食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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大覇星祭のメインの話は終わっているので、今回からはオリジナル要素が強めになります。


かつて救えなかった少女のために

 夜のマジックシアターの地下。

 

その中心に、白い光に包まれた小さなカプセルがひとつ

 

そこには、長い眠りについている一人の少女の姿があった。

 

美琴の最初のクローンであるドリー

 

かつて結絆は、彼女を助けることができなかった。

 

しかし、今は違う。

 

ドリーの肉体を囲むように、ドリームのメンバーたちが見守っていた。

 

帆風はあたふたしており、蜜蟻は祈るように目を閉じている。

 

入鹿と猟虎の姉妹は息を呑んでカプセルを見つめ、警策は泣きそうな顔で悠里の肩を握っていた。

 

警策の瞳には、長年の後悔と期待とが入り混じる。

 

そして、ドリーの肉体のすぐそばに、結絆の姿もあった。

 

「......準備は整ったよお」

 

結絆が低くつぶやく。

 

その声に応じて、橘博士が背後から静かにうなずいた。

 

「結絆君、彼女の魂の位置はわかってるわよね?」

 

「もちろんだよお。よし、始めよっかあ」

 

結絆はカプセルに手をかざした。

 

瞬間、室内の空気が震え、天井の照明が一瞬だけ消えた。

 

ドリームのメンバーたちは息を飲んだ。

 

空気の流れが変わる。

 

それは“死”と“生”の境界を越える瞬間だった。

 

やがて、カプセルの中のドリーの体が光に包まれ、胸元がわずかに上下する。

 

警策の目が大きく見開かれた。

 

「......ドリー......っ」

 

結絆の額には汗がにじむ。

 

魂を肉体に入れることはできたが、ドリーの肉体はクローンということもあって、もうボロボロである。

 

結絆はドリーの肉体の調整を進めていた。

 

「もう少し......もう少しだよお、ドリー......!」

 

結絆の声が震える。

 

周囲の光が収束し、ドリーの唇がわずかに動いた。

 

次の瞬間、静寂を破るように――

 

「......ぁ......」

 

か細い声が空気を震わせた。

 

結絆の瞳が潤む。

 

彼は震える手でカプセルを開き、そっとドリーの身体を抱き上げた。

 

少女の瞳がゆっくりと開き、涙のような光が浮かぶ。

 

「お、お兄ちゃん......?」

 

その一言で、結絆の喉が詰まった。

 

かつて自分が救えなかった少女。

 

自らの無力さに歯を食いしばり何度も思い返した後悔の日々は、もう終わりだ。

 

ドリーは微笑み、薄く色づいた唇で言った。

 

「お兄ちゃん、ただいま!」

 

その言葉に、結絆は堪えきれず目を閉じた。

 

胸の奥から、張りつめていた何かが一気にほどける。

 

涙が頬を伝い、彼は優しく彼女の頭を撫でた。

 

「......おかえり、ドリー」

 

その声は、泣きそうになりながらも、どこまでも温かかった。

 

そして、特にドリーと仲が良かった警策は堪えきれず、声を上げて泣いた。

 

「ドリーっ......!よかったよぉ......ほんとに......!」

 

そのままドリーに抱きつき、後ろから操祈も涙をこぼしながら加わる。

 

「ううっ......ずっと、ずっと会いたかったわよぉ......!」

 

ドリーは困ったように笑いながらも、彼女たちを受け入れた。

 

あたたかい、確かな温もり。

 

もう幻でも記録でもない本物の、再会だった。

 

「結絆さん......ここまで本当に長い道のりでしたね......」

 

帆風が目元を拭いながら微笑む。

 

結絆は頷いた。

 

そして、ドリームの仲間たちは、あの日の痛みがようやく癒えていくのを感じた。

 

ドリーは結絆の胸の中で、嬉しそうに笑った。

 

「お兄ちゃん......また、みんなに会えてうれしい。......ありがとう」

 

「ドリー、戻ってきてくれて......本当に、ありがとう」

 

彼はそっとドリーの髪を撫でながら、頬に浮かぶ涙を指で拭った。

 

