食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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結絆の周りの平穏が崩壊していく話です。

結絆の生き方につながる話でもあります。


悲劇の始まり

 結絆が外部の依頼で才人工房を離れたその数日後、研究所の奥深くで一つの実験が進行していた。

 

被験者となるのは才人工房に所属する少年少女。

 

実験の中心にいるのは悠里千夜――生まれつき難病を抱える少女でありながら、その能力は未知数の可能性を秘めていた。

 

「大丈夫ですか?悠里さん......」

 

実験を担当する研究員の一人が、ベッドの上に座る彼女に優しく声をかけた。

 

普段は静かに談笑することが多い彼女だが、今日ばかりは不安げな表情を浮かべていた。

 

「......うん。頑張るよ。」

 

悠里の能力は『幽体連理(アストラル・バディ)』。

 

彼女は幽霊のように他者に憑依して肉体を操ることができる。

 

しかし、それがどの程度制御できるのか、実際の効果はどのようなものなのか、研究員達は確証を得られていなかった。

 

そこで、才人工房の学生を被験者とし、意図的に能力を発動させ、その範囲と影響を調査する実験が行われることになったのだ。

 

しかし――

 

実験開始から数分後、状況は急変する。

 

「脈拍が急上昇しています!制御が......!」

 

「共鳴の範囲が拡大している!早く止めろ!」

 

制御装置が作動するが、悠里の体から発せられる能力の波動は次第に強まっていく。

 

被験者の学生達は突如として苦しみ始めた。

 

心臓の鼓動が同期し、呼吸のリズムが乱れ、体温の急上昇や低下が見られる者もいた。

 

「やめて、やめて......!」

 

悠里自身も制御不能に陥りながら、苦しそうに叫ぶ。

 

しかし彼女の悲痛な声も届かず、能力は暴走し続けた。

 

やがて研究室全体に波及し、近くにいた研究員や学生も次々と倒れていく。

 

帆風潤子は、自身の能力『天衣装着(ランペイジドレス)』を発動させ、即座に危機を察知して動き出した。

 

しかし、彼女自身も共鳴の影響を受け、全身が重くのしかかるような感覚に襲われる。

 

「くっ......!」

 

同じく、弓箭猟虎と弓箭入鹿の姉妹も異常を察知し逃げようとするが、共鳴の影響で意識が朦朧とし、その場に倒れこんだ。

 

「よかった、潤子ちゃんも猟虎ちゃんも入鹿ちゃんも無事ね」

 

「え、橘博士?」

 

帆風たちの視線の先には、結絆の能力開発の総責任者である橘博士がいた。

 

彼女の表情は暗く、暴走した能力者から受けた攻撃によって体から大量の血が流れ出ている。

 

「博士......その傷......」

 

「私が蠢動の思惑に気付けていれば......こうはならなかったかもしれないわね......操祈ちゃんたちは助けられたから、後はあなただけでも......3人なら、空間移動でなんとか逃がせられるわね......」

 

入鹿がかすれた声で橘博士に話しかけると、彼女は苦しそうではありながらも笑顔でそう返した。

 

「待ってください、博士も......」

 

「私はもう助からないの......結絆君に会ったら、この手紙を渡して......」

 

橘博士は帆風に手紙を託した後に3人を建物の外に避難させた。

 

その後、実験室の警報が鳴り響く中、次々と人が意識を失い、ある者は命を落とした。

 

研究所の床には倒れた者達の姿が散乱し、まるで地獄のような光景が広がっていたのだった。

 

 

 

 「......結絆お兄様、大変なことが起きたわ。」

 

才人工房へと急ぎ戻ってきた結絆を迎えたのは、操祈の沈んだ声だった。

 

「......何があったんだい!?」

 

結絆の問いかけに、操祈は言葉を選びながらも、慎重に事の顛末を話し始めた。

 

「悠里千夜の実験が暴走したの。たくさんの研究員や学生が犠牲になって......帆風さんや猟虎ちゃん、入鹿ちゃんも負傷してる。それで、橘博士は......」

 

「............悠里は?」

 

「......生きてるわ。でも、まだ意識が戻らないみたい。」

 

結絆は拳を握りしめた。

 

怒りが込み上げてくる。

 

しかし、それ以上に強く湧き上がるのは後悔と無力感だった。

 

自分がここにいなかったばかりに、悠里は暴走し、犠牲者を出してしまったのだ。

 

「そんな......悠里がそんなことに......」

 

「私達がもっと早く気づいていれば......でも、もう起きてしまったことなのよね。」

 

蜜蟻が悲しげな表情で言葉を続ける。

 

