棒倒しの激戦が終わり、興奮の冷めやらぬ中、結絆は当麻や土御門たちと談笑していた。
勝利の余韻に包まれた空間で、肩を並べて笑い合う仲間たち。
その中にいる結絆の表情は穏やかで、どこか照れ臭そうでもあった。
「本当に一人で守りきるとは......流石だぜい、結絆」
「結絆のおかげで攻めに集中できたよな!」
クラスメイトたちの笑い声が重なるその時だった。
観客席側から風を切って駆けてくる足音が聞こえる。
「ちょっと、結絆ッ!!」
振り返った結絆の視界に、ダッシュでこちらに向かってくる美琴の姿が映った。
額にはうっすらと汗が浮かび、その目には焦りが宿っている。
「美琴!?ど、どうしたんだい?」
結絆がそう尋ねるより早く、美琴は一気に距離を詰め、手を掴んで言った。
「借り物競争のお題が“第一種目で競技を行った高等学生”なの!で、その対象がアンタ!だから、ほら、ついてきなさいよっ!」
言うが早いか、美琴は結絆の手を引いて走り出す。
「えぇ!?いきなりすぎる展開だねえ」
「うるさいっ!間に合わなかったらどうするのよ!」
結絆は苦笑しながらも美琴の手を握り返し、歩調を合わせて走り出す。
二人はゴール地点の近くである次の競技会場になっているグラウンドの反対側を目指すが、すでに観客と次の種目の選手たちで通路はごった返していた。
「嘘っ......!人多すぎるでしょ」
美琴が小さく舌打ちする。彼女の目には焦りが色濃く映っていた。
しかし――
「よし、じゃあ、ちょっと失礼するねえ」
結絆はふっと微笑むと、美琴の腰をすっと抱えた。
「えっ?」
そのまま結絆は、軽々と美琴をお姫様抱っこする。
「きゃっ、ちょ、ちょっと!?なにして......」
「これなら、間に合うよねえ?」
次の瞬間、彼の足が空を蹴った。
バシュッ!
風が巻き起こる。
まるで大気そのものを踏み台にするかのように、結絆は地面から浮かび上がった。
「空気を......蹴った!?これって能力......」
「違うよお、単に足で空気を蹴ってるだけだよお」
軽やかに宙を滑るように進むその姿に、下にいる人々がざわつき始める。
「なんだあれ!? 飛んでる!?」
「お姫様抱っこで!?」
「お姉様に結絆さん、大胆すぎますの......」
美琴の顔は真っ赤だった。
「~~~~っ!地上で走った方がマシだったわよ!!」
「でも、美琴。間に合わないと、ポイントがもったいないよねえ?」
耳元で囁かれ、ますます顔を火照らせる美琴。
「うるさいっ! 黙って飛びなさいっ!」
結絆は肩をすくめて笑いながら、高速で空中移動を続けた。
そして数十秒後
「ゴォォォル!!御坂美琴選手、堂々の一着です!!」
会場のアナウンスが響き渡る。
結絆は軽やかに地面に着地し、美琴をそっと下ろす。
彼女は顔を伏せたまま、唇をかみしめたように何かを呟いた。
「......あんた、ほんっとに、恥ずかしいことをサラッとするわよね......」
「これも、美琴のことを思っての行動なんだけどねえ......」
「も、もう、いいっ!」
美琴はそのまま記録係の生徒にカードを渡し、逃げるように観客席へ走って行った。
後ろ姿は赤く染まった耳までくっきり見えていた。
結絆はその場に立ったまま、やれやれといった風に首を振った。
「......ああいうところが、また可愛いんだよねえ、美琴って」
ふと周囲を見ると、競技に出ていた他校の選手や観客たちがざわざわと騒いでいた。
「あいつって、さっき棒倒しで活躍してた......?」
「でも、能力使ってないって噂だぞ......」
「え、身体能力だけであんなこと......?」
そのさざめきを背に、結絆は小さく笑って、競技エリアを後にした。
借り物競争の喧騒から少し離れた木陰の小道。
