秋晴れの空の下。
二人三脚を終えた結絆と帆風は、並んで歩きながら談笑していた。
「結絆さん、二人三脚で更に絆が深まりましたね!」
「そうだねえ、俺たちは相性抜群だよねえ」
屈託なく笑い合う二人。
爽やかな風が、結絆と帆風を柔らかく撫でていた。
そのときだった。
ザシュッ!
突如、結絆の身体がぐらりと傾く。
「結絆さん......?」
帆風が慌てて腕を支える。
しかし、結絆の身体は異様なまでに力が抜けていた。
結絆の胸元から赤い血がじわりと滲み出していた。
「......っ!?結絆さん!?」
帆風は顔面蒼白になった。
しかし、周囲には刃物を持った者などいない。
誰一人、結絆を襲った様子もない。
それなのに、確かに――彼は『致命傷』を負っていた。
「......はは、まいったなあ......聖人であることがデメリットになるとはねえ......」
全身の力が抜けていくのを感じながら、それでも結絆は微笑んだ。
その視線の先、遠く。
人混みの中を進んでいく金髪の女性の姿があった。
彼女の手には、目立たぬよう厳重に包まれた長物。
それはおそらく、ローマ正教の霊装《刺突杭剣(スタブソード)》。
切っ先を向けただけで、距離も障害物も関係なく聖人を殺すことができる、恐るべき代物だった。
意識が遠のいていく中、結絆は自らが受けた攻撃を推測していた。
「結絆さん、しっかり......しっかりしてください!」
帆風が必死に呼びかける。
結絆はその声に応えるように、そっと手を伸ばした。
血に染まった指先が、帆風の頬に優しく触れる。
「帆風......落ち着いて、聞いてねえ......」
「......っ」
帆風は必死に涙をこらえ、真剣な顔で頷いた。
結絆はその瞳をまっすぐに見つめ、力を振り絞って言葉を紡ぐ。
「俺の......肉体は......マジックシアターで、厳重に保管してほしいんだよお」
「......はい」
「それと......今から俺は、魂だけの存在になる......でも、ドリームのメンバー以外には......それを伝えないで欲しいよお。操祈にも内緒にしててくれると助かる......」
「......!?」
帆風の瞳が大きく見開かれる。
だが結絆は、薄く微笑みながら続けた。
「ある作戦のために......俺は、自分の死すら利用する......。だから......これは......必要なことなんだよお......」
「......結絆さん......」
帆風は嗚咽をこらえ、きつく唇を噛んだ。
涙が頬を伝う。
結絆は最後に、帆風の頭を優しく撫でる。
「大丈夫......ちょっとの間の別れだから......」
その瞬間。
彼の身体から、淡く輝く光が溢れた。
ムルムルの力。
魂すら自在に操る、人知を超えた能力である。
結絆の魂は、肉体を離れ、目に見えぬ存在となって空へと溶けていった。
静かに、穏やかに。
それはまるで、柔らかな風が吹き抜けたかのようだった。
帆風は、血に染まった結絆の肉体を抱きかかえて走り続けた。
結絆の考えが全てわかったわけではないが、彼は必ず戻ってきてくれる。
帆風はそう信じてマジックシアターに戻るのだった。
どこまでも続く、白い霧の世界。
そこは死後の世界、静寂の空間だった。
そこに、ふわりと結絆の魂が降り立った。
「ここが......死後の世界、かあ」
小さく呟いたそのときだった。
霧の向こうから、誰かが駆けてくる気配がした。
「......!結絆さん!?」
ぱたぱたと小さな足音。
現れたのは、懐かしい少女――ドリーだった。
瞳を大きく見開き、驚きの表情で結絆を見つめている。
「ドリー......」
胸が締め付けられる。
そして、次の瞬間、さらに数人の少年たちが後ろから顔を出した。
「おいおい、来るのが早すぎるぞ!」
「本当に来たんだな!」
「うわ、マジかよ、結絆、死んじゃったのか!?」
駆け寄ってきたのは、かつて才人工房で結絆と過ごした少年たち――
神野悠真、村瀬景斗、西条真一、滝川陣。
彼らはどこか幼さを残した表情で、しかし、なんとも言えない表情を浮かべていた。
「結絆さん、どうしてここにきたの?......もしかして、ほんとうに、死んじゃったの?」
ドリーが不安そうに問いかける。
結絆は言葉を詰まらせながらも、それでも微笑みながら答えた。
「うん、まあ......ちょっとねえ、悪魔の力を手に入れたから......ドリー達に、会いに来たんだよお」
少年たちが「へぇー!」と目を輝かせる。
ドリーも、小さく「わぁ」と声を上げ、ぱたぱたと結絆に駆け寄ってきた。
「結絆さんに、また、会えるなんて......うれしいなぁ!」
その言葉に、結絆は胸を締めつけられる想いだった。
けれど――
「......ごめん、みんな」
ぽつりと、結絆は呟いた。
「ドリーも、悠真も、景斗も、真一も、陣も......俺は、みんなを......守れなかった......」
あの頃。
結絆は確かに、彼らを守るために必死だった。
だが、ドリーの寿命を延ばすことはできず、結絆が不在の間に行われた実験で、少年たちは命を落とした。
「俺が......もっと強ければ......もっと、早く気付けてれば......っ」
悔しさに、声が震える。
魂だけになってもなお、心の傷は消えていなかった。
