学園都市の空は、快晴だった。
眩い太陽が地面を照らし、風は穏やかで、どこまでも澄み渡っている。
そんな日の昼頃、学園都市の南部にある大型高校のグラウンドには、すでに人だかりができていた。
今日この場所で行われるのは大覇星祭特別イベント「レベル5組み手・特別公開戦」。
学園都市の超能力者(レベル5)のうち、武闘派の二人が公式の場で拳を交えるという、前代未聞の催しである。
「おい見ろよ、本当に来るのか?“食蜂結絆”と“削板軍覇”が!」
「うそだろ、どっちもレベル5だぞ......?校舎ぐらい吹き飛ぶんじゃねぇか?」
「よく許可出したなぁ......。理事会も頭痛いだろこれ......」
結絆以外の統括理事会のメンバーが頭を抱えているのは言うまでもない。
そもそもこれは結絆の持ち込み企画である()
ざわめきと歓声が入り混じる観客席。
仮設のスタンドは、一般学生、研究員、観光客、そしてテレビカメラにまで埋め尽くされていた。
観戦チケットは抽選制で、倍率はなんと四百倍。
幸運にも当選した者たちは、今まさにこの瞬間を待ちわびていた。
巨大スクリーンがフィールドの中央に映し出される。
カメラが移動するたび、どよめきが広がった。
グラウンドの中央、その上に、黒いコートを羽織った青年が立っていた。
「来た、食蜂結絆だ!」
歓声が一斉に上がる。
黄金の髪が風に揺れ、緑に光る瞳はまっすぐ前を見据えている。
彼が纏うのは、統括理事会メンバーにして暗部組織“ドリーム”の長という、二重の顔。
だが今日の彼は、そのどちらでもない。
一人の超能力者(レベル5)として、親友とただ拳を交わすために、ここに立っていた。
「......ふふ、ずいぶんと集まったねえ」
彼は肩を回しながら、まるで散歩にでも来たかのような軽い口調で呟く。
その背筋は伸び、全身からは穏やかながらも底の見えない気配が漂っていた。
対戦相手がまだ姿を現していないというのに、観客席の熱気はすでに限界に達している。
「おーい、軍覇はまだか!」
「時間ギリギリまで走ってるらしいぞ、あいつ!」
どよめきが再び広がる。
そして、遠くの校舎の屋根の上で突如、空気を裂くような爆音が響いた。
「うおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!」
衝撃波であたりが揺れる。
屋根を蹴り飛ばした勢いのまま、一人の男が青空から飛び降りてくる。
白いジャージ姿、逆立った髪、眩しい笑顔。
最強の原石・削板軍覇。
己の根性?のみで常識を超える男だ。
彼は地面に着地する寸前、軽く足元の空気を押し出すようにして衝撃を逃がした。
砂煙が舞い、風が巻く。
観客席が一瞬静まり、次の瞬間、大歓声に包まれた。
「うおおおっ! マジで軍覇だ!!」
「テレビで見たよりすげえ!!」
周囲の歓声に包まれながらも、結絆と軍覇は普段と変わらぬ様子で歩みを進める。
「よう、結絆!もう調子は整ってるか!俺は全力でいくぞ!」
軍覇は朗らかに手を上げた。
「はは、そっちこそねえ。いやあ、君と拳を交えるのは久々だから楽しみだよお」
結絆は口元を緩める。
その表情は穏やかだが、瞳の奥には闘志が宿っていた。
実況席のアナウンサーが叫ぶ。
『観客の皆様、大変お待たせいたしました!ただいまより、大覇星祭特別イベント、レベル5組み手「食蜂結絆 対 削板軍覇」!いよいよ開始となります!!』
歓声が爆発する。
無数のドローンが空を舞い、試合を全方向から撮影し始めた。
人工知能が解析を行い、最適化された映像が学園都市全域の中継スクリーンにも映し出される。
「......すげぇな。あの二人が正面からやり合うのか」
「二人とも常人離れしたフィジカルだろ?どんな勝負になるんだ!?」
「むしろ“どうなるか分からない”からこそ、皆見に来てるんだ」
観客席のあちこちでそんな声が交わされる。
それぞれのファンが、固唾を飲んで見守っていた。
結絆は息を吐くと、纏う空気が変わる。
対する軍覇は、すでに戦闘態勢だ。
足を肩幅に開き、両腕を軽く構える。
まるで全身がエネルギーそのものと化しているかのように、地面が小さく震え始める。
「......ああ、いいねえ。こういう空気。実戦より試合の方が戦いを楽しめる。」
「お前の力、俺の拳で“確かめる”!!」
風が吹き抜ける。
観客の歓声が遠く霞む。
ふたりの間の空気が、ゆっくりと、しかし確実に変わっていく。
張りつめた緊張と高揚。
誰もが息を呑む静寂。
やがて審判役の研究員が小さく手を上げた。
「試合開始......三、二、一......」
手が下ろされた瞬間、轟音が鳴り響いた。
結絆と軍覇、二人の姿が一瞬にして視界から掻き消える。
この場にいる観客の中で、彼らの動きを“目で追える者”は、ほんの一握りだった。
観客席から悲鳴とも歓声ともつかない声が上がる中、空気が震え、風が渦を巻いた。
「な、なんだ今の!?」
「見えねぇ......!二人とも消えた!?」
「いや、動いてる......グラウンドの中央、あそこだ!」
注目が一点に集中する。
そこでは、目にも止まらぬ速さで拳と拳がぶつかり合っていた。
ほんの一瞬見えたかと思えば、次の瞬間には位置が変わっている。
結絆が蹴りを放ち、軍覇が腕で受け止める。
ドンッ!!