結絆は競技会場の片隅を一人、ゆったりと歩いていた。
まだ汗が少し残る身体を風が優しく撫で、遠くから聞こえる歓声が少しずつ日常の音に溶けていく。
「ふぅ、ようやく落ち着いてきたかなあ......」
そんな独り言とともに立ち止まった結絆の耳に、小さな泣き声が届いた。
「......ひっ、うぅ......まま......」
その声に、結絆はすぐさま振り返る。
少し離れた植え込みの陰に、小さな女の子が一人、しゃがみ込んでいた。
ピンク色のワンピースに麦わら帽子をかぶった少女は、両手で目をこすりながら小さく肩を震わせている。
結絆はその場にしゃがみこみ、優しい声をかけた。
「どうしたのかなあ?お母さんとはぐれちゃったのかなあ?」
女の子はビクッと体を震わせ、涙に濡れた目で結絆を見上げた。
だが、すぐにまたしゃくりあげて泣き出してしまう。
「ううん......ままぁ......どこぉ......」
結絆は困ったように笑いながら、右手をひょいと挙げた。
「お嬢ちゃん、お兄さんはねえ、魔法使いなんだよお」
そう言って、彼は両手を広げてから、指をぱちんと鳴らした。
「......えいっ!」
次の瞬間、彼の手のひらからふわりと花が咲くように、色とりどりの小さな花束が現れた。
バラにチューリップ、ひまわりにポピー。
まるで絵本の中から飛び出してきたような鮮やかさに、女の子は思わず泣き止み、目を丸くした。
「......おはなさん......?」
「そうだよお。このお花たちはねえ、君の涙の音を聞いて『元気出してね』って言いに来たんだって」
結絆は軽くウィンクして、花束をそっと女の子の手に渡す。
「ほら、お母さんに渡しに行こっか? きっとあっちにいると思うんだよお」
女の子は一瞬だけためらったが、花束を胸に抱きしめるようにして、こくんと頷いた。
「うん!」
それを見て、結絆は安心したように立ち上がり、女の子に手を差し出す。
「よし、それじゃあ、案内はこのゆはんお兄さんにお任せだねえ」
女の子は小さな手を結絆の大きな手に重ねた。
その手は少し震えていたが、温かさを感じているようだった。
二人は人混みの間を縫うようにして歩いた。
結絆は背を低くして女の子と目線を合わせるようにしながら、軽く世間話を交えた。
「お名前、なんていうの?」
「......ひな、です......」
「ひなちゃんかあ。可愛い名前だねえ。お花もひなちゃんに似合ってるよお」
ひなは照れたように笑いながら、胸に抱いた花束を見つめた。
その笑顔は、ついさっきまで泣いていた子とは思えないほど明るかった。
やがて、グラウンドの一角、救護テントの近くで「ひなーっ!」という切羽詰まった女性の声が響いた。
「......まま!」
ひなは花束を抱えたまま、結絆の手を離して駆け出した。
テントの前にいた女性がその小さな体を抱きしめ、ほっとしたように涙をこぼした。
「ひな......無事でよかった......!」
結絆は少し離れた場所で微笑みながらその様子を見守っていた。
やがて、女性がひなを連れて結絆のもとへと歩み寄る。
「本当に、ありがとうございました。迷子放送を頼もうとしたところだったんです......」
「ううん、大丈夫だよお。ひなちゃん、ちゃんと強かったからね」
そう言うと、結絆はひなにもう一度ウィンクをして見せた。
ひなはきゅっと花束を抱きしめながら、にっこりと笑って言った。
「ありがとう、まほうつかいのおにいちゃん!」
その言葉に、結絆は肩をすくめて少しだけ照れくさそうに笑った。
「どういたしましてえ。また、どこかでねえ」
母子が手をつないで去っていく背中を見送りながら、結絆はふっと目を細めた。
競技とは違う穏やかな空気が、その場を優しく包んでいた。
結絆の優しさがわかる回になったと思います。