その仕草は、まるで長い旅を終えた家族を迎えるようだった。

 

周囲の照明が再び穏やかに点灯し、マジックシアターの青い光が柔らかく包み込む。

 

一連の出来事を察した水族館エリアのアトラスが静かに鳴き、動物園エリアのレグルスが低く咆哮を上げた。

 

まるで、彼らまでもがドリーの帰還を祝福しているかのように。

 

やがて警策と操祈が少し離れ、結絆に向かって微笑んだ。

 

「......ありがとう、結絆さん。これで、ようやく安心できるね」

 

「ほんとよぉ......ドリーとまた話せるなんてぇ......夢を見てるみたいだわぁ」

 

結絆は二人に向かって小さくうなずいた。

 

「......ああ。これからはもう、涙じゃなくて笑顔で語ろう。ドリーも、その方がいいよねえ?」

 

ドリーはその言葉に優しくうなずき、みんなの顔を順に見回した。

 

「みんな、これからよろしくね。私......また、いっぱい笑いたいから」

 

その声は、まるで春の陽だまりのように柔らかく響いた。

 

そして結絆は改めてドリーの肩に手を置き、穏やかに言った。

 

「ようこそ、マジックシアターへ。......ここが、君の“居場所”だよお」

 

 

 

 夜のマジックシアターのホールには、まだ温かい空気が残っていた。

 

ドリー、いや、今まさに新しい命として蘇ったその少女は、仲間たちに囲まれながら穏やかな笑みを浮かべていた。

 

彼女の頬はほんのり桜色に染まり、どこか恥ずかしそうに、けれど幸せそうに微笑んでいる。

 

結絆はそんな彼女を見つめながら、少しだけ考え込むように腕を組んだ。

 

「......ドリーがこれから生活していくにあたって、ちゃんとした名前があった方がいいよねえ」

 

「ふぇ?」 

 

結絆の言葉を聞いたドリーは首をかしげる。

 

そんなドリーを結絆は優しく撫でる。

 

操祈がそっと問いかける。

 

「それでぇ?お兄様、新しい名前って......?」

 

結絆は静かに目を閉じ、少しの間だけ考えた。

 

そして、

 

「......“美管(みかん)”っていうのは、どうかなあ」

 

その響きに、皆が小さく目を見開いた。

 

結絆は続ける。

 

「“美”は、美琴の“美”。“管”は、皆をつなぐ“管”だよお。持ち前の明るさで皆をつなぐ、君にぴったりな名前だよお。」

 

少女はぽかんとしたあと、ゆっくりと微笑んだ。

 

「みかん......あったかい名前だね!」

 

そう言って、彼女は胸の前で手を合わせるようにして頷いた。

 

「ありがとう、お兄ちゃん。......ううん、結絆お兄ちゃん!」

 

「美管ちゃぁん!?さっきからお兄様のことをお兄ちゃんって言ってるけどぉ、お兄様の妹は私だけなのよぉ」

 

操祈は頬をふくらませ、両手を腰に当てて抗議するように前へ出る。

 

美管はびっくりしたように目をぱちくりさせた。

 

「だ、だって......結絆お兄ちゃんが私を生き返らせてくれたし、名前もくれたんだもん。......お兄ちゃんと美管は家族だよね?」

 

「もぉ......勝手に妹ポジ取らないで欲しいわぁ!」

 

「みーちゃんだけズルい!美管も結絆お兄ちゃんの妹になるっ!」

 

操祈と美管が火花を散らすように言い合う。

 

ドリームのメンバーたちは苦笑いを浮かべながら見守っていた。

 

帆風は小声で呟く。

 

「操祈ちゃん、怒ってるように見えて、結構喜んでますね......」

 

愛愉は笑いをこらえきれず、猟虎と肩を寄せてクスクス笑う。

 

そんな中で、結絆はやれやれと小さく息をついた。

 

「じゃあ、美管は俺にとっても、操祈にとっても妹って感じならどうかなあ?」

 

その言葉に、美管が顔を上げる。

 

「......本当に、いいの?私が結絆お兄ちゃんの妹になっても?」

 