乾いた爆音が響く。
芝がめくれ上がり、白線が消し飛ぶ。
「......っはぁ!いいじゃねぇか、結絆!」
軍覇は拳を受けながらも笑った。
その声には、痛みも恐れもない。
ただ純粋な歓喜がある。
「ふふっ、まだウォーミングアップだよお?」
結絆も軽く笑い返す。
左手で軍覇の拳を受け流し、右の掌底をわずかに繰り出す。
空気が一瞬止まり――爆ぜた。
「うおおおお!?風が!風が逆巻いてる!」
観客席の最前列にいた学生たちが慌てて帽子を押さえる。
グラウンド全体に衝撃波が走り、白い砂が吹き上げられた。
実況のアナウンサーが声を張り上げる。
『し、信じられません!まだウォーミングアップのはずですが......!二人の動きは一般人の限界をはるかに超えています!!』
二人はまだ“遊んでいる”。
速度は、一般人の目でギリギリ追えるほどに抑えられていた。
結絆の蹴りは風を裂き、軍覇の拳は雷鳴のように響く。
「せいやぁ!!!」
軍覇のストレートが地面を砕き、亀裂が一直線に走る。
結絆は空気を一瞬凝縮させるようにして衝撃を受け流し、反撃の回し蹴りを放つ。
その軌跡は蜃気楼のように揺らめき、軍覇の顎をかすめた。
「くっ、はえーな......!」
軍覇の表情に一瞬の驚きが見えた。
それを見て、結絆は愉快そうに笑った。
「身体強化型の能力者を遥かに上回る反応速度、さすがだねえ。でも、まだまだやれるよねえ?」
「当たり前だろ!俺の根性はまだまだこんなものじゃねー!」
軍覇の拳が唸りを上げる。
それを受け止めた瞬間、結絆の足元の地面が陥没する。
だが彼は微動だにしない。
むしろ嬉しそうに微笑んでいた。
「いいね。じゃあウォーミングアップはやめて、そろそろギアを上げていこうかあ!」
「そうだな!」
「多少の設備の崩壊は俺がどうにかするからあ......安心して大丈夫だよお」
軽口を叩く結絆の瞳が、一瞬だけ鋭く光った。
同時に、空気が震え、温度が変わる。
観客席の数人が思わず息を呑む。
『な、なんだ......?空気の流れが変わった......!?』
結絆の身体から淡い光が立ち昇る。
結絆は自己制御(セルフマスター)を発動させた。
身体や精神を調整し、瞬時に最適化する。
彼の動きが、明確に変わった。
「いくよお、軍覇」
次の瞬間、彼は姿を消した。
「ッ――!!」
軍覇が反応する。
見えない。だが感じる。空間そのものが震えている。
拳を振るった瞬間、何かを弾く手応え。
結絆が真後ろに現れ、笑いながら肘打ちを叩き込んだ。
「っははっ! その反応、やっぱり本能の塊だねえ!」
「うるせぇッ!!すごいパンチ!」
軍覇が咆哮とともに拳を突き出す。
その一撃はまるで砲弾のようで、空気を破裂させながら突き進む。
ドゴォォン!!
