エンデュミオン内部
緊急用ハッチを抜けた結絆と当麻は、静まり返ったエンデュミオンの無人区画に足を踏み入れた。
「......あの歌声が嘘みたいに、静かだな」
当麻がぽつりと呟く。
「ライブエリアは完全に遮音されてるからねえ。さあ、急ごうか。当麻。術式の中枢はこの施設の内部にあるはずだよお」
結絆は端末を操作し、立体マップを投影した。
「ここが核だ。術式の発動条件が揃う前に、君の右手で触れて無効化してほしいよお」
「わかった。けど......簡単には行かせてくれなさそうだな」
当麻の言葉が現実となるのは、次の瞬間だった。
結絆達の進路を遮るように、黒い服を着た女と、銀髪の長身の男が現れた。
「やっぱり来たねえ......レディリーの部下ってところかい」
「その通りよ。あなた達に計画を邪魔されると困るもの」
背後の壁が揺れ、レディリー=タングルロード本人が現れる。
「......こんにちは、食蜂結絆。そして上条当麻。ようこそ、わたしの“終焉”の舞台へ」
結絆の目が細まる。
だがその表情に怯えはなく、むしろ楽しげな笑みが浮かんでいた。
「終焉に他人を巻き込もうとするなら、それはただの我が儘だよお、レディリー」
「なら、止めてみなさい。わたしの千年の命の重み......あなたに受け止められるかしら?」
瞬間、レディリーの部下達が結絆達に向かって突撃してきた。
しかし、それらの攻撃は結絆の周囲に展開された水の障壁に阻まれた。
「当麻、術式の破壊は任せたよお。こいつらは足止めしておくからねえ」
「おい、無茶すんなよ!」
「まあ、エンデュミオンが倒壊しない程度には加減するよお」
結絆が一歩踏み出すと同時に、全身から異質な気配が立ち上がる。
「千年生きてようが、力の差は明らかなんだよねえ」
すると、レディリーが冷たい笑みを浮かべると同時に、術式が空間を歪める。
レディリーは、肉体構造が人と異なるため魔術は使えないはずだが、霊装を通じて魔術を使っているようである。
激突する二つの存在。
その戦いの余波が、塔の構造に異変をもたらす。
「結絆!塔が揺れてるぞ!」
当麻が遠くでバランスを崩して転びそうになっているのが見える。
「分かってるよお。でも、ここで退いたら、全員巻き添えになるんだよねえ......加減するのも大変だねえ」
激しい衝撃が走り、壁の一部が崩落する。
警報が鳴り響き、エンデュミオンのシステムが不安定になっていく。
(まずいねえ......このままだと、アリサのライブエリアごと崩れかねない)
それでも、結絆は一歩も退かず、レディリーとその部下を睨み据えた。
「不老不死なら爆発ぐらいじゃ死ねないよねえ。いい加減、夢を見るのはやめようかあ。レディリー」
爆発の余韻が残る構造区画の壁に背を預けながら、食蜂結絆は言った。
頬にはうっすら血が滲んでいたが、その瞳にはいまだ揺るぎなき光が宿っている。
当麻は、ひとり残された通路を駆け出す。
レディリー=タングルロードが用意した術式――その核さえ壊せば、エンデュミオン全体にかけられた魔術の網が消える。
それが結絆の言っていた作戦だった。
(核って言っても、どうやって見つけりゃ......)
そんな時、当麻の頭に結絆の言葉がよぎる。
「あ、そうだ。困った時はインデックスに頼れって結絆が!」
慌てて携帯を開き、インデックスに連絡を取る。
当麻の荒い息に応じるように、画面の向こうから小さな声が聞こえてきた。
『とうま?今どこ?』
「エンデュミオンの中。レディリーの術式を止めたいんだけど、核がどこにあるか見当がつかないんだ!」
インデックスは少し黙り込み、やがて真剣な声で答えた。
『結絆から事前にもらってる情報を見たんだけど、エンデュミオン自体が術式の媒体になってるよね。ライブの出演者の控室の辺り......そこが魔力を回してる中枢だよ。そこにある反応炉に幻想殺しで触れてみて』
「ありがとう、インデックス、助かった!」
電話を切り、当麻は更に奥へと走る。
崩れかけた階段、火花を散らすパイプを飛び越えながら、胸の内にはひとつの確信が芽生えていた。
(絶対に止める。アリサや結絆、みんなのために!)