結絆は微笑みながら、彼女の頭を撫でた。

 

「もちろんだよお。君はもう、誰かに縛られる存在なんかじゃない。ここからは、俺たち家族の一員、食蜂美管だよお」

 

その名を告げると同時に、室内に柔らかな風が流れた。

 

まるで、その名を祝福するかのように。

 

美管は両手で涙をぬぐい、破顔した。

 

「ありがとう、結絆お兄ちゃん......!私、頑張るね。これからは、自分の足で生きる!」

 

その言葉に、操祈もようやく笑みを浮かべた。

 

「お兄様がそう考えてるならしょうがないわねぇ......まったくもう、手のかかる妹ができちゃったわぁ」

 

彼女は小さく息をつきながら、美管の手を取ったのだった。

 

 

 

 マジックシアターの水族館エリア

 

そこには、外の喧噪とはまるで別世界のような、静謐で幻想的な空間が広がっていた。

 

天井一面が水のカーテンのように光を反射し、青と白の揺らめきが床や壁をやさしく照らしている。

 

結絆と美管は、並んでその廊下を歩いていた。

 

壁の向こうには巨大な水槽があり、海のような広がりの中を魚たちが群れを成して泳いでいる。

 

「......わぁ......!」

 

美管は目を輝かせ、思わず足を止めた。

 

その瞳に映るのは、多種多様な小魚、悠々と泳ぐエイ、そして群青の海を切り裂くように進むマグロの群れ。

 

まるで夢の中にいるような光景だった。

 

結絆はその表情を見て、柔らかく笑った。

 

「気に入ったみたいだねえ」

 

「うんっ!これが“水族館”なんだね!」

 

両手を胸の前で握りしめ、子供のように笑う美管。

 

彼女の頬に映る青い光が、まるで希望そのもののように輝いていた。

 

結絆は静かにうなずいた。

 

「そうだよお。そして、マジックシアターの水族館は、学園都市でも最大級なんだあ。研究施設も兼ねてるけど、一般の人も毎日たくさん訪れるんだよお」

 

通路の先で、大きな透明トンネルが現れた。

 

頭上を、ゆっくりとイルカたちが泳いでいく。

 

その先頭にいたのは、マジックシアターの水族館エリアを守っている、天衣装着を使うイルカであるアトラスだった。

 

「わっ、あの子......!結絆お兄ちゃん、あのイルカさん、一匹だけ目つきが違うよ!」

 

美管が興奮して指を差す。

 

アトラスはその声を聞きつけたように、水中で一回転し、尾びれで軽やかに水面を叩いた。

 

結絆は笑って、アトラスに軽く手を振った。

 

「アトラス、彼女は“美管”。新しい家族だよよ」

 

アトラスはまるで理解したかのように頷き、鼻先をガラスに押し当てた。

 

美管もそれに倣って、ガラス越しにそっと手を当てる。

 

「......かっこいい......」

 

アトラスが甲高い声で鳴き、くるりともう一度回転した。

 

まるで「ようこそ」と言っているようだった。

 

「ふふっ、仲良くしてくれそうだねえ」

 

結絆の言葉に、美管は満面の笑みで頷いた。

 

「うんっ! ありがとう、アトラス!」

 

 

 

 二人はその後もゆっくりと館内を巡った。

 

次に向かったのは「深海の世界」コーナー。

 

周囲の照明が落とされ、暗闇の中でぼんやりと光る魚たちが浮かんでいる。

 

「わぁ......なんか、星空みたい......」

 

美管の声が、静かな空間に柔らかく響く。

 

水槽の中では、リュウグウノツカイがゆっくりと体をくねらせ、透明な体のクラゲが光の糸を流すように泳いでいた。

 

「この辺りは、深海にいる生物たちを展示してるよお。不思議な生き物が多いねえ。」

 

結絆の説明に、美管は感心したように頷く。

 

「暗いところでも、生きるために光るんだね......すごいなぁ」

 

その言葉に、結絆は少し微笑みながら彼女の髪を撫でた。

 

「君もそうだよお。君の明るさがみんなを照らしてるからねえ」

 

