食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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今回からは、番外編です。

結絆の豪運が発揮されます。


番外編
来場者ナンバーズ


 学園都市の空は、午後の日差しにきらめく無数の紙吹雪で満ちていた。

 

七日間続いた大覇星祭の最終日

 

各会場ではまだ競技やパレードが行われていたが、広場に設けられた巨大ステージ前には、それらを上回るほどの人波が集まっていた。

 

それもそのはず。

 

いまから行われるのは、恒例イベント「来場者ナンバーズ」の結果発表。

 

祭りの全来場者数を近い数字で予想した者には、豪華賞品が贈られるという一大イベントである。

 

今年の目玉は、なんと、イタリア旅行五泊七日のペアチケット。

 

「うわぁ......今年の景品、えげつないわね。ペアチケットって......!」

 

興奮を隠せず叫ぶ御坂美琴。

 

その隣で、食蜂結絆は肩をすくめ、手元のメモをひらりと掲げた。

 

「だからこそ、外せないんだよお。ほら、俺の予想はこれ」

 

 紙に書かれた数字は――10,048,723。

 

「細かっ!そんなピンポイントで当たるわけないでしょ」

 

「んー、でもねえ、美琴。大覇星祭の一日あたりの平均来場者数と、今年追加された観光区画の入場データを合わせたら......これくらいが妥当なんだよお」

 

そう言って、結絆はにこりと笑った。

 

彼の笑顔に、なぜか自信のにじむ余裕がある。

 

美琴は眉をひそめて腕を組む。

 

「ふーん......じゃあ、私は、これ!」

 

美琴のメモには10,050,000と書かれていた。

 

ざっくりとした端数を切りのいい数字でまとめた、いかにも彼女らしい直感の結果。

 

「ふふっ、美琴らしいねえ。でも、もし俺が勝ったら、覚えてるよね?賭けの内容」

 

「うっ......も、もちろん覚えてるわよ! どっちが正確だったかで、勝った方が“なんでも命令できる”ってやつでしょ!」

 

「そうだよお、楽しみだねえ」

 

結絆は穏やかな笑みのまま、少しだけ身を寄せた。

 

その距離の近さに美琴は思わず頬を染める。

 

「ま、まあいいわ!正々堂々、勝負よ!」

 

「うん、俺も全力で楽しませてもらうよお」

 

 

 

 アナウンスが会場に響く。

 

“まもなく、来場者ナンバーズの正解発表でーす!”

 

広場のざわめきが一瞬で静まり返り、巨大スクリーンにカウントが映し出された。

 

桁が一つずつ点灯していくたびに、観客から歓声が上がる。

 

そして、最終的に表示された数字は......

 

10,048,723。

 

数秒の沈黙。

 

続いて、耳をつんざくほどの歓声が広場を包んだ。

 

「えっ!?」

 

「おぉおお!?ま、マジかあ......ドンピシャだよお!」

 

結絆が掲げていた紙と全く同じ数字。

 

その瞬間、司会者がステージから叫ぶ。

 

「おめでとうございますっ!今年の優勝者は様々な競技で活躍された、食蜂結絆様ぁっ!!しかもドンピシャです!!」

 

眩いスポットライトが結絆を照らす。

 

周囲から一斉に拍手とどよめきが湧き起こった。

 

美琴はその横でぽかんと口を開け、完全に固まっている。

 

「......な、なんで、そんな......ドンピシャで当てられるのよ......!」

 

「ふふっ、さっき言った通りだよお。データを集めれば、確率は上がる。ま、少しだけ運も良かったけどねえ」

 

「少し......?これ、宝くじより低い確率よっ!」

 

そんな美琴の嘆きをよそに、結絆は手渡された豪華なチケットをひらひらと揺らして見せた。

 

「......さてと、美琴。賭けの約束、忘れてないよね?」

 

 その言葉に、美琴の背中がぴくりと跳ねた。

 彼の口元がゆっくりと上がる。

 

「今日は一日、メイド服で過ごしてもらうよお」

 

「......っっ!!?な、ななな、なにそれぇえええええ!!!」

 

顔を真っ赤にした美琴が叫ぶ。

 

「や、やめてよそんなの! 人前でそんな格好なんて――!」

 

「でも、約束だもんねえ? 俺、ちゃんと録音してあるし」

 

「ずるい! ずるいわよそんなの!!」

 

周囲の観客たちは事情を知らずに拍手を送り続ける。

 

ステージ上のライトが結絆と美琴を照らし出し、二人のやり取りはまるで漫才のように映った。

 

結絆は苦笑しながら頭をかく。

 

「ま、まあ、無理には言わないけどお。......ただ、見たいなあ、美琴のメイド姿」

 

