食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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当麻と操祈のイタリア旅行の二日目の話です。


二日目の朝はトラブルから

 当麻と操祈のイタリア旅行二日目の朝

 

キオッジアの海辺は、幻想的な光景を作り出している。

 

潮風が頬をくすぐり、運河の水面は金色を溶かしたように揺れている。

 

当麻と操祈は、手をつなぎながら港町を散歩していた。

 

色とりどりの家々が並び、まだ人もまばらで、どこか絵本の中を歩いているような静かさがある。

 

「朝の散歩って気持ちいいよなぁ。昨日が濃すぎたぶん、今日はのんびりしたいくらいだな」

 

「昨日はいろんなことがあったわよねぇ......こういう静かな朝も悪くないわぁ」

 

操祈は心から楽しそうに微笑み、当麻の腕に軽く寄りかかる。

 

そんな穏やかな光景が、突然“途切れた”。

 

「......あらぁ?」

 

「......人が、いない?」

 

さっきまで近くを歩いていたはずの人々の姿が跡形もなく消えていた。

 

まるで世界から人間だけが消えたような、異様な静けさ。

 

「操祈。下がっててくれ」

 

「わかったわぁ......」

 

操祈が目を細めた瞬間。

 

カッ、カッ、カッ。

 

石畳を踏む足音が、路地の奥から響いた。

 

現れたのは黒い外套をまとった数人の男たち。

 

外套の下から、奇妙なルーンの刻まれた短剣やロザリオが覗く。

 

「なぜ人払いが効いていないのだ?」

 

「この地に足を踏み入れたこと、後悔するがいい」

 

「おいおい、朝っぱらからこれかよ......!」

 

魔術師たちは、距離を詰めると同時に刃を抜き放ち、呪文を唱えながら突進してくる。

 

「当麻ぁ!」

 

「後ろにいろ、操祈!」

 

当麻の前に飛び込んだ魔術師の一人が、ルーンの刻まれた短剣を当麻の肩に向けて振り下ろす。

 

だが......

 

パリンッ!

 

当麻が右手を突き出した瞬間、短剣は粉々に砕け散った。

 

「な、何が起こっているのだ......!?」

 

「っざけんなよ。俺たちの旅行を邪魔すんな!」

 

幻想殺し《イマジンブレイカー》が、ナイフに込められた術式ごと消し飛ばしたのだ。

 

驚く間もなく、別の魔術師が後方から呪文を放つ。

 

鋭い光の槍が、操祈に向かって走った。

 

「させるかよ!」

 

当麻が操祈の前に立ちはだかり、右手を掲げる。

 

バキッ!

 

光の槍は当麻の右手に触れた瞬間、煙のように消失した。

 

「っ......当麻......助かったわぁ」

 

操祈が胸を押さえ、少し震える声で言う。

 

 

「操祈、大丈夫か?」

 

「当麻のおかげで無傷よぉ、それじゃあ、全員眠りなさぁい......!」

 

操祈が一歩前に出ると、空気がふっと静まり返る。

 

彼女の瞳が魔術師たちを捉えた瞬間──

 

操祈が手に持ったリモコンのスイッチを押した。

 

次の瞬間、魔術師たちが膝から崩れ落ちた。

 

「な、なんだ......この......っ」

 

「意識が......飲まれる......!」

 

操祈の能力で魔術師たちは昏睡状態になる。

 

しかし残りの魔術師たちは怯まず襲い掛かる。

 

「くそっ、多いな!」

 

「当麻っ、右から来るわよぉ!」

 

操祈の声に反応し、当麻は振り向きざまに右手を突き出す。

 

飛んできた刃の呪術式が、紙くずのように空中で弾け飛ぶ。

 

そして当麻は拳を握りしめ、襲ってきた魔術師の腹に思い切り拳を叩き込む。

 

「ぐふっ......!」

 

男はそのまま吹き飛び、壁に手をつくが立てない。

 

