食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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今回は、二人がヴェネツィア付近を観光する話です。


観光開始

 飛行機がゆっくりと地上を滑っていく。

 

窓の向こうには、薄曇りの空の下に広がるヴェネツィア郊外の景色があった。

 

建物の色はどれも黄色や赤茶色で統一されていて、日本とはまるで違う“異国の空気”が漂っている。

 

《皆さま、ヴェネツィア・マルコポーロ国際空港に到着いたしました》

 

そのアナウンスが流れた瞬間、操祈は当麻の腕をつかんで目を輝かせた。

 

「当麻ぁ、着いたわよぉ!」

 

「お、おう......ついに着いちまったな......!」

 

実感がじわりとこみ上げ、二人はしばらく窓の外を眺めていた。

 

ターミナルに降り立つと、イタリアの独特の香りが鼻をくすぐる。

 

「なんか......日本の空港と全然違うな」

 

「そうねぇ。でもそのぶん温かみがあると思わない?」

 

操祈が嬉しそうに言うと、当麻も頷く。

 

「確かに全体的に色が柔らかい感じがするな。天井も壁も白とかベージュで......落ち着くというか」

 

二人は荷物を受け取り、到着ロビーへと進む。

 

予定ではここで“日本語ガイド付きツアーガイド”が迎えに来ているはずだった。

 

だが......

 

「......あれ?名前書いたボード持ってる人いなくね?」

 

「......ほんとねぇ?」

 

ロビーには、いくつものホテルや旅行会社の名札を付けた係員たちが並んでいる。

 

しかし日本語の名札を付けている人は誰一人いない。

 

二人はロビーをぐるっと歩いてみたが、やはりいない。

 

「えーっと......連絡先とか書いてなかったっけ......?」

 

「チケットには番号が書いてあったけどぉ......今かけてみるわねぇ」

 

操祈がポケットから携帯を取り出し、その場で電話をかける。

 

だが......

 

『ただいま電話に出ることができません――』

 

「......出ないわねぇ」

 

「まじかよ......ガイドさん、どこ行ったんだ......」

 

二人は顔を見合わせた。

 

そして。

 

「......よし!もう自力で行くか!」

 

「ふふ、そう言うと思ったわぁ」

 

操祈は当麻の腕に絡みつく。

 

「むしろ二人きりで回れるなんて、ロマンチックじゃなぁい?ガイドさんなんて最初からいなかったことにしちゃいましょぉ♪」

 

その言葉に当麻は苦笑しつつもうなずいた。

 

「二人で気ままに見て回るほうが楽しそうだな」

 

「でしょぉ?それにねぇ、ここイタリアは観光地だし、当麻はもうイタリア語ペラペラだしぃ?」

 

「自分で言うの恥ずかしいなそれ......!」

 

こうして、二人きりの自由気ままなイタリア観光が始まった。

 

 

 

 空港を出て少し移動すると、いくつかの小さなカフェスタンドが並んでいるのが見えた。

 

操祈はさっそく当麻の腕を引っ張る。

 

「当麻ぁ、まずは腹ごしらえしましょぉ?飛行機の機内食、あまり食べてなかったじゃない?」

 

「まあ確かにな......学習ゴーグルのあとであんまり食欲なかったし」

 

「じゃあイタリアといえばやっぱり......パスタよねぇ!」

 

操祈が指差した先には、パスタとジェラートを扱うカフェがあった。

 

店の外には小さなテラス席。

 

石畳に木製テーブルが並び、旅行客たちが楽しそうに談笑している。

 

「おー......なんか雰囲気あるな......!」

 

「でしょでしょぉ?」

 

二人は席に座り、メニューを開く。

 

写真には、カルボナーラ、ボロネーゼ、アラビアータ、ヴォンゴレなど、見ただけで食欲をそそるパスタがずらりと並ぶ。

 

「当麻ぁ、どれにする? 全部美味しそうよぉ」

 

「うーん......本場のナポリタンとか食ってみたいな」

 

「ぷっ」

 

操祈は口を押さえ、一瞬で肩を震わせた。

 

「え、なに!? なんで笑うんだよ!?」

 

「......ふふっ......ごめん、ちょっと......無理......!」

 

