金閣の頂に、太陽が淡く照り返っていた。
鏡のような池に映るその姿は、まるで世界がふたつに分かれているかのように、完全に対となる金閣寺を映している。
結絆たちは静かに足を止め、その景色を見つめていた。
「ここが金閣寺ですか。ほんとに、超金色に輝いてますね......」
絹旗が、思わず呟いた。
風に揺れる木々が周囲を包み、空気そのものが金色に染まっているかのような幻想に、誰もが言葉を失っていた。
「超、綺麗ですけど......なんか、現実の世界とは超違う気がしますね」
「......確かに、“記憶の中の金閣寺”って感じがするねえ」
結絆がそっと言った。
白羽はそんな彼女たちの前に立ち、ゆっくりと歩き出した。
結絆もその後を追うが、どこか胸の奥がざわついていた。
「この場所には......かつて、恋人と来たことがあります」
白羽の言葉に、皆が静かに耳を傾けた。
「彼はとても真っ直ぐで、素敵な人でした。そして、私がこの金閣寺の姿を見て“綺麗ですね”と言ったら、優しく微笑んでくれたのです。それだけで、世界が穏やかになった気がしました」
その言葉には、深い慈しみと、淡い哀しみが滲んでいた。
池のほとりに立ち、白羽は手をかざす。
すると、金閣の塔から細やかな光が舞い、辺りに散っていく。
桜のようでもあり、炎のようでもある、不思議な光だった。
操祈が、ふと疑問に思ったことを訊いた。
「白羽さんの恋人って......もう、いないのよねぇ?」
「ええ」
白羽は頷いた。
「彼は、戦いで力を使い果たし、姿を消しました。けれど、彼と見た景色だけは、私の記憶の中で今も彼と共にあるのです」
そう言った白羽の横顔は、夕陽に照らされて静かに光っていた。
結絆はふと、池の水面を見つめた。
そこには、金閣と自分達、そして、見知らぬ影が映っていた。
白羽の隣で、手を繋ぐように立つ青年の形をした影。
瞬間、胸が締めつけられた。
(......何だ、これは)
見たことがないはずの景色。
知らないはずの風景。
けれど、胸の奥で何かが軋むような――懐かしさが、確かにあった。
見えない記憶の残響。音もなく響くそれに、結絆は思わず息を呑んだ。
(まさか......俺は......)
「どうかされましたか?」
白羽が優しく問いかけてきた。
「いや......ちょっと、懐かしいなあって思ってただけだよお」
結絆は一瞬、返事に迷ったが、やがて微笑んで首を振った。
「懐かしい、ですか?」
白羽の瞳が、ゆるやかに揺れた。
「......ここに来たことなんてないはずなのに、何か、思い出せない思い出があるような気がしてさあ」
その言葉に、白羽は少しだけ目を伏せた。
それを見た操祈が、白羽の手をぎゅっと握った。
「......それはきっと、お兄様の心が、白羽さんの“想い”に共鳴してるのよぉ。」
「そうですね......ありがとうございます」
白羽がそっと目を細める。
「もし、ほんのひとときでも、皆さまの心にこの景色が刻まれたなら......私はそれだけで、十分です」
その言葉と共に、金の風が吹いた。
池の面が揺れ、金閣の映り込みが波紋に崩れる。
けれど、それはどこまでも美しかった。
その瞬間だけでも、時間が止まったように感じられた。
幻か、記憶か、それすら曖昧になるほどに、世界は優しく、そして儚く染まっていた。
ほのかな甘い香りが、通りの角を曲がった先から漂ってきた。
白羽が「次はこちらへ」と優しく微笑みながら案内したのは、昔ながらの町家造りの甘味処だった。
のれんには「藤屋本舗」と書かれており、風に揺れるそれだけで、なんとなく懐かしい気持ちにさせられる。
「おお、超良い匂いがしますっ」
絹旗が目を輝かせながら言い、操祈も「空腹力が上がっちゃうわぁ」と満足げに笑った。
当麻はもうすでに縁台に腰をかけ、出されたお茶を満喫している。
そんな中、結絆の目が屋台の前に並ぶひと皿の団子に向いた。
「......ああ、ここのみたらし団子って、串に五つ刺さってたっけ」
ふと、自然に出たその一言。
けれど、次の瞬間、結絆の顔に僅かな影が差した。
(......あれ?)
