食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

150 / 221
今回からは、当麻と操祈のイタリア旅行の話です。

政略結婚編と同じ日付の話です。


イタリア編
イタリア旅行に行こう!


 大覇星祭の翌日。

 

街を包む秋風は、昨日までの熱狂を嘘のように穏やかに撫でていた。

 

マジックシアターのラウンジでは、食蜂結絆が紅茶を飲みながら当麻と操祈を待っていた。

 

テーブルの上には一枚の封筒が置かれている。

 

金色のリボンで結ばれたその封筒には、「北イタリア5泊7日の旅」と刻印されたロゴが輝いていた。

 

やがて、上条当麻と食蜂操祈がやってきた。

 

操祈はいつものように柔らかな笑みを浮かべ、当麻はどこか落ち着かない様子で後ろを歩いていた。

 

「お兄様?呼び出されたけど、どうしたのかしらぁ?」

 

操祈が軽く手を振ると、結絆はにこやかに顔を上げた。

 

「んー、ちょっと渡したいものがあってねえ。当麻、操祈、こっち座ってよお」

 

二人が向かいの席に腰を下ろすと、結絆は封筒を軽く指先で押し出した。

 

「これ、俺が大覇星祭のナンバーズで当てた景品なんだけどねえ。イタリア旅行のペアチケットだよお」

 

「イタリア!?」

 

当麻が目を丸くする。操祈もぱちくりと瞬きをして、思わず身を乗り出した。

 

「ペ、ペアチケットって......つまり、二人で行けるやつ、よねぇ?」

 

「そうだよお、航空券もホテルもツアーもついてるから、初めてでも安心だねえ」

 

結絆はにこにこと笑いながら、ティーカップをくるりと回した。

 

「いや、ちょっと待てよ!」

 

当麻が慌てて手を振った。

 

「そんなすげぇもん、俺たちがもらっちゃっていいのか? お前が当てたんだろ、それ」

 

彼の真面目な反応に、結絆はふっと目を細めた。

 

「いいんだよお。当麻。俺は、ちょうどイギリスに行く用事があるからねえ......だからイタリアまでは行けないしねえ。せっかくだし、当麻と操祈で行ってきたらいいよお」

 

結絆はため息をつきながら話した。

 

用事とは、前回までの政略結婚の件である。

 

「......でもよ、こんなの、タダでもらうのは気が引けるっていうか......」

 

当麻が言葉を濁すと、操祈が軽く彼の袖を引っ張った。

 

「当麻ぁ、お兄様がせっかく譲ってくれるんだし、素直に受け取った方がいいんじゃないかしらぁ?イタリアよぉ、イ・タ・リ・ア。早めの新婚旅行って考えたら最高じゃなぁい?」

 

「お、おう......そうだな......」

 

当麻が照れながら頭をかくと、操祈は頬を染めながら微笑んだ。

 

「だってぇ、素敵じゃなぁい?二人で異国の街を歩いて、パスタ食べたり、ジェラート食べたり......」

 

結絆はそんな二人の様子を見て、自然と笑みを浮かべる。

 

「ふふ、なんか青春してるねえ。......でも、ほんとに行っておいでよ。当麻、操祈。学園都市ばっかりじゃ息も詰まるだろうからねえ」

 

そう言いながら、結絆は封筒を当麻の手に押し付ける。

 

「このチケット、もう名前は空欄にしてあるから。当麻と操祈の名前で登録すればいいよお。出発は”今日”。ちょうどいいリフレッシュになるんじゃないかなあ」

 

当麻はしばらく黙っていたが、やがて小さくため息をついて笑った。

 

「......お前ってやつは、ほんと、時々太っ腹すぎて怖ぇよ。ってか出発日は今日なのかよ!」

 

結絆は肩をすくめながら微笑んだ。

 

大覇星祭の代休にツアーが組まれているので、出発が今日なのである。

 

「ありがとな、結絆。」

 

「ふふん、どういたしましてえ。......でも一応言っとくけど、あんまりイチャイチャしすぎて観光どころじゃなくなった、なんて報告はいらないからねえ?」

 

「なっ!?そ、そんなことするわけ」

 

慌てる当麻の横で、操祈はにやにやと笑っていた。

 

「まぁ、どうなるかはお楽しみ、ってとこかしらねぇ♡」

 

三人の笑い声がラウンジに柔らかく響く。

 

その後、旅行のパンフレットを見ながら、操祈はヴェネツィアの水の都に目を輝かせていた。

 

「ねぇ当麻ぁ、見て見てぇ!このゴンドラ、すっごくロマンチックじゃない?夜の運河でライトアップされてるみたいよぉ」

 

「へぇ、いいな。......うーん、これは完全にカップル向けのやつか」

 

「私たちはカップルでしょぉ?」

 

「お、おい操祈......!」

 

操祈がくすくす笑い、当麻が顔を赤らめる。

 

その光景を見て、結絆は少し目を細める。

 

