食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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次回で過去編は終わりです。



空飛ぶカジノへ

夜の学園都市を、巨大な飛行船がゆるやかに漂っていた。

 

その名は《バードケージ》。

 

「鳥と遊ぶ、空の社交場」を謳い文句に、上層部の資産家や裏ギャンブラーたちが密かに集う、違法カジノだ。

 

外観はまるで優雅な遊覧船のように見えるが、内部では莫大な額の金が毎夜動いている。

 

結絆たちの標的としてはうってつけの場所だった。

 

「......空を飛ぶカジノかあ。面白い発想だねえ」

 

結絆は、浮遊エレベーターの床に手をつきながら、眼下に広がる都市の灯を見下ろした。

 

風が頬をなでる。

 

地上五百メートルの夜風は冷たく、少し鳥の匂いがする。

 

「面白いってより、めんどくさいだろ。戦闘になったら場所は空だぞ?下手すりゃ落ちる。って言っても俺達には関係ないか」

 

天城は肩をすくめ、スーツの袖を整えながら小さくため息をついた。

 

結絆は自己制御の応用で空間移動などが使え、天城は能力で浮遊できるので空中での戦闘もお手の物である。

 

今日の彼らは一般客を装って潜入するため、結絆も黒のジャケットに白シャツという落ち着いた服装だ。

 

髪を少し整えているので、どこか青年実業家のようにも見える。

 

昇降エレベーターが停止し、ドアが開く。

 

中から現れたのは、まるで南国の森を模したかのような広間だった。

 

天井には透明なドーム。

 

月明かりが柔らかく差し込み、緑の蔦が絡む梁の上を何十羽もの鳥が舞っている。

 

カジノの客たちはドレスやスーツを着こなし、肩や腕に止まった鳥たちを愛でながら談笑していた。

 

「ようこそ、《バードケージ》へ。お客様には、こちらのパートナーバードを」

 

受付の女性が、手のひらサイズの小鳥を差し出す。

 

白と青の羽を持つ小さなインコが、結絆の肩にちょこんと止まった。

 

その瞳はまるで宝石のように輝いている。

 

「おお、かわいいねえ。名前は?」

 

「こちらは“ルチル”と申します。お客様と波長が合う個体を選ばせていただきました」

 

「波長、ねえ......なるほど」

 

天城にも、黒と灰色の小さな鷹が手渡された。

 

その鋭い眼差しに、彼は思わず苦笑する。

 

「俺のはやけに怖い顔してるな。噛みつくんじゃねぇだろうな」

 

「性格が似てるんじゃないのかなあ?」

 

「誰が猛禽類だよ」

 

二人の軽口をよそに、空中カジノの喧騒は華やかに広がっていた。

 

ルーレットの音、カードを切る音、グラスの氷が鳴る音。

 

それらが混ざり合い、まるで優雅な音楽のようだ。

 

だがその奥底には、確かな腐臭、金と欲望の臭いが潜んでいる。

 

「さて、と。俺たちのここでの目的は情報だからねえ。派手に暴れるのは後だよお」

 

「分かってる。......どこに座る?」

 

「んー、あっちの卓だねえ。麻雀。常連が揃ってる」

 

結絆が指さしたのは、バーカウンターの奥にある四人卓。

 

テーブルの上には麻雀牌が並び、客たちは葉巻をくわえながら静かに勝負をしている。

 

そのうちの一人――恰幅のいい中年男が、彼らの方をちらりと見て笑った。

 

「見ない顔だな。新入りか?」

 

「少し腕試しに来たんだよねえ」

 

結絆は穏やかな笑みを浮かべながら席に着いた。

 

天城も隣に腰を下ろし、軽く卓を叩く。

 

「ルールは普通の四人打ちでいいかなあ?」

 

「構わないさ。ただし、ここじゃ負けたら“羽”をいくつか置いていくのがルールだ」

 

「へえ、面白い。つまり、鳥の一部を賭けるってことかあ」

 

牌が配られる。

 

その音とともに、結絆の目が一瞬、わずかに光を帯びた。

 

相手の指の動き、呼吸の速さ、目の焦点――すべてを自己制御による観察力で読み取る。

 