言葉にしてから、気づいた。
結絆はこの甘味処に来たことなど、一度もなかったはずなのだ。
少なくとも、自分の記憶の中では。
なのに、団子の数まで正確に覚えている。
(なんで、俺は......この店を知っている!?)
記憶の底に沈んだままの、白く霞んだ断片。
誰かと並んでこの店先に立ち、笑いながら団子を食べていたような......そんな映像が、頭の奥にかすかに浮かぶ。
「どうぞ♪」
そのとき、不意に白羽が、串に刺さったみたらし団子を一本、結絆の口元に差し出した。
柔らかな指先、微笑みとともに添えられる気遣いが、妙に自然で、どこか優しすぎる。
結絆は戸惑いながらも、それを口に含んだ。
もちり、とした食感。
甘じょっぱいたれが舌に広がる。
温かさと一緒に、どこか懐かしい痛みのようなものが、胸の奥を撫でていった。
「やっぱりうまい......ねえ」
そう呟いた結絆の目は、どこか遠くを見ているようだった。
「昔......ここで、誰かと一緒に......食べたような気がするんだよねえ」
誰か......しかし、その“誰か”の顔は思い出せない。
記憶はあるのに、それを掴もうとすればするほど、霧が濃くなる。
白羽は微笑みながら、そっと隣に腰を下ろした。
「記憶というのは、不思議なものです。忘れたはずの景色や味が、ふとした瞬間に、心の扉を叩くものです」
「......君が見せてくれてるこの世界が、関係してるのかもしれないねえ」
「そうかもしれませんね。でも、それでも......あなたが“懐かしい”と感じたことは、きっと意味があるのでしょう」
白羽の声は、まるで春先の風のように穏やかで、優しかった。
「結絆、超顔がとろけてますよ。しっかりしてください」
絹旗が頬を膨らませる姿を見て、操祈はくすくすと笑った。
「でも、お兄様が“懐かしい”って感じるなら、それってきっと......前世のお兄様の記憶なんじゃないかしらぁ」
「......前世の、俺......かなあ」
結絆は空を見上げた。
うす曇りの空の向こうに、いくつもの想い出が層になって広がっているような、そんな感覚があった。
白羽はそっと、最後の団子を串から取り外し、結絆の口元に運んできた。
ほんの少し、指先が結絆の唇に触れた瞬間、胸の奥が軽く跳ねた。
どこか懐かしい。
まるで、かつて同じ体験をしたかのように。
「ごちそうさま。......不思議な味だったよお」
結絆が微笑むと、白羽も嬉しそうに目を細めた。
「またひとつ、思い出の欠片が見つかったようですね」
結絆は、団子の串を握りしめながら小さく頷いた。
この旅の終わりに、自分がどんな真実と向き合うことになるのか、その答えはまだ分からない。
けれど、今はただ、この小さな甘味と共に訪れた“温かな懐かしさ”を大切に抱きながら、次の場所へ進んでいこうと思えた。
春の陽光が、渡月橋の川面をきらめかせていた。
白羽に案内され、結絆たちは嵐山へと足を運んでいた。
風は柔らかく、桜の花びらが時折ひらひらと舞い落ちてくる。
絹旗は携帯を構えながら、夢中になって写真を撮り、操祈は当麻の腕に絡みついて「当麻ぁ、あれ見てぇ~」と当麻をドギマギさせていた。
そんな和やかな風景の中で、結絆は一人、足を止めた。
目の前に広がる景色、その中に、確かに見覚えがあった。
静かな竹林。穏やかな川のせせらぎ。
柔らかな風が吹き抜ける道の先に、白羽の姿が見える。
振り返った彼女は、微笑んで手を差し出す。
まるで、夢の続きを見ているかのように。
「......ここ、知ってるぞ......」
呟いたその瞬間、胸の奥で、何かが弾けた。
感情の奔流が、堰を切ったように押し寄せる。
次々に脳裏に浮かぶ映像。
それはこの世界のものではなかった。
