食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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エンデュミオン編も、もうすぐおしまいです。


帰還

 エンデュミオンの最深部。

 

つい数分前まで激しい戦闘と崩壊の危機に見舞われていた巨大建造物は、今、まるで幻想のようにその存在を失おうとしていた。

 

「......おい、結絆、これって」

 

隣に立っていた当麻が、唖然とした表情で辺りを見回した。

 

そこにあったはずの巨大な内部構造、鋼鉄とガラスの階層、音響設備、照明......すべてが、音もなく、光と共に消えていく。

 

まるでこの世に存在したことが嘘だったかのように。

 

「エンデュミオンが......消えてる......!?お前、何をしたんだよ!」

 

当麻の声に、結絆は肩越しに振り返った。

 

彼の瞳は、どこか遠くを見つめるような、静謐で、それでいて何かを抱えたものだった。

 

「......ムルムルの力だよお」

 

「ムルムル......?あの悪魔か。まさか......」

 

「アイツの力を使って、エンデュミオンを消したんだよお」

 

結絆の言葉に、当麻は言葉を失う。

 

その背後では、エンデュミオンのあった空間が大きな穴になっている。

 

「待て......それって、お前が......悪魔の力を――」

 

「うん。手に入れたよお。代償付きだけどねえ」

 

結絆はふっと笑みを浮かべる。

 

その笑みには、苦しみも、決意も、そしてどこか諦めにも似た静けさがあった。

 

「......本気で言ってんのかよ。そんな力、使ったらどうなるか分かってんのか!?」

 

「もちろん。だけど、観客も、アリサも、皆を守るにはそれしかなかった。これが、最善の方法だったんだよお......」

 

当麻は拳を握り締め、結絆の背中を見つめた。

 

その姿は、どこか哀しみを纏っていた。

 

「......で、これからどうするんだ?」

 

「まずは、皆のいる所に戻るよ。俺には、まだやることがあるからねえ」

 

そう言うと、結絆は指を鳴らした。

 

瞬間、空間が軋むような音を立てて歪み、二人の身体は一瞬で移動する。

 

その頃、地上では、騒然とする群衆と、避難していた観客達が空を見上げていた。

 

そこには、もうエンデュミオンの姿はない。

 

ただ、静かな星空があるだけだった。

 

 

 

 地上、学園都市の広場。

 

避難誘導が進み、人々のざわめきが少しずつ落ち着き始めた頃だった。

 

遠く、星空の下に二つの人影が現れる。

 

一人は上条当麻。

 

そして、もう一人は、食蜂結絆。

 

「結絆くん!」

 

誰よりも早くその姿に気づいたのは、アリサだった。

 

声にならないほどの安堵を胸に、彼女は駆け寄る。

 

そのすぐ後ろには、美琴、黒子、ステイル、一方通行、麦野、ドリームのメンバー達......皆、戦いを終えたばかりの疲れを抱えながらも、無事の帰還に目を見張っていた。

 

「......無事、なんだよね?」

 

アリサは立ち止まり、目の前の結絆を見上げる。

 

結絆の雰囲気は何かが違った。

 

表情、声の調子、立ち振る舞い......どれも確かに彼そのものではあるが、そこには言葉にできない「変化」があった。

 

「おいおい......随分雰囲気が変わったじゃない?」

 

麦野が眉をひそめる。

 

「流石にあれだけのことをしておいて、無傷とは思っていませんでしたけれど......何かが、違う気がしますの」

 

黒子も静かに言葉を重ねる。

 

美琴達以外も、ドリームのメンバーである蜜蟻や帆風、警策達も、口には出さずとも不安げな目を向けていた。

 

だが......

 

「んん?そんなに変わったかなあ、俺」

 

結絆は、まるで他人事のようにとぼけた声を上げる。

 

そして、皆の前で手のひらをひらひらと振った。

 

「ま、ちょっとだけ悪魔の力を取り込んじゃったからねえ。ムルムルってやつの......。でも心配いらないよお、俺がちゃんと出し抜いてやって、主導権はこっちにあるからねえ」

 

「......はぁ、なんか結絆らしいわね」

 

美琴が唖然と口を開く。

 

それを聞いていたステイルは一瞬言葉を失い、煙草を咥えようとして落とし、慌てて拾い直す。

 

一方通行も呆れたようにため息をついたが、口元には苦笑が浮かんでいた。

 

「でも、結絆くんが無事でよかった......」

 

アリサは呟くように言いながらも、安心したように小さく笑った。

 

それを合図にするように、皆の緊張がふっと緩む。

 

「結絆......本当に、無理はしてないのよね?」

 

「してないよお。そりゃあ、ちょっとばかり体の調整は必要だけども。今は能力でなじませてる最中なんだよねえ。うまく使えば、色々応用もできるかもしれないよお?」

 

まるで実験結果を語る科学者のようなテンションで、結絆は楽しそうに語る。

 