無意識のうちに「情報」を体で組み上げるその姿は、プロそのものである。

 

一局、二局。

 

結絆は淡々と勝ちを積み重ねていく。

 

常連客たちは笑いながらも、額にうっすら汗を浮かべていた。

 

「......あんた、ただの客じゃねぇな」

 

中年男が葉巻をくゆらせ、低く言う。

 

結絆は軽く首を傾げた。

 

「そう見えるかなあ?俺はただ、空が好きでね。いい景色を見ながら打つ麻雀って、なかなか乙なもんだと思わないかい?」

 

「......そういう口の利き方をする奴は、だいたい得体のしれないもんを持ってるんだがな」

 

「おっさん、あまり詮索しない方が身のためだぜ」

 

天城が笑うと、結絆も同じく柔らかく微笑んだ。

 

場の空気が、じわりと冷えていく。

 

「まあまあ。俺たちは、この《バードケージ》の“オーナー”について知りたくてねえ」

 

「......オーナーか?」

 

「うん、裏で誰が糸を引いてるのか。金の流れがどこへ向かってるのか。」

 

結絆の声は穏やかだが、その奥に鋭い圧があった。

 

中年男の頬がピクリと動く。

 

彼は視線をそらし、杯の酒をあおると、低くつぶやいた。

 

「......この空のカジノを動かしてるのは、“羽根持ち(ウィングホルダー)”だ。人間じゃねえ。鳥と一体化した能力者だ」

 

「ふうん。鳥と......ねえ。そりゃあ、空を飛ぶカジノにはぴったりだ」

 

結絆は立ち上がり、肩に止まるルチルを指で撫でた。

 

その小鳥が、まるで何かを察したように小さく鳴く。

 

「天城、今夜はもう一仕事だねえ」

 

「ったく......静かに終わることがねぇな、俺たちの夜は」

 

二人はテーブルを離れ、煌びやかなホールを後にした。

 

頭上では数百羽の鳥たちが一斉に舞い上がり、翼の音が空気を震わせる。

 

その羽ばたきは、嵐の前の序曲のようだった。

 

 

 

 飛行船《バードケージ》の上層、白と金を基調にしたVIPフロア。

 

天井には無数の鳥たちが羽ばたき、ガラス張りの窓の向こうには学園都市の夜景が広がっていた。

 

光の海の中を悠々と飛ぶその巨大な飛行船は、まるで空中庭園そのものだ。

 

カジノエリアの奥、重厚な扉の先に設けられた「特別卓」、そこに、食蜂結絆と天城圭吾は案内されていた。

 

テーブルの向かいに座るのは、白い羽根のような装飾を背に揺らす男。

 

目元は細く、笑っているのか睨んでいるのか判別できない。

 

《バードケージ》のオーナー、通称“羽根持ち(ウィングホルダー)”。

 

その隣には、青い燕尾服に身を包んだ側近の青年が控えている。

 

「歓迎するよ、学園都市の怪物たち」

 

羽根持ちの声は柔らかいが、その奥に冷たい鋭さがあった。

 

「君たちが下の違法カジノ《リヴィエラ》を潰したって聞いてね。いやあ、商売敵が減るのはありがたいけど......代わりに荒事が増えるのは困るんだ」

 

「こっちとしても好んで荒事をする気はないよお。俺たちはただ、強い者と正々堂々勝負するのが好きなだけでねえ」

 

結絆は頬杖をつきながら微笑んだ。

 

「ふふ......言うじゃないか。ならばちょうどいい。ここでは暴力は禁止、勝負は“麻雀”で決めようじゃないか」

 

羽根持ちはテーブルに手を置くと、背中の羽根がふわりと広がった。

 

その瞬間、室内の空気が震える。

 

周囲の鳥たちが反応して一斉に羽ばたき、天井に設置された照明が揺れた。

 

彼の能力はまだわからないが、その存在だけで異様な圧力を放っている。

 

天城が椅子を引き、静かに座る。

 

「......上等だ。情報をもらうついでに、稼がせてもらう」

 

結絆と天城、羽根持ちとその側近。

 