「うぅ......っ、そ、そんな顔して言われたら......!」

 

結絆の穏やかな笑みに、美琴は顔を覆ってうつむいた。

 

その耳まで真っ赤になっているのを見て、結絆は優しく笑う。

 

「ふふ......ありがと、美琴。ほんとに、君って可愛いねえ」

 

「なっ、なに言って!も、もう知らないっ!」

 

恥ずかしさのあまり背を向けて走り去る美琴。

 

その後ろ姿を見送りながら、結絆はチケットを手にして小さく息をついた。

 

「......それにしても、イタリアかあ。ローマの夜景に、ヴェネツィアの水上都市。誰と行こうかなあ」

 

どこかいたずらっぽい声でつぶやく。

 

その姿を見た司会者がマイクを向ける。

 

「食蜂さん! ぜひ意気込みをお願いします!」

 

「んー、そうだねえ......“運も実力のうち”ってことで、来年もドンピシャ狙っちゃうよお」

 

観客の笑いと拍手が一層大きく響いた。

 

 

 

 その後......

 

マジックシアターの控え室で、美琴はメイド服を着せられていた。

 

逃げることもできたはずだが、意外と美琴もノリノリなのかもしれない。

 

彼女は、鏡の前で赤面しながらスカートの裾をつまむ。

 

「......こ、こんなの、ほんとに似合わないってば......」

 

「ううん、すっごく似合ってるよお。まるで高級ホテルのメイドさんみたいだ」

 

「そ、そんなおだてても何も出ないからっ!」

 

それでも結絆の笑顔に、どこか嬉しそうに口元が緩んでしまう。

 

彼女の頬は、明らかに夕焼けよりも赤かった。

 

そして、結絆は柔らかく言った。

 

「......ありがとう、美琴。こういう“約束”も、悪くないよねえ?」

 

美琴は少しだけ息を飲んで、視線をそらす。

 

その唇が、かすかに震えながら答えた。

 

「......ばか。......ほんと、ずるいんだから」

 

窓の外では、大覇星祭のフィナーレを告げる花火が上がっていた。

 

光が夜空を彩るたび、二人の影が淡く重なり、揺らめく。

 

 

 

 マジックシアターのキッチンには、心地よい香ばしさが漂っていた。

 

テーブルの向こうでは、エプロン代わりのフリル付きメイド服を着た御坂美琴が、真剣な表情でフライパンを振っている。

 

白いカチューシャ、黒いミニスカート、ふんわり広がるエプロン。

 

普段はバリバリの電撃姫である彼女も、今ばかりはどこからどう見ても完璧な“メイドさん”だった。

 

「えっと......焦がさないように......っと。......って、見ないでよ、結絆!」

 

「えー、見るなって言われてもなあ。そんな可愛い姿、見ない方が失礼だよねえ?」

 

「か、可愛いって言うなーっ!ううっ、罰ゲームでこんな目にあうなんて」

 

真っ赤になって抗議する美琴。

 

その頬が、キッチンの照明よりも鮮やかに輝いていた。

 

フライパンの中では、ふわりと卵が宙を舞い、完璧な形で皿の上に収まる。

 

どうやら今日はオムライスらしい。

 

「......よし、これで完成。......どう? 文句は言わせないわよ」

 

「わぁ、上出来だねえ。香りだけでお腹が鳴っちゃいそうだよお」

 

結絆は席に着きながら、頬杖をついて美琴を見上げた。

 

その柔らかな眼差しに、美琴は思わず視線を逸らす。

 

「......そ、そんなに見ないでよ」

 

「ん?俺はただ、頑張る美琴を見て幸せになってるだけだよお」

 

「そ、そういうセリフをさらっと言うなってのっ......!」

 

ぷいっとそっぽを向きながら、美琴はオムライスをテーブルに置く。

 

その上には、ケチャップで描かれた可愛らしいハートマーク。

 

描いた本人は恥ずかしさで死にそうな顔をしているが、結絆は楽しそうに笑った。

 

「......あははっ、美琴らしいなあ。丁寧に描いたのに、ちょっとだけ歪んでるとこがまたいい味出してる」

 

「う、うるさいっ!細かいこと言わないの!」

 

結絆はスプーンを手に取り、ふわりとオムライスを口に運んだ。

 

ケチャップの甘酸っぱさと、ふわとろ卵の優しい舌触りが広がる。

 

「......んー。おいしいよお。ほんとに」

 

「......ほ、ほんと?」

 

「うん。美琴の手料理、もっと食べたいなあ。明日はデザートもお願いしようかな」

 

