学園都市の空は、まだ夕焼けの名残を残して赤く染まっていた。
大覇星祭の喧騒がようやく終わり、校舎の前にはクラスメイトたちが集まり、どこか満ち足りた表情で談笑していた。
風が少し冷たくなり始めた季節。
屋台の香ばしい匂いを感じながら、上条当麻たちは輪になって話していた。
「いやー、今年の大覇星祭も無事に終わったな!」
当麻がほっと一息つきながら話す。
「せやなー、打ち上げどうする?俺、もう腹ペコやわ」
青髪ピアスが両手を頭の後ろで組みながら伸びをした。
「さっきまで焼きそば食ってたのに、この後しっかり食べられるのかにゃー?」
元春が呆れたように笑う。
サングラス越しの目元には疲労の影が見えるが、それでもどこか充実した雰囲気を纏っていた。
「打ち上げって言ったらちゃんとした所に行きたいんだけど」
吹寄制理が腕を組んで提案する。
リーダー気質な彼女は、皆の予定をまとめようとすぐに仕切りに回る。
「せっかくだし、予約とか要らない場所がいいけど......今からだとキツそうね」
「結絆、何かいい場所知らない?」
吹寄が振り返って尋ねた。
「結絆は、グルメだからにゃー。オススメの店を教えてくれるはずだぜい!」
元春が勝手にハードルを上げ、結絆は苦笑しながらも携帯をいじる。
「んー、そうだねえ。今の時間なら混んでるとこも多いし......この人数なら、うちの施設なら貸し切れるよお」
結絆の言葉を聞いた青髪ピアスが目を輝かせる。
「お前の言う『施設』って、あの噂のマジックシアターとかいうやつとちゃうんか!?」
「そうだよお」
結絆は得意げに答える。
「ビュッフェも併設してるし、景色も良い。料理の質は悪くないと思うよお」
「え、ビュッフェ?」
それまで静かに聞いていた姫神秋沙が、小さく口を開いた。
その声音は普段より少しだけ明るく、けれど照れくさそうでもあった。
「私。そのマジックシアター......行ってみたい」
その一言に、場の空気が一瞬止まる。
普段あまり自己主張をしない姫神が、はっきりとした声でそう言ったからだ。
「おお、姫神が言うなら決まりやな!」
青髪ピアスが勢いよく手を上げた。
「あそこのスイーツ、噂じゃ超一流らしいよな!」
「俺も賛成!」
クラスメイトたちも頷き、吹寄も微笑んだ。
「よし、皆の意見はまとまったみたいね。結絆、任せてもいい?」
「もちろん。歓迎するよ」
結絆は穏やかな笑みを浮かべながら言った。
「せっかくだから、今日は俺の奢りにしようかあ!頑張ったみんなへの労いってことで」
「マジかよ!?結絆太っ腹だな!」
「お前と同じクラスでよかったわ」
現金なクラスメイトたちである。
しかし、結絆は彼らとバカ騒ぎする時間が好きなのである。
「でも悪いって、結構高そうだろ?」
当麻が驚いて声を上げる。
「気にしなくていいよお。当麻たちのために使うなら、それだけで十分価値があるからねえ」
その言葉に、当麻は一瞬言葉を失った。
結絆の柔らかな口調の奥に、彼の誠実さと包容力が滲んでいた。
「じゃあ、決まりね!」
吹寄が両手を打つと、皆が歓声を上げる。
「イエーイ! マジックシアター打ち上げ決定や!」
「スイーツあるんだよね?パフェも?チョコファウンテンも!?」
「うわ、お前ら、落ち着けって!」
わいわいと騒ぐクラスメイトたちの中心で、姫神が小さく笑った。
その表情を見て、結絆は心の中でふっと微笑む。
姫神がこんな風に自分から希望を言うのは珍しい。
その小さな勇気を大切にしたい。
「じゃあ、行こうか。送迎用の車、呼んでおくよ」
結絆が携帯を取り出して数回タップする。
ほどなくして、静音仕様の黒塗りのバンが校門前に滑り込んできた。
その高級感に、青髪ピアスが目を丸くする。
「うおっ、何やこのVIP待遇!?」
「相変わらずえげつないよな、お前って」
当麻も少し呆れながら突っ込むが、結絆は肩をすくめて見せた。
「疲れてるだろうに、皆を歩かせるわけにはいかないからねえ」
皆が車に乗り込み、賑やかに笑い声を交わす中、車窓の外には夜の学園都市の灯りが流れていく。
遠くで花火が一発、打ち上がった。
その音を聞きながら、結絆は思った。
競技は終わっても、こうして笑い合える時間を含めて“大覇星祭”なのかもしれないと。
車はマジックシアターへと向かい、夜の帳がゆっくりと彼らを包み込んでいった。
夜の帳が降りた学園都市の街を抜けて、黒塗りのバンは静かに走っていた。
車内では、青髪ピアスが「どんな料理出るんやろ!」と騒ぎ、吹寄が「騒ぎすぎよ!」と叱り、当麻と元春が笑いながら宥めている。