四人の間に自動卓が静かに動き出し、牌が軽やかな音を立てながら配られていく。

 

 

 

 東一局。

 

最初に動いたのは、結絆だった。

 

軽く牌を撫で、わずかに口元をゆるめる。

 

自己制御によって全神経を研ぎ澄ませている彼の視線は、捨て牌の微妙な揺れや、指先のわずかな動きをも見逃さない。

 

「この空気......微妙に風が流れてるな」

 

天城が手の中を整えながら、囁くように言った。

 

「......感じるねえ。鳥の羽ばたきと同期してる」

 

結絆の返事と同時に、彼は一気にツモを進めた。

 

数巡後、静かに牌を倒す。

 

「ツモ。跳満だよお」

 

場の空気が揺れた。

 

「......ほう。強運の持ち主か。まるで“風”を読むみたいだな」

 

羽根持ちは微笑を保ちながらも、ほんの一瞬だけその指先が止まった。

 

「風も流れも、少し制御できるだけだよお」

 

結絆は軽く肩を竦め、天城と目を合わせた。

 

だが、次の局から様子が一変する。

 

東二局、親は羽根持ち。

 

その瞬間、部屋全体の空気が変わった。

 

静かな羽音が、まるで風の渦を作るように卓の周囲を取り囲む。

 

羽根持ちが指を鳴らすと、天井から一羽の白鷲が舞い降り、その羽が静かにテーブルに落ちた。

 

「俺の麻雀は風だ。どこに舞うかは、鳥たちが教えてくれるのさ」

 

始まると同時に、羽根持ちはまるで牌が見えているかのような動きを見せた。

 

たった三巡でテンパイしたようで、即座に「リーチ」。

 

そして、結絆たちに対して容赦なく「ロン」。

 

それも立て続けに。

 

最初の一撃が満貫、次が跳満。

 

彼の指が動くたびに、周囲の鳥たちが鳴き、風が牌山の一部を微かに揺らす。

 

観察していた結絆は、眉をひそめた。

 

「......おかしいねえ。山が不自然にずれてる。いや、ずらされてる」

 

「風を使って牌の位置を操作してるってことか?」

 

天城の瞳が鋭くなる。

 

「もしそうなら、親番で風を操られている限り、完全に支配される」

 

羽根持ちは楽しげに笑った。

 

「“鳥と風の言葉”を知らない者には理解できないだろう。ここは《バードケージ》、この空の王は僕だ」

 

側近が控えめに笑う。

 

「オーナー、次は倍満を狙ってください」

 

その言葉に、結絆は静かに卓を見つめた。

 

彼の中で、わずかに何かが燃え上がる。

 

自己制御を駆使して、聴覚を研ぎ澄ます。

 

聞こえる。

 

空気の震え、羽ばたきの周期、そしてほんの僅かに動く牌山の音。

 

風の方向を、掴める。

 

「ふふ......なるほどお。そういう仕組みかあ」

 

結絆はゆるりと微笑み、指先で自分のツモ牌を撫でた。

 

「じゃあ、こっちも少し“風”を読ませてもらおうかねえ」

 

その様子を見た天城は、静かに目を閉じた。

 

「......結絆、まさか」

 

「大丈夫だよお。風を使うなら、流れを逆にすればいいだけだからねえ」

 

羽根持ちの笑みがわずかに崩れる。

 

卓上で見えない“風”がぶつかり合い、空気がきしむ。

 

鳥たちがざわめき、部屋の温度が一瞬で下がった。

 

羽根持ちはその異変を察し、軽く指を鳴らす。

 

「......ほう。君も風を操るか。そう来なくては面白くないね」

 

「操ってるんじゃないよお。読んでるだけさ」

 

結絆の瞳がわずかに光を帯びる。

 

「君が鳥を通して感じ取る空気の流れ、それを俺は身体で掴む」

 

その言葉に、羽根持ちは再び微笑を浮かべた。

 

しかし、その笑みの奥には明らかな動揺が見えた。

 

「面白い。ならばこの勝負、風と風の戦いだ」

 

牌が再び配られ、次の局が始まる。

 

見えない空気のぶつかり合いの中で始まった麻雀。

 

