翌日、結絆は当麻の部屋を訪れていた。
昨夜の議論を経て、インデックスの記憶消去の仕組みを解明するために、更なる検証が必要だと判断したからだ。
「......つまり、インデックスの記憶を制限してるのは、脳の物理的な容量の問題じゃなくて、何らかの術式が関与してる可能性が高いってことだよねえ。」
結絆が腕を組みながら言うと、当麻は難しい顔をしながらインデックスを見つめた。
「で、その術式ってのは具体的にどこにあるんだ?」
「......もしかしたら、口の中かもしれませんね。」
神裂が真剣な表情で言う。
「以前、イギリス清教の上層部から断片的に聞いたことがあります。インデックスの口の中にある紋章が、彼女の記憶と意識を制御する首輪のようなものになっているかもしれない......と。」
「そんなところに......。」
当麻は戸惑いながらも、意を決してインデックスに向き直った。
「インデックス、ちょっと口を開けてくれ。」
「へ?」
インデックスはぽかんとした顔をしながらも、言われるがままに口を開ける。
その奥——喉の奥に、確かに何かの紋章のようなものが刻まれているのが見えた。
「......これか......。」
当麻は右手をゆっくりと伸ばし、紋章に触れる。
次の瞬間——。
「——ッ!」
激しい光が部屋を満たし、結絆達は吹き飛ばされる。
その光と同時に、インデックスの瞳が虚ろになり、眼球の中に血のように真っ赤な魔法陣が浮かぶ。
「......ヨハネのペンを起動します。」
その声は今までのインデックスのものとは異なり、冷たく、威圧的な響きを持っていた。
ステイル達も直感的に危険を察知し、すぐさま臨戦態勢に入る。
「......こいつはかなりやばそうだねえ......。」
結絆が小さく呟くと同時に、インデックス——いや、「ヨハネのペン」となった彼女が手を掲げ、無数の魔法陣が空間に展開された。
「聖なる裁きの光よ、敵を滅せよ——」
無数の光の槍が彼女の周囲に現れ、結絆達に向かって降り注ぐ。
「くっ......!」
神裂が瞬時に斬撃を繰り出し、いくつかの光の槍を弾き飛ばす。
しかし、それでも数が多すぎた。
「おいおい、これは当たるとまずそうだねえ......!」
結絆は咄嗟に能力を発動し、脳内の構造を一部変更することで、反射速度を高める。
そして、迫りくる光の槍を寸前で回避する。
「当麻! 何とかできるかい?」
「やるしかねえだろ!」
当麻は拳を握りしめ、ヨハネのペンに向かっていく。
その戦いの行方は——まだ誰にも分からなかった。
「やはり制御を失ったか。......結絆さん、気をつけてください。彼女は今、十万三千冊の魔道書の知識を完全に支配している。」
ステイルが苦痛の表情を浮かべながら話す。
「いやあ、分かりやすくバケモンになったねえ......」
結絆は苦笑しつつも、すぐに自身の能力を駆使し、五感を最適化する。
インデックスの指先がわずかに動く。
その瞬間、結絆の背後の壁が爆裂した。
「!?」
一瞬遅れれば即死だった。
事前に察知していた結絆は直感的に横へ跳び、瓦礫の中を転がる。
「......第六感が働かなかったら即死だったな......これは予測魔術かい?」
「いや......彼女は今、すべての魔術を理解し、それを最適化して発動している。予測というよりも、完全なる迎撃の方が正しいね。」
ステイルが冷静に説明しつつ、すぐさまルーンを展開し、巨大な炎剣を生み出した。
「『汝、灼熱の崇拝により、神の敵を滅ぼせ——』!」
ステイルが炎剣を振り下ろす。
だが。
「——『神の庇護は火の粉を払う』」
インデックスが詠唱するや否や、ステイルの炎剣は途中で消滅し、完全に無力化された。
「なっ......!?」
「魔術の解析速度が尋常じゃないですね......」
神裂がすぐさま前へ出る。
「ステイルの魔術が効かないなら、物理的に押さえ込めば!」
神裂の剣が閃く。しかし、
「——『神速の盾』」
インデックスがつぶやいた瞬間、神裂の剣の軌道がねじ曲げられ、壁へと叩きつけられた。
「ぐっ......!魔術以外の対策も.....織り込み済みというわけですか.....」
「こりゃあ、本格的にヤバいかもねえ......」
結絆は舌打ちし、即座に能力を発動。
骨格を最適化し、瞬間的に聖人並みの出力を引き出す。
「これならどうかな......!!」
彼は一気に踏み込み、インデックスの懐へと飛び込んだ。
だが——。
「——『聖人崩し』」
次の瞬間、結絆の身体が異常な衝撃を受けた。
「——っ!?」
体を循環している力が爆発するような感覚。
瞬間、結絆の右腕がねじ切れ、左足が裂けた。
「ぐ、あぁ......っ......!」
視界が揺れる。
自身の体が崩壊しかけているのが分かる。
まるで、存在そのものが否定されるような感覚だった。
激痛が走り、視界が歪む。
「くそ......こいつ......!」
結絆は能力を駆使し、即座に細胞分裂を繰り返して回復を試みる。
だが、それすらも難しいほどの損傷だった。
「これが......『聖人崩し』か......」
結絆が歯を食いしばる。
インデックスの知識が、結絆の強みである『聖人に匹敵する身体強化』を逆手に取って完全に破壊しに来ていた。
「......やれやれ、簡単にはいかないねえ......!」
崩れ落ちそうな身体を支えながら、結絆は再び立ち上がった。
一方......
