食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

148 / 221
今回と次回で政略結婚編は終わりです。


王女様とのお出かけ

 朝のバッキンガム宮殿。

 

黄金の朝日がカーテンの隙間から差し込み、広々とした食堂のテーブルを柔らかく照らしていた。

 

長さ十数メートルにも及ぶテーブルの上には、香ばしいトーストの香り、紅茶の湯気、そして焼き立てのベーコンの音が心地よく響く。

 

その中央に、結絆と沙羅、キャーリサ、そしてエリザードが並んで座っていた。

 

一見すると格式高い朝食会だが、エリザードの気楽な雰囲気のせいで、どこか家庭的な空気が流れている。

 

「ふむ......イギリスの朝食は、思ったよりおいしいねえ。」

 

結絆は焼きトマトとベーコンをフォークでつまみながら言った。

 

「イギリスに失礼よ、結絆君。」

 

沙羅が小さく笑いながら紅茶を口にする。

 

「すごい食べっぷりだし。見てるこっちも腹が膨れてくる」

 

キャーリサは呆れたように言いながらも、結絆の方をちらりと見た。

 

その視線の柔らかさを、正面のエリザードは見逃さなかった。

 

エリザードは紅茶のカップを置くと、にやりとした笑みを浮かべた。

 

「キャーリサ、お前......随分と乙女らしい目で見ているな。」

 

「は、はあ!?母上、何を言っているのですかっ!」

 

突然の言葉にキャーリサは椅子をきしませて立ち上がり、顔を真っ赤に染めた。

 

「別に私はっ!そのような目で見てなど......!」

 

「否定されると悲しいねえ」

 

結絆がくすっと笑うと、キャーリサはさらに赤面し、「お、お前まで茶化すな、結絆!」と、思わず声を上げる。

 

そのやり取りを見ながら、エリザードは優雅にティースプーンを回し、軽い調子で続ける。

 

「まあいい。キャーリサ、お前が惹かれる相手が現れるとは思っていなかったが......」

 

女王は視線を結絆に移し、ふと口角を上げた。

 

「結絆、どうだ? うちの娘を娶る気はないか?」

 

「ぶっ――!?」

 

突然のエリザードの発言で、結絆と沙羅が紅茶を吹き出し、キャーリサは「なっ......な、何を言い出すのですか母上ぇっ!」と悲鳴のような声を上げた。

 

しかし、エリザードはまるで悪戯を楽しむ少女のようににやにやと笑っている。

 

「私は別に悪い話ではないと思うぞ。お前の力は本物だし、政治的にも大いに価値がある。だが、それ以上にキャーリサが久しぶりに笑っていたからな。」

 

女王のその言葉に、場の空気が少し静まる。

 

「......母上、からかうのも大概にしてください。私は、まだそんなつもりでは......」

 

キャーリサは一瞬だけ目を伏せたが、すぐに顔を上げ小さく呟いた。

 

「ふふ、まるで母娘そろって結絆君に惹かれてるのね。」

 

沙羅は隣で微笑みながらも、口元を押さえて笑いをこらえる。

 

「む......沙羅。お前まで敵に回るのか?」

 

キャーリサがむくれたように言うが、沙羅は肩をすくめて、優雅にパンをちぎる。

 

「私はただ見てるだけよ。ねえ、結絆君?」

 

「俺に振らないでよお......こっちも困ってるんだからあ。」

 

そんな軽口が交わされる中、ふとキャーリサは沙羅を見た。

 

朝の光を受けた沙羅の表情は、どこか晴れやかで、上機嫌だった。

 

まるで夜通し上質な夢でも見てきたような――そんな満足感に満ちた笑み。

 

(......なんだ? この余裕、まさか......)

 

キャーリサの頭に昨夜のことがよぎる。

 

自分が照れながら部屋へ戻る時、結絆と沙羅は二人で同じ部屋へ向かっていた。

 

まさか、いや、まさか。

 

沙羅と目が合う。

 

その瞬間、博士はにっこりと、まるで「ご名答」と言わんばかりにウインクした。

 

「――っ!?」

 

キャーリサの心臓が跳ねる。

 

(やっぱり......! 本当にあの二人......!?)