その様子に、誰もが呆れながらも、どこかいつもの彼が戻ってきたことを実感していた。

 

「......結絆がそう言うなら、私達は信じるしかないわね。あんた、いつも無茶苦茶やってもちゃんと戻ってくるし」

 

「そうですの。まあ、そうでなければお姉様や私達をこれほど魅了するはずもありませんわ」

 

美琴と黒子が顔を見合わせて、軽く笑う。

 

「だけど今度ばかりは、無茶の度合いが過去最大って感じだね......ああ、上に報告するとなると頭が痛くなりそうだ」

 

ステイルがぼやく横で、帆風がスッと前に出る。

 

「ですが、結絆さんがご無事で何よりでした。私達は、いつでも貴方のそばにいますからね!」

 

「無茶するのは心配だけどお、やっぱり結絆クンは結絆クンなのよねえ。ふふっ」

 

蜜蟻も笑いながら小さく肩を抱き寄せ、警策や猟虎や入鹿達も順に結絆に声をかける。

 

「結絆くんってみんなから慕われているんだね......」

 

アリサは小さく呟きながら、その隣に立った結絆をそっと見上げた。

 

どこか遠くを見ているようなその横顔、そこに宿る強さと孤独に、ほんの少し胸が締めつけられる。

 

「結絆くん......あんまり無茶しすぎないでね。私達は、貴方の帰る場所なんだから」

 

「......うん、ありがとお」

 

その言葉に、結絆は静かに目を閉じて微笑んだ。

 

悪魔の力を手に入れてもなお、彼の本質は変わらない――そう信じさせる、穏やかな微笑だった。

 

 

 

 エンデュミオン跡地、ぽっかりと空いていたはずの空間が、わずか数分のうちに、まるで異世界のような風景へと変貌を遂げていた。

 

中央に浮かぶステージは、透明なクリスタルで形作られており、月光を受けて七色に輝いている。

 

空中には音符のような光の粒が舞い、遠くでは風が奏でるように優しく音が響いていた。

 

ステージの周囲には自然に形作られた観客席が広がっており、避難していた観客達が自然とそこへと誘われるように集まっていた。

 

それはまさしく魔法のような空間だった。

 

「結絆......アンタ何したのよ......?」

 

美琴は、あまりの変化に目を見張った。

 

同じように、黒子やステイル、一方通行、ドリームのメンバー達も声を失っていた。

 

そんな彼らの前に、いつものような飄々とした足取りで現れたのは、もちろん結絆だった。

 

「ようこそ、幻奏庭園(イリュージョン・ホール)へ。今夜は特別な夜だよお」

 

結絆は楽しそうに話すが、美琴達の表情が固まっているのを見て苦笑いする。

 

「ムルムルは音楽の魔神って言われてる存在なんだけど、その力を使わせてもらったんだよお。空間の構築、音響の最適化、感情の調律。まあ、ライブを盛り上げるための演出ってやつだねえ」

 

「演出ってレベルじゃねェぞォ......」

 

一方通行が呆れたように言い、美琴も口を開く。

 

「もはや超能力じゃ片付けられないわよね......まったく、ほんと人間離れしてるんだから」

 

 

 

 アリサが、そっと結絆の隣に立った。

 

彼女の手には、救出された時に無事だった小さなマイクが握られている。

 

その表情にはまだ戸惑いがあったが、目はしっかりと前を見据えていた。

 

「こんなふうに、みんながまた歌を聴ける場を作ってくれて......ありがとう、結絆くん!」

 

「うん、俺にできるのは場を整えることくらいだよお。でも......」

 

結絆は彼女の方を見て、ふわりと微笑む。

 

「君の歌が、皆の心を救うって、信じてるからねえ」

 

その言葉に、アリサは静かに頷いた。

 

ステージに上がったアリサがマイクを持ち、深く息を吸い込む。

 

その瞬間、宙に浮かんでいた音符の光が一斉に舞い上がり、月の光がステージ全体を包み込むように輝き始めた。

 

そして、アリサの歌声が広場全体に響いた。

 

切なさと優しさが交錯する旋律が、まるで光そのもののように聴く人々の胸に届いていく。

 

人々は立ち上がり、息を飲み、そして静かに涙を流す者もいた。

 

それは、心を揺さぶる奇跡のような時間だった。

 

光の粒は音に呼応するように形を変え、空にはオーロラのような波が揺れた。

 

音が花となり、星となり、世界を優しく包んでいく。

 

それはまさに、神の演出としか言いようのない光景だった。

 

「アリサさんの歌をこんなに間近で聴けるなんて......」

 

佐天涙子がぽつりと呟く。

 

「迫力が凄いですね」

 

初春が、隣で小さく微笑む。

 

「まったく......規格外にもほどがありますわ」

 

黒子が肩をすくめ、美琴が苦笑を浮かべながら隣に並んだ。

 

