食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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今回も、ほのぼのとした話です。


予想外の出会い

 キオッジアの街は、夕方になるとまるで絵画の中に入り込んだような表情を見せた。

 

細い水路に小舟が揺れ、石造りの橋が橙色の光を受けて柔らかく浮かび上がる。

 

観光客の姿は少なく、ヴェネツィア本島とは違う静けさが漂っていた。

 

ホテルのチェックインを済ませた当麻と操祈は、荷物を置いてすぐに散策を始めた。

 

潮の香りを含んだ風が頬を撫で、舗道のランプがぽつぽつ点り始める。

 

「水の都って言うけど......こういう静かな場所もあるんだな」

 

「本島の方は人が多いけど......こっちは落ち着いてていいわぁ。のんびり歩ける旅行って、案外贅沢だと思うのよねぇ」

 

「たしかに。こういう空気って学園都市だと味わえねぇよな」

 

二人が並んで歩きながら、夕暮れの街並みを楽しんでいると

 

「よおよお、よく見た顔だと思えば。上条殿ではないか」

 

不意に日本語が背後から聞こえた。

 

振り向くと、結絆より少し高いぐらいの長身に、独特な服装をしたツンツン頭の男がいる。

 

「......え?建宮か!?なんでイタリアに!?」

 

「俺だけじゃないのよな。天草式は今、イギリス清教の正式な一員として働いている。任務でこちらに来ているついでに、少し散策していたところよ」

 

「ちょ、ちょっと待って......天草式って、イギリス清教に所属してなかった気が......」

 

当麻が混乱している横で、操祈は「あらぁ?」と首をかしげる。

 

「イギリス清教ってぇ......そんな簡単に入れるものなのかしらぁ?」

 

「本来は難しいが......」

 

建宮は胸を張りながら誇らしげに言った。

 

「結絆様がイギリスに掛け合ってくれたのよな。イギリス清教との調整やら上層部の説得やら、彼が全部まとめてくれたのよ。我ら天草式一同、彼には返しきれない恩があるのよな」

 

「えっ......お兄様がそんなことまでぇ?」

 

「......ほんと、あいつこっそりすごいことばっかしてんな......」

 

当麻と操祈は顔を見合わせ、同時に苦笑した。

 

「むしろ君たちが知らぬ方が驚きなのよな......まあ彼は、善行を自慢するような性格ではないが......」

 

「うん......そこは分かる気がするわぁ。結絆お兄様って、人のために動くのが自然な人だものねぇ」

 

操祈がそう言うと、建宮は深くうなずいた。

 

「だからこそ、我々は少しでも恩を返したいと思っている。そこで折角だ、ここで会ったのも何かの縁。結絆様の代わりに二人にも、礼をしたいと思っていたところなのよ」

 

「え、えっと......礼って?」

 

「夕食を振舞わせてもらってもいいか?せっかくの旅行中に時間をもらうのは気が引ける思いはあるが......」

 

操祈が当麻の腕をそっとつかんで、小声で囁いた。

 

「どうするのぉ?でも......せっかくだしぃ、こういうのも旅の思い出になると思わなぁい?」

 

「そうだな......変なことにはならないと思うし」

 

「なら決まりなのよな!」

 

建宮はニッと笑うと、当麻たちを近くの広場へ案内した。

 

 

 

 石造りの広場には既に数十名近い天草式のメンバーが集まっていた。

 

白い布を敷いた簡易テーブルが並び、鍋や皿からは豊かな香りが漂っている。

 

「おおっ......!これ、全部作ったのか!?」

 

「歓迎力が高いわねぇ......」

 

その後、天草式の女性たちが次々と料理を運んでくる。

 

「上条さん、こちらはイタリア風のシーフードスープです!」

 

「操祈さんにはこちら、ヴェネツィア名物の白ワイン蒸しをどうぞ」

 

「パスタも茹で上がりましたよ!」

 

まるでホームパーティのような賑やかさで、当麻と操祈は圧倒されてしまう。

 

そして席につくと、建宮が改めて二人の前に立つ。

 

「本来なら結絆様ご本人に食べていただきたいが......彼は今イギリスにいるのよな。そこで、代わりに、彼の大切な仲間である君たちに振る舞わせてもらうのよな!」

 

建宮が笑いながら言うと、他の天草式のメンバーも頷く。

 

「結絆......ほんとに色々やってくれてんだな......」

 

「お兄様......やっぱりすごい人だわぁ......」

 

料理が次々とテーブルに並べられ、食事会が始まった。

 

魚介の香り、レモンやハーブの爽やかさ、オリーブオイルの深み......