爆音が鳴り響き、空気が弾け、砂煙が舞い上がる。
結絆はそれを間一髪で回避し、衝撃波を受けながらも軽やかに着地した。
「っふぅ......いい一撃だねえ!」
「ハッ!俺は最初から全開だぜ!」
「じゃあこっちも面白いのを見せるよお」
結絆は拳を硬質化しつつも柔軟性を持たせたうえで構える。
一方、軍覇は、そんなことは気にせずに結絆のもとへ突進した。
両者がぶつかった瞬間に、再び轟音が発生した。
観客席の防御シールドが波打つほどの衝撃が走り、観客たちは息を呑んだ。
「やっべぇ! 今の一発で防御壁が揺れたぞ!」
「すげぇ......まるでアニメの中みたいだ!」
砂煙の中、二人の影が交錯する。
拳が、蹴りが、衝撃波が、連続して空気を切り裂く。
結絆の動きはしなやかで、美しい。
軍覇の動きは豪快で、直線的。
性質は正反対だが、どちらも一歩も引かない。
「軍覇、そろそろ......もうちょっとだけ速くしようかあ?」
「言われなくてもそうするつもりだ!」
ドンッ!!
ふたりの拳がぶつかり合い、空中で圧縮された風が爆ぜる。
観客席を包む風圧が一段階増す。
砂煙が舞い上がり、空が揺れる。
『お、おおおっと! 衝撃波の影響でカメラの映像が乱れています! 二人の動き、もう肉眼では追えません!!』
それでも観客は目を離せなかった。
少年たちは歓声を上げ、研究員たちは必死にデータを取り続ける。
この一瞬、この“生の戦闘”を目に焼き付けようと。
目にもとまらぬ攻防が繰り広げられる中、結絆がそっと呟いた。
「......さてと、お互い本気の一撃を見せ合おうかあ」
それを聞いた軍覇の口角が上がる。
「結絆!お前ならこの攻撃を受け止めてくれるよな!」
空気が一瞬にして静まり返る。
誰もが、その次の瞬間を待っていた。
レベル5同士の衝突。
本気の戦いが、いよいよ幕を開ける。
静寂、それは、爆発の前の一瞬の静けさだった。
風が止み、観客の歓声すら途切れる。
結絆と軍覇が互いに正面を向き合ったその瞬間、空気の密度が極端に上がった。
ふたりの間に立つ砂粒が、まるで時間が止まったかのように宙に浮かぶ。
「準備はできてるよお、軍覇」
「上等だ。俺の全力、受け止めてみろ!超すごいパーンチ!!」
次の瞬間、世界が弾けた。
音速を優に超えた結絆の拳が軍覇に迫る。
同時に、軍覇の拳が前へ突き出される。
拳圧が空気を押し潰し、地面の芝だけでなく、地面も吹き飛んだ。
互いの拳は触れていないものの、ぶつかり合った衝撃波は稲妻のような閃光を放ち、観客席の防御シールドを歪ませた。
「うわあああっ!見えないッ!」
「防御壁が鳴ってるぞ!これ以上やばいって!」
「でも......すげぇ......!」
観客たちは叫びながらも、目を離せなかった。
光と音の嵐の中、二人は笑いながら拳をぶつけ合う。
組み手は続いていた。
結絆は空間移動で軍覇の意表をつき、彼の真上から蹴りを入れた。
軍覇はそれをもろに食らいながらも、反撃の蹴りを入れた。
「ぐっ......さすがだねえ。腕で受けたけど、ちょっと骨が折れそうになったよお。」
「へっ、お前なら骨折してもすぐに再生するだろ」
軍覇が地を蹴る。
結絆は軍覇の攻撃を見切って彼の顎にカウンターを入れた。
ドンッ!!
