結絆の前世を知る者からの誘い
朝焼けがまだ薄く東の空に差し掛かる頃、京都駅から少し南に位置する伏見稲荷大社へと向かう道を、結絆たちは歩いていた。
静まり返った空気の中、鳥のさえずりと草木を揺らす風の音だけが耳に届く。
朱塗りの大きな鳥居が姿を現すと、先頭を歩いていた絹旗最愛がぴたりと足を止めた。
「超......きれい、です......!」
彼女の言葉に、他の三人も足を止め、視線を鳥居の奥へ向ける。
幾重にも連なる無数の鳥居が、まるで異世界への通路のように続いていた。
「これは......すごいな」
上条当麻が感嘆の声を漏らす。
いつもどこかドタバタとした日常の中にいる彼も、この静謐な風景には心を奪われたようだった。
「幻想的ねぇ......こういうの、学園都市じゃ見られないものぉ」
食蜂操祈はその長い金髪を風になびかせながら、鳥居の一本一本に手を触れるような仕草をして見上げた。
「そうだねえ......やっぱ、本物の歴史ってのは、空気に染み込んでる感じがするよねえ」
最後に口を開いたのは、食蜂結絆。
いつも飄々とした態度の彼も、この場所の持つ重厚さに心を打たれたのか、どこか神妙な表情を浮かべていた。
「結絆、写真撮ってくださいっ。あの、ここを後ろに、みんなで!」
絹旗が元気よく言い、携帯を手に駆け寄ってくる。
操祈がすかさず微笑んで彼女の隣に立ち、当麻も「頼んだぞ」と笑いながら肩を並べる。
結絆は分身体にスマホを渡して、鳥居の前でポーズを取る絹旗たちにレンズを向けさせた。
「はい、チーズ!」
シャッター音が響き、思い出が一枚の写真に収められる。
「超完璧です!分身体は超便利ですね!」
絹旗は携帯を受け取ると、満足そうな表情で撮れた写真を眺めていた。
その後も何枚かの写真を撮り終えると、彼らはそのまま千本鳥居の中へと歩を進める。
朱塗りの柱が陽光を受け、鮮やかな赤が幻想的に浮かび上がる。
鳥居の間を歩くたびに、木漏れ日が揺れて、その影が参道に踊った。
「この連なり......何本くらいあるんだろうな」
「確か、千本以上あったはずよぉ。でも正確に数えた人は、いないんじゃないかしらぁ?」
「なんだか数えたくなってきました。超、やりましょう!」
「絹旗、絶対途中で飽きるだろうなあ......」
そんな軽口を交わしながらも、四人の足取りは自然とゆっくりになっていった。
ひとつひとつの鳥居が、願いを抱えて立っていることを感じ取っていたからだ。
「......この場所って、きっと何百年も前から誰かが歩いて、願って、祈ってきたんだろうな」
当麻の呟きに、結絆が頷いた。
「そうだねえ。俺たちは、そういう歴史の上を歩かせてもらってるんだろうねえ」
「そういうところに来られるのって、すごく尊いと思うのよぉ。ね、当麻も最愛ちゃんも」
「はい、超そう思います」
「ああ、そうだな」と笑いながら、当麻も結絆たちの歩調に合わせてゆっくりと歩いた。
朱のトンネルがどこまでも続く中で、四人の旅はまだ始まったばかりだった。
結絆たちが京都を訪れた経緯について......場面は数時間前に遡る。
結絆は橘博士を抱き枕にしながらぐっすりと寝ていた。
別に深い意味はない。
結絆は自身の能力である自己制御(セルフマスター)によって睡眠を必要としていないが、人間らしさを忘れないために睡眠をとるようにしているのである。
そして、結絆は不思議な夢を見ていた。
「おや?何か、思い出せそうで思い出せない記憶があるねえ......彼女は一体?」
