――ズン。

 

鈍い地響きが地下から響いた。

 

直後、轟音と共に下階で爆発音が響き渡る。

 

「なっ......!」

 

観客がざわめき始めた次の瞬間、ステージ上空の照明設備がギシギシと不穏な音を立てながら崩れ始め、支柱が軋み、巨大なパネルがゆっくりとアリサと観客の方へ傾いていった。

 

「アリサっ!」

 

結絆が叫ぶと同時に、観客の中に紛れていた黒いパーカーを着た青年が、結絆と目を合わせた。

 

その男は、ドリームに所属する念動能力者。

 

「......任せたよお」

 

その一言に青年は頷き、次の瞬間、崩れ落ちかけていた巨大な照明装置が空中でピタリと静止した。

 

観客達まで数十センチのところで止まったそれは、念動力によって絶妙なバランスで支えられている。

 

「慌てずに係員の指示に従って避難するんだよお!」

 

結絆は拡声器代わりに使っていたマイクを使い、観客に向けて冷静に声をかける。

 

その堂々とした態度が人々の動揺を抑え、スタッフの誘導によって秩序ある避難が進んでいった。

 

その間、結絆はステージへと跳び上がる。

 

怯えて立ち尽くすアリサの前に立ち、優しくその手を取った。

 

「大丈夫、もう安全だよお。君もよく頑張ったねえ」

 

アリサは唇を震わせながらも、小さく頷いた。

 

「......ありがとう、結絆くん」

 

観客の避難が完了したところで、青年は照明装置を地面にゆっくりと降ろした。

 

誰一人、怪我人はいない。

 

やがて警備員が到着し、結絆は事情を簡潔に説明した。

 

爆発の原因究明が急がれる中、彼はふと、爆発音の直前に感じた「何か」に思いを巡らせた。

 

(......まるで、誰かが狙っていたかのような――)

 

アリサの視線が、静かに結絆を見つめていた。

 

「......ごめんなさい。私のせいで......」

 

「違うよお。これは、君のせいじゃない。むしろ――」

 

結絆はアリサの頭をそっと撫でるようにして、微笑を浮かべた。

 

「君の歌があったから、皆は安心して動けたんだよお。」

 

その言葉に、アリサの目が潤み、胸に両手を当てた。

 

そして、遠くで救急車のサイレンが響き始めた頃、結絆は空を見上げた。

 

エンデュミオン、この空の遥か彼方に、アリサが立つ舞台がある。

 

「......色々と、面倒事が起こりそうだねえ」

 

つぶやいたその言葉は、誰にも聞かれないように風に溶けていった。




本文には書いていませんが、結絆はレディリーを見て、生命力の流れが普通の人間と異なっていることに気付いています。

結絆も実質不老不死みたいなものなので、レディリーとは似たようなものかもしれませんね。
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