そんな賑やかな空気の中で、姫神は窓の外の夜景を見つめていた。
彼女の横では、結絆が穏やかな笑みを浮かべて腕を組んでいる。
「......結絆の施設、どんなところ?」
姫神がぽつりと呟くと、結絆は少しだけ首を傾げて答えた。
「ふふ、見てからのお楽しみだよお。きっと気に入ってくれると思うけどねえ」
車が緩やかに減速すると、やがて巨大な建物が姿を現した。
ガラスと金属が織りなす曲線的な外観は、まるで近未来の城のよう。
正面には《Magic Theater》と刻まれたサインが青白く光り、その下に水のような光の粒が流れていた。
「うおお......!ここが結絆の言ってた場所やな!?」
青髪ピアスが目を見開き、当麻も「やっぱすげえよな......」と感嘆の声を漏らす。
車がエントランス前で止まると、すぐに黒服のスタッフたちが一斉に出てきて、整然と頭を下げた。
「お帰りなさいませ、結絆様。皆様、本日はマジックシアターへようこそお越しくださいました」
その一糸乱れぬ動きに、吹寄が思わず背筋を伸ばす。
「え、ちょっと、これ......本当にVIP待遇じゃない?」
「お、おい、結絆、やりすぎだって」
当麻が半ば呆れながら言うと、結絆は苦笑しながら肩を竦めた。
「俺はただの主催者だよお。みんなのおもてなしぐらい、させてよねえ」
「“ただの”の意味がもうおかしいんだよなぁ......」
当麻がぼやく横で、姫神は静かに微笑んだ。
黒服たちは丁寧に結絆のクラスメイトたちを建物の中へ案内する。
広々としたロビーには、淡い青の照明が揺らめき、まるで海底にいるような錯覚を覚える。
床のガラスの下を、小さな魚たちが泳いでいた。
「嘘っ......これ、床の下、全部水槽?」
吹寄が目を丸くする。
「そうだよお。ここは“水と光の劇場”ってテーマで作ってるからねえ」
結絆の声には、どこか誇らしげな響きがあった。
やがて、黒服の一人が深く一礼して言った。
「皆様、本日の会場はこちらでございます」
エレベーターを降りた一行が案内されたのは、水族館エリアに併設されたビュッフェホールだった。
透明なドーム状の天井の向こうには、巨大な水槽が広がっている。
そこでは、無数の魚たちが群れをなし、悠々と泳ぐクジラの影がゆっくりと通り過ぎていった。
青い光が壁やテーブルに反射し、まるで海中で食事をしているかのような幻想的な空間だった。
「すごい......!」
姫神が思わず声を漏らす。
「すげぇ......本物の水族館の中で飯食うなんて、人生初だぞ......!」
クラスメイトが感嘆の声を上げると、青髪ピアスがすでにビュッフェ台の方へ駆け寄っていた。
「うおお!ステーキにローストビーフ!寿司もあるやんけ!しかもデザートコーナーめっちゃ広い!」
「抜け駆け禁止よ!」
吹寄が慌てて追いかけるが、その表情もどこか楽しげだった。
テーブルの上には、湯気を立てるパスタやグラタン、和食の懐石風プレート、海鮮のカルパッチョなど、世界各国の料理が美しく並べられている。
ガラス越しの青い光がそれらの料理を包み、まるで芸術作品のように見えた。
「ほら、見て」
姫神が小さく指を差す。
水槽の向こうで、白いイルカがくるりと回転し、泡を吐いて遊んでいた。
それに続くように、エイが滑るように横切り、亀がのんびりと泳いでいく。
「......きれい」
その一言に、結絆は微笑んだ。
「アトラスたちも、今日の客が誰か分かってるんだろうねえ」
「アトラス?」
姫神が首を傾げると、結絆は軽く笑って肩をすくめた。
「このイルカの名前だよお。水族館にいるイルカの中でも特に賢いんだよねえ」
アトラスはまるでそれを聞いたかのように、こちらを見て小さく鳴いた。
クラスメイトたちは歓声を上げ、写真を撮る者もいれば、ただ見惚れる者もいた。
「いやー、これはテンション上がるわ!俺、今日だけで三回分の人生得した気分や!」
青髪ピアスが皿を片手に叫ぶ。
「お前はもう少し落ち着けよ!」
当麻が笑いながら突っ込み、吹寄が呆れたように笑う。
「ほんと、こんな場所で打ち上げなんて贅沢すぎるわね」
「まあいいじゃないか。大覇星祭実行委員、頑張ったご褒美だよお」
結絆が柔らかく言いながら、吹寄のワイングラスにジュースを注ぐ。
その仕草ひとつひとつに、周囲の黒服たちが静かに礼をしていた。
彼のこの場所における“本当の立場”を、クラスメイトたちは知らない。
だが、それを問う空気も今はなかった。
美しい水と光に包まれ、笑い声が溶けていく。
姫神はグラスを両手で持ちながら、結絆の横顔を見上げた。