結絆は夢の中で美しい女性と出会ったが、顔がよく見えない。
「食蜂結絆様、ようやくあなたにたどり着くことができました。あなたの前世について話したいことがあります。」
すると女性は結絆に手紙を渡す。
「俺の前世かい?そういえば、才人工房にいたときに幻生のやつに大量の体晶を投入されて、前世の記憶が戻りかけたことがあったねえ。まあ、あの時は人格が狂う前に押しとどめられたけど......そろそろ向き合いたいかなあ」
その言葉を聞いた女性は、結絆にニコっと微笑んだ。
その後、結絆が目を覚ますと自室の机の上に手紙が置かれていた。
「うーん、ただの夢じゃなかったみたいだねえ」
結絆は、まだ爆睡している橘博士の頬をつつきながらそう呟いたのだった。
しばらくして橘博士も目を覚まし、結絆が手紙を読んでいるところを覗き込んだ。
「結絆君の前世?気になるけど、今日は研究室の整理をしたいから一緒には行けないわね。分身体を研究室に一人送ってくれる?」
「わかったよお、それじゃあ、他をあたってみようかなあ」
「京都ですか?超行ってみたいです!」
結絆は恋人たちに声をかけたが、絹旗を除いて大覇星祭の競技があったため、結局絹旗を連れていくことになった。
「ついでに操祈と当麻も連れていこっかあ。綺麗な景色を見て心を癒してほしいからねえ。」
そうして結絆たち4人は京都に向かうことになったのである。
場面は戻り、朱色の鳥居をくぐり続け、緩やかな山道を登ること一時間ほど。
結絆たちはついに伏見稲荷大社の山頂に辿り着いていた。
空は日の出前の薄暗い色から、だんだんと柔らかな黄金に染まりはじめている。
「ふう......超、いい運動でしたね」
絹旗最愛が額の汗をぬぐいながら、後ろを振り返る。
遠くに広がる京都の街並みが、朝靄の中にうっすらと浮かび上がっていた。
「数えきれないぐらいの鳥居を潜ったわぁ。こうして見ると、本当に来てよかったと思うわねぇ」
操祈が微笑み、当麻もそれに同意する。
だが、次の瞬間
境内の奥から、ふわりと風が吹いた。
その風はどこか心地よい香りを含んでいたが、同時に何か異質な気配も感じさせた。
「ん......?なんか懐かしい感じがするねえ」
結絆が眉をひそめた瞬間、金色の霧が立ち上った。
やがて霧の中から現れたのは、白銀の毛並みを持つ、優美な九尾の狐だった。
その姿は神々しさを帯び、まるで古の物語から抜け出してきたかのようだった。
「ようこそ、皆さん。よくぞ、ここまで登って来られました」
九尾の狐は、澄んだ声で語りかけてきた。
人語を話すその様に、当麻が目を丸くする。
「しゃ、喋った......!これ、妖怪の類か......!?」
「当麻ぁ、テンパってないで落ち着きなさぁい」
操祈がくすくすと笑いながら当麻の腕に抱き着く。
結絆が一歩進み出て、狐の双眸をまっすぐに見つめた。
「君は、この地を守る存在......かなあ?」
「そうです。私はこの土地にて、長き時を過ごしてきた者。されど......今のように人前に姿を見せるのは、百年ぶりかもしれませんね」
そう言うと、九尾の狐の身体が金の光に包まれる。
そしてその光の中から、今度は人の姿が現れた。
艶やかな黒髪に白銀の和装、金の瞳が妖艶に揺れる――狐は美しい女性へと変化していた。
「名は白羽(しらは)。これより皆さまを、京都の地の不思議と美を巡る旅へとお導きしましょう」
「お、おぉ......」
その仕草に思わず声を漏らしたのは当麻だった。
目の前に立つ白羽の艶やかな立ち姿に、目を奪われてしまう。
だが......