「えっ? 俺なんか変なこと言った......?」

 

操祈は深呼吸し、どうにか笑いを抑えたあと

 

「ナポリタンってねぇ......日本発祥なのよぉ?」

 

「............え?」

 

「日本のホテルが考案したメニューでねぇ、ナポリには無いのよぉ」

 

「......うそだろ!?本場のやつがあるんじゃないのか!?」

 

「本場のやつを食べたいなら日本に戻るしかないわねぇ」

 

「うわぁぁ......俺、ずっと本場は違うんだろうなとか思ってたのに......!」

 

頭を抱える当麻を見て、操祈はくすくす笑いながらも優しく肩に触れる。

 

「面白かったからいいわよぉ」

 

「いや恥ず......!めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!?」

 

「ふふ、じゃあ本場のパスタ、ちゃんと選び直しましょぉ?」

 

「......そうだな。よし......じゃあカルボナーラにするか!」

 

「あら、王道ねぇ。じゃあ私はヴォンゴレにしようかしらぁ♪」

 

注文してしばらくすると、湯気を立てるパスタが運ばれてきた。

 

当麻の前に置かれたカルボナーラは、日本の“クリームたっぷり”のものとは違い、卵とチーズの香りが濃厚で、見た目はシンプルだが圧倒的に深みがある。

 

「うまっ......!」

 

「でしょぉ?本場のカルボナーラって本当に美味しいのよぉ?」

 

操祈のヴォンゴレは白ワインの香りがふわりと漂い、貝の旨味が染み込んだスープが透明に輝いていた。

 

「ん~最高ねぇ......イタリアに来た実感が出てきたわぁ」

 

「こんなの食ったら......もう戻れねぇ......」

 

その後、二人はしばらく無言で夢中になって食べていた。

 

食後にはジェラートを注文した。

 

当麻はピスタチオ、操祈はストロベリーとレモンのダブル。

 

「これ......美味すぎないか......?」

 

「イタリアのジェラートはレベル違うのよぉ?アイスより濃厚で、でも重くなくてぇ......」

 

操祈が当麻のジェラートを一口もらい、当麻も操祈のを一口味見する。

 

自然と距離が近くなり、頬が触れそうなほどだった。

 

「......二人でこうして食べるの、なんか......いいな」

 

「うん......すごく幸せよぉ......」

 

ジェラートの甘さと、操祈の柔らかい笑顔。

 

旅は始まったばかりなのに、すでに胸が満たされていく。

 

「さて......腹もいっぱいになったし」

 

「いよいよ観光開始ねぇ!」

 

二人は手を繋ぎ、水上バス乗り場へ向かう。

 

これから向かうのは水の都・ヴェネツィア。

 

ガイドもマニュアルもない。

 

けれど......

 

「二人なら十分よねぇ?」

 

「ああ。むしろ二人で歩く方が楽しいだろ」

 

当麻と操祈のイタリア旅行は、こうして“完全二人きり”で幕を開けた。

 

この先にどんな景色が待っているのか、二人の胸は期待でいっぱいだった。

 

 

 

 ヴェネツィアは、湖の上に浮かぶ街らしい澄んだ光に満ちていた。

 

細い水路の向こうからはゴンドラの船頭の歌声がかすかに聞こえ、サン・マルコ広場へ近づくほど、観光客のざわめきが柔らかい風に混じっていく。

 

「わぁ......ほんとに来たのねぇ」

 

操祈が石畳の道を歩きながら、嬉しそうに小さく伸びをした。

 

「写真とか映像で見たけど、やっぱ実物だと迫力あるな......」

 

当麻も思わず同意しながら、正面にそびえる建物へ視線を向ける。

 

聖マルコ寺院。

 

大きなドームと繊細な尖塔。

 

ファサードには無数の彫像や金の装飾が隙間なく並んでおり、朝日を浴びて輝いていた。

 

「こんなに豪華なの、本当に寺院なのかって感じだな......」

 

「ビザンティン様式の代表みたいな建物なんだって、授業で習ったわよぉ。ずっと楽しみにしてたから、目の前にあるのが夢みたいだわぁ」

 