「......当麻って、こういうとき......ほんと、かっこいいのよねぇ......」

 

操祈は思わず頬を赤く染め、胸に手を当てる。

 

いつもは不運でドタバタしている彼が、誰かのために全力で戦うときの姿。

 

その背中は、誰よりも頼もしかった。

 

「操祈、大丈夫か?」

 

「えぇ......あなたが守ってくれたもの」

 

操祈はふわりと微笑むと、また一歩前に出る。

 

「残りも眠ってしまいなさぁい......」

 

彼女の能力が、残る魔術師たちの意識を一瞬で攫っていく。

 

抵抗しようとする前に、全員が次々と倒れていった。

 

やがて、石畳の上に静寂が戻る。

 

その中心で、当麻と操祈は肩で息をしながら向かい合った。

 

「......なんとか、終わったか」

 

「えぇ......でも、当麻って......ほんとうに、強いのねぇ」

 

操祈が小さく言った。

 

頬がまだ赤いままだ。

 

「お、おい? 急にどうした?」

 

「だってぇ......危ないとき、迷わず私の前に出てくれたでしょぉ?......そういうところ、大好きなんだゾ☆」

 

当麻は耳まで真っ赤になる。

 

「そんなこと急に言うなっての......!」

 

しかし、操祈は嬉しそうに笑った。

 

キオッジアの朝の静けさの中で、二人は改めて、互いの存在の強さを確かめ合っていた。

 

 

 

 氷のきしむような、不吉な音が足元から響いたのは、魔術師たちとの戦いがようやく終わり、二人がほっと息をついた直後だった。

 

「......今の、何の音かしらぁ?」

 

操祈が当麻の腕にぴとりと寄り、眉をひそめる。

 

「わかんねぇけど......嫌な予感しかしないな」

 

言い終えるより早く、キオッジアの水路の中心が、ぐらりと揺れた。

 

そして次の瞬間。

 

氷が破裂するような轟音とともに、水路が大きく盛り上がり、巨大な氷柱が飛沫と共に姿を現した。

 

「うわっ!?何だよこれ!」

 

「船......!?嘘でしょぉ......これ、全部氷!?」

 

冷気が周囲に霧のように広がる。

 

氷でできた巨大な船が姿を露にする。

 

白くきらめく船体は異様なほど精巧で、生き物のように軋んだ。

 

操祈が当麻の腕をぎゅっと握る。

 

船はせり上がり、二人は強引に甲板へと放り上げられた。

 

逃げようにも、高さは数メートルはあるので飛び降りれば骨折は免れない。

 

「閉じ込められたわねぇ」

 

「くそ......あの魔術師たち、まだ懲りてないのかよ!」

 

 

 

 当麻と操祈が船内に足を踏み入れると、そこには冷気で曇った薄暗い廊下があり、青白く光る氷の壁の向こうから多数の足音が聞こえた。

 

「探せ!特殊な右手を持つ少年と、精神操作を使う少女だ!」

 

「どこかに隠れているはずだ!」

 

複数の魔術師たちの声が聞こえる。

 

当麻は舌打ちし、操祈の肩を抱いた。

 

「操祈、絶対離れるなよ......」

 

「当麻ぁ、手......握ってて欲しいわぁ......」

 

二人は冷気の中をそっと移動し、物陰に身を潜めた。

 

氷の壁の向こうを魔術師の影が通り過ぎるたび、ひやりとした音が響く。

 

操祈が囁く。

 

「お兄様に......連絡してみるわぁ。こんなの、絶対に普通じゃないもの」

 

「そうだな、結絆の力を借りよう」

 

操祈は携帯を取り出し、わずかに震える手でメッセージを送る。

 

『お兄様へ イタリアで事件に巻き込まれたわぁ 氷の船の中に閉じ込められてるの 助けて』

 

送った瞬間、端末の画面に“既読”の文字がついた。

 

操祈はほっと息を漏らす。

 

「......すぐ、来てくれるわぁ......お兄様なら......」

 

当麻も小さく頷いた。

 

「結絆なら......きっと来てくれる」

 

だが同時に、廊下の向こうで叫び声があがる。

 

「いたぞ!この近くだ!」

 

魔術師たちが走ってくる。

 

当麻は操祈の前に立ちはだかった。

 

「操祈には指一本触れさせるか!」

 

「当麻ぁ......」

 

数人の魔術師が氷の杖を構えて突っ込んでくる。

 

当麻はその前に出て、飛び込んでくる氷の杖を右手で叩き落とす。

 

バキィッ!!

