食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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大覇星祭一日目は、今回でおしまいです。


使徒十字

 刺突杭剣が破壊されたことを知った結絆の魂は、マジックシアターの地下に保存された自らの肉体のそばに移動した。

 

「結絆さん......」

 

帆風が心配そうに呟く。

 

結絆の魂は、カプセルの前にふわりと浮かぶと、しばらく肉体を見つめた。

 

「じゃあ、生き返るよお」

 

穏やかに微笑みながら、結絆の魂はゆっくりと肉体へと近づいていく。

 

そして――

 

ふわり、と。

 

魂の光が、肉体へと吸い込まれた。

 

次の瞬間。

 

「っ......!」

 

結絆のまつ毛が、ぴくりと震えた。

 

それから、ゆっくりと瞳が開かれる。

 

「帆風、戻ったよお」

 

結絆が、柔らかく呼びかける。

 

「......っ、結絆さんっ!!」

 

堪えきれなくなった帆風が、抱き着いてきた。

 

涙が止まらない。

 

それでも、結絆の体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。

 

「良かったです......!本当に、本当に......っ!」

 

「ごめんねえ、心配かけちゃったねえ」

 

結絆は優しく微笑みながら、帆風の背中をそっと撫でた。

 

大きな手が、ゆっくりと、何度も何度も。

 

帆風は泣きながら、ただその温もりを感じていた。

 

確かにここにいる。

 

確かに生きている。

 

それが、どれほど幸せなことか。

 

「もう......絶対に......」

 

帆風が嗚咽混じりに呟く。

 

「絶対に、結絆さんを失いたくありません......!」

 

「......うん」

 

結絆は、帆風の髪をそっと撫でながら、静かに頷いた。

 

「もう二度と、こんなことはしないよお」

 

二人だけの時間。

 

再会を喜ぶ静かな空気が、マジックシアターの奥深くに、穏やかに満ちていた。

 

 

 

 「はぁ......二人とも、そろそろいいかしら......」

 

「「あ......」」

 

抱きしめあっていた結絆と帆風が橘博士の存在を思い出す。

 

「博士もすぐに生き返らせるからねえ」

 

結絆は、分身の魔術の応用で橘博士の肉体を作り、魂をそこに入れた。

 

「やっと生き返れたわね。能力も使えるのかしら。」

 

橘博士は、自らの能力である空間移動を使って周囲のものを移動させたり自らを移動させた。

 

「流石は博士、空間移動系能力者の中ではトップだったもんねえ」

 

「あの時は、ありがとうございました。私や入鹿ちゃんたちが生きているのは博士のおかげです。」

 

結絆と帆風は橘博士の能力を見て感心し、帆風は彼女に礼を言った。

 

「ありがとう。そうね、生き返ったからには、私も含めて皆の能力開発を再開するわよ。」

 

意気込む橘博士を見て、結絆は柔らかい笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 「......おい、オリアナ。そろそろ全部吐いてもらうぞ」

 

荒い呼吸を整えながら、土御門元春がオリアナ=トムソンを睨みつけた。

 

刺突杭剣はすでに破壊されたが、妙な違和感が当麻たちの胸に燻っていた。

 

その違和感に応えるように、オリアナは床に座り込みながら、苦笑した。

 

「......ふふ、まいったわね。正直に言うと、お姉さんが時間稼ぎしてたのは、刺突杭剣の使用のためじゃないのよ」

 

「......は?」

 

当麻が目を見開く。

 

「本当の目的は――『使徒十字(クローチェ・ディ・ピエトロ)』。......その霊装を、発動させるためだったの」

 

「使徒十字......?」

 

耳慣れない単語に、当麻と土御門は顔を見合わせた。

 

オリアナは、苦い笑みを浮かべたまま説明を続ける。

 

「使徒十字は突き刺した土地をローマ正教の支配下に置くことで皆を幸せにするもの......」

 

説明を聞いているうちに、当麻は背筋が寒くなるのを感じた。

 

「......まるで、洗脳じゃねぇか......!」

 

オリアナは何も言わなかった。

 

「ッ......!」

 

当麻は拳をぎゅっと握りしめた。

 

そのときだった。

 

ポケットの中の携帯が、小さく震えた。

 

(帆風からの連絡か?)

 

だが、違った。

 

ディスプレイに表示されていたのは、別の通知、いや、指示だった。

 

《カメラを起動します、オリアナ=トムソンを映像で捕捉してください。》

 

差出人不明のその指示に、一瞬戸惑ったが、直感が訴えた。

 

(これは......結絆に関係してる!)

 

すぐさま当麻は、携帯のカメラを起動し、オリアナを画面に収めた。

 

「?」

 

オリアナが眉をひそめる間もなく――

 

画面の向こうで、すぐに動きが起きた。

 

《ハッキング完了しました。》

 

当麻の携帯に。

 

そして、そこから蜜蟻愛愉が

 

「心理穿孔(メンタルスティンガー)でえ、魔術師の隠してることを全部明らかにするわよお」

 

軽やかだが凍るような声が、通信越しに響いた。

 

蜜蟻は、操祈と並ぶ精神系能力者の最高峰に位置する存在である。

 

本来魔術師は精神をのっとられそうになった時に自動で意識を断つようになっているが、蜜蟻の前ではそれも意味をなさない。

 

オリアナが一瞬放心状態になる。

 

「......わかったわあ。使徒十字の設置は、学園都市外のこの地点で進行中。

特定の星座配置になる今晩に使用される予定みたいねえ」

 

通信から流れる蜜蟻の冷静な報告に、当麻も土御門も顔を強張らせた。

 

「つまり......時間がねぇってことかよ!」

 

当麻が舌打ちする。

 

「学園都市の外でも作戦が進んでる......!くそっ、止めなきゃ!」

 

「でも、どうやって......」

 

土御門も険しい顔で考え込んだ。

 

そのとき、苦しみながらもオリアナが、声を振り絞った。

 

震える声には、明らかな動揺と後悔が滲んでいた。

 

当麻は、ギリッと奥歯を噛み締める。

 

使徒十字の発動を阻止しなければ、さらに多くの人々が歪んだ幸福に囚われる。

 

そして、再び誰かが悲しむことになる。

 

当麻は携帯を握りしめた。

 

「行くぞ、土御門。......絶対に、止める!」

 

「当然だ!」

 

二人は視線を交わし、すぐに次の行動へと移った。

らの戦いは、まだ終わっていなかった――!