遥か昔、まだ結絆が別の名を持っていた時代。
彼は、白羽という名の女性と恋に落ちた。
それは、穏やかな日々だった。
けれど、彼女の力を狙う者たちが現れ、白羽に宿る妖狐の力を手に入れようと、異形の者たちが襲い来る。
結絆、いや、“彼”は、白羽を守るために戦った。
傷つき、血を流し、それでも立ち上がる。
命を削りながら、ただ一つの誓いだけを胸に
「どれだけの時が経とうとも、俺は必ず......君を迎えに行く」
そして、その言葉を最後に、彼は静かに息を引き取った。
白羽の泣き顔と、散りゆく桜の下で、彼は永遠の眠りについた。
......思い出した。
すべてを、思い出したのだ。
「......白羽」
その名を、噛みしめるように呼ぶ。
白羽はすぐそばに立っていた。
変わらぬ美しさで、ただ静かに結絆を見つめていた。
「待たせてしまったな......」
その言葉は、涙のように零れ落ちた。
白羽の目が、わずかに潤んだ。
だが、彼女は泣かなかった。
柔らかな笑みを浮かべたまま、そっと結絆に近づく。
「......ようやく、思い出してくれたのですね」
「夢かと思ってた。でも、こんなにも......はっきりしてる。あの時、お前を守って、俺は死んだ......でも、約束したんだ。何度生まれ変わっても、必ず迎えに行くって」
白羽は、結絆の手に自分の指を絡めた。
その手の温もりは、今も変わらず、確かにそこにあった。
「私も......待っていました。あなたが、もう一度、私を見つけてくださる日を」
「俺はもう、どこにも行かないよ。今度こそ、最後まで傍にいる」
そう言った結絆の胸に、白羽はそっと頭を預けた。
操祈が少し離れたところから二人を見ていたが、何も言わなかった。
その表情は、祝福を込めた優しさに満ちていた。
やがて当麻と絹旗も合流し、「結絆、急にどうした?」と当麻が問いかけると、結絆は照れたように笑った。
「ちょっとねえ、昔のことを思い出しただけだよお」
それ以上は語らなかったが、白羽と並んで歩く結絆の姿は、どこか吹っ切れたような、凛とした輝きを放っていた。
嵐山の春風が、そっと二人を包み込む。
いくつもの時を越えて、ようやく巡り逢った魂達が、もう一度始まりを迎えようとしていた。
黄昏時の嵐山は、しんと静まり返っていた。
昼間の賑わいはすでに遠く、渡月橋の袂には淡い灯が揺れている。
夕日が照らす竹林の奥――風もなく、鳥の声もない、静寂に包まれたその場で、結絆は違和感を覚えた。
「......来たか」
その一言に、白羽がわずかに表情を強張らせる。
次の瞬間、空気が裂けるような音と共に、闇の中から異形の影が現れた。
黒煙のようにうごめくその姿は、人の形を模しながらも、目も口もない、忌まわしい存在だった。
「また......あの時の奴ら......!」
白羽の声が震える。
かつて彼女を狙い、彼女の力を奪おうとした者達
その残滓が、時を越えて再び形を成したのだ。
「白羽、下がってろ」
結絆の声は低く、だがどこか凛とした強さに満ちていた。
その背に風が吹く。
次の瞬間、結絆の右手には、輝きを帯びた剣が握られていた。
マスターソード、結絆の持つ伝説の聖剣。
「今回死ぬのは......貴様らの方だけだ」
結絆が足を踏み出した瞬間、異形の影が一斉に襲い掛かってきた。
数は十を超え、空間を蠢く闇が牙を剥く。
だが、結絆は動じなかった。
「散れ」
一閃。
空間そのものが裂けたような斬撃が夜空を貫いた。
光が迸り、異形たちは浄化され、跡形もなく消えていく。
影の腕が襲いかかる。
結絆はそれを紙一重で避け、マスターソードを振り抜く。
その軌跡はまるで光そのもので、暗黒を打ち砕いていった。
闇に沈んだ敵が、最後の咆哮を上げながら地面に崩れ落ち、完全に静寂が戻る。