「ま、まあ、そんなに言うなら......作ってあげないこともないわよ......」

 

口ではそう言いながらも、美琴の唇の端がほんの少し緩んでいた。

 

頑張って作った料理を褒められて、悪い気がするはずがない。

 

そのまま結絆は、少し意地悪そうな笑みを浮かべて続けた。

 

「それにしても、メイド服姿の美琴に料理を作ってもらうなんて、なんだか夢みたいだよお」

 

「ゆ、夢って......!あんたねぇ、からかって楽しんでるでしょ!」

 

「まさかあ。俺はただ、忠実なメイドさんに仕えてもらってる幸せなご主人様を味わってるだけだよお」

 

「うわっ、それ余計タチ悪い!!」

 

結絆はくすくすと笑いながら、紅茶をひとくち啜った。

 

カップを置くと同時に、彼はゆっくりと手を伸ばし、美琴の頬に付いた小さなケチャップを指先で拭う。

 

「......ほら、付いてるよお」

 

「ひゃっ......!?」

 

思わず身を引く美琴。けれど結絆は何食わぬ顔でその指を舐め取った。

 

「うん、甘い」

 

「な、ななっ......なにしてるのよぉっ!」

 

「え?味見」

 

「そういう問題じゃないっ!!」

 

顔を真っ赤にして怒鳴る美琴を見て、結絆はとうとう堪えきれずに笑い出す。

 

その笑顔に、怒っているはずの美琴もつられて頬を緩めてしまう。

 

「......もう、ほんっとに調子者なんだから」

 

「でも、そうやって怒る美琴も好きだよお」

 

「なっ......!」

 

またもや不意打ちの直球。

 

美琴は視線を泳がせ、カウンターに両手をついて顔を伏せた。

 

「......そんなこと言われたら、怒れなくなるじゃない......」

 

「ふふ、ならちょうどいいねえ」

 

結絆は空いた皿を軽く回し、微笑んだ。

 

「ごちそうさま。ほんとに美味しかったよお。......ありがとね、美琴」

 

「......っ、ど、どういたしまして」

 

美琴は頬を赤らめたまま、皿を片付けはじめた。

 

その背中を眺めながら、結絆は小さく息をつく。

 

「......こんな時間が、ずっと続けばいいのにねえ」

 

ぽつりと零れたその声は、思った以上に優しい響きを持っていた。

 

美琴は手を止め、振り返る。

 

「......え?」

 

「いや、なんでもないよお。ほら、片付け手伝うから」

 

そう言って立ち上がる結絆に、美琴はわずかに微笑んだ。

 

「......ふふ。やっぱり、ずるいわ」

 

「そうかなあ?」

 

「そうよ。......でも、悪くないけど」

 

そう言って皿を受け取る美琴の笑顔は、照れくさそうで、それでもどこか幸せそうだった。

 

夜更けのマジックシアターに、二人の笑い声と食器の軽やかな音が響く。

 

メイド服の裾がふわりと揺れ、紅茶の香りが部屋いっぱいに広がり、その穏やかな時間は、まるで夢のように静かに流れていった。

 

 

 

 夕食を終えたあと、マジックシアターのラウンジには、柔らかなランプの灯りが揺れていた。

 

窓の外では、祭りの終わりを惜しむように、夜空にいくつもの小花火が散っている。

 

ソファに腰を下ろした結絆は、紅茶を片手にくつろぎながら、向かいに座る御坂美琴を見つめていた。

 

まだメイド服姿のまま、頬をほんのり赤く染めた美琴が、そわそわと膝の上で指をもてあそんでいる。

 

「......そ、そろそろ脱いでもいいでしょ?帰ってからずっとこの格好だったんだから」

 

「んー、まだもうちょっと見てたいなあ」

 

「なっ......!あ、あんたねぇ......!」

 

結絆は笑みを浮かべたまま、美琴の髪に目をやる。

 

柔らかな茶色の髪がランプの灯に照らされて、まるで金糸のように輝いていた。

 

「ふふ、せっかくだから......ちょっと遊んでみようか」

 

「......え、遊ぶって......?」

 

「この前はムルムルに頼んでたけどお、今なら俺の意思でできるようになったからねえ」

 

そう言って、結絆は指を軽く鳴らした。

 

空気がわずかに揺らぎ、美琴の頭上に光の粒が集まる。

 

その瞬間――

 

「にゃっ!?」

 

ぴょこん、と。

 

美琴の頭に、ふわふわの猫耳が生えた。

 

さらに、スカートの後ろからふさふさの尻尾がすっと伸びて、ゆらゆらと揺れている。

 

「......ちょ、ちょっと!?また!?」

 