結絆のカウンターを受けた軍覇は地面に沈み込み、衝撃波が放射状に走った。
観客席の一部が大きく揺れ、周囲のフェンスが軋む。
『し、信じられません! 二人の攻撃がもはや地形を変えています! グラウンドの原形が......ありません!!』
アナウンサーの悲鳴交じりの実況が響く中、戦闘はさらに激しさを増していく。
「うわぁ......まるで自然災害だ......!」
「どっちが優勢なのかわかんねぇけど、ヤバすぎる!!」
観客たちは立ち上がり、声を張り上げる。
誰もが恐怖と興奮の狭間にいた。
結絆がふっと笑った。
「じゃあ、次は――これでどうかなあ」
右手を地面に突きつける。
瞬間、地中の水脈が震えた。
グラウンド全体が揺れ、地面のあちこちから水柱が噴き上がる。
巨大な刃のように水が舞い上がり、太陽光を受けて虹色に輝いた。
「ぬぅぅんッ!!」
軍覇はその水柱を踏み台にして宙へ飛び上がり、空中から渾身の拳を振り下ろす。
「ウルトラスーパー超すごいパーンチ!!!」
拳が空を裂き、結絆の真上に突き刺さる。
結絆は両手を交差させ軍覇の攻撃をガードする。
しかし、軍覇の拳が触れた瞬間、空間が“割れた”。
波紋が空に広がり、地面が耐え切れず爆ぜる。
ドガァァァァァァァァァァァァン!!!
数秒後、煙が晴れると――グラウンドはもう、原形を留めていなかった。
陸上トラックは完全に吹き飛び、芝はなくなり、中央には巨大なクレーター。
砂と水と焦げた匂いが混ざり合い、まるで戦場跡のようだった。
「......お、おい。これ......本当に高校のグラウンドか?」
「どうやって修復すんだよ......!」
観客たちは呆然とその光景を見つめていた。
やがて、崩れた地面の中央――
そこに、結絆と軍覇の二人が立っていた。
服は土埃にまみれ、髪は乱れ、顔には疲れが見える。
互いに軽く肩で息をしながらも、まだ立っている。
「......っはぁ。すごいねえ、軍覇。完全にグラウンドが無くなっちゃったよお」
「ははっ!まぁ、祭りだしな!......っておい、これはちょっとやりすぎたか!?」
結絆が頬をかきながら苦笑する。
「うん。さすがに、補修費が俺の口座に請求されそうだねえ......」
「お前、理事会の人間だろ? どうせ予算で出るんじゃねぇか?」
「いやあ、そう簡単にはいかないんだよお。今回の企画は他のメンバーからは反対されてたからねえ」
統括理事会は腐っている人間も多いが、今回に関しては妥当な判断と言わざるを得ない。
「マジかよ。じゃあ俺、手伝うぜ。穴掘り得意だからな!」
「いやいや、穴を埋めないとだめだよお」
結絆が突っ込みを入れた後、二人は顔を見合わせ、思わず笑った。
その笑い声に、観客席からも自然と拍手が起こる。
ただ純粋に、この二人の戦いに魅了された人々がそこにはいた。
アナウンサーの声がマイクを通して響く。
『試合終了――!勝敗はつきませんでしたが、学園都市が誇る二人のレベル5による前代未聞の組み手、これにて閉幕です!!』
歓声と拍手。
砂塵の中、二人は並んで立つ。
「......なぁ結絆、次はちゃんとした場所でやろうぜ」
「うん、そうだねえ。今度は......マジックシアターの訓練場かなあ?」
「おう、それならいくら壊しても平気だな!」
「......うーん、やっぱり異世界でやったほうがいいねえ」
そんな他愛もないやり取りを交わしながら、二人は同時に空を見上げた。
高く澄んだ青空。
まるで、この日を祝福するように雲一つない。
余談だが、二人の戦いの余波で雲がはじけ飛んでいる。
結絆が目を細め、ぽつりと呟く。
「やっぱり、君と戦うと楽しいねえ。背負うもののない試合が一番楽しいよお」
「統括理事会の仕事がどれだけ大変かはわからないけどよ、体が動かしたくなったらいつでも相手になるぜ!」
「やっぱり君は最高だねえ、いい友を持てたよお」
こうして、大覇星祭特別イベント“レベル5組み手”は、誰もが予想もしなかった規模と熱狂の中で幕を閉じた。
そしてその夜、ニュースではこう報じられる。
「二人が組み手を行ったグラウンド、レベル5二名による“想定外の物理的被害”。修復にはおよそ一週間を要する見込み」
それを見て、結絆と軍覇は同時に苦笑しながら言った。
「......やっぱり、ちょっとやりすぎたねえ」
「......次はもう少し手加減してやったほうがいいかもな」
だが、その笑顔はどこか誇らしげだった。
そこには、互いをよく知る親友同士の絆が感じられるのだった。
結絆と軍覇は定期的に組み手を行っているので、軍覇は大幅に強化されています。
聖人の肉体を持つ結絆と打ち合える軍覇は恐ろしい存在ですね。