操祈の横顔は、子どものように嬉しそうで、それを見た当麻はどこかくすぐったい気持ちになった。

 

列に並び、扉を通って寺院内部へと足を踏み入れた瞬間。

 

「っ......これ......」

 

当麻は思わず息を呑んだ。

 

天井も壁も、ありとあらゆる面が金色のモザイク。

 

聖人たちの姿が、金の粒子を練り込んだガラスによって細やかに描かれている。

 

光が当たるたび、空間全体がゆらめくように輝いた。

 

「すごいわぁ......本物って、やっぱり迫力が全然違うのねぇ......」

 

操祈も呆然としたまま天井を見上げていた。

 

「これ全部、何十年もかけて手作業で作ったんだよな......?気が遠くなるってレベルじゃねぇ......」

 

「金箔入りのガラスをひとつひとつ並べていくのよぉ?職人さんたちの執念っていうか......誇りが詰まってる感じがするわぁ」

 

二人はゆっくり歩きながら、壁画の細部を眺める。

 

聖人の生涯を描いた場面、聖人たちの逸話、聖書の象徴たち。

 

それらが金の光に包まれ、まるで神話の世界が目の前に広がるようだった。

 

「なんかこういう場所来ると、無駄話したら申し訳ねぇって気持ちになるな」

 

「その気持ちはわかるけど......でも観光なんだし、楽しみましょぉ?」

 

「まぁ......そうだな」

 

当麻が視線を天井に向けたまま、ふと口を開いた。

 

「にしても......聖人とか天使の絵が多いよな。こんな立派な寺院、名前付けられるのってどんな人なんだろうな」

 

「そうねぇ......人々の信仰を集めて、長い時間をかけて物語が作られた人たちなんでしょうねぇ」

 

操祈は当麻の隣に並びながら、金色の光に照らされる彼の横顔を見つめた。

 

「でも、お兄様なら」

 

「ん?」

 

「いつか誰かに、こんな風に語られるような人になれる気もするわぁ。本当の意味で人助けして、誰かの人生を変えて......」

 

「確かに、あいつの人気は凄いからな」

 

当麻は激しく同意する。

 

「お兄様の名のついた寺院ができたらぁ、女の子たちが押し寄せそうな気がするのよねぇ」

 

「あいつはモテるからな。イギリスでも恋人を作って帰るんじゃないか?」

 

当麻の勘は非常に鋭い。

 

そうやって他愛のない話をしながら見学していると、寺院の金色の天井が二人を包み、静かに光が降り注いだ。

 

少し歩いて、横の小さな礼拝堂に入ると、ステンドグラスの光が床に色の模様を落としていた。

 

「......本当に綺麗だな、ここ」

 

「うん......なんだか、心が落ち着くわぁ......」

 

ゆっくりと並んで歩く当麻と操祈。

 

観光客で賑わうはずの寺院の中で、二人の時間だけが静かに流れた。

 

「そういやさ」

 

当麻が照れ隠しのように視線を逸らしながら言う。

 

「もし結絆にそんな寺院ができるとしたら......操祈は行くのか?」

 

「もちろんよぉ。むしろ毎年お参りするわぁ。」

 

「じゃあ俺も一緒にお参りするぞ」

 

「でもぉ、当麻が入っちゃったらご利益がなくなっちゃいそうなのよねぇ」

 

操祈が冗談っぽく言う。

 

「右手で触れないように気を付けないとな」

 

二人の笑い声が金色の空間に溶けていった。

 

やがて出口から外へ出ると、サン・マルコ広場の明るい日の光が二人を迎えた。

 

観光客の声、鳩の羽ばたき、遠くのゴンドラの歌声。

 

すべてが、まるで祝福するように響いていた。

 

「さて、次はどこに行こうかしらぁ?」

 

「せっかくだし、この広場もぐるっと回りたいな」

 

「そうねぇ。当麻と一緒なら、どこ行っても楽しめそうだもの」

 

「......俺もだよ」

 

手を繋いだまま、当麻と操祈はゆっくりと広場を歩き出した。

 

聖マルコ寺院は、その背中を金色の光で静かに照らし続けていた。




インデックスの代わりに操祈がいるので、展開をかなり変えてます。
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