その勝負は、もはや運や技ではなく、能力者同士の“空間支配”に近いものへと変わっていく。

 

 

 

 《バードケージ》の特別卓。

 

結絆の健闘によって羽根持ちの親番が終わり、場は再び静寂を取り戻していた。

 

だが、その空気の奥には、先ほどまでの風の流れがまだ蠢いていた。

 

結絆は目を細め、深く息を吸い込む。

 

その瞬間、体の内部に宿る“自己制御(セルフマスター)”が静かに働き始めた。

 

視覚中枢の信号を増幅させ、周囲の微弱な電磁波を“像”として捉える。

 

結絆の網膜に、透明な牌山の内部構造が浮かび上がった。

 

指で触れることなく、すべての牌の位置がわかる。

 

さらに、羽根持ちとその側近の指先の動き、心拍、視線の向き。

 

まるで透過された映像のように、手牌の中身までもが“視界の層”として広がっていく。

 

(これで、相手の仕込みは全部見えるねえ......)

 

結絆は心の中でつぶやきながら、無表情を保った。

 

すでに次のツモで上がり牌が引けることを確認している。

 

捨て牌の流れも、風の動きも完璧に読めていた。

 

ここでツモれば勝ち。

 

静かに手を伸ばしたその瞬間。

 

「ポン!」

 

羽根持ちが柔らかく声を上げた。

 

その直後、卓の周囲を漂っていた鳥たちが一斉に羽ばたき、空気が乱れる。

 

羽根持ちの鳴きによって、結絆のツモ順が入れ替わった。

 

手の中に来た牌は、狙っていたものとは異なる。

 

(......ツモ番がずらされた?)

 

結絆の目が細くなる。

 

だが、すぐに体内の感覚をリセットし、再び透視を展開した。

 

新しい山の配置、風の流れ——次のツモ順を読み直す。

 

また次巡、上がり牌が一枚待っているのを確認した。

 

今度こそ、と指を伸ばしかけたとき

 

「ポン」

 

今度は側近が口を開いた。

 

まるでタイミングを見計らったように、結絆の狙いを遮る。

 

チー、ポンの声とともに、再び鳥たちが旋回し、空気の流れが撹拌される。

 

ツモ順はまたもずらされ、結絆の手に来たのは不要牌だった。

 

「......ふうん、そう来るんだねえ」

 

結絆は唇を歪めて笑った。

 

その笑みに、羽根持ちがにこやかに応じる。

 

「風は気まぐれだからね。ツモも流れも、運のうちさ」

 

「運、ねえ。......あんまり都合が良すぎる“風”だと思わない?」

 

「タネは大体わかったが、どう対処する、結絆?」

 

天城が隣で牌を撫でながら、低くつぶやいた。

 

結絆は無言で頷く。

 

羽根持ちの能力は“鳥を操る能力”、つまり、能力によって鳥たちの視覚と感覚をリンクし、空間の情報を共有している。

 

鳥たちは、結絆と天城の手牌を上空から覗き見ていた。

 

そして、その情報を羽根持ちと側近が受け取り、最適な鳴きを選び、ツモ順を狂わせているのだ。

 

完璧な連携。

 

まるで卓全体が羽根持ちの支配領域になっていた。

 

(鳥が俺たちの手を見てるわけかあ......)

 

結絆は舌打ちを飲み込み、目を閉じた。

 

皮膚の表面温度を下げ、呼吸を止める。

 

脳内のノイズを消し去り、透視の感覚をより純粋な形に研ぎ澄ます。

 

その結果、鳥たちの視線が自分たちに集中する“角度”まで見えてきた。

 

(なるほど、位置取りも計算済みってわけねえ)

 

結絆がゆっくりと口を開く。

 

「風の正体、わかった気がするよお」

 

羽根持ちが一瞬だけ眉を動かした。

 

側近は軽く笑う。

 

「何のことです?ここでは誰もイカサマなんて」

 

「イカサマなんて言った覚えはないけどねえ。まあ、鳥たちが手牌を見てることと、お前たちが風牌の位置を把握してることはわかってるよお」

 