 

頬が一瞬で赤く染まり、紅茶を飲もうとしても手が震える。

 

「ど、どうしたキャーリサ?」

 

エリザードが首を傾げる。

 

「な、なんでもない!」

 

「顔が真っ赤だぞ?」

 

「こ、これは......朝日が眩しいだけだっ!」

 

結絆は首をかしげつつも、沙羅の余裕たっぷりの表情を見て、なんとなく察したように小さくため息をつく。

 

「沙羅......やりすぎだよお」

 

「ふふっ、別に何も言ってないわ。ねえ、キャーリサ王女?」

 

「~~っ!その笑い方をやめろっ!」

 

そして、沙羅は紅茶を口に含み、満足げに微笑んだ。

 

「朝からいい気分だわ。......ねえ結絆君、今日はイギリス観光でもしようかしら?」

 

「うん、せっかくだからねえ。キャーリサも付き合ってくれるかい?」

 

「イギリスの伝統を二人に教えてやるんだし!」

 

「楽しみだねえ」

 

結絆が笑うと、エリザードは満足げに頷いた。

 

「ふむ、やはりお前たち、相性がいいな。今夜にでも婚約発表するか?」

 

「母上ぇえええっ!!!」

 

その悲鳴が、静かな宮殿の朝に響き渡った。

 

そして、結絆と沙羅は顔を見合わせて笑い、エリザードは楽しげに紅茶をかき混ぜ続ける。

 

バッキンガム宮殿の朝は、今日も賑やかに幕を開けた。

 

 

 

 朝の陽光が柔らかく石畳を照らし、白い鳩が空を横切っていく。

 

バッキンガム宮殿の庭を抜けた先、少し歩いた場所にある「ロイヤル・キャリッジ・ギャラリー」。

 

王室が代々使用してきた馬車を保管・展示している博物館だ。

 

金と紅を基調とした荘厳な建物の前で、キャーリサが髪を風に揺らしながら振り向く。

 

「ここが王族専用の馬車博物館だし。母上の即位式で使われた黄金の馬車も保管されている。二人も興味を持ってくれると思う」

 

キャーリサは誇らしげに説明する。

 

隣で沙羅が興味深そうに建物を見上げる。

 

「さすがに壮観ね......まるで歴史そのものが息づいているみたい」

 

「だねえ。こういうの、学園都市じゃまず見られないもんねえ」

 

結絆は両手をポケットに突っ込みながら、軽い調子で微笑む。

 

その姿を見たキャーリサは、ふと胸の奥に妙な感情が浮かんだ。

 

 

 

 館内に足を踏み入れると、空気がひんやりと変わる。

 

高い天井のホールには、豪華な馬車がずらりと並び、天井のシャンデリアがその金装飾を反射してきらめいていた。

 

「これが......戴冠式用の馬車かあ」

 

「そうだし。あれは二百年以上前に造られたもので、重さは四トン。馬八頭で引く」

 

キャーリサの説明を聞きながら、結絆は前に立ち、馬車の造形を興味深そうに見つめた。

 

精巧に彫られた天使の装飾、車輪の金縁。

 

沙羅もその職人技に感嘆の声を漏らす。

 

「人の手でここまで精密なものを作れるなんて......。いくら科学技術が発展しても、この凄さは失われないわね」

 

「王室の馬車職人は“職人の王”と呼ばれている。今でも新造の際は同じ工法を用いているらしい」

 

キャーリサは誇らしげに語るが、結絆の視線は展示の奥へと吸い込まれていた。

 

そこに、実際に使用可能な馬と馬車が並んでいた。

 

数頭の馬がゆっくりと鼻を鳴らし、柵越しに彼を見ている。

 

「......おい、キャーリサ。あの馬、乗ってもいいのかなあ?」

 