「......当麻ぁ?」
すぐそばから、甘ったるい声がした。
振り返ると、操祈がにっこりと笑っていた。
が、その目はまったく笑っていない。
「今晩、覚悟しておきなさぁい?」
「ひ、ひぃ......!?ち、ちがうから!俺、ただびっくりしただけで......!」
冷や汗をだらだらと流しながら、当麻が全力で否定する。
「これは、超終わりましたね」
絹旗が呆れたように言う。
「まあまあ。操祈、今日の宿は二部屋取ってるから当麻とゆっくり休んだらいいよお」
「そうねぇ、当麻、今夜は寝かせないんだゾ☆」
「あぁ......これは終わったやつだ」
和やかな空気が流れる中、白羽が一歩進み出て微笑んだ。
「皆さまの仲睦まじさ、見ていて心温まります。さあ、旅を始めましょう。清水の舞台より眺める都、嵐山の竹林に、金色に輝く寺、いずれも、あなた方の心に残ることでしょう」
その声には、どこか時を超えた優しさが宿っていた。
「じゃあ......導き、お願いするよお。白羽さん」
結絆が手を差し出すと、白羽はその手を柔らかく取った。
「ええ。では、参りましょう。京の都が、あなた方を待っています」
朝日がようやく山頂を照らし、光が彼らの背を押すように降り注いだ。
こうして、京都の神秘に触れる旅は、静かに、そして確かに始まっていくのだった。
朱に染まる朝の空を背に、白羽が手をかざすと、空間がふわりと波打った。
「では参りましょう。まずは、清き水の寺より」
彼女の声が風のように響いた瞬間、周囲の景色がゆっくりと変化していく。
稲荷山の木々が霞み、金色の霧が視界を包む。
気づけば、結絆たちは、もう別の場所に立っていた。
「......うわ。マジかよ」
当麻があっけに取られたように呟く。
目の前には、あの有名な清水の舞台
だが、それは現実のものよりもさらに荘厳で、幻想的だった。
建物は歴史を感じさせるような木材で組まれ、清水の流れる音がまるで音楽のように耳を包む。
まるで、夢の中の清水寺。
「これは......超、すごいです」
絹旗も思わず足を止めて見上げた。
階段の両脇に咲き乱れる桜は、今が秋であるのにもかかわらず満開だった。
風に舞う花びらは、光に溶けるように消えていく。
「白羽さぁん、これって......本物、じゃないわよねぇ?」
操祈が小さく問いかけた。
白羽はふわりと微笑み、答えずに舞台へと足を運んでいく。
結絆は、そんな彼女の背中をじっと見つめていた。
空気の密度、光の粒子、建物の重力のかかり方。どれも微細に異なる。
何より、自己制御で精神を研ぎ澄ませば、目の前の景色が“構築された幻”であることなど、明らかだった。
しかし......
......まあ、いいかなあ。せっかくだし、付き合ってあげるよお
結絆はそう心の中で呟くと、ふわりと笑って、皆に続いた。
舞台の上からは、京都の街並みが見下ろせた。
だが、それもまた現実とは異なる、不思議な風景だった。
通りには貴族を思わせる衣装を着た人々が歩いていて、川には水面を走る雅楽の舟。
町屋の屋根からは、金色の煙が立ち昇り、空に溶けていた。
「これが......幻術、か。現実より綺麗に見えるって、なんかズルいな」
当麻が腕を組んで空を仰ぐ。
「超、夢みたいですけど......でも、悪くないです」
絹旗も心なしか表情が柔らかい。
白羽は静かに微笑み、舞台の欄干に手をかけた。
「この世界は、私の記憶と想いで紡いだものです。人の想いは、時に現実よりも鮮やかに、温かく、美しくなる......そう思いませんか?」
「......想いで創った幻、ってわけねぇ」
操祈が頷くと、ふと結絆の手を握った。
「でも、私は現実の当麻の手の温もりのほうが好きよぉ」
「お、おう、そっかあ」
当麻は少し照れくさそうに笑って手を握り返す。
その様子を見た白羽は、少しだけ瞳を伏せた。
「実は、私もかつて、この地で人と手を取り合ったことがあるのです。人と神との間にあるもの......それが時に儚くも、永遠に近づいた瞬間があったのです」
「それって......恋、ですか?」
絹旗の問いに、白羽は黙って頷いた。
「彼はすでに、この世にはおりませんが......想いは、こうして形となって残るものなのです」
その言葉に、当麻は少しだけ神妙な表情になる。
操祈も口をつぐんだ。
結絆だけが、静かに目を細めて言った。
「君の想いが、これだけ綺麗な世界を創ったなら......その恋は、きっと幸せだったんだろうねえ」
白羽の頬に、一筋の涙が伝った。
だがその顔は、寂しさではなく、確かな満足を宿していた。
「ありがとうございます、......。あなたと出会えて、私は......もう一度、あの時の気持ちを思い出すことができました」
その瞬間、清水の舞台に淡い光が灯った。
幻の京都が、より鮮やかに、より柔らかく煌めいた。
たとえ幻でも、それが誰かの深い愛から生まれた世界ならば、きっと、そこに触れる価値がある。
そう思いながら、結絆は再び前を向いた。
「さあて、じゃあ次はどこかなあ。京都ツアー、まだまだ楽しませてもらうよお、白羽さん」
「ええ、次は、水面に映る、孤高の寺へ」
そう言って微笑んだ白羽の後に続いて、結絆たちは再び歩き出した。
ちょっとファンタジーっぽくなりましたが、今回はここで区切ろうと思います。