「ふふっ、似合うよお。ほら、美琴、“猫メイドさん”って感じ」

 

「や、やめてよそんなのっ! 恥ずかしいからぁ!」

 

美琴は慌てて頭を押さえ、尻尾をバタバタと揺らす。

 

その動きに合わせて、まるで感情を反映するように尻尾がピンと立ったり、しゅんと下がったりする。

 

「......ちょ、ちょっと待って。これ、動いてるじゃない!」

 

「うん、ちゃんと連動するようにしておいたよお。感情が動くたびに反応するからねえ」

 

「そんな機能いらないのよぉ!!」

 

怒りながらも、顔は完全に赤い。

 

その様子があまりにも愛らしく、結絆は堪えきれずに笑ってしまった。

 

「......うーん、これは想像以上に可愛いねえ。もう少し近くで見せてよ」

 

「や、やだ......近づかないでよぉ......」

 

「大丈夫、逃げないで。......ほら」

 

結絆はそっと手を伸ばし、猫耳を優しく撫でた。

 

その瞬間、美琴の身体がびくんと跳ねる。

 

「ひゃっ......! な、なにすんのよ!」

 

「ふふ、ごめんごめん。でもさ、耳の先まで本物みたいに柔らかいんだよお」

 

「そ、そんなとこ触らないでってばぁ......!」

 

美琴の尻尾がぶんぶんと揺れ、照れ隠しのように背を向ける。

 

結絆はその反応すら楽しそうに眺めていた。

 

「ねえ、美琴」

 

「......な、なによ」

 

「せっかくだから、ちょっとだけ言ってみてほしいなあ」

 

「......え?」

 

「“にゃん”って」

 

少しの間の沈黙

 

その後、ランプの灯りの下で、美琴の頬が一気に真っ赤になる。

 

「はぁ!? な、なんでそんなこと言わなきゃいけないのよ!」

 

「だって、猫メイドさんだもん。お約束ってやつでしょお?」

 

「そ、そういう問題じゃ......っ!」

 

尻尾がわたわたと揺れる。

 

その様子があまりにも可愛らしく、結絆の口元から笑みがこぼれた。

 

「......むぅ、そんな顔して笑うなぁ......」

 

「やってくれたら嬉しいんだけどなあ~」

 

結絆の優しい声に、美琴の目がわずかに泳いだ。

 

怒りたいのに、どこか心が温かくなる、そんな不思議な感覚。

 

「......っ、わかったわよ。言えばいいんでしょ......?」

 

「うん、できるだけ可愛く、お願いねえ」

 

「そ、そんな要求までつけるなぁっ!」

 

美琴は深呼吸をひとつして、顔を真っ赤に染めたまま、ぎゅっと目をつぶる。

 

そして......

 

「にゃ、にゃん......」

 

小さな声が、ランプの灯に溶けていく。

 

結絆は思わず目を細め、微笑んだ。

 

「......あぁ、最高だねえ」

 

「や、やめてよぉ......!」

 

「いや、本気で似合ってるよ、美琴。......その恥ずかしそうな顔、ずるいくらい可愛い」

 

「も、もう知らないっ!」

 

美琴は顔を覆ってソファにうずくまる。

 

その背中で尻尾が恥ずかしそうに丸まり、毛先が小刻みに震えていた。

 

結絆はそんな彼女を見つめながら、そっと肩に手を置いた。

 

「......ごめんね。ちょっとからかいすぎたかなあ」

 

「......ふん、今さら謝っても遅いんだから」

 

「でもねえ、それだけ美琴が可愛いってことだよお」

 

その一言に、美琴は小さく息を呑んだ。

 

ゆっくり顔を上げると、結絆の穏やかな瞳がまっすぐに自分を見ていた。

 

ふと、胸の奥があたたかくなる。

 

「......もう。ほんと、あんたって......ずるいんだから」

 

「うん。美琴の前では、ずるくなっちゃうんだよお」

 

そう言って結絆は、そっと美琴の猫耳をもう一度撫でた。

 

今度は美琴も拒まなかった。

 

柔らかな手のひらの温もりが、静かに彼女の心に広がっていく。

 

外では、最後の花火が大輪の光を咲かせていた。

 

夜空を照らすその輝きが、二人の影をゆらりと包み込む。

 

やがて結絆は笑って言う。

 

「......また今度も、猫耳つけてくれる?」

 

「や、やだってば......! もう絶対やらない!」

 

「ふふっ、じゃあ次はウサ耳にしてみようかなあ」

 

「なっ、懲りてないのねぇっ!」

 

祭りの夜の名残を抱いた静かな部屋に、柔らかな幸福の音が響いていた。




番外編は、後何話か続きます。
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