結絆の声に合わせて、鳥たちの羽音がピタリと止まった。

 

まるで動揺しているかのように、数羽が飛び立つ。

 

羽根持ちは静かに指を組み、ため息をつく。

 

「......さすがだ。あの《リヴィエラ》を潰しただけはあるね」

 

「褒め言葉と受け取っておくよお。さあて、ここからは畳みかけるよお」

 

今度は、結絆の視線がゆっくりと鳥たちをなぞる。

 

その眼差しに、鳥たちは怯えたように距離を取った。

 

「......さて、“風”を止めてみようかあ」

 

結絆の口がゆるやかに動く。

 

静寂の中、鳥たちの羽音がひとつ、ふたつと消えていく。

 

空気の流れすらも凍りつくような冷気の中で——勝負の核心が、ようやく姿を現そうとしていた。

 

《バードケージ》のVIP卓を取り巻いていた鳥たちは、羽根を半ば広げたまま、動きを止めていた。

 

「......結絆、お前、今何をした?」

 

天城の問いに対して、結絆は、いつものように気の抜けた微笑みを浮かべていた。

 

「んー?ちょっと空気を震わせただけだよお」

 

その“空気の震え”がどれほど異常なものだったか、天城が気付くには少しの時間を要した。

 

 

 

 先ほど結絆が口を開いた瞬間、空気の密度が変化した。

 

耳では聞こえない音が、卓の周囲を包み込んでいたのだ。

 

そして、それを最初に感じ取ったのは鳥たちだった。

 

数十羽ものカラフルな鳥が、悲鳴を上げる間もなく空中でくるりと回転し、ばたばたと床に落ちていく。

 

翼が卓の脚にぶつかり、羽が宙に舞う。

 

しばらくして室内は、白や紅、青の羽毛がひらひらと舞う幻想的な光景に包まれた。

 

だが、それを美しいと思う余裕は誰にもなかった。

 

羽根持ち(ウィングホルダー)の瞳が鋭く光り、憤怒を宿した声が響く。

 

「......超音波を使いやがったな」

 

その声は低く、怒りを押し殺した冷たさを帯びていた。

 

だが、結絆は肩をすくめて笑う。

 

「超音波?人間がそんな高い周波数の音を出せるわけないじゃないかあ」

 

口調は軽い。

 

しかし、その笑みの奥にある“否定する気がない”という挑発を、羽根持ちははっきりと感じ取った。

 

「やられたね......」

 

「まあまあ、怒らないでよお。鳥さんたちがちょっと疲れちゃっただけだよお。休ませてあげた方がいいでしょお?」

 

羽根持ちの背中の羽が音を立てて逆立つ。

 

彼の殺気が、室内に充満した。

 

しかし、結絆はそれを無視して手牌を整え、軽く牌を叩いた。

 

「ツモ」

 

静かな一言。

 

結絆がゆるく手牌を倒すと、卓上には美しい清一色が並んだ。

 

「すげえな......流れを完全に掌握してるじゃねえか」

 

天城が目を丸くする。

 

結絆は笑いながらチップをかき集める。

  

結絆の自己制御は肉体の調整だけでなく、聴覚や発声、呼吸器官の共鳴まで制御可能なのだ。

 

つまり、声帯の振動数を通常ではあり得ない域まで高め、音波の干渉で周囲の小動物を気絶させる、そんな芸当を、本当に人間の身体でやってのけた。

 

(まったく......結絆は底知れねえな)

 

天城は苦笑しながらも、結絆の隣で牌を捌く。

 

一方で、羽根持ちは明らかに動揺していた。

 

鳥たちとの感覚共有が途絶えたことで、これまでの“風”の優位性を完全に失っていたのだ。

 

しかも、結絆の打ち筋は常軌を逸している。

 

運と実力、二つの面で結絆は常軌を逸している。

 

「リーチ」

 

結絆の指が軽く動いた。

 

羽根持ちの目が細くなる。

 

もう鳥はいない。

 

それでも“風”は震えている。

 

場が、結絆によって完全に支配された。

 

羽根持ちは捨て牌を放つ。

 

「ロン!」

 

「どうやら風向きが変わったみたいだな」

 