一方その頃......
「随分と強いじゃない......これほどとは思わなかったわ」
レディリー=タングルロードは、長く伸びた髪をゆらしながら、空中に浮かび上がる魔術陣を次々と展開する。
その数、十、二十......いや、三十を越える。
まるで空間そのものが呪文に染め上げられているかのようだった。
それを見た結絆は、能力と魔術を併用してレディリーの攻撃を相殺していく。
「へええ......さすがに千年のキャリアは伊達じゃないってわけかあ」
しかし、次の瞬間、建物全体が激しく揺れる。
結絆の目が鋭くなった。
(まずいねえ......!)
内部構造がすでに限界を超えつつある。
戦闘の余波で支柱のいくつかが破壊されていた。
エンデュミオンは、もう長くは持たない。
「あら、どうやら、あなたのせいでエンデュミオンも崩れ落ちそうね」
「......お互い様だよお。でもまだ、全部終わったわけじゃない」
「ええ、そうね。あなたが倒れてくれないと、メインの術式を発動できないもの」
結絆もレディリーも、お互い追い詰められている状況である。
「頼んだよお、当麻......」
次のレディリーの攻撃に備えつつ、結絆はそう呟いたのだった。
「ここか......!」
目の前に現れたのは、荘厳な円柱と水晶で囲まれた反応炉。
確かにインデックスが言った通り、魔力が渦を巻いているのが見える。
「よし......!」
当麻は深呼吸して、右手を炉の中心へと突き出した。
「これで、終わりだ――っ!」
その瞬間、白い光が弾ける。
炉の核が砕け、魔力の奔流が霧散していくのを感じた。
レディリーの術式が、崩れた。
「おや......どうやら、うまいことやってくれたみたいだねえ......」
結絆はマスターソードを肩に担ぎながら、崩れゆく天井を見上げた。
レディリーは術式を破壊されたことに衝撃を受け、膝をついている。
だが、問題は......
「......この崩壊、もう止められないねえ......」
結絆は唇を噛み、肩を震わせた。
レディリーの術式は破壊することができた。
しかし、エンデュミオンの倒壊も時間の問題である。
「早く避難ルートを確保しないと......!」
地上に設置された大型ビジョン。
その前には大勢の観客が立ち止まり、スクリーンに映し出される鳴護アリサのライブ映像に見入っていた。
透き通るような歌声が夜の空に溶け込んでいく中、突如として画面が僅かに揺れた。
「......おい、今の揺れ、なんだ?」
一方で、打ち止めの部屋でライブ映像を見守っていた一方通行は、不快そうに眉をひそめた。
彼の隣で、打ち止めが不安そうに空を仰ぐ。
「なんか、エンデュミオンの様子がおかしいよ......ってミサカはミサカは言ってみたり」
一方通行は目を細め、彼方に浮かぶ軌道エレベーター、エンデュミオンを見つめる。
確かに、光の層が歪み、空間が波打つような異様な現象が起こっていた。
一方その頃、別の場所では麦野沈利とフレンダ、滝壺理后、絹旗最愛のアイテムの面々も騒ぎに気付き始めていた。
「ねえ、あれってやばくない?普通に軌道エレベーターが光ってるって感じじゃないよねー?」とフレンダが言うと、麦野がにらみつけるように画面を見た。
「まさか......誰かが、エンデュミオンで何か仕掛けてる?」
別の通りでは、美琴と黒子、そして初春と佐天がライブ映像を見ながら歓声を上げていたが、美琴は途中で何かに気付き、表情を固めた。
「......アリサと結絆ってエンデュミオンにいるのよね!?あいつら、大丈夫なの?」
そのとき、彼女の通信端末に着信が入る。
『......ミサカ00000号から緊急通信を送信します。エンデュミオンに異変を検知しました。内部で異常が発生していて、倒壊の可能性が高まっています。地上部分にある三か所の“緊急切り離しシステム”を作動させることで、軌道側との分離が可能です』
「位置は?私達で動けるの?」
『各地の主要ポイントに散らばっています。お姉様以外にも、一方通行、ステイル=マグヌス、麦野沈利に対応を要請しています』