「でも......それが、結絆なのよね。誰よりも無茶苦茶で、でも......誰よりも、優しい」

 

美琴のその言葉に、皆が静かに頷いた。

 

光の中で歌い続けるアリサ。

 

その歌声に応えるように、結絆は静かに手を伸ばし、空間の調律を行っていく。

 

結絆の力は、もはや人の域を超えている。

 

だが、それでも彼の心は人のまま――いや、誰よりも人の想いを知る存在として、そこにあった。

 

やがて、アリサの最後のフレーズが響き渡り、光と音がゆっくりと収束していく。

 

観客達の間から自然と大きな拍手と歓声が湧き上がる。

 

そしてその中心にいるのは、幻想を創り出す“悪魔の力”を手に入れながら、仲間達の笑顔のためにそれを使った、ただのひとりの少年だった。

 

ライブが終わり、観客達の歓声が静まりつつある頃、幻想庭園の光も徐々に柔らかな余韻へと変わっていった。

 

人々がそれぞれの帰路へと向かう中、結絆は一人、ステージの裏手にある木陰で腰を下ろしていた。

 

夜風が心地よく頬をなでる。

 

空には星が瞬き、先ほどまでの幻想の演出が嘘のように静寂が広がっていた。

 

そんな中、控えめな足音が近づいてきた。

 

「......結絆くん」

 

その声に、結絆は振り返る。

 

そこに立っていたのは、ライブの衣装に身を包み穏やかに微笑むアリサだった。

 

「ライブ、すごく良かったよお。君の歌が、皆の心にちゃんと届いてたねえ」

 

「......うん。ありがとう。あの空間を作ってくれて、本当にありがとう」

 

アリサは隣に腰を下ろし、そっと夜空を見上げた。

 

「アリサ......」

 

「私ね、今日ずっと考えてた。結絆くんは、さっきまでとは何かが違う......すごく穏やかで、でも、少し遠くに行ってしまったような気もした」

 

結絆は黙ってアリサの言葉を聞いていた。

 

「でも、それでも私は......どんな存在になったとしても、私は結絆くんを信じてる」

 

その言葉に、結絆は目を見開いた。

 

彼の中で、ほんの少しだけ張り詰めていた何かが、ふと溶けるように崩れていくのを感じた。

 

「皆から拒絶される覚悟はしていたんだけどねえ......その言葉を聞いて救われたよお」

 

優しい笑みが、彼の唇に浮かんだ。

 

すると、その様子を、少し離れた場所から見守っていた少女達が、ふわりと姿を現した。

 

「結絆さん、やっぱりここにいたんですね」

 

帆風が結絆に歩み寄ると、美琴や黒子達も次々に姿を現す。

 

「......皆、いたのかい?」

 

結絆の問いに、美琴が少し頬を染めながら言った。

 

「だって、アリサがこっそり抜け出してるの見て、なんとなく察したんだもん」

 

「わ、私だって別に盗み聞きしてたわけじゃありませんのよ!?たまたま......偶然ですの!」

 

そんな中で、帆風が一歩進み出た。

 

「結絆さん。私達は、貴方がどれほど規格外で、どれほど遠い存在に思えても......やはり、貴方のことを大切に思っています。誰よりも、仲間を大切にするその心を知っていますから」

 

続いて、美琴も、少し俯きながらも口を開いた。

 

「......そうよ。私もそう思ってる。アンタは......どんな力を持ってても、やっぱり“結絆”なんだから」

 

「私も同意見ですの!」

 

「わたしも!結絆さんは結絆さんです!」

 

「だねっ!力が増えたって、むしろ頼れる存在がパワーアップしただけじゃん!」

 

皆が口々に言葉を重ねる中で、結絆は不意に立ち上がった。

 

目元に何かが滲んでいる。

 

彼は、手で目元を覆った。

 

「......すごく、嬉しいよお......」

 

止めようとしても、涙はこぼれた。

 

ムルムルという存在を出し抜き、神域に片足を踏み入れたはずの自分が、こんなにも人の温かさに心を震わせている。

 

「俺は......俺はさあ、怖かったんだよお。もしこの力が、俺を何か別のものにしてしまうんじゃないかって。けど......君達がいてくれるなら、俺は、俺のままでいられる」

 

その言葉に、皆が静かに頷いた。

 

アリサも、隣で微笑みながら結絆の手を握る。

 

「だから......ありがとう、みんな」

 

結絆の涙は、ただの涙ではなかった。

 

それは、人としての心を失わないという証、そして、何よりも強い“絆”の証だった。

 

夜空の星々が、彼らの頭上で輝きを増していた。

 

まるで、その瞬間を祝福するかのように。




エンデュミオン編は、次回ぐらいで終わりです。

エンデュミオン編が終わったら、番外編を挟んで、結絆の過去編に入ろうと思っています。
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