食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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今回からは、結絆の過去編です。

結絆が才人工房に所属していたころの話になります。


過去編 才人工房
才人工房の生んだ怪物


 本編の数年前の学園都市の某所

 

表向きには存在しない研究機関――「才人工房(クローンドリー)」

 

その施設の奥深く、薄暗い照明がともる実験室の中で、食蜂結絆は拘束椅子に腰掛けていた。

 

腕や足には制御装置が取り付けられ、周囲には白衣を着た研究者達が無機質な視線を向けている。

 

結絆は微笑を浮かべながら、堂々としている。

 

その表情からは、まるでこれから自分が何をされるのかに興味すらないように見える。

 

彼の能力は、「自己制御(セルフマスター)」。

 

自らのあらゆる生理・心理状態を自由に操ることができるこの能力は、才人工房の研究者のみならず学園都市の上層部にとって非常に興味深いものだった。

 

肉体の限界を超えた身体強化、精神状態の完全なコントロール、さらには痛覚の遮断までもが可能とされている。

 

そして、能力が成長すれば、他の能力者の能力をも使うことができるようになるのではないかとも予想されている。

 

研究者の一人が電子機器を操作しながら、淡々と告げる。

 

「では、痛覚制御の実験を行います。電流を流しますので、耐性を確認してください」

 

「ふうん、それくらいなら楽勝かなあ」

 

スイッチが入れられ、拘束具から高圧電流が流れる。

 

通常の人間なら激痛により絶叫するレベルの電流である。

 

しかし、結絆は何事もないかのように微笑みを浮かべたままだ。

 

「うーん、ちょっとピリピリするくらいだねえ」

 

研究者たちは互いに驚愕の視線を交わした。

 

通常、どれだけ鍛えられた人間でも、神経に直接電流を流せば反応せざるを得ない。

 

しかし、彼の脳内では痛覚が完全に遮断されていた。

 

「......痛みは感じていませんか?」

 

「うん、ゼロだねえ。まあ、本当にゼロだと危ないから、微弱な感覚だけは残してあるけどねえ」

 

研究者たちは即座にデータを解析し、彼の神経伝達がどのように制御されているのかを探ろうとした。

 

しかし、結絆の能力はあまりにも精密で、人為的に再現するのは困難だった。

 

「次は、心拍数の制御を試してもらいます」

 

「OK、どれくらいがいいかなあ?」

 

「......可能なら、極限まで低下させてみてください」

 

結絆は小さく息を吸い込み、目を閉じた。

 

心拍数が徐々に下がっていく。

 

60、50、40――

 

ついには20を下回り、研究者たちの間に緊張が走る。

 

通常なら死の危険すらある状態だ。

 

しかし、彼は何事もなかったかのように目を開き、口元に微笑を浮かべる。

 

「こんな感じでどうかなあ?」

 

研究者たちは震えながらモニターを見つめていた。

 

食蜂結絆という存在は、彼らの想定を遥かに超えていた。

 

「これは......本当に人間の能力なのか......?」

 

彼をモルモットとして観察するつもりだった研究者達の目に、畏怖の色が浮かんでいた。

 

実験後、結絆は実験室を出て、別室へと案内された。

 

「よくやったわね、結絆君」

 

柔らかな声が室内に響く。そこに立っていたのは、白衣をまとった女性――橘博士だった。

 

彼女は結絆より二歳年上で、若くして結絆の能力開発の責任者を務めている。

 

「まあ、こんなの朝飯前だねえ」

 

結絆は気楽そうに肩をすくめた。

 

橘博士はデータの入ったタブレットを確認しながら、彼をじっと見つめる。

 

「この調子で能力が成長していけば、あなたは才人工房で初めてのレベル5になれるわ、それどころか、学園都市でも最高の能力者になれるはずよ」

 

「へえ、それは光栄だねえ。でも、そんなに簡単にレベル5になれるものなのかなあ?」

 

橘博士は微笑を浮かべた。

 

「......あなたにはその可能性があるわ。自己制御の精度、それによる身体能力の向上、すべてが規格外よ」

 