美琴は頷き、黒子達の方を見る。
「みんな、お願い。エンデュミオンの倒壊を止めるのを手伝って欲しいの!」
「お姉様がそうおっしゃるなら断る理由はありませんの」
黒子は美琴にそう返し、初春と佐天も頷いた。
一方、路地裏にいたステイルも状況を聞き、ライターを構える。
「ようやく彼に恩を返す時が来たね、よし、行こうか」
それぞれのチームが動き始めた。
三つの緊急切り離し装置は、厳重なセキュリティに守られた施設の地下に設置されていた。
そしてそこには、エンデュミオンの防衛機構が張り巡らされていた。
大量の自律兵器が、侵入者を迎え撃つように待機している。
「こんな奴らの相手をしてる場合じゃないのよ!」
美琴が高圧電流を纏わせて突撃すると、電子機械の群れが次々とショートして火花を散らす。
彼女の後ろでは、黒子が瞬間移動で敵の装甲を突き刺し、初春と佐天がその後方でサポートを行う。
別の地点では、麦野が原子崩しを発動し、電子ビームを次々と叩き込んでいた。
「私達は、他のやつらのサポートね。納得いかない部分もあるけど、さっさと終わらせるわよ」
フレンダが爆弾を投げ、滝壺が敵の動きを感知、絹旗が自立兵器を殴り倒していく。
そして別の戦場。
一方通行が白い翼を広げ、空間ごと敵を押し潰していく。
「......時間がねェんだ。さっさと通らせろよォ」
打ち止めは、背後でミサカからデータを受け取りながらナビゲーションを続ける。
「あと少しで制御装置に到達できるってミサカはミサカは......!」
ステイルも炎のルーンを駆使して敵の機械を焼き払い、煙の向こうに装置を見つけて叫んだ。
「ここか!この装置を作動させれば......!」
次々と手動点火装置が作動されていく。
爆発と轟音の中、彼らは進み続ける。
烈しい振動と爆音が空に響き渡る中、エンデュミオンの地上接続部分――三か所の緊急切り離し装置が、ついに作動した。
巨大な衝撃と共に、火柱が吹き上がる。
その瞬間、エンデュミオンの下層と地上との結合部が爆破され、巨大構造物の重みが分断された。
地上へと傾いていた軌道エレベーターは、ギリギリのところでバランスを取り戻し、倒壊の危機を免れる。
内部の揺れが僅かに収まったのを感じ、結絆はレディリーと対峙したまま、口元に小さな笑みを浮かべた。
「......うまくいったみたいだねえ。さすが、俺の自慢の仲間達、だねえ」
だが、その微笑みを打ち消すように、レディリー=タングロードは狂気に染まった瞳を結絆へ向けた。
全てが終わったと誰もが思ったその瞬間、彼女の背後に浮かび上がるのは、全く異なる魔術式。
「......終わった?いいえ、まだよ......私は......絶対に死んでやる!」
彼女の叫びと共に、漆黒の術式陣が空間に展開される。
それは、今までとは異なるエネルギーの波動を持っていた。
膨大な魔力が集束し、空間を歪ませ、エンデュミオンの構造そのものが軋みを上げる。
突如として、建造物のあちこちから異音が響き、再び激しい揺れが起こった。
結絆は歯噛みしながら、崩れていく施設の壁を睨んだ。
観客席では、まだ多くの人々が混乱しながら立ち尽くしている。
すぐにでも全員を避難させなければ、間に合わない。
彼は、意を決したように深く息を吐き出す。
「......力を貸せ、ムルムル」
その言葉と同時に、彼の背後に禍々しい気配が立ち昇る。
虚空から現れたのは、結絆に取り憑く異形の存在――ムルムル。
彼は甲冑を身に纏った戦士の姿を模したような姿で、結絆の肩越しに顎を預けるように現れた。
「ふふふ......ずいぶん切羽詰まっているようだな。どうする、我が主よ?このままでは、君の愛しき者たちは皆、瓦礫の下で......」
「止めろ、レディリーの術式を。ついでにエンデュミオンにいる奴ら全員、地上に転移させてくれ」
その言葉に、ムルムルは目を細め、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「いいだろう。だが......代償を払ってもらうぞ」