警策も無言で俯いたままだった。

 

「......これ以上、才人工房の誰かが犠牲になるのはごめんだねえ。」

 

結絆は静かに言った。

 

しかし、その声には怒りと決意が込められていた。

 

「操祈、蜜蟻、警策。まずは負傷者の救助を優先しよう。その後で、俺がこの事件の真相を徹底的に調べる。」

 

三人は静かにうなずいた。

 

才人工房で起きた惨劇は、これから先の彼らの運命を大きく変えることになるかもしれない――それを彼らは感じ取っていた。

 

 

 

 結絆が帆風や弓箭姉妹が入院している病室へ着くと、彼女たちは結絆のもとへ駆け寄ってきた。

 

「帆風......猟虎......入鹿......無事でいてくれて、ありがとう」

 

「結絆さん、怖かったです......」

 

結絆は泣きじゃくる3人を抱きしめ、自らの目にも涙が滲んでいた。

 

帆風は3人の中では一番の重傷だったはずだが、天衣装着の力で少し動ける程度には回復していた。

 

猟虎は全身に切り傷が残り、入鹿は片目が見えなくなっている。

 

しかし、結絆は彼女たちが無事でいてくれたことが何よりも嬉しかった。

 

「結絆さん、博士から手紙を預かっています......」

 

帆風が結絆に手紙を差し出す。

 

『結絆君へ

 

この手紙を読んでいるということは、私はもう死んでいるでしょう。

 

あの実験は、蠢動俊三が私へのコンプレックスから始めたもの。

 

結絆君の能力の副産物である多重能力を見て、彼は、他の能力者に干渉することで自分だけの現実を抽出して能力を操ろうと考えたのよ。

 

結絆君がいないときを狙ったのも奴の策略の一つ......

 

結絆君、強くなりなさい、あなたの自己制御は科学の枠に収まらないわ。

 

最後に......愛してるよ、結絆君』

 

結絆は頭の中で様々な感情が渦巻き、平常心を保つことができなかった。

 

「博士......俺は強くなって......博士を......」

 

結絆は決意を固めるのであった。

 

 

 

 才人工房の廊下を、食蜂結絆は静かに歩いていた。

 

その足取りは落ち着いているように見えたが、その眼には激しい怒りが宿っていた。

 

悠里千夜の能力実験を強行し、多くの死傷者を出した張本人──蠢動俊三。

 

彼の行為により、帆風潤子は重傷を負い、弓箭猟虎と入鹿も危険な状態に陥った。

 

そして何より、悠里自身が実験の暴走によって深刻なダメージを受け、未だに意識を取り戻していない。

 

「......許せないねえ」

 

結絆は呟いた。

 

彼の能力「自己制御(セルフマスター)」が、微細なレベルで全身の緊張を高めていた。指先まで研ぎ澄まされ、まるで獣が獲物を狙うかのような鋭さがある。

 

目的の部屋の前に立つ。

 

ゆっくりと扉を開けると、そこには一人の男がいた。

 

研究員の蠢動俊三。

 

中年の男で、才人工房の上級研究者の一人だった。

 

「......なんだ、食蜂結絆か。お前は外部任務に出ていたはずだが?」

 

蠢動は椅子に座ったまま、書類を整理していた。

 

その様子は、まるで自分の行いに罪悪感など微塵も感じていないかのようだった。

 

「なあ、蠢動サン。キミ、何をしたのか......ちゃんと理解してるのかねえ?」

 

結絆は低い声で問いかける。

 

「理解?私は学園都市の発展のために最善を尽くしたまでだ。確かに実験は失敗したが、それも研究の過程だ。君も研究機関に身を置く者なら分かるだろう?」

 

「......そっかあ。じゃあ、オレがこれからやることも、研究の過程ってことで理解してくれるかなあ?」

 

結絆は蠢動の前に立つと、瞬間、彼の腕を掴んだ。

 

「な......!?」

 

蠢動の顔が恐怖に歪む。

 

そして、結絆の手に極限まで強化された握力が宿り、蠢動の右腕が根元から引き千切られた。

 

「ギャアアアアアアッ!」

 

部屋に絶叫が響く。

 

血が噴き出し、床を真っ赤に染めていく。

 

蠢動はのたうち回りながら、断末魔のように叫んだ。

 

「ま......待て!お、俺を殺すつもりか......!?」

 

「キミが博士や悠里やみんなにやったことを考えれば、死ぬだけで済むと思ったら大間違いだよお?」

 

結絆は無表情のまま、今度は左腕に手をかけた。

 