 

すべてが日本ではなかなか味わえない本場の味だった。

 

「これほんとにうまっ......!え、天草式って料理までプロ級なのか?」

 

「天草式の十八番は周囲に溶け込むことですからね。料理をはじめ家事全般なんでもこなせますよ」

 

お淑やかな美人である五和が、そう説明する。

 

「操祈さん、お口に合いますか?」

 

「うん、すごく美味しいわぁ。こんなに丁寧に作ってくれるなんて、嬉しいわぁ♪」

 

操祈の柔らかい笑顔に、天草式の女性メンバーは頬を染めた。

 

「やっぱり常盤台のお嬢様は上品ですね!」

 

「しゃべり方かわいいですね......」

 

「上条さんお似合いですよ!」

 

「えっ、あ、いやいやいや!?」

 

「ふふっ、当麻ったら顔赤いわぁ」

 

当麻が慌てている横で、建宮はワインを片手にふっと笑った。

 

「結絆様がなぜお前たちへ深く肩入れするか、少し分かる気がするのよな」

 

「え、どういう意味だ?」

 

「お前さんは、不思議なほど人を惹きつける。結絆様と同じく、損得考えずに誰かのために動ける者は、それだけで価値があるのよな」

 

天草式のメンバーたちは、結絆から当麻や操祈の自慢話を聞かされているので、二人への好感度も高いのである。

 

当麻は思わずうつむき、操祈は優しく微笑む。

 

「......そんな褒められるほどのこと、してないんだけどな」

 

「でもねぇ、当麻。当麻は自分で思ってるより、ずっと凄い人なのよぉ」

 

「まったく......二人して俺を持ち上げないでくれ......!」

 

広場に笑い声が響き、赤い夕空が次第に夜へと溶けていく。

 

ランプが灯され、海風が夜の香りを運んできた。

 

 

 

 食事が一段落すると、天草式のメンバーは片付けをしつつ、二人を囲んで雑談を始めた。

 

「結絆様は、女教皇様からも信頼が厚いのだぞ」

 

「彼が調整役になってくれたおかげで、私たちは正式に居場所を得られました」

 

「本当に、あのお方には毎日感謝しなければなりませぬ」

 

当麻と操祈は、聞けば聞くほど驚くばかりだった。

 

「......あいつ、そんなすごいことを......?」

 

「お兄様の活躍って、私たちが知らないところで広がってるのねぇ......」

 

どこか誇らしく、どこか不思議な気持ちだった。

 

やがて片付けが終わると、建宮が深く頭を下げた。

 

「改めて、今日は共に食事をできて嬉しかったのよな。結絆様への感謝は、いつか必ず本人にも伝える。だが今日は、お前さんたち二人に、少しでも楽しい旅の思い出を作れたなら幸いなのよな!」

 

「十分すぎるって。ほんとに、ありがとうな」

 

「ええ、とっても素敵な時間だったわぁ、お兄様にも伝えておくわねぇ」

 

天草式のメンバーが手を振りながら去っていく。

 

広場に残ったのは夜の静けさと、心地よい余韻。

 

操祈は当麻の腕にそっと自分の腕を絡めた。

 

「ねぇ、当麻......」

 

「ん?」

 

「こういう出来事も旅の楽しさだと思うのよぉ。当麻と一緒だと、どこに行っても特別な時間になるわぁ」

 

「なんだよそれ......反則級に嬉しいんだけど......」

 

「ふふっ。照れてる当麻、可愛いわぁ」

 

月明かりが水路にゆらめき、二人の影を寄り添わせた。

 

キオッジアの穏やかな夜は、まだゆっくりと、二人の旅を包み込んでいく。

 

 

 

 ホテルに戻った二人は、エントランスを抜け、エレベーターで五階まで上がると、イタリア式の落ち着いた廊下に二人の足音が吸い込まれていった。

 

チェックインのときにも感じたが、このホテルは港町キオッジアらしい、どこか潮の香りを含んだ静けさがある。

 

当麻が鍵を差し込み、ドアを開くと、ふわりと夜の海風が部屋のカーテンを揺らした。

 

ベネチア湾から届く風が、旅の疲れを癒してくれる。

 

「おお......これは、なかなかいいな!」

 

その空気を胸いっぱいに吸いながら、当麻は自然と声を漏らした。

 