「"覚悟"はできているよお」
即答する結絆の言葉に、ムルムルはわずかに目を見開き、次の瞬間、くつくつと笑い声を漏らした。
「ははは......お前は面白いな。では、いただくぞ......その体」
その時、結絆の瞳が深い緑色に染まり、全身から異様な力が解放された。
次の瞬間、ムルムルが展開した空間魔術によって、観客席の全員が黄金の光に包まれ、瞬時にして地上へと転移していく。
同時に、レディリーの術式が砕けるように分解され、虚空へと消えていった。
「なっ......!?何をしたの......あなたは......!」
レディリーが悲鳴に似た叫びをあげるが、結絆はそれを見据えながら、疲れたように笑みを浮かべた。
「終わりだよお、レディリー。......あんたの願いも、呪いも、ここで終わらせる」
崩れゆく空間の中で、彼の身体が静かに輝きを放ち始めていた。
まるで、何かが彼の中で変わっていくように。
無数の光が爆ぜ、崩れかけたエンデュミオンの天井から微細な金属片が降り注ぐ。観客たちは既にいない。
その中心で、深緑の瞳を宿した男、食蜂結絆の体を乗っ取ったムルムルが、高らかに笑っていた。
「フ、フフ......!ハーッハッハッハ!!やった、やったぞォ!ついに、あの忌々しい契約の鎖から解き放たれた!この力、この肉体、これこそが......真の自由だァッ!!」
狂気を帯びた笑い声が、崩壊寸前の空間に反響する。
ムルムルは腕を広げ、自らの体に宿る力を確かめるように宙を舞う。
しかし......
「......ん?」
その指が震えた。
いや、指だけではない。
足先、膝、肩、首筋......。
思ったように動かない。
筋肉が拒絶するように、ムルムルの意思に逆らう。
「......なに!?これは......まさか......」
その時。
『やあ、ムルムル。束の間の自由は楽しかったかい』
どこからともなく響いたその声は、確かに結絆のものだった。
「......っ!まさか......貴様、生きて」
『勝手に殺さないでほしいんだけどねえ。君が体を手に入れたって思い込んでる間、ちょっと深層意識に隠れていただけだよお』
ムルムルは歯噛みする。
「馬鹿な......これは契約だぞ!?お前が自分で差し出した体だ!それを今さら......!」
『うん?俺は、肉体をあげるなんて一言も言ってないよお。それに、ほら、俺の能力って“自己制御”なんだよねえ』
その言葉と同時に、ムルムルの手足にさらなる違和感が広がる。
視界がぶれ、思考に濁りが生じる。
『自己制御──セルフマスター。俺の肉体、精神、全ては俺の意思で管理できる。君がどれだけ力を振るおうと、俺がその根幹を支配している限り、それは借り物でしかないんだよお』
「そんな、バカな、バカな......!」
ムルムルは叫ぶ。
だがその声も、どこか他人のもののように感じられた。
『でもねえ、感謝はしてるよお。観客たちをちゃんと避難させてくれたこと。それがなかったら、俺もこんな悠長な真似はできなかったからねえ』
その言葉に、ムルムルはさらに憤りを募らせる。
「ふざけるなッ......貴様、初めからそのつもりで......!」
『俺としては仲良くしたかったんだけどねえ。でも、こうなってしまった以上は、しょうがないよねえ、じゃあ、さよなら......』
次の瞬間、ムルムルの視界が闇に染まり始める。
身体の感覚が遠のき、言葉が形を成す前に消えていく。
「や、やめ──やめろォォオオオ──!!」
叫びは届かない。
ムルムルの存在は、結絆の体から音もなく消えていく。
そして、結絆の瞳が再び本来の輝きを取り戻す。
しかし、その瞳の色は緑色から戻らないのであった。
結絆は、崩壊の危機にあるエンデュミオンの中心で、ふぅと小さく息を吐いた。
「......やっぱり、自分の体は自分で使いたいよねえ」
呟いたその声は、どこまでも穏やかだった。
そしてその瞳は、まだ間に合うと信じて、光の先を見据えていた。
結絆がムルムルを乗っ取りました。
イギリス清教のトップと少し似たような状態になってる感じですね。