食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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長くなってきたので、今回でイタリア編は区切ろうと思います。


戦いの後の観光

 氷の船団が沈みゆくアドリア海。

 

その中で、結絆は倒れたビアージオを確認し、ゆっくりと手を掲げた。

 

天使としての輝きを纏ったその姿は、周囲のシスターたちの目には一瞬、本当に神話の中の存在のように映った。

 

「さあ、みんなあ......イギリス清教に行こうかあ。ここにいても危ないからねえ」

 

柔らかな声で言うと、時空間の原典によって、アニェーゼ部隊のシスターたちの姿が淡い光に包まれていった。

 

「ちょっ、イギリス清教って、処刑されちまう可能性もあるじゃないですか!」

 

アニェーゼは叫んだが、結絆はにこりと笑う。

 

「心配いらないよお。俺の婚約者のキャーリサのところに送るからねえ。君たちのことを保護してくれるように手配してるよお」

 

「イギリス王女......」

 

アニェーゼは結絆の言葉に気を失いそうになりながらも、光に包まれて消えていく。

 

その声が消えたあと、結絆は満足げに手を払った。

 

「よし。じゃあ、俺も当麻と操祈のところに戻ろうかなあ」

 

空間がねじれ、結絆の姿が一瞬で消えた。

 

次の瞬間。

 

「わっ、結絆!? 急に出てくるなよ!」

 

「お兄様、びっくりしたわぁ」

 

ヴェネツィア近郊の海岸。

 

氷の船団との戦闘を終えて、数時間の間ヴェネツィアを観光していた当麻と操祈の前に、結絆がふわりと現れた。

 

「いやあ、お腹空いちゃってねえ。せっかくのイタリアだし......おいしい店、探したいなあ」

 

「いや、数時間前に飯食ったばかりじゃねえか......」

 

当麻が呆れながらも笑うと、操祈がくすっと微笑む。

 

「お兄様らしいわぁ......でも、確かにわたしも小腹が空いたわぁ。戦闘ってエネルギーを使うものねぇ」

 

「決まりだねえ。当麻、操祈、行こうかあ」

 

三人は並んでヴェネツィアの街へと歩いていく。

 

水面の輝き、レンガの街並み、どこを切り取っても絵になる。

 

「しかし......結絆、お前ホントにすげぇよ。天使の力とか、まさかそんな......」

 

「俺もびっくりしたけどねえ。でもまあ、ムルムルが元は天使だったのは知ってたから考えられないことでもないかあ」

 

「いや、軽すぎるだろ!?」

 

当麻が思わずツッコミを入れ、操祈が楽しそうに肩を揺らしながら笑う。

 

「ふふっ......これからは楽しく観光できそうねぇ」

 

「当麻たちもねえ。俺が来るまでよく頑張ったねえ」

 

そんな会話をしながら歩いていると――

 

「ちょっとあなた!」

 

突然、イタリア語が飛んできて三人が振り返る。

 

そこには、40代ほどの気品あるイタリア女性が立っていた。

 

ひと目見て、少し驚いたように口元を手で押さえる。

 

「やっぱり......あなた、結絆って子よね?大覇星祭で活躍してたあの子よ!」

 

「おや、見てくれてたのかい?」

 

「そうよ!中継で見たわ!本当にかっこよかったから、忘れるわけないじゃない!」

 

結絆はぽかんとし、当麻が「あー......」と呻く。

 

(そりゃあ、中継カメラにも映ってたからねえ......ファンが増えるのも当然か)

 

「お兄様、海外でも人気者みたいねぇ......」

 

操祈は誇らしげに結絆の袖を軽くつまんで微笑む。

 

「いやあ、参ったなあ......」

 

結絆が困ったように笑うと、女性は嬉しそうに彼の手を取り、

 

「あなたたち、まだお店決めてないんでしょう?いいレストラン知ってるの。ぜひ案内させてちょうだい!」

 

「いいのかい?」

 

「遠慮なんてしないで!あなたにはぜひ食べてほしい料理があるの!」

 

当麻と操祈が思わず顔を見合わせる。

 

「お兄様、せっかく案内してくれるんだもの、行ってみましょ? わたしも本場のパスタ......食べたいわぁ」

 

操祈が小声で囁く。

 

「当麻もいいかい?」

 

「まぁ、ちょっと腹が空いてきたし、せっかくだから行こうぜ」

 

結絆は嬉しそうに頷く。

 