「や、やめろ!俺は学園都市に貢献したんだぞ!俺がいなければ──」

 

言葉を最後まで言わせることなく、結絆は左腕を引き千切る。

 

「ぎゃあああああああっ!!」

 

蠢動は血まみれになりながら悶絶する。

 

恐怖と苦痛に満ちた目で結絆を見上げた。

 

「た、たのむ......助け......助けてくれ......」

 

その懇願に、結絆は冷ややかに微笑んだ。

 

「オレはねえ、もうキミの声なんて聞きたくもないんだよお」

 

結絆は蠢動の胸に手をかざした。

 

そして、「自己制御(セルフマスター)」を発動し、指先を極限まで鋭く変化させる。

 

「さようなら、蠢動」

 

瞬間、指先が槍のように伸び、蠢動の心臓を貫いた。

 

ピクリとも動かなくなる蠢動の体。静寂が訪れる。

 

結絆は血まみれの指を見下ろし、ひとつ息を吐いた。

 

「......これで、少しはみんなの気持ちも報われるかなあ、博士......」

 

そう呟きながら、結絆は振り返る。

 

殺意に満ちた瞳からは、まだ怒りが消えていなかった。

 

「俺はもう、二度とこんなことを繰り返させないよお」

 

才人工房の廊下に、彼の足音が静かに響いた──。

 

 

 

 翌日、才人工房の一角は異様な空気に包まれていた。

 

前日の夜、結絆が怒りのままに粛清した蠢動俊三の遺体が、忽然と消え去っていたのだ。

 

蠢動の遺体は粛清の後、厳重に封じられた部屋に保管されていたはずだった。

 

だが、朝になって確認に行った研究員が目にしたのは、何の痕跡もない空っぽの床だけだった。

 

「まさか......こんなことがあり得るのか?」

 

結絆は腕を組み、じっと消えた遺体のあった場所を見つめた。

 

そこには血の跡すら残されておらず、まるで最初から何もなかったかのように綺麗に片付いていた。

 

「遺体の回収を命じたのは誰だい?」

 

「それが......誰も何もしていません。保管室には監視カメラも設置されていましたが、何者かによって映像が上書きされていました。」

 

報告したのは才人工房の研究員の一人だった。

 

彼女もまた事態の異常さに動揺を隠せない様子だった。

 

「ただの研究所の一員が、死体を回収して消すなんてことができるのかねえ?」

 

「いえ......それだけではありません。確認していたら、蠢動だけでなく、研究員が何人かいなくなっていることが判明しました。」

 

結絆はその言葉に顔をしかめた。

 

「......何人?」

 

「確認できた範囲で、少なくとも四人です。彼らは昨夜から姿を見せていません。全員、蠢動と関係の深いメンバーでした。」

 

蠢動が行った非道な実験に関与していた研究員達。

 

彼らもまた、この才人工房から跡形もなく消えた。

 

「偶然とは思えないねえ......。」

 

結絆は深く息を吐きながら、考えを巡らせた。

 

彼の粛清が無意味になることはないはずだった。

 

だが、こうして蠢動の遺体が消えたことで、事態はより複雑なものとなっていた。

 

「これは、単なる遺体の回収じゃない。何か、もっと裏があるねえ......。」

 

結絆は操祈や蜜蟻、警策、帆風達と共に情報収集を開始した。

 

しかし、才人工房内の監視カメラ映像は完全に改竄されており、誰が遺体を運び出したのかを特定することはできなかった。

 

また、消えた研究員達の居場所も掴めず、彼らの自宅を訪ねても家には誰もおらず、まるで最初から存在しなかったかのように痕跡が消えていた。

 

「やれやれ、これは手強い相手かもしれないねえ......。」

 

結絆は眉を寄せながら呟いた。

 

蠢動を粛清したことで、何か大きな力が動き始めたのかもしれない。

 

誰かが裏で糸を引いているのか、それとも蠢動自身が何かを仕込んでいたのか。

 

「......悲劇は繰り返したらダメだからねえ。」

 

結絆は半ば無理やり笑みを浮かべると、仲間達に向き直った。

 

「いいかい? これから、もっと慎重に動く必要があるよ。何者かが俺達を欺こうとしている。奴らの正体を暴くまで、気を抜かないことだねえ。」

 

仲間達はそれぞれ真剣な表情で頷いた。

 

蠢動俊三の粛清で終わるはずだった事件は、より深い闇へと繋がっていくことになる。

 

結絆は、才人工房の異変の真相を探るために、さらなる行動を開始するのだった。




結絆と橘博士の関係性や、悠里千夜が普通に動けるようになる話は今後書く予定です。
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