「結絆さん!」
神裂が結絆のもとへ駆け寄ろうとするが、それを遮るようにインデックス——否、ヨハネのペンの力に飲み込まれた少女が、冷徹な眼差しで彼らを見据えた。
「対象への魔術の効力を確認、引き続き、他の脅威に対処します。」
その瞬間、空間が軋み、神裂とステイルが同時に警戒態勢に入った。
「くっ......! 完全に迎撃されている......!」
ステイルは魔方陣を展開し、火炎魔術を放つ。
しかし、インデックスは詠唱を省略した超高速解析により、その炎を無効化する術式を即座に発動した。
「——《氷結の呪言》」
放たれた炎は、一瞬で凍りつき、霧散した。
「まずいね......即座に解析して対応されるのはたまったもんじゃないよ......」
驚愕するステイル。しかし、インデックスはすでに次の攻撃を準備していた。
「《雷よ敵を貫け》」
突如現れた魔法陣から稲妻が落ちるが、ステイルは間一髪で回避する。
「ならば......!」
「解析完了——『唯閃』、術式を無効化。」
神裂が斬撃を繰り出す。
しかし、それすらもインデックスの解析能力により回避される。
それどころか、逆に強烈な衝撃波が発生し、神裂の体が弾かれた。
一方、結絆は傷ついた体を再生しながら、その光景を見ていた。
「......これは、マズイねえ......」
彼は立ち上がり、ゆっくりとインデックスへ向き直る。
「......なら、こっちも......本気でいかせてもらおうかあ......!」
結絆は骨格を微調整し、再び、聖人並みの筋力と反応速度を得る。
そして、一瞬でインデックスとの間合いを詰め、拳を繰り出した。
結絆はインデックスへと猛進し、超高速の拳を放つ。
しかし、その拳が届く寸前——インデックスは冷静に彼の動きを見極め、淡々と宣告する。
「《聖人崩し》」
再び放たれた魔術により、結絆の体は今度こそ完全に爆砕されかける。
「「結絆さん!!」」
神裂とステイルが叫ぶ。
しかし、結絆はギリギリのところで再生を続け、僅かに残った意識で言葉を発した。
「......当麻......隙は作った、後は頼む......」
その言葉を聞いた当麻は、結絆が作った一瞬の隙をつき、右手を構えた。
そして......
「助かるぜ、結絆......インデックスを、救う!!」
彼の右手が、ヨハネのペンの力を打ち砕くべく、インデックスへと伸びる——。
次の瞬間、当麻の『幻想殺し』が輝きを放つ——。
当麻の右手がインデックスの額に触れた瞬間、強烈な光が弾けた。
「うわっ......!」
衝撃と共に、インデックスの体からヨハネのペンの力が霧散していく。
彼女の瞳に宿っていた神聖なる光は徐々に薄れ、やがて元の澄んだ緑色へと戻った。
「......」
インデックスの身体が力なく崩れ落ちる。直後、当麻も膝をついた。
「な、なんとか......止めた......」
しかし、その直後だった。
インデックスが最後に放った魔術の余波が、空間に微細なエネルギーの歪みを残していた。
それが拡散すると共に、周囲の大気が変質し始める。
「......まずい、これは......」
ステイルが顔をしかめた。
「この術式、揮発性の有害物質を伴っている。長時間吸い込めば脳に異常をきたすぞ......!」
「っ......!」
当麻の体が揺らぐ。
当麻は、インデックスを連れてその場を離れようとするが、傷口に痛みが走り倒れこんだ。
「当麻......?」
インデックスが目を開け、呆然と呟く。
しかし、当麻の表情には焦点がなかった。
「......なんだ、これ......頭が......っ!」
当麻の意識が崩れ落ちそうになる。
それはまるで記憶の断片が霧散していくかのような感覚だった。
「やべえ......このままだと、記憶が......!」
その時——
「そうはさせない!」
結絆の声が響いた。
再生が完了した結絆は、即座に当麻の側へと駆け寄ると、自らの能力を発動させた。
「俺の能力、ちょっとだけ応用してみるよお......!」
結絆の手が当麻の頭に触れる。
次の瞬間、彼の能力が、当麻の脳内の神経伝達を調整し、有害物質を除去、そして破壊されかけた記憶を再構築するように働きかけた。
「持ちこたえてくれよ......!」
しばらくして、当麻の体がふっと軽くなったように感じた。
「......あれ......?」