「じゃあ、案内頼むよお」

 

「任せて!」

 

女性は満面の笑顔を浮かべ、三人を先導して石畳を歩き始めた。

 

路地を抜け、運河沿いの道を曲がり、さらに橋を渡った先に

 

鮮やかな赤いテントと古い煉瓦の外壁が印象的なレストランが現れた。

 

「ここよ!」

 

店主が女性を見るなり「おお、イケメンと別嬪さんが来たね」と笑って迎え入れる。

 

そのまま奥の窓際席に案内され、三人は椅子に腰を下ろした。

 

「ここ、すごい良い雰囲気だな......!」

 

「素敵なレストランだわぁ......」

 

店内は落ち着いた照明に包まれ、窓からは水面がきらきらと光って見える。

 

女性が得意げに言う。

 

「ここのピザとパスタは絶品よ!あなたたち、特に結絆くんにはぜひ味わってほしかったの!」

 

「ありがたいねえ......ほんと嬉しいよお」

 

すぐに運ばれてきたのは、湯気の立つピザ・マルゲリータに、濃厚なカルボナーラ、ジェノヴェーゼのパスタ。

 

「イタリアに来てからピザとパスタばっかだけど、何度も食べたくなるんだよな」

 

「いい匂いだねえ」

 

「食欲がそそられるわぁ」

 

そして、三人はフォークを手に取り、同時に口へ運んだ。

 

「......うまっ!」

 

「んんっ......!幸福力が爆上がりするわぁ......!」

 

「ふわぁ......幸せだねえ......」

 

そして結絆も嬉しそうに頬をゆるめる。

 

「気に入ってくれてよかった!大覇星祭の英雄が食べてるなんて、主人もきっと喜んでるわよ!」

 

その言葉を聞いた結絆は少し照れながら笑い、当麻と操祈もなんだか誇らしい気持ちになる。

 

海風が窓からそよぎ、三人は食事と会話を楽しみながらイタリアの街のひとときを堪能した。

 

それは、混乱と戦いの後であることを忘れてしまうほど、穏やかで温かい時間だった。

 

 

 

 ヴェネツィアの老舗レストランで腹を満たした一行は、店主とあの女性に何度も礼を述べて外へ出た。

 

しばらく付近を散策していると、石畳に夕焼けが映え、運河を行き交うゴンドラのランプがゆらゆらと揺れる。

 

結絆は満足げに腹をさすりながら、「いやぁ、ピザもパスタも本場は格が違うねえ。運動した後に食う飯って最高だよお」と、いつもののんびりした口調で言った。

 

「ほんと......あれだけ動いた後なのに、まだ食べられそうなのが怖いわぁ」

 

操祈はくすりと笑い、当麻は両手を上げて降参のポーズを取る。

 

「俺はもう限界だろ......腹パンパンだ」

 

「はは、当麻は燃費悪そうだもんねえ」

 

「あの店は俺のマジックシアターに出店してくれることになったから、これからはいつでも食べに行けるねえ」

 

結絆はちゃっかり先ほどの店をマジックシアターに誘致していたりする。

 

三人はしばらく歩いていると、通りの先に煌びやかなネオンと壮麗な建物が見えてきた。

 

重厚な門に「CASINO」の文字。

 

ヴェネツィア伝統のカジノだ。

 

ちなみに、世界最古のカジノはヴェネツィアにあるといわれていたりする。

 

「おお、カジノかあ。イタリアといえば、って感じだよねえ」

 

「お、カジノの視察か?」

 

当麻が結絆の方を見ながらそう呟く。

 

「学園都市以外のカジノは初めてなのよねぇ。楽しみだわぁ」

 

「見るだけのつもりが、やる流れになるんだよねえ、こういうの」

 

操祈が微笑むと、結絆は軽く肩をすくめた。

 

結果、三人はあっさりと中へ足を踏み入れていた。

 

 

 

 カジノの中は想像以上に華やかだった。

 

シャンデリアの光が大理石の床に反射し、紳士淑女がドレスやタキシード姿でテーブルを囲んでいる。

 

ルーレット、ブラックジャック、バカラ......どこを見ても賑やかだ。

 

「うわ......完全に別世界だろ、ここ......のどかな街並みからは想像がつかねえな」

 

当麻が圧倒されて呟くと、操祈は「雰囲気だけで楽しいわぁ」と目を輝かせる。

 