 

 

 

 マジックシアター内、仄暗い執務室。

 

そこには、現在「ドリーム」の代理リーダーを務める帆風潤子と、蜜蟻愛愉が席についていた。

 

「......まとめると、そういうことよお」

 

蜜蟻は簡潔に報告を終えると、厳しい表情で帆風を見た。

 

その声には、普段の軽やかさはない。

 

「刺突杭剣だけじゃなくて......まさか"使徒十字"なんて霊装まで用意してたなんてえ、聞いてないわよお......」

 

結絆の死――そう信じ込まされている彼女たちにとって、それは無念の極みだった。

 

そして何より、これ以上の被害を許すわけにはいかなかった。

 

「発動条件は......星座の特定の並び?星空を利用して、術式を完成させる......そんな感じ、らしいわあ」

 

「......星座、ですか」

 

帆風は静かにうなずいた。

 

そして、一度、深く呼吸を整えると、帆風はすぐに立ち上がった。

 

「ありがとうございます、蜜蟻さん。後の対応は私に任せてください」

 

「......わかったわあ」

 

蜜蟻は沈んだ表情のまま、その場を後にする。

 

帆風は、その足で再び、マジックシアターの地下へ向かった。

 

 

 

 「帆風、嫌な役割を押し付けてごめんねえ」

 

結絆は自らの無事を今すぐにでも仲間たちに知らせたいが、目的のためにそれができず、歯がゆい思いをしている。

 

申し訳なさそうな顔をする結絆に対して、帆風は大丈夫ですよと微笑んだ。

 

そして、

 

「......結絆さん。使徒十字のこと、蜜蟻さんから報告を受けました」

 

結絆はぱちりと目を開け、そしてくすりと笑った。

 

「発動条件は、特定の星座の並び......だったかなあ」

 

「ええ。それが今晩に重なる可能性がある、と......」

 

帆風の声には、自然と緊張が滲んでいた。

 

だが、結絆は首を軽く振ると、柔らかく笑った。

 

「大丈夫だよお。......今晩は、大覇星祭の打ち上げ花火があるからねえ」

 

「......?」

 

帆風が小さく首を傾げると、結絆はさらに言葉を続けた。

 

「花火の光が空を覆うから、星なんて、ほとんど見えないよお。......星座を使った霊装の発動なんて、まず無理だねえ。学園都市の近くで霊装を発動するのは不可能だよお。」

 

その言葉に、帆風は一瞬ぽかんとした後――ふっと力が抜けた。

 

(......結絆さんは、やっぱり......)

 

この人は、いつだって大局を見ている。

 

誰よりも優しく、そして誰よりも強い。

 

「......すぐに、当麻さんたちにも伝えますね」

 

「うん、任せたよお」

 

帆風は部屋を出ると、すぐさま携帯を取り出し、当麻と土御門に連絡を入れた。

 

 

 

 「なるほどにゃー。つまり、花火で星が見えないから、使徒十字の発動は不可能......ってことぜよ」

 

通話越しに、土御門の声が聞こえてきた。

 

「......マジかよ、助かった......」

 

当麻の方も、明らかに肩の力が抜けた声だった。

 

「はい。」

 

帆風は微笑みながら答えた。

 

「助かったよ、帆風さん! 本当にありがとな!」

 

「こちらこそ、事件の対応ありがとうございました。」

 

帆風は携帯を閉じると、ほっと溜息をついたのだった。

 

 

 

 マジックシアターの地下に戻ると、結絆は橘博士と何かを真剣に話していた。

 

だが、帆風がそっと近づくと、結絆は帆風に微笑み優しく頭を撫でた。

 

「うまく、伝わったみたいだねえ?」

 

「はい。当麻さんたちも、安心された様子でした」

 

「よかったあ......」

 

結絆は小さく笑い、橘博士の方を向いた。

 

「潤子ちゃん、今日は一日お疲れ様。そして、明日が正念場よ、私たちの心を縛ってる木原幻生を消す。」

 

木原という単語を聞いて結絆と帆風は気を引き締める。

 

結絆たちの戦いは、まだ終わっていないのだった。

 

 

 

 そして、大覇星祭一日目の種目は無事にすべて終わり、学生たちは友人や恋人たちとの時間を楽しんでいた。

 

当麻と操祈も二人で花火を楽しんでいたが、その心には深い傷を負っていた。

 

「ねぇ、当麻ぁ。お兄様が死んだこと、受け入れられそうになくてぇ......」

 

「あぁ、俺も、今でも結絆が後ろから話しかけてくるんじゃないかって思ってる。でもっ......」

 

二人は身を寄せ合って少しでも悲しみを癒そうとしたが、失った存在はあまりにも大きすぎたのだった。




ちょっとシリアス多めになってますが、大覇星祭の三日目が終わったら日常回に戻っていきます。
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