場所はアドリア海、天草式の木製船は波を切りながら進んでいた。
「お兄様、嘘よねぇ......!」
操祈が震える指で前方を示す。
そこには、氷でできた百隻以上の巨大船団。
通常の船とは比べ物にならないほどの大きさで、全てが氷の城のように冷たい光を反射している。
そして、その中心。
ひときわ大きな氷の船――旗艦には、禍々しい空気が感じられた。
「なんか、やな予感しかしないのですが......」
当麻が額に汗を流す。
その予感は、次の瞬間、現実になる。
旗艦が閃光を放ち
ズォオオオオオオオオオッッ!!
空気を焼き切るような轟音とともに、ヴェネツィア方面へ向けて、特大サイズの純白のレーザーが放たれた。
天草式の船上で、全員が息を呑む。
その瞬間、結絆の瞳が、静かに光った。
「......ちょっと行ってくるねえ」
身体がふわっと浮かび上がる。
そして次の瞬間には、青空に向かい一直線に飛翔した。
「結絆!!」
「お兄様っ!!」
当麻たちは声を張り上げるが、結絆の加速はそれらを置き去りにするほどの速度だった。
結絆の手にはマスターソードが握られている。
黄金の粒子を撒き散らしながら、刀身は淡い光を帯び輝きを増していく。
「あの時は潤子と二人でだったけどお、今なら一人でもやれそうだねえ!」
バチィィィッ!
巨大レーザーと結絆の間の空が歪む。
結絆はレーザーがヴェネツィアに到達する前に、その軌道上へと飛び込んだ。
結絆は、迫る巨大レーザーの中心に剣を向け鋭く息を吸った。
「はぁっ!!」
そして、空間を裂くような音とともに刀身から特大の光の斬撃が放たれる。
ドゴォォォォォッ!!
レーザーと光る斬撃が激突した。
衝撃で空気が爆ぜ、海の表面には荒れ狂う波が立ち上がる。
「すっげえ......」
当麻が呆然と漏らす。
「お兄様......やっぱりとんでもないのよねぇ......」
操祈の瞳が揺れ、尊敬と安心と、そして少しの誇らしさが混じっていた。
ヴェネツィアへ向かっていた死の奔流は跡形もなくかき消えた。
天草式の船に戻るために降下してくる結絆の姿は、まるで太陽に照らされた英雄のようである。
当麻も操祈も、天草式のメンバーたちも、その姿を見上げながら、胸が自然と熱くなるのを感じていた。
氷の船団との戦いは、まだ始まったばかり。
だが、結絆がいるなら大丈夫だ。
そう誰もが確信していた。
アドリア海の海上に、青い海を切り裂くように、百隻を超える氷の船団が不気味に浮かんでいた。
空気は刺すような冷気をまとい、船から吹く氷の霧がまるで亡霊の群れのように漂っている。
結絆は天草式の小型木製船の舳先に立ち、マスターソードを軽く振って海風を裂いた。
結絆の立ち姿が空間そのものを震わせるような圧を放つ。
「よし、始めるよお......!」
つぶやいた瞬間、結絆の身体がふっと霞み、次の瞬間には十数メートル先の氷の船の甲板に立っていた。
「なっ......来たぞ!!学園都市の怪物がッ!」
「止めろ!奴を近づけるな――!」
ローマ正教の魔術師たちが慌てて詠唱を始めるが、その声よりも早く、結絆の剣閃が走る。
ズバンッッ!!
氷の船体が、中心から音もなく左右に割れた。
真っ二つになった船は支えを失い、海へと崩れ落ちていく。
轟音と水柱が空高く舞い上がった。
「まず一隻、だねえ」
結絆は軽くステップを踏むだけで、次の船へと一瞬で移動する。
その速度は、天草式のメンバーが目で追えないほどだった。
「ひ、ひと振りで沈めていく......やっぱり凄すぎる......」
「我々にもできることはあるのよな。結絆様に続くぞ!」
建宮が仲間を鼓舞し、木製船は氷の船団の中央へと突っ込んでいく。
一方、当麻と操祈は天草式の船の上で魔術師たちの反撃に備えていた。
「来るぞ!」
当麻が右手を構えると、氷の船から無数の氷弾が飛来する。
「最近は、特訓のおかげでリモコンがなくても能力の制御が上手くいくようになったのよねぇ♪」
操祈が指を鳴らした。
刹那、魔術師たちの視界がぐらりと揺れ、彼らは一斉に膝をついて昏倒した。
「ふふ、まだまだ余裕だわぁ。当麻、前は任せるわよぉ」
「任せろ!」
当麻は飛びかかってきた魔術師の氷の短剣を、右手で殴って粉砕する。
パリンッ!