当麻の意識が、戻ってくる。
どうやらうまくいったようだ。
「......ふう、まったく......最後まで油断ならないねえ......!」
結絆が安堵の息を吐く。
「っぶねえ、記憶が飛ぶ寸前だった。」
当麻は息を整えながら、額の汗を拭った。
「とう、ま......」
インデックスはまだぼんやりとした表情を浮かべながらも、当麻をじっと見つめていた。
神裂とステイルも、それぞれ武器を下ろしていた。
「......とりあえず、一件落着、だねえ......。」
結絆の言葉と共に、ようやく静寂が訪れた。
この戦いは終わった。
しかし、インデックスを救うためには、まだやるべきことが残っている——。
インデックスが完全に意識を取り戻したのは、それから数時間後のことだった。
「......んん......?」
ベッドの上でゆっくりと目を開けたインデックスが視界に映ったのは、心配そうに覗き込む当麻の顔だった。
「インデックス......大丈夫か?」
「......とうま?」
彼女はまだ完全に状況を理解できていないのか、ぼんやりとした表情を浮かべていた。
結絆は腕を組んでその様子を眺めながら、ゆっくりと口を開いた。
「どうやら無事に目を覚ましたみたいだねえ......けど、問題はそこじゃない。」
「問題......?」
当麻が不安そうに結絆を見た。
結絆は少し肩をすくめながら、傍に立っていた操祈に視線を送った。
問題解決のために操祈を呼んだのである。
「記憶の問題よぉ。今のインデックスちゃんがどこまで覚えているか、ちゃんと確認しないといけないわぁ。」
操祈がにこやかに言いながら、インデックスの額にそっと手を当てる。
「えっと......わたし、えっと......とうま......?」
インデックスは困惑した表情を浮かべたまま、首を傾げる。
その反応を見て、操祈はため息をついた。
「やっぱり、記憶が完全に戻ってるわけじゃないみたいねぇ。」
「......また、記憶、消えてるの?」
インデックスが弱弱しく呟く。
当麻の表情が曇る。
それを見て、結絆は小さく頷いた。
「ヨハネのペンが暴走してた影響か、記憶が一部混乱してる可能性があるねえ。幸い、操祈と俺がいれば、ある程度は修復できると思うよお。」
「そんなことが、本当にできるのか!?」
ステイルが驚いたように眉をひそめる。
「もちろん。操祈の能力は精神操作。俺の能力もそれを補助する形で活用できるからねえ。学園都市が誇る精神系能力者の頂点を甘く見たらだめだよお。」
操祈は優雅に微笑みながら、再びインデックスの額に手を当てた。
「それじゃあ、始めるわよぉ?」
操祈が目を閉じ集中する。結絆も操祈の能力に合わせ、自身の能力を発動させる。
「インデックス......お前の記憶は、ここにちゃんと残ってる。だから、安心して思い出してくれ。」
当麻が少し離れたところから静かに言葉をかける。
「うん......わたし......とうま......ステイル......かおり......」
インデックスの目に、涙が浮かんだ。
そして、彼女の脳内に眠っていた記憶の断片が次々と呼び覚まされていく。
——初めての出会い。
——幾度となく危機を共に乗り越えた日々。
——ステイルや神裂と過ごした日々。
「......思い出した......!わたし......!」
インデックスの目から大粒の涙が溢れた。
「ステイル......!かおり......!」
彼女は泣きながら、二人の方へと飛び込んだ。
「インデックス......!」
ステイルは驚きながらも、その小さな体をしっかりと抱きしめる。
神裂も涙を堪えきれないまま、そっとインデックスの頭を撫でた。
「......本当に、良かった......!」
再び巡り会えた絆。その瞬間、結絆と操祈はお互いに小さく頷き合った。
「まったく、手間のかかる話だったねえ......」
「でも、これでみんなハッピーエンドってわけねぇ?」
「ああ!」
結絆と操祈と当麻は微笑みながら、遠くから再会を喜ぶ三人を眺めていた。
(ま、これで一件落着ってとこだねえ......)
そう思いながら、結絆は静かに笑みを浮かべるのであった。
禁書目録編は、ハッピーエンドで終わりました。
原作で、聖人崩しをペンデックスが使えたかは定かではありませんが、そこは突っ込まないでもらえると助かります......
次回からは日常編です。