美管は少し頬を赤らめ、照れくさそうに笑った。

 

「えへへ......ありがとう、お兄ちゃん」

 

 

 

 さらに進むと、「触れ合いコーナー」と書かれた小さなスペースに出た。

 

水の張られた低い水槽が並び、ヒトデやナマコ、ヤドカリなどが穏やかに動いている。

 

「この子たち、触っていいの!?」

 

説明パネルを見た美管が、目を輝かせた。

 

「もちろん。手をきれいにしてから、優しくねえ」

 

結絆が微笑むと、美管は急いで洗い場に向かい、手を丁寧に洗ってから水槽へ戻ってきた。

 

彼女は恐る恐る手を伸ばし、ヒトデに指先で触れた。

 

「......わっ、ちょっとザラザラしてる......!」

 

「ヒトデは外皮が硬いからねえ。って、こらこら、引っくりかえしたらだめだよお。」

 

「そうなんだ!元に戻すね!」

 

次に彼女が触ったのはナマコだった。

 

「うわぁ......ぷにぷにしてる......!」

 

美管は、何とも言えない表情でナマコを触る。

 

「それは嫌がらないでくれよお。ナマコは見た目よりずっと繊細なんだから」

 

結絆が苦笑する。

 

その後、美管はくすくす笑いながら、両手で水をすくい上げるようにして小さなヤドカリを見つめた。

 

「......なんか、みんな生きてるんだね」

 

その言葉には、どこか深い意味がこもっていた。

 

結絆は隣で静かにうなずいた。

 

「そうだねえ。......それがどれだけ尊いことか、君はきっと、誰よりも知ってるはずだよお」

 

美管は少しの間、黙ってヤドカリを見つめていた。

 

やがて、彼女は小さく笑って言った。

 

「お兄ちゃん......私がね、『水族館に行ってみたい』って、言ったことがあったの覚えてる?」

 

結絆は目を閉じた。

 

忘れるはずもない、結絆がマジックシアターを作り、その中に水族館を入れたのは、他ならないドリー(美管)のためである。

 

「でも、行けなかった。あの時は体が弱くて......でも今日ね、来られたの。見て、触って、笑って......夢が叶っちゃった!」

 

彼女は涙をこらえるように笑った。

 

その瞳には、確かに“生きる喜び”が宿っていた。

 

結絆はそっと彼女の肩を抱いた。

 

「それでいいんだよお。叶えられなかった夢を、少しずつ叶えていこう。これからは、好きなだけ笑って、泣いて、見て、感じていいんだよお」

 

美管はその胸に顔を埋め、震える声でつぶやいた。

 

「うん......ありがとう、お兄ちゃん。生き返らせてくれてありがとう......」

 

結絆は微笑んで、彼女の頭を優しく撫でた。

 

その手のひらには、確かに命の温もりを感じることができた。

 

 

 

 水族館から居住エリアに戻る際に、水槽の奥からアトラスが再び姿を現した。

 

水面に上がると、彼は尾びれで軽く水を跳ね上げ、そのしずくが虹のように光を描いた。

 

美管が笑いながら手を振る。

 

「アトラス、ありがとう!おかげで楽しかったよ!」

 

アトラスは返事をするように鳴き、優雅に水中へと潜っていった。

 

結絆は彼女の隣で、穏やかな声を出した。

 

「......きっと、アトラスも嬉しいんだろうねえ。あの時、君が見られなかった景色を、こうして見せてあげられたから」

 

美管は微笑んだ。

 

「うん!」

 

結絆はその言葉に心からの笑みを返した。

 

「これから何回も来よっかあ!水族館も動物園も植物園も、そして劇場も、君を楽しませてくれるはずだよお」

 

その言葉に、美管は満面の笑顔を浮かべた。

 

まるで世界のすべてを受け入れたような、無垢な笑み。

 

かつて死の淵に沈んだ少女が、いま確かに“生”を取り戻していたのだった。




超電磁砲ではドリーの妹個体と警策や操祈が再開するという感じでしたが、展開がややこしくなるのでドリーは元々一人だったという感じで書いてます。

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