「なっ......!武器が......!」
「悪いな。俺たちも急いでんだよ!」
当麻の拳が魔術師の腹に入り、男は気絶して倒れた。
その背後で操祈が次々と敵の意識を奪っていく。
学園都市最強の精神系能力者は、敵の戦意を根こそぎ奪った。
「当麻とならぁ、どんな戦いも切り抜けられそうなのよねぇ」
操祈が微笑むと、当麻は少し照れながら頬をかいた。
「いや、俺なんて大したことしてないからな。結絆の方が化け物だし」
「それでも......私を守ってくれてる当麻は......十分かっこいいんだゾ☆」
操祈の頬はうっすら赤く染まっていた。
一方、海上では、結絆の勢いは止まることはなかった。
氷の船団のあちこちに光の軌跡が描かれ、その軌跡の通りに船体が滑らかに切断されていく。
まるで海そのものをキャンバスに、剣で線を描いているかのようだった。
ローマ正教の魔術師たちは彼を止めようと次々に魔術を放つが、結絆はその全てをマスターソードで打ち払った。
斬撃の衝撃波が氷の壁を砕き、海へと霧散させる。
「よし......次はこっちのお姉さんたちだねえ!」
結絆が手を広げると、時空間の原典の力が海上に光の渦を生み出す。
氷の船で強制労働させられていたローマ正教のシスターたち、およそ250人が、次々と光の渦へ吸い込まれ、安全な岸辺へと転移していった。
女性たちは突然の救出に驚き、涙を流して祈りを捧げる。
「あの少年が......救ってくれたのですか......」
「かつて敵対していた私たちを助けてくれるとは、なんという......神の御使い......」
結絆は軽く手を振った。
「ごめんねえ、遅くなって。でももう安心だよお」
そして再び海へ。
結絆は残りの船へ向かう。
船の上では、ローマ正教の高位魔術師が必死に詠唱していた。
「止まれえっ!!貴様さえ倒せば――!」
「いやあ、残念だけど......君たちの企みはここでおしまいだよお」
結絆がマスターソードを構えた。
刃が虹色の光を強く放ち、空間が歪む。
旗艦以外の船が沈没するまでにかかった時間は、僅か15分程度だった。
結絆が沈めていった、氷でできた巨大な船団の中央。
ひときわ大きく、まるで氷山そのものが変形したような“旗艦”がアドリア海の中心に鎮座していた。
氷の壁は青白く輝き、中では重要な術式が構成されているのが感じられる。
「ここが......氷の船団の旗艦、ってわけか」
当麻が息をのむと、隣の操祈が肩を寄せるようにして頷いた。
「気をつけるわよぉ、当麻......ここだけ雰囲気が違う......」
天草式の小型木造船が旗艦の側面につけられると、結絆が先頭に立って甲板へと飛び移った。
マスターソードを片手に、氷を踏む音すら静まり返る。
そして、そこに立っていたのは
「......とうとう来ちまいましたか」
赤っぽい髪に厚底靴を履いた修道女。
シスターたちのまとめ役、アニェーゼ=サンクティス。
そしてその後ろに高貴な服装をした男が立つ。
ローマ正教の司祭、ビアージオ=ブゾーニ。
彼はぎらついた眼で結絆を睨み、唇を歪めて笑った。
「女王艦隊を沈められるとは思わなかったぞ。だが、アドリア海の女王......そして刻限のロザリオ、この二つが揃えば、学園都市は海の泡となる」
「学園都市を......滅ぼすですって?冗談じゃないわよぉ......!」
操祈が苦い顔で息を呑む。
そして、結絆は一歩前に出た。
「ローマ正教のシスターたちを強制労働させた挙句に、学園都市を滅ぼす?お前にそれができるとでも?」
声はいつもより低く、静かだった。
「やっちまうつもりですか?まあ、自分としては人質がいなくなったので、そっちに付いちまいますけど」
アニェーゼの瞳が震えた。
かつては敵だった自分を救おうとする彼に、複雑な感情が揺らいでいる。
だが、ビアージオが彼女を遮るように十字架を突き立てた。
「十字架は悪性の拒絶を示す」
詠唱の直後、投げられた十字架が恐ろしい速さで結絆たちに襲い掛かる。
しかし結絆は、それを掴み取った。
「へえ、十字架にかかる重力を増やしてるんだねえ。でも、俺からしたら、まだまだ軽いねえ」
「異教のサルがあ!!調子に乗ってんじゃねぇ」
ビアージオはさらに十字架を結絆に投げるが、今度は拳の一突きで粉々に砕かれる。
そして、隙をついた当麻の拳がビアージオをとらえた。
「ナイスだよお、当麻。さてと......アニェーゼ、君を移動させて安全な場所に置けば......全部終わるんだけどねえ......」
だが、次の瞬間、結絆の肩がピクリと動く。
未来視のような直感が走り、脳裏に“アニェーゼを転移させた直後、彼女が苦しみもがく姿”が見えた。
「は......?」
「お兄様!?」
操祈が不安に声を上げる。
結絆の瞳が揺れ、判断が一瞬だけ遅れる。
起き上がったビアージオはそれを見逃さない。
「十字架は悪性の拒絶を示す!!」
振り下ろされたのは、先ほどよりも大きい、旗艦の床をも砕くほどの巨大な十字架。
結絆が迎撃しようとした瞬間には、すでに十字架が視界いっぱいに広がっていた。
ドォンッ!!