夜の竹林に、風が戻ってきた。
「......終わったな」
息をつきながら、結絆は剣を下ろした。
白羽は、結絆の元へと歩み寄った。
彼女の表情は穏やかで、涙はなかった。
「......姿は変わっても、魂は変わってないのですね」
そう言って、白羽はそっと結絆の胸に額を寄せた。
彼女の髪が結絆の頬をかすめ、その温もりが確かに伝わってくる。
「守ってくれて、ありがとうございます。......今度は、もう離れないでください」
「離れないよ......今度こそ、ずっと一緒にいるからな」
結絆はそっと白羽の肩を抱いた。
そこには迷いもためらいもなかった。
過去の記憶、かつての痛み、全てを抱きしめたうえで、今を生きる彼がいた。
竹林の風が、二人の間を穏やかに吹き抜ける。
すべてを乗り越え、ようやく巡り会えたこの瞬間を、結絆は心の奥底に深く刻んでいた。
嵐山の竹林に吹く風は、どこか優しくなっていた。
戦いが終わり、再び静寂に包まれた森の中、夕日の下で結絆と白羽は並んで立っていた。
「白羽」
結絆の声は、いつになく穏やかだった。
「......俺の姿は、昔とは違う」
そう口にして、結絆は白羽の方をまっすぐに見つめる。
「魂は、同じかもしれない。でも俺は今“学園都市”っていう場所の、トップの一人なんだ。過去の俺とは、もう違う」
白羽は黙って、微笑を浮かべて彼の言葉に耳を傾けていた。
「それに......」
結絆は少し目を伏せる。
「俺には、愛している人が何人もいる。命を懸けて守りたいと思える、大切な女性たちが何人もいるんだ。それでも......それでも、君とまたこうして会えたことを、俺は奇跡だと思ってる」
彼は静かに息を吸い、白羽に向かって右手を差し出した。
「俺と、一緒にいてほしい。姿が変わっても、生きる時代が違っても、俺の心は、君の隣にありたいと願っている」
白羽は一瞬だけ目を伏せ、そして、ふわりと微笑んだ。
「正宗様......いえ、今のあなたにそう呼ぶのは違いますね」
彼女は結絆の手をそっと両手で包み込んだ。
「名前が変わっても、姿が変わっても、あなたが、あなたであることに変わりありません。私は、何があってもあなたを愛します」
その瞳は、まるで遠い昔からそう信じていたかのような深い輝きを宿していた。
結絆は思わず、目を細めて笑った。
「ありがとう......白羽」
その時、風がまた吹いた。
さっきまで幻想に包まれていた世界が、ゆっくりとほどけていく。
景色が変わり始めた。
竹林の空気が現実味を帯び、空の色が深く、鮮やかになっていく。
「......ここからは、現の京都へとご案内します」
白羽が軽やかに一歩踏み出す。
その足元に波紋のような光が広がり、幻想の境界が崩れていった。
操祈が目を見開き、当麻が周囲を見渡す。
「すげぇ......ここが、本物の嵐山か?」
「これはもう、完全に現実ねぇ......」
白羽が振り返り、微笑んで言った。
「この地には、私達が出会った記憶も、あなたが命を賭して戦った過去も、存在していません。でも......」
彼女は結絆の手をしっかりと握る。
「ここから、また新しい物語を一緒に紡いでいきましょう」
結絆は頷き、そして空を見上げた。
空には月が昇り始め、その光が彼らを柔らかく照らしていた。
時を越え、記憶を越え、運命が再び重なり合った今、結絆は確かに感じていた。
これから先の未来を、どう歩むのかを。
オリヒロが増えましたが、これ以降はオリヒロは追加しない予定です。
とあるの世界のヒロインは増えるかもしれません。
結絆のしゃべり方が変わっている部分がありますが、記憶が戻ってしゃべり方がおかしくなってるだけなので、次回からは語尾が伸びる感じに戻ります。