二人の会話が淡々と交わされる。

 

それとは対照的に羽根持ちたちの表情は優れない。

 

次局。

 

結絆の配牌は、まるで意志を持っているかのように整っていた。

 

天城がため息をつく。

 

「......国士、だな」

 

天城が隣で牌を見て小声で呟く。

 

配牌の時点で必要な十三種がすべて揃い、残る一枚を待つだけという状況。

 

結絆は涼しい顔で、獲物を借る準備を進める。

 

結絆は微笑みながら打牌を進める。

 

自己制御による精密な反射神経でツモの順番、残り牌の位置、他家の反応、空気の流れまでを正確に計算。

 

羽根持ちは思わず息を呑む。

 

「ば、馬鹿な......国士を狙ってるにしても早すぎる......!」

 

側近が青ざめながら牌を握る手を震わせる。

 

だが羽根持ちは自分を奮い立たせるように卓を叩いた。

 

「僕が負けるわけがないッ!僕は空を統べる者、《バードケージ》の主だぞ!」

 

羽根を広げるように腕を伸ばし、威圧的に叫ぶ。

 

だが、勝負はすでに決していた。

 

結絆の眼差しが冷たく光る。

 

次の瞬間、羽根持ちの捨て牌を見た結絆は......

 

「ロン」

 

結絆の声が静かに響く。

 

卓の上に放たれた一枚、それは結絆の待ち牌だった。

 

「国士無双十三面待ち。ダブル役満だよお」

 

「やるな、結絆。四巡目国士なんて、漫画の中でも見たことねぇよ」

 

静寂のあと、天城が感嘆の息を漏らす。

 

「ふふ、運も実力のうちってやつだよお」

 

羽根持ちは呆然と牌を見つめ、やがて机に突っ伏した。

 

「......僕の負けだ。約束通り情報を渡すよ」

 

 

 

 それから数時間後。

 

《バードケージ》の船内は、もはや賑わいの影もなかった。

 

操られていた鳥たちはすべて眠りにつき、結絆と天城は鳥たちを慎重に保護していた。

 

「この子たち、操られてたんだな」

 

「うん。神経に干渉する微弱な電磁波でね。まあ、羽根持ちが能力を解除したから大丈夫だけど」

 

結絆が手をかざすと、鳥たちの羽が柔らかく光り始めた。

 

やがてその光が収束し、鳥たちは穏やかな鳴き声を上げながら目を覚ます。

 

「さあ、自由になったんだ。君たちは俺のマジックシアターに来たらいいよお」

 

「またお前の動物園エリアが賑やかになるな」

 

天城が笑うと、結絆は満足げに頷いた。

 

「今度は鳥を使ったショーをやってみたいんだよねえ。この子たちがステージを舞う姿、きっと最高だと思うよお」

 

その目には少年のような純粋な輝きと底知れない闇が混じる。

 

一方、羽根持ちは書類を結絆へ手渡した。

 

「学園都市内の違法カジノのリストだよ。君たちの目的に合った情報じゃないかな」

 

「やけにあっさり渡してくれるんだねえ?」

 

「君は知らないと思うけど、僕は君に恩があるからね。約束はちゃんと守るよ」

 

結絆は軽く笑いながら、天城に視線を送る。

 

「天城、データは任せたよお」

 

「了解」

 

外では、鳥たちが自由に飛び立っていく。

 

マジックシアターの新たな仲間として、空を切り開くように。

 

そして、飛行船《バードケージ》はゆっくりと降下を始めた。

 

所有者を失った船体は、まるで束縛から解放されたかのように、静かに海風へと流れていく。

 

結絆はその様子を見送りながら、データを見つめて微笑んだ。

 

「これでまた、マジックシアターは広くなるねえ」

 

天城が肩をすくめる。

 

「お前、ほんとにやることが派手だよな」

 

「派手じゃないと、夢は広がらないでしょ?」

 

風が二人の髪をなびかせる。

 

結絆は空を見上げる。

 

その瞳は、すでに次の標的を見据えていた。




ストックが切れてきたので、過去編が終わったら毎日投稿ではなくなると思います。
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