「もちろんだし。あれは観光用ではなく訓練用の馬だが、結絆なら問題なさそうね」

 

結絆は穏やかに笑い、馬のもとへ歩み寄る。

 

彼の気配を感じたのか、栗毛の馬が首をかしげて近づいてくる。

 

大きな瞳がまっすぐに結絆を見つめ、そして頬をすり寄せてきた。

 

「......よしよし、いい子だねえ」

 

結絆が手を差し出すと、馬はその掌を舐めるように触れる。

 

沙羅は微笑みながら、その光景を見守った。

 

「相変わらずね、結絆君。どんな動物にも好かれるんだから」

 

キャーリサはその様子を見ながら、胸の奥が温かくなるのを感じた。

 

結絆が馬に軽やかに跨ると、その姿勢は驚くほど自然だった。

 

手綱を軽く引くだけで、馬が滑るように動く。

 

見ているだけで絵になる。

 

「......なんというか、板についているな」

 

キャーリサが思わず漏らすと、沙羅が微笑を浮かべる。

 

「でしょ?彼、どんな乗り物でも一瞬で乗りこなすのよ。飛行船でもバイクでも、馬でも」

 

「まさに天才だな」

 

キャーリサの声には、わずかに感嘆が混じる。

 

結絆は軽く馬の腹を蹴って速度を上げる。

 

風が吹き抜け、コートの裾がひらりと舞う。

 

その光景を見た博物館の係員たちは思わず拍手を送った。

 

「おお......見事な御者ぶりだ」

 

「王族の方々以外で、あの馬があそこまで従順になるのは初めてですよ」

 

その後、結絆は馬から降り、軽く息をついた。

 

「いやあ、いい子だったよお。毛並みも手入れが行き届いてるし、愛されてる証拠だねえ」

 

キャーリサはその言葉に微笑んだ。

 

「......お前は本当に、不思議な奴だし。人も馬も、皆お前に惹かれてしまう」

 

「そりゃあ、俺が優しいからじゃないかなあ?」

 

「自分で言うのは自画自賛が過ぎるんだし」

 

キャーリサの瞳には、尊敬と同時にどこか嫉妬めいた光が宿っていた。

 

彼女は、結絆のように自然と人を惹きつけることができない。

 

軍事における才能は、この国の誰よりもある。

 

だが彼のような“信頼される力”は、持ち合わせていなかった。

 

沙羅はそんなキャーリサの心を読んだように、穏やかに笑う。

 

「キャーリサ王女、彼はそういう人よ。誰かを従わせるより、寄り添わせてしまうのよ。」

 

「......なるほどね」

 

キャーリサは小さく息をつき、結絆の背を見つめた。

 

彼が馬の首を撫でながら優しく囁くその姿は、まるで国を治める王のように見えた。

 

「キャーリサも一緒に乗ってみるかい?」

 

結絆が振り返りながら声をかけると、彼女は少し照れたように笑った。

 

「......そうだな。お前がそこまで言うなら」

 

キャーリサは結絆の前に座る。

 

「お前が後ろにいると、なんか安心するな」

 

「俺がいる限り、落としたりしないよお」

 

その優しい声に、キャーリサの頬が少し紅潮する。

 

沙羅はそんな二人を見ながら、楽しそうに笑った。

 

館の外では、秋風が木々を揺らしている。

 

穏やかな時間の中で、剣と政治に生きてきた王女と、科学と魔術を超えた男の間に、確かな絆が芽生えたのだった。

 

 

 

午後のロンドン。

 

馬車博物館を出た三人は、石畳の並木道を抜けて宮殿近くの「ローズティー・パヴィリオン」と呼ばれる小さなティーハウスへと足を運んでいた。

 

白い煉瓦造りの外壁に、緑の蔦が絡む可憐な店構え。

 

窓辺には色とりどりの薔薇が飾られ、柔らかい陽光が差し込んでいる。

 

「ここは王族御用達の店だし。母上もお気に入りでな」

 