「......来てよかった」
「それなら、用意した甲斐があったねえ」
結絆はゆるやかに笑い、青く揺れる水面の光が二人の頬を照らした。
海の中のように静かで、温かい時間がそこに流れていた。
結絆は一人、テーブルの中央に立ち、グラスを手に取る。
彼の前には、クラスメイトたちと小萌先生、そしてなぜか混ざっている黄泉川先生の姿があった。
「いやー、あたしまで誘ってくれるとは思わなかったじゃんよ~」
黄泉川先生が笑いながらワイングラスを傾ける。
「食蜂ちゃんは、本当にできた生徒さんなのです!」
小萌先生も笑顔でワインを飲んでいる。
「二人にはお世話になってるからねえ。ほら、黄泉川先生、グラスが空だよお」
結絆は空になったグラスにワインを注ぐ。
「食蜂ちゃ~ん、先生にも注いでほしいのです~」
それを聞いた結絆は、小萌先生のグラスにもワインを注いでいた。
結絆は教師からもモテモテなのである。
そんな賑やかなやりとりの後、結絆は落ち着いた手つきで、ひとりひとりのグラスにジュースを注いでいく。
全員のグラスが満たされたのを見て、結絆は自分のグラスを手に取る。
「じゃあ、改めて」
彼は少しだけ笑い、テーブルを見渡した。
「大覇星祭、お疲れさま。みんな本当に頑張ってたよねえ。今日はその打ち上げってことで、思いっきり楽しんでいこう。——乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
一斉にグラスが掲げられ、軽やかな音が響く。
その瞬間、イルカのアトラスが水槽の向こうで回転し、水泡が弾ける。
まるで彼までもが祝福しているかのようだった。
最初の一口を飲み干すと、すぐに賑やかな食事の時間が始まった。
青髪ピアスが真っ先にローストビーフに食らいつく。
「うおおおっ!これ、分厚っ!!しかもナイフいらんぐらい柔らかい!」
「お前、最初から飛ばしすぎだろ!」
当麻が苦笑しながらツッコむも、すぐに自分も寿司を取りに向かう。
「うわ、これマグロ本物か? めちゃくちゃうまそう!」
「当たり前だよお。毎日、学園都市の外から仕入れてるからねえ」
結絆が軽く答えると、周囲から「えっ?」と驚きの声が上がった。
「お、お前......どこまで人脈あるんだよ」
当麻が呆れたように笑う。
「結絆っていったい何者?」
「ふふ、それは企業秘密ってことで」
結絆は軽くウインクしてみせ、皿に取り分けたサーモンのカルパッチョを姫神の前に置いた。
「これ、あっさりしてて美味しいよお。試してみて」
「......ありがとう」
姫神が静かに微笑み、フォークで一口運ぶ。
「......おいしい」
その一言が、素直で、温かかった。
「でしょお?」
結絆の声も自然と柔らかくなる。
一方その横では、青髪ピアスと土御門がローストビーフを取り合っていた。
「おい!その大きいやつはワイのや!」
「早いもん勝ちだぜい!......ぐっ、奪い取るなっ!」
「こら二人とも!食べ物で争うなって言ってるでしょ!」
吹寄が立ち上がり、トングを振りかざす。
その叱責の声に、皆が笑い声を上げた。
その笑いに混じって、黄泉川先生がワインを一口飲みながら呟く。
「まったく、青春ってやつはいいもんじゃん」
「ワインがおいしすぎて飲みすぎちゃいそうですよ~」
小萌先生が頬を緩ませながら言うと、黄泉川先生は照れくさそうに笑った。
「まぁ、たまにはいいじゃん。今日は見届け人もお祭り気分ってことでさ」
そんな大人組のやり取りを眺めながら、結絆は小さく息をついた。
この賑やかで温かな空気、それが結絆にとって何よりのご褒美に思えた。
料理の皿が次々と空になり、デザートのケーキやフルーツを取り始めた頃には、皆の笑顔も緩やかに満ちていた。
「なあ、結絆。これ、打ち上げじゃなくて祝賀会レベルだろ。まじで最高だわ」
当麻が笑いながら言う。
「ふふ、それなら良かったよお」
結絆は静かにグラスを持ち上げる。
「こうして笑っていられるのが一番だからねえ」
その言葉に、姫神がふと顔を上げた。
「......ほんとに。そう思う」
水槽の向こうで、クジラがゆっくりと通り過ぎる。
青い光が皆の顔を照らし、笑い声と水の音が溶け合う。
そして、結絆たちは時間を忘れるほどに語り、笑い、食べ、そしてただ幸せそうに過ごしていた。
マジックシアターの水の舞台は、まるで彼らの友情を包み込むように、静かに光を揺らしていたのだった。
打ち上げは楽しいですよね。
次の日に体重が何キロか増えたりするので、気を付けなければと毎回思っています。