 

幻想殺しが氷の武器を粉砕した。

 

「なにっ!?魔術が......!」

 

「右手に気をつけろ!」

 

魔術師たちが指示を飛ばすが、当麻はすかさず次の攻撃を右手で迎え撃つ。

 

砕け散る氷片が廊下に舞う。

 

「操祈、危ないと思ったらすぐ引いてくれ!」

 

「わかってるわぁ!」

 

複数の魔術師たちが当麻を杖で殴ろうとした、その時。

 

船全体が震えた。

 

床が光り輝いた、次の瞬間。

 

氷の天井が砕け散った。

 

「......え?」

 

操祈が呟く。

 

砕けた天井の向こう、アドリア海の空。

 

そしてそこから降り立ったのは結絆と、大きな影。

 

「来たよお。当麻、操祈」

 

結絆がふわりと微笑む。

 

そのすぐ背後、水しぶきを上げながら氷の船に飛び乗ってきた巨大なイルカであるアトラス。

 

「アトラス、派手にいこうかあ」

 

「お兄様ぁっ!!」

 

操祈は涙を浮かべたような目で叫んだ。

 

結絆は軽く手を振り、氷の廊下に降り立つ。

 

「よく頑張ったねえ。......あとは俺に任せてよお」

 

魔術師たちが結絆めがけて一斉に魔法陣を展開するが、その瞬間、彼らの足元の氷が波のように盛り上がり形を変えた。

 

「海戦は海に落とすのが効果的だからねえ。水の原典の恐ろしさを味わうといいよお」

 

氷がはじけ、魔術師たちが次々と外の海へ投げ飛ばされた。

 

「ぎゃあああッ!」

 

「待っ、うわっ!」

 

アドリア海に落ちた魔術師たち。

 

その下から天衣装着を使用したアトラスが海面を割って跳び上がり、魔術師たちを次々と吹き飛ばす。

 

豪快な水柱がいくつも上がる。

 

当麻は呆然と呟く。

 

「......相変わらず、強すぎるだろ、結絆もアトラスも......」

 

操祈は胸に手を当てながら微笑んだ。

 

「お兄様だもの......これくらいやって当然だわぁ......」

 

結絆は魔術師が全員海へ落ちたのを見届けると、ぽん、と手を合わせた。

 

「よし、これで片付いたねえ。当麻、操祈......もう大丈夫だよお」

 

操祈は駆け寄って、結絆の胸に飛び込んだ。

 

「お兄様ぁ......来てくれて、ほんとにありがとう......!」

 

「うんうん、よしよし」

 

結絆は操祈の頭を優しく撫でる。

 

「助かったぜ、結絆。マジで......間に合って良かった」

 

当麻もほっと息をつきながら言う。

 

結絆はいつもの柔らかい笑みを浮かべた。

 

「二人の旅行だもんねえ。邪魔されたら、可哀想だよお」

 

そして結絆は二人の肩にそっと手を置き、空間が揺らぐ。

 

「さ、戻ろうかあ。君たちの旅行は始まったばかりだからねえ」

 

氷の船を後にし、アトラスの上に乗った三人は再びキオッジアの穏やかな朝へと戻っていった。




結絆は、キャーリサとの結婚が決まって学園都市に戻った直後にイタリアに来た感じになってます。

沙羅や時空間の原典の力があるとはいえ、移動距離が長いですね。
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