窓の外には、オレンジ色の街灯に照らされた水路が伸びていて、小さな漁船の影が揺れていた。

 

石畳の路地には人影がまばらで、夜のヴェネツィアと違って、もっと生活の匂いを感じる“港町の夜”そのものだった。

 

操祈もカーテンをそっと押し広げ、細い肩を窓辺に預けた。

 

「本当に、きれいだわぁ......。昼間も素敵だったけど、夜景はまた別の顔をしてるのねぇ」

 

常盤台のお嬢様らしい品のある動きなのに、その声には冒険を楽しむ少女らしい高揚が混じっていた。

 

当麻は隣に立ち、彼女と同じ景色を眺めた。

 

「なぁ、操祈。なんか......初日から濃いよな。もう三日分くらい遊んだ気がするんだけど」

 

「ふふ、当麻は天草式の人たちが料理をどんどん出してくるたびに目を丸くしてたじゃなぁい。あれ、面白かったわぁ」

 

「そりゃ驚くって!海外旅行に来ていきなり結絆の知り合いがいて歓迎会をしてくれるなんて思わねぇよ!」

 

そう言いながら笑うと、操祈も肩を震わせた。

 

「でも......嬉しかったわぁ。お兄様、私たちが知らないところであんなことしてたなんて......お兄様は、ほんと......いつも自然にすごいことしてるんだものぉ」

 

当麻も大きくうなずいた。

 

「だよな。本人は“礼はいらないよお”とか言うけど、どう考えても気にせざるを得ないだろ、あれは」

 

「うん......ふふ、いまこうして、二人でイタリアの夜を見ていられるのも、お兄様のおかげなのよねぇ。ありがたいわぁ」

 

操祈は窓の外へそっと視線を向けたまま、柔らかく微笑んだ。

 

その横顔には、どこか安堵と幸福が混ざっていて、当麻は胸の奥が温かくなるのを感じた。

 

「......操祈。今日は、楽しかったか?」

 

問いかけると、操祈はぱちりと瞬きをして当麻を見つめた。

 

「ええ、とっても楽しかったわぁ。空港に着いたときからずっとねぇ。当麻がイタリア語を一気に覚えちゃったときなんて、本気で目を疑ったわぁ。わたし、あれ一生の思い出にするわぁ」

 

「いや、あれは結絆のゴーグルがすごいんだって。俺はただ装着しただけで......」

 

「それでも、努力しようって思ったのは当麻でしょぉ?そんなところも好きなんだゾ☆」

 

一瞬、部屋の空気がふわりと変わった。

 

風の音が遠くへ下がり、代わりに操祈の声だけが近くなる。

 

当麻は少し照れたように頭をかいた。

 

「そ、そっか。そう言ってもらえると......まぁ、悪い気はしないな」

 

操祈はくすっと笑ったあと、窓から身を離し、ベッドへ腰を下ろした。

 

その動きは夜景のせいか、いつもより少しゆっくりで柔らかい。

 

「ねぇ、当麻。明日はどうするのぉ?ベネツィアに戻ってぇ、ゴンドラにも乗ってみたいしぃ......それに、食べたいものがいっぱいあるのよぉ。ピザもパスタも......もぉ、迷っちゃうわぁ」

 

「俺も同じ気持ちだよ。映画で見たやつ、全部目で見てみたい。......明日もきっと、いい日になるな」

 

「ええ、絶対にねぇ」

 

操祈はそう言うと、ベッドの上でそっと当麻に手を伸ばした。

 

当麻はその手を自然に握り返す。

 

指先が温かくて、ホテルの柔らかい照明の下で穏やかに重なった。

 

「今日はもう、ゆっくり休みましょう。歩き回って疲れちゃったわぁ。でも......すごく幸せな疲れねぇ」

 

当麻も苦笑しつつ頷く。

 

「確かに。着いてからずっと動いてたもんな。......じゃあ、そろそろ寝るか」

 

照明を落とすと、窓の外からだけ光が差し込んで、部屋の中に青く淡い陰影が広がった。

 

二人は同じベッドに入り、自然と肩が触れ合う距離になった。

 

操祈が小さく囁いた。

 

「当麻......おやすみ」

 

「おやすみ、操祈」

 

風の音、ゆっくりとした波の音。

 

異国の夜に包まれながら、二人は初日の思い出を胸に、そのまま静かに眠りへと落ちていった。




次回かその次ぐらいから、二人を事件に巻き込ませようと思います。
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