(......当麻も、こうして笑う時間が増えてきたねえ)

 

彼の胸の奥には、ほんの少しの安堵が広がっていた。

 

アレイスターのプランのせいで、いつも戦いや事件に巻き込まれてばかりの当麻。

 

そんな彼に、何も気にせず笑える時間を与えたかった――それが結絆の本心である。

 

「それじゃあ、準備ちゃんとして行くんだよお? パスポートもスーツケースも忘れたらだめだよお」

 

「おう、任せとけ」

 

「お兄様、本当にありがとう!帰ってきたらお土産いっぱい渡すわねぇ」

 

「ふふ、期待してるよお。まあ、俺も用事が終わった後にイタリア観光するかもしれないけどねえ」

 

結絆は二人の笑顔を見送りながら、静かにティーカップを傾けた。

 

水の都ヴェネツィア。

 

そこへ向かう二人の旅が、きっと彼らにとって忘れられない思い出になることを、結絆はどこか確信していた。

 

そして彼は、紅茶の香りを楽しみながら、ひとり呟いた。

 

「......さあて、俺も準備しなきゃねえ。イギリスはイタリアより寒いんだっけ?」

 

秋風がカーテンを揺らし、光が静かに彼の頬を照らす。

 

そんな穏やかな日に、二人のイタリア旅行への第一歩が、そっと幕を開けた。

 

 

 

 第二十三学区の国際空港は、学園都市から帰る人々で混みあっていた。

 

ガラス張りの巨大ロビーを行き交う人々、飛行機がひっきりなしに離着陸する滑走路。

 

その中心で、上条当麻と食蜂操祈は二人並んでチェックインカウンターを後にし、搭乗ゲートへと向かっていた。

 

「なんか実感湧かねぇな......俺たち、これから本当にイタリア行くのか」

 

「ふふ、当麻ぁ、もうチケットもパスポートも通してもらったんだし、心配することはないわよぉ?」

 

操祈は旅行用に少しだけ髪を纏めていて、いつもより大人っぽい雰囲気だ。

 

そんな彼女の隣で、当麻はリュックを背負いなおしながら言った。

 

「それにしても......」

 

彼の視線は首元からぶら下がった黒いゴーグルに向く。

 

「本当にこれ使うのか? 結絆がくれた“高速学習ゴーグル”とかいうやつ」

 

「当たり前じゃなぁい。イタリア語、ちゃんと喋れた方が楽しいでしょぉ?」

 

「そりゃそうだけどさ......俺、こういうのに弱いっていうか、絶対酔う気しかしねぇ......」

 

心配そうに呟く当麻に、操祈はくすっと笑って彼の腕に軽く寄り添った。

 

「大丈夫よ。当麻が酔ったら、付きっ切りで看病してあげるんだからぁ♪」

 

「いや余計に緊張するわ!」

 

そんな掛け合いをしながら搭乗ゲートを通過し、二人は飛行機へ乗り込んだ。

 

座席は窓側に当麻、通路側に操祈。

 

旅客機特有の乾燥した空気と、ふかふかの座り心地が旅の非日常感を強める。

 

「じゃあ、離陸まで少しあるしぃ......当麻、早速つけてみたらぁ?」

 

「......よし、腹くくるか」

 

当麻はゴーグルを両手で持ち上げ、顔に装着した。

 

黒い外装がカシャリと閉じる。

 

次の瞬間

 

「......うおっ......なんだこれ......!?」

 

視界いっぱいに鮮明な映像が立ち上がる。

 

作り物とは思えないほどリアルな街並み、イタリア語の文字、ネイティブスピーカーの発音。

 

脳に直接染み込むような不思議な感覚。

 

装置が優しい音声で言う。

 

《イタリア語初級モードを開始します。基礎文法から会話まで、睡眠を伴わない高速学習を実行します》

 

「すげぇ......本当に頭の中に直接入ってくる感じだなこれ......」

 

最初こそ驚いて身を固くしていた当麻だが、数分もすると身体の力が抜け、完全に学習モードに没頭していた。

 

飛行機が滑走路を走り、ふわりと宙へ浮かぶ。

 

上昇する機内で、この世の誰より真剣な顔でイタリア語を脳に叩き込む上条当麻。

 

操祈はそんな彼の横顔を見つめ、小さく微笑んでいた。

 

(ふふ、当麻ってほんと、不器用なくせに一生懸命なんだからぁ......)

 

約一時間後。

 

「......むにゃ......あれ......?」

 

当麻はふと意識が戻った。

 

ゴーグルが自動で外れ、機内の柔らかな照明が目に映る。

 

「おかえり当麻。気持ち悪くなってない?」

 

「いや......頭がなんか軽いような......いや重いような......変な感じだけど......」

 

そして......