「ふうん......じゃあ、これからはもっと頑張ってみようかなあ」

 

結絆は興味深げに目を細めた。

 

彼の未来には、どんな道が待っているのだろうか。

 

その後、別の実験室で他の能力者の能力発動を観察する機会が与えられた。

 

ある能力者が火球を生み出し、空中で制御する様子を見た結絆は、静かに目を閉じた。

 

「......なるほど、こういう仕組みかなあ」

 

次の瞬間、彼の手のひらから同じように火球が生まれた。

 

研究者たちは凍りついた。

 

「ば、馬鹿な......!あれは彼の能力ではないはず......!」

 

結絆は微笑みながら呟く。

 

「自己制御(セルフマスター)をちょっと応用しただけだよお。脳の構造を少し変えて、神経回路を調整したら、まあこんなもんかなあ?」

 

研究者たちは唖然とし、彼の存在がもはや既存の能力者の枠に収まらないことを悟った。

 

 

 

 翌日、才人工房の研究室には異様な緊張感が漂っていた。

 

昨日の実験で食蜂結絆が見せた能力――自己制御(セルフマスター)を応用し、他の能力者の技を再現するという異常な力は、研究者たちの間に動揺を広げた。

 

「......あれは、もう人間じゃない......」

 

ある研究員が、震える手で銃を握りしめていた。

 

彼の目には、恐怖と疑念が入り混じった色が浮かんでいる。

 

才人工房は能力開発を目的とする研究機関ではあるが、ここで育成された能力者達は、いずれも既存の理論の枠に収まる存在だった。

 

しかし、結絆は違った。

 

「もし、あんな存在が制御不能になったら......?」

 

男の心に芽生えたのは、結絆に対する恐怖と排除の意志だった。

 

その時、実験室のドアが開く。

 

「おはよう、今日もよろしく頼むよお」

 

結絆が軽やかな足取りで室内へと入ってきた。

 

まるで昨日の異常事態など存在しなかったかのように、普段通りの笑みを浮かべている。

 

研究員の手が震え、引き金にかかる指が動いた。

 

――パンッ!

 

乾いた銃声が室内に響いた。

 

他の研究員たちが悲鳴を上げる中、結絆は右手を前へと出していた。

 

次の瞬間、銃弾が彼の指先で止まる。

 

「......ふうん、急にどうしたのかなあ?」

 

彼は興味深そうに指先に挟んだ弾丸を見つめた。

 

それは完全に勢いを殺され、ただの金属片と化していた。

 

「ば、馬鹿な......」

 

撃った研究員は愕然とし、後ずさった。

 

「うーん、これくらいの威力なら、手で止めなくても問題なかったねえ」

 

結絆は軽く笑いながら、指先で弾丸をくるくると回した。

 

「でも、いきなり撃つなんて、ちょっと酷いんじゃないかなあ?」

 

研究員の顔が青ざめる。

 

「ひっ、ひい......近寄るな......っ!」

 

その姿を見て、結絆は肩をすくめた。

 

「そんなに怖がらなくてもいいのにねえ......まあ、これも実験の一環ってことにしておいてあげるよお?」

 

結絆は弾丸を指で潰し、欠片が床に転がる音が響いた。

 

研究室には、静寂が戻っていた。

 

だが、研究者たちはもう理解していた。

 

この存在は、才人工房が生み出した「人間」を超えた何かだということを。

 

 

 

 才人工房の特別実験室。

 

薄暗い照明の下、分厚い装甲を持つゴリラ型のロボットが唸りを上げていた。

 

学園都市が開発した戦闘用機体であり、圧倒的なパワーと防御力を兼ね備えた存在だった。

 

「今日の課題はこのロボットとの戦闘よ」

 

橘博士がモニター越しに結絆へと指示を送る。

 

「へえ、なかなか面白そうだねえ」

 

結絆は余裕の笑みを浮かべながら、戦闘態勢を取る。

 

ゴリラ型ロボットが咆哮しながら突進してきた。

 

分厚い腕が振り下ろされる。

 

結絆は即座に回避しようとしたが――

 

「......っ!」

 