キャーリサが扉を開けると、心地よい鈴の音とともに紅茶の香りが漂ってきた。

 

結絆と沙羅は顔を見合わせて微笑み、店内へと足を踏み入れる。

 

丸テーブルの上には白磁のティーセットが整えられ、香ばしいスコーンとクロテッドクリーム、苺ジャムが美しく並べられていた。

 

窓の外では噴水の水音がかすかに響き、遠くで馬車の車輪が回る音が聞こえる。

 

「......紅茶の香りって、なんだか落ち着くねえ」

 

カップを手に取った結絆が、ふわりと香りを嗅ぐ。

 

「当たり前だ。英国の誇りだからな。お前も学園都市に籠もっていないで、もっとイギリスに来たらいい」

 

「これからは行く機会が増えるかもねえ」

 

その言葉を聞いたキャーリサは嬉しそうだった。

 

そんな二人の様子を、沙羅は静かに見つめていた。

 

少しの沈黙ののち、キャーリサが興味深そうに問いかける。

 

「一つ、聞いていいか?お前たちの関係は、ただの恋人以上に見える。まるで、生と死を越えたような......そんな絆を感じる」

 

 沙羅は一瞬だけ目を細め、そして微笑んだ。

 

「鋭いわね、キャーリサ王女。......そう。実を言うと、私は一度死んでいるの」

 

結絆が静かに視線を落とす。

 

キャーリサの表情が強張る。

 

「......どういう意味だし?」

 

沙羅はゆっくりと紅茶を一口啜り、穏やかな声で語り始めた。

 

「私は研究所の事故で命を落としたの。暴走した能力者を全員止めて生存者を助けられるだけ助けたけど、その後力尽きたわ」

 

その言葉に、キャーリサは息を呑む。

 

「でもね......結絆君が、私をこの世に引き戻してくれたの」

 

「結絆が......?」

 

沙羅は頷き、隣に座る結絆へと優しい視線を向ける。

 

キャーリサは言葉を失う。

 

蘇生、それは神の領域に近い行為。

 

そんなことを、目の前の男は平然と成し遂げたのか。

 

「......本気で言っているのか?」

 

「本気だよお」

 

結絆は穏やかな微笑を浮かべ、カップを置いた。

 

「俺はねえ、大切な人を死んでも離さない主義なんだよお。」

 

その声には不思議な温かさと、底知れぬ覚悟が混じっていた。

 

結絆はそっと沙羅の肩を引き寄せ、優しく抱きしめる。

 

「沙羅は俺の大切な人だからねえ。命の理なんて、関係ないんだよお」

 

沙羅はその腕の中で微笑み、静かに目を閉じた。

 

「......だから、私はもう怖くないの。結絆君がいる限り、死も終わりじゃない」

 

キャーリサは二人を見つめながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

これが、彼らの絆。

 

王族として多くの縁談や政略を見てきたキャーリサにとって、絆とは形だけのもので中身を伴わないことが多かった。

 

けれど、今目の前で寄り添う二人の間には、そんな薄っぺらい打算など一欠片もない。

 

「......すごいな。お前たちは、もう人間の愛を超えているんだし」

 

「それでも、俺たちは人間のつもりだよお。恋して、笑って、喧嘩して、泣く。それが俺たちの形だから」

 

結絆はそう言って、沙羅の髪をそっと撫でた。

 

沙羅は嬉しそうに微笑み、結絆の胸元に頭を預ける。

 

店内の薔薇の香りと、紅茶の甘い香りが静かに混ざり合った。

 

「なんか、そこまでの愛を持てるのは......羨ましいんだし」

 

キャーリサは少し視線を逸らし、照れくさそうに言った。

 

外の陽光がカーテン越しに差し込み、テーブルの紅茶を黄金色に染めていく。

 

その光の中で、三人の心は確かに一つの温もりに包まれていた。




キャーリサと結絆の出会いは気が向いたら過去編で書こうと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。