 

「Ciao, Misaki. Come stai?(こんにちは操祈、調子はどうだい?)」

 

「......えっ」

 

操祈の目がぱちんと見開かれた。

 

「ちょっとぉ!?なに急にペラッペラになってるのよぉ!?」

 

「なんか自然に口から出たんだけど!?俺そんなつもりじゃ......!」

 

「すごいじゃない......!天才力を発揮してるじゃなぁい!」

 

操祈は驚きながら当麻の顔を覗き込む。

 

当麻は逆に不思議そうに操祈を見返した。

 

「でもさ......操祈はイタリア語平気なのか?」

 

「常盤台中学では授業が複数の言語で行われるのが通常なのよぉ。イタリア語も読み書きできるわよぉ!」

 

「まじかよ......常盤台ってそんなの教えてんのか......!」

 

当麻は本気で驚き、操祈は誇らしげに胸を張った。

 

「というわけで、イタリアでは、言葉の心配はいらなさそうねぇ」

 

「なんか急に旅行のハードルが下がった気がするな......イタリアに着いたら結絆にお礼の連絡しないとな」

 

ふたりは顔を見合わせ、自然と笑い合った。

 

“これからの旅はきっと楽しいものになる”

 

そんな予感を乗せて、飛行機は静かに空の上を進んでいく。

 

 

 

 イタリア語をマスターした当麻は、しばらくぼんやりと機内の天井を見つめながら余韻に浸っていた。

 

すると、隣の操祈が機内リモコンを操作して、シート前方のモニターにメニューを表示させる。

 

「ねぇ当麻ぁ、映画でも見ない?長時間フライトだしぃ、暇をつぶせるものは必要よねぇ」

 

「あ、いいな。さすがに頭使いすぎたし......映画でも見てリラックスするか!」

 

「じゃあぁ......これなんてどうかしらぁ?」

 

操祈が選んだのは......

 

『魅惑のイタリア紀行――空から見るローマ・フィレンツェ・ヴェネツィア』

 

観光ドキュメンタリー映画。

 

イタリアの名所を“空撮映像”中心で紹介する作品だ。

 

「あ、これ絶対いいやつだろ......!」

 

「ふふ、気分を先取りしちゃうわよぉ」

 

再生ボタンが押され、画面いっぱいに地中海の美しい青が広がった。

 

静かな音楽が流れ、ヘリから撮影したようなダイナミックな映像が続く。

 

最初に映ったのはローマ。

 

コロッセオの円形が黄金の夕陽に照らされ、歴史の息吹をそのまま飲み込んだように浮かび上がる。

 

「すげぇ......本物、こんな感じなんか......」

 

「ふふ、楽しみねぇ。実際にこの場所を歩くのよぉ?」

 

画面が切り替わり、ヴァチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂が映る。

 

芸術そのもののような建築美に、当麻はすっかり圧倒されていた。

 

そして次に映るのはフィレンツェ

 

赤い屋根がぎっしりと並ぶ街並み、ドゥオーモの荘厳なドームが夕陽に包まれる光景。

 

「なんていうか......絵本みたいだな」

 

「ううん、絵本より綺麗よぉ。ここ、バスから見たら本当に涙が出るくらい素敵なんだからぁ」

 

「操祈、行ったことあるのかよ......!」

 

「常盤台の研修旅行で少しだけ♪」

 

「はぁぁ......さすが常盤台......」

 

当麻はあまりの世界の違いに苦笑しつつも、操祈が嬉しそうに話す姿を見るだけで胸が温かくなった。

 

そして、映画はクライマックスへ。

 

ヴェネツィアの運河を夜のゴンドラが進み、無数のランプが水面にきらめく。

 

その瞬間。

 

操祈がそっと当麻の手に触れた。

 

「ねぇ当麻ぁ......こういう夜景を、あなたと見られるの......すっごく楽しみよぉ」

 

「......ああ。俺もだ」

 

自然に手を握り返すと、操祈は嬉しそうに肩を寄せてきた。

 

映画の光が彼女の髪に反射し、きらきらと揺れる。

 

「......ロマンチックだな」

 

「ふふ、まだ始まったばっかりよぉ。当麻との旅行、全部ロマンチックにしてあげるわぁ」

 

映画は静かに終わり、機内が再び薄暗くなる。

 

ふたりは無言のまま窓の外を見る。

 

遥か下に、黒い海と星の光がかすかに見える。

 

そして、機内アナウンスが流れた。

 

《まもなく、マルコポーロ国際空港へ降下を開始いたします》

 

心臓がふわりと浮くような感覚。

 

遠くに、イタリアの市街地の光がほのかに滲む。

 

「......着くんだな......ほんとに」

 

「当麻と一緒なら、どこへだって行けるわぁ」

 

手を繋いだまま、ふたりは窓の向こうの光の大地を見つめた。

 

その目は、期待と幸福で輝いていた。

 

こうして、上条当麻と食蜂操祈の五泊七日のイタリア旅行が、いよいよ幕を開ける。




イタリア編を書いていると、万博のイタリア館を思い出しますね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。