時系列は気にしないでください。
ゆはんぬい誕生
結絆のマジックシアターは、今日も活気にあふれていた。
結絆は事務エリアで書類整理をしていると、勢いよく扉が開く。
「お兄ちゃーん!これ見てっ!」
食蜂美管(かつてドリーと呼ばれていた少女)が両手に持っていたのは、小さなふわふわの丸っこいぬいぐるみだった。
髪は少し跳ね気味の金色、ぱっちりした瞳、黒いコートを模した衣装。
そして語尾が伸び気味の「ゆはーん」と書かれたタグ。
「俺の......デフォルメぬいぐるみかい......?」
「うん!」
美管はえへへと笑いながら胸を張る。
「デザイン部門の人たちと一緒に作ったよ!かわいいでしょ!」
試しに結絆は、ぬいぐるみを指でつついた。
手触りが妙に良い。
ふわふわの抱き心地は罪深いものだ。
「えっと......確かにかわいいけど。これどうするの?」
そこに、後ろからひょいと顔を出したのは帆風。
「販売しますよ、結絆さん。マジックシアターのお土産エリアが盛り上がること間違いなしです!」
「いやいやいや、俺のぬいぐるみ売る予定なんて無かったよねえ!?」
「御坂さんの“ゲコ太カチューシャ”コラボも人気ですけれど、やはり“結絆さんをモチーフにした商品”はファン層からの需要がありますよ!」
「うーん......嬉しいような悩ましいような......」
結絆が両手を振ると、帆風は淡々と返す。
「お兄ちゃんのぬいぐるみ、きっとみんな喜ぶよ!それに、美管もお兄ちゃんのぬいぐるみに囲まれたいもん!」
美管も目を輝かせて言葉を重ねる。
そして彼女は小さくうつむいて、袖を引っ張る。
こういうのに弱い結絆である。
「......うん、まあ......二人がそこまで言うならねえ......」
途端に美管はぱぁっと笑って、「やったぁぁぁ!!」と飛び跳ねた。
帆風は冷静にメモを取りながら指示を出し始める。
「では量産に向けてデータ化し、製造ラインに回します。商品名は“ゆはんぬい 1stモデル”。素材は......」
「もう進んでる!?早いねえ潤子......!」
「準備は常にしてますから!」
帆風は胸を張りながら得意げな表情を浮かべるのだった。
こうして、結絆の意思とはやや関係なく、“ゆはんぬい”の販売が決まった。
数日後......
結絆はお土産コーナーの前で言葉を失っていた。
店員がスタッフ専用インカムで叫ぶ。
『ゆ、ゆはんぬい、完売しましたーーー!!』
「え、嘘でしょお!?まだオープンから十五分くらいだよねえ!?」
美管が慌てて追加の段ボールを引っ張り出しながら、
「お兄ちゃん!すごい人気っ!!」
「すごすぎない!?」
お土産コーナーの前には長蛇の列ができていた。
学生、研究者、海外からの観光客らしき人まで。
「結絆さんの癒しボイス入りボイスタグが決め手ですね」
帆風が淡々と説明する。
「ちょっと待って!? ボイスタグってなに!?」
帆風はポケットからサンプルを取り出した。
ぬいぐるみのお腹を押すと......
『買ってくれてありがとお。大切にしてねえ』
結絆の声が、やたら優しく加工されて響く。
「......俺こんなこと言ってないよねえ!?」
「編集で“いつもの雰囲気”を増し増しにしました」
美管が得意げに頷く。
「!?俺そんな甘い喋り方してないよねえ?」
(※実際は恋人とイチャついている時に結構している)
それはともかく、商品は飛ぶように売れていく。
サインを求めて店に来る客も多く、結絆は急遽即席サイン会に駆り出された。
「ゆはん様、がんばってください!」
「マジックの衣装のぬいぐるみも作ってほしい!」
「レグルスたちのぬいぐるみもほしい!」
そんな声まで飛ぶ。
「結絆さん、将来的には“ゆはんぬいシリーズ化”を予定しています。“学生服ゆはん”モデル、“マジックシアターパフォーマーゆはん”モデルなど......」
帆風が小声で囁く。
「シリーズ化!? 俺そんな計画聞いてないけどお!?」
「すでに企画会議は進んでますよ。需要には応えましょう!」
(潤子は、仕事が速いねえ)
サイン会を終えて休憩室に戻ると、美管が大きな袋を抱えてやってきた。
「お兄ちゃん、はい。これ......最初のサンプル。一番最初に作った“ゆはんぬい”、お兄ちゃんにプレゼントしたいの!」
手渡されたぬいぐるみは、売り物より少し不格好で、縫い目も粗い。
だが、その分だけ手作りの温もりがあった。
「......美管が作ったのかい?」
「うんっ!売り物より下手かもしれないけど......」
「そんなことないよお。すごく嬉しいねえ......ありがとう。美管は自慢の妹だよお」
頭を撫でると、美管は真っ赤になって笑った。
「えへへ......!」
そこへ帆風も静かに現れる。
「結絆さん。実はわたくしも、個人的にいくつか購入しました。」
「買ったの!?自分でつくったのに?」
「部屋にある結絆さんとのつながりが増えますね」
気恥ずかしさを隠すように、帆風は背筋を伸ばしたままわずかに頬を染めた。
結絆は苦笑しながら、二人を見た。
(なんか......俺のぬいぐるみって、大丈夫なのかなあ......でも、喜んでくれてるなら、まあ......いいよねえ)
翌週、マジックシアターの売上レポートが届く。
「“ゆはんぬい”シリーズ、初週売上......予想の三百五十パーセント......?」
「大成功だよ、お兄ちゃん!」
美管がにこにこして言う。
帆風も珍しく満足そうに頷いた。
「マジックシアター・グッズ史上、歴代一位の初動です。追加生産も決定しました。結絆さん、グッズ部門の象徴として、今後もどんどん売っていきましょう!」
「象徴ってそんな簡単に言われても困るんだけどねえ......!」
結絆は頭を抱えたが、それでも表情はどこか嬉しそうだった。
(まあ......みんなが楽しんでくれるなら......ぬいぐるみくらい、別にいいかあ......)
そして今日も、お土産コーナーにはたくさんの“ゆはんぬい”が並び、多くの来場者が笑顔でそれを手に取っていた。
結絆の知らぬところで、マジックシアターの新たな名物が誕生していたのだった。
番外編は何話か続けようと思っています。