だが――
「ちげぇよ、結絆!」
一番に声を上げたのは、神野悠真だった。
「俺らが死んだのは......俺らが弱かったからだ!」
「そうだよ!」と、景斗が続ける。
「結絆は、いつだって俺たちのために頑張ってたじゃん!」
「俺たち、ちゃんと知ってるよ!」
真一と陣も、笑顔で頷く。
「そーだそーだ。全然わるくねーよ!」
「だからさ、そんな顔すんなって!」
その言葉に、結絆は目を見開いた。
ドリーも、ふわりと微笑みながら、小さな手で結絆の手を握った。
「結絆さんは、やさしいから......私たちのこと、ずっと、気にしてくれてたんだね。うれしい、よ」
その声は、温かく、柔らかかった。
涙が、頬を伝った。
それは、悔しさでも、悲しさでもなく、安堵の涙だった。
「......ほんと、ずるいよお、みんな......」
結絆は小さく笑い、涙を拭った。
「でも、ありがとう。......ちゃんと、前を向けるよお」
「うん!」
「がんばれ!」
「俺たち、ここから応援してるからな!」
「また絶対、会おうな!」
無邪気な声が飛び交う。
その中心で、結絆は心からの笑顔を浮かべた。
「約束だよお」
ドリーも、ぴょんと背伸びして、結絆の頬にキスをする。
「結絆さん、だいすき!」
「俺も、ドリーのこと、大好きだよお」
「......もう、行くんだね」
名残惜しそうに、ドリーが結絆を見上げた。
その隣では、神野悠真、村瀬景斗、西条真一、滝川陣が、それぞれ寂しそうに肩を落としている。
結絆は、そんな彼らに向かって、ふわりと笑った。
「でもねえ、安心してよお」
そう言って、結絆は自分の胸に手を当てた。
「俺が最近手に入れた悪魔の力を使ったらねえ、ちゃんと操祈や帆風たちにも、みんなを、会わせてあげられるんだよお」
その言葉に、ドリーの顔がぱっと明るくなった。
「ほんとうに?」
「おおお、マジか結絆!やっぱお前はすげえな!」
「じゃあ、またみんなで一緒に話せるのか!?」
少年たちも目を輝かせながら、わらわらと結絆の周りに集まってきた。
「うんうん、約束するよお。......でもねえ」
結絆は、ふと真剣な顔になる。
「今、現世では大覇星祭の裏でいろいろ事件が起きてるんだよお。それに、エクステリアの問題も......まだ片付いてないんだあ」
ドリーたちは、きょとんとした顔で聞いていたが、すぐに小さく頷いた。
「じゃあ、結絆さんが、その問題を全部解決してから......だね?」
ドリーが言うと、悠真たちも、
「うん、そんときに、みんなで集まろう!」
「俺、めっちゃ話したいことたまってるからな!」
「またバカ話いっぱいしようぜ!」
「ぜってー、約束な!」
と、無邪気な笑顔で言い合った。
結絆は、そんな彼らを優しく見渡し、心からの笑みを浮かべた。
「うん......絶対だよお」
そう言って、結絆は手を振った。
ドリーたちも、手をいっぱいに広げて、元気よく手を振り返してくれた。
そして、結絆はドリーたちに手を振りながら次の目的地に進むのだった。
ドリーたちに別れを告げた後に、結絆は自己制御で感覚を研ぎ澄ましながら、ムルムルの力で橘博士を探すことにした。
彼女が最期に残した手紙への返事や、これからのことを話し合わなければならない。
しばらく時間はかかったが、結絆はようやく橘博士のもとへたどり着くことができた。
「......久しぶり、博士」
「!?」
橘博士は驚きの表情を浮かべる。
「結絆君、あなたも死んだの!?潤子ちゃんたちはどうなったの!」
「うーん、死んだっちゃ死んだねえ。多分、聖人を殺す霊装にやられたと思うよお。帆風たちとは結婚を前提に付き合ってるよお」
生前は学園都市の中でも特に鬼才と言われてた橘博士も、さすがに状況が理解しきれないらしい。
頭を抱える彼女を見て、結絆は苦笑いする。
「はあ......その言い方だと、生き返る方法がある感じね。」
橘博士は呆れつつも言葉を絞り出す。
「俺は、悪魔ムルムルの力を手に入れて魂を自由に操れるからねえ。すぐにでも生き返れるよお」
「それなら、私も連れてってくれる?」
「もちろんだよお。そうだ!博士、手紙の返事だけど......俺も、博士のことが好きだから、その......付き合ってほしい。」
その言葉を聞いた橘博士は、たまらず結絆に抱き着く。
「おっと、博士の方から抱き着いてくれるのは嬉しいねえ」
「だって!もう叶うことがないと思ってたことが叶ったのよ!結絆君、これからもよろしくね」
結絆は頷き、橘博士を抱きしめた。
「ちょっと落ち着いたわ。それにしても、結絆君、かなり大きくなったわね」
「能力を使って体作りはしっかりしてきたからねえ。」
かつては二人は同じぐらいの背丈だったが、1,2年が経過した今では結絆の方が15センチほど大きくなっている。
ちなみに、結絆の身長は190センチ程なので、結絆はかなりの長身である。
「生き返ったら、結絆君の能力開発の再開と、私自身の能力開発の再開をしないといけないわね」
「俺の組織の拠点になってるマジックシアターの地下に、研究できるスペースは作ってあるから問題ないよお」
「準備がいいわね、じゃあ、そろそろ生き返らせてちょうだい」
「よし、戻ろうかあ、現世に」
刺突杭剣が本当に存在したという設定で、ストーリーを変えてみました。