回避が遅れ、肩をかすめた衝撃で身体が吹き飛ばされる。

 

壁に叩きつけられた衝撃を急いで周囲に逃がす。

 

「これは、ちょっと手強いなあ......?」

 

彼はすぐに立ち上がり、冷静に分析を始めた。

 

ロボットの動きは速く、攻撃の威力も桁違い。

 

しかし、決して回避不可能な速度ではない。

 

「じゃあ、少し強化してみようかなあ」

 

結絆の瞳が鋭く光る。

 

自己制御(セルフマスター)を発動し、反射神経と五感を一気に強化する。

 

視界が鮮明になり、ロボットの動きがスローモーションのように見えた。

 

次に襲いかかってきた鉄拳を、今度は完璧に見切る。

 

「ふうん、今度はよく見えるねえ」

 

結絆は軽やかに身を翻し、ロボットの背後へ回り込んだ。

 

そして、拳を振るう。

 

肉体強化された一撃が、ロボットの関節部に炸裂する。

 

「ガキンッ!」

 

鈍い破壊音が響き、ロボットの腕の動きが鈍くなった。

 

結絆は続けざまに攻撃を仕掛ける。

 

高速の動きで回り込みながら、急所となる部位を狙って的確に打撃を加えた。

 

数十秒後――

 

ゴリラ型ロボットはバランスを崩し、膝をついた。

 

「さて、トドメかなあ?」

 

結絆は跳躍し、渾身の一撃をロボットの頭部に叩き込む。

 

――ドンッ!!

 

爆発的な衝撃と共に、ロボットが完全に沈黙した。

 

静寂が訪れる。

 

「ふう、なかなか楽しかったねえ」

 

結絆は軽く肩を回しながら笑った。

 

モニター越しに橘博士が微笑む。

 

「よくやったわ。これでまた一歩、強くなったわね」

 

「まあねえ。でも、次はもっと強いのが欲しいかなあ?」

 

結絆は余裕の表情を浮かべながら、次なる挑戦を期待するかのように天井を見上げた。

 

 

 

 学園都市の夜。

 

食蜂結絆はビルの屋上から街を見下ろしていた。

 

彼に課せられた新たな任務は、暗部組織「グリムハウンド」の壊滅だった。

 

「グリムハウンドねえ......なかなか派手な名前だねえ」

 

結絆は軽く笑いながら、イヤホン越しに橘博士の声を聞いた。

 

「彼らは学園都市の外から流れ込んできた傭兵集団よ。能力者と非能力者の混成部隊で、麻薬や武器の密売にも手を染めているわ」

 

「へえ、それなら遠慮はいらないねえ」

 

結絆は自己制御(セルフマスター)を発動し、反応速度を最大限に高めた。

 

目標のアジトに潜入すると、すぐに警戒する気配を感じた。

 

建物の中には数十人の戦闘員が待ち構えていた。

 

「おい、新手か?」

 

屈強な男、コードネーム「バスティオン」が前に出る。

 

彼は肉体強化系の能力者で、全身を鋼鉄のように変化させる能力を持っていた。

 

「君がリーダーなのかなあ?」

 

結絆は笑いながら、一瞬で彼の間合いに入り込む。

 

そして、強化した拳を腹部に叩き込んだ。

 

「ぐっ......!?」

 

バスティオンは衝撃で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 

驚愕する部下たちが銃を構えるも、結絆は音速に近いスピードで移動し、次々と制圧していった。

 

「速すぎる......!」

 

最後に残ったのは、組織のリーダー「カースメーカー」。

 

「お前......何者だ?」

 

彼は精神系の能力者で、相手の意識に干渉する力を持っていた。

 

しかし、結絆の自己制御は、その影響すら無効化する。

 

「残念だったねえ。俺の前ではその手は通じないよお」

 

結絆はカースメーカーを一撃で気絶させた。

 

「任務完了、だねえ」

 

結絆は無傷のままアジトを後にし、夜の街へと消えていった。




結絆の得体の知れなさは、過去編のほうが顕著だと思います。

橘博士がこれまで出てこなかった理由は、察している人もいると思いますね。
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