凄まじい衝撃音が船体を揺らし、氷壁が軋む。
「ゆ、結絆!?」
「お兄様!?」
当麻と操祈の叫びが響く。
結絆の身体は十字架の下に叩きつけられ、甲板に深々とめり込んでいた。
マスターソードが弾き飛ばされ、氷の床に転がる。
結絆の口元から血が一筋こぼれる。
ビアージオが狂ったように嗤う。
「ははははッ!......貴様ほどの怪物でも、この十字架は防げまい!!」
「っ......くそ......ッ!」
「シモンは神の子の十字架を背負うッ!!」
当麻は突っ込もうとするが、ビアージオの術式によって動きを止められる。
「体が......重すぎるわぁ......」
原作と違い、女王艦隊にはそれほど多くの人はいないが、それでも当麻たちの動きを止めるのには十分だった
「でも......このままじゃ結絆が......!」
その瞬間、結絆の声が、十字架の下からかすかに聞こえた。
「......まだ......終わりじゃないよお......」
結絆は拳を握る。
「な......何だと......?」
ビアージオの顔がわずかにひきつるが、冷静に複数の十字架を結絆の頭上に投下した。
結絆の体が見えなくなったのを確認してビアージオは勝利を確信する。
しかし......
十字架の下から、ゆっくりと笑うような声が聞こえた。
「......やっぱり、悪魔は十字架に弱いねえ」
ビアージオの表情が強張る。
瓦礫の下から起き上がった結絆の瞳が、淡い光を宿した。
「でもさあ......ムルムルって、元々は天使だったんだよねえ」
ゴウッ!!
次の瞬間、結絆の全身から眩い光柱が立ち昇った。
海も空も照らし、氷の船団全てが震える。
光は炎のように揺れながらも、神性を感じさせるほどに澄んでいた。
彼の肉体がゆっくりと浮き上がり、聖人として鍛え上げた骨格と筋肉が内部から形を変えていく。
自己制御(セルフマスター)によって己の肉体と精神の全てを思い通りに操り、悪魔ムルムルの力を重ね合わせ、それを“天使としての性質”へと変換していく。
悪魔の性質が霧のように剥がれ落ち、その奥に眠っていた“清浄な何か”が姿を現す。
結絆の背中から翼が広がった。
それは光でできた、巨大で純白の翼だった。
「――――ッ......!?」
ビアージオが息を呑んだ。
結絆の声は、さっきまでの柔らかい響きを残しつつも、どこか透明な響きを伴っていた。
「うん......今なら、わかるよ。君の十字架の力......“効かない”どころか......」
結絆は、そっと右手を掲げた。
「“全部、俺のものだよお”」
その瞬間、ビアージオの操っていた十字架が軋み、逆に彼の方へ向けて傾きはじめた。
「な、なに!?異教のサルが、十字架を操るだと......」
ビアージオが悲鳴を上げるが、結絆は微笑むだけだった。
「天使と司教、どっちが偉いかは言うまでもないよねえ」
ゴォォォォォォッ!!
巨大な十字架は完全に結絆の支配下に置かれ、ビアージオの頭上に影を落とした。
「や、やめろぉ」
ドガアアアアアアアアアアッ!!
十字架が叩きつけられ、ビアージオは悲鳴を上げる間もなく押し潰され、氷の甲板を貫いて海へと投げ出された。
氷の船団の司令塔が沈黙した瞬間、周囲の氷の術式が一気に解け、船全体が不安定に揺れはじめる。
「結絆ッ!!」
駆け寄る当麻たちの前に、光の翼をゆっくりと閉じた結絆が降り立った。
天使の力を纏ったその姿は、日の光を全身で受けて輝いていた。
「ごめんねえ、みんな。ちょっと手こずっちゃったよお」
操祈は息を呑み、頬をうっすらと赤くする。
「......お兄様......本当に、天使みたい......だわぁ......」
「みたいじゃなくて、今は本当に天使だよお」
結絆が笑うと、光の粒がふわりと空気中に散った。
氷の旗艦は軋み、倒壊しはじめる。
「よし、当麻たち。脱出するよお」
結絆が手を振ると、天使の力と“時空間の原典”が同時に発動し、甲板中央に転移の光が開く。
当麻を除く全員が結絆に続いて飛び込むと同時に、背後の旗艦は巨大な氷塊のように崩れ落ち、アドリア海へ沈んでいった。
そして最後に結絆が振り向き、光の翼を広げ、マスターソードを掲げる。
「さよなら。もう二度と、こんなことが起きないようにねえ」
天使の斬撃が放たれ、旗艦の中心が真っ二つに裂け、爆ぜるように蒼い海へ沈んでいく。
光が散り、静寂が訪れた。
アドリア海の上空で、結絆の翼だけが、柔らかな光を残していた。
結絆無双でしたね