結絆は受付でもらったチップを手の上で器用に転がしながら、「じゃ、ちょっと軽く遊んでみるかなあ。運試しだねえ」と言ってルーレット台へ向かった。

 

客たちが談笑しながら盛り上がる中、結絆はほとんど考える様子もなくチップを置く。

 

「え、そこに賭けるのか?」

 

結果、的中。

 

「うそだろ!?」

 

当麻が思わず机を叩きそうになる。

 

「あれえ、当たっちゃったねえ」

 

結絆は得意げな顔で微笑む。

 

続くスピンでも当て、また当て、気づけば彼の前にはチップの山ができていった。

 

「ちょ、ちょっと待て......なんだその確率!」

 

「うーん、勘が冴えてるだけだよお。聖人パワーとかじゃないからねえ?」

 

言っていることは緩いのに、やっていることは完全に無双だった。

 

ディーラーも苦笑気味になり、周囲の客たちが「Lucky boy!」と囁く。

 

一方......

 

当麻は結絆の横のブラックジャック台に座っていたが、こちらはまったく振るわなかった。

 

「また21オーバーかよ......」

 

三回連続で負け、チップはみるみる減っていく。

 

「はぁ......なんでこう、肝心なところで引きが悪いんだよ、俺......」

 

「当麻、大丈夫よぉ。次こそは勝てるわよぉ」

 

操祈は背中にそっと手を回して慰めるように言う。

 

「確かに当麻は運が悪いけどぉ、お兄様がおかしいだけだから安心しなさぁい」

 

「全然、慰めになってねぇ......」

 

操祈はくすっと笑って、当麻の肩に頭を寄せた。

 

「でもねぇ、勝ち負けより一緒に楽しめてる方が大事だと思うのよぉ。私は......当麻が隣にいてくれるだけで、もう充分楽しいわぁ」

 

一瞬、当麻は言葉を失い、耳まで赤くなる。

 

「なんか悔しさよりも恥ずかしさが勝ってきたんだが」

 

「ふふっ。照れてるわねぇ♪」

 

そんなやり取りをしている間にも、奥では結絆がさらっとバカラに移動していた。

 

バガラでも荒稼ぎする結絆に、ざわっと周囲がどよめいた。

 

「なんだよそれぇぇぇ!」

 

当麻の叫びがフロアに響き、結絆は苦笑いしながら振り返る。

 

「当麻、どうしたのかなあ?」

 

「どうしたもこうしたも! お前だけボロ勝ちしすぎだろ!!」

 

「んー、運が良い日なのかもねえ?」

 

「お兄様の運が少しでも当麻にいけばいいのにねぇ」

 

「そっかあ。じゃあ......」

 

結絆はチップの山からいくつか掴み取り、軽く念じた後に当麻の前にぽんと置いた。

 

「右手で触れなければ、この後勝てると思うよお」

 

「ちょ、いいのかよ......」

 

「もちろん。天使の加護付きだよお。そろそろ当麻に勝ってもらわないと、カジノに来た意味がないからねえ」

 

結絆の言葉を聞いた当麻は一瞬黙り込み、それから照れくさそうにチップを握った。

 

「......サンキュー。そう言われると、なんか救われるな」

 

 

 

 結絆の助けもあってか、再挑戦したブラックジャックで当麻はようやく一勝を拾った。

 

「おぉ!初めて勝てた......!」

 

「やったじゃなぁい、当麻」

 

操祈は小さく拍手する。

 

結絆はその様子を見て、「おお、ついにだねえ。おめでとお」とにこやかに言った。

 

結局、トータルでは――

 

結絆はとんでもない大勝ち。

 

当麻はぼろ負け。

 

操祈は、当麻の隣でそこそこ勝っていた。

 

その後ショーを楽しんだ後に三人がカジノを出ると、夜の運河に風が流れていた。

 

ランプの光が水面を滑り、遠くで音楽が聞こえる。

 

「なんか......濃い一日だったな......」

 

当麻が呟く。

 

「旅って、ほんとに何が起きるかわからないわぁ。だから楽しいのよねぇ」

 

「うんうん、戦闘もカジノも盛りだくさんだったよお。二人とも、イタリア二日目にして、もう濃密すぎだねえ」

 

三人は並んで歩きながら、きらめく水の都を眺めた。

 

まだまだ続くイタリアの旅。

 

どんな出来事が待っていようとも当麻と操祈は全てを楽しみつくすに違いない。




次回からは学園都市の話に戻ります。
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