食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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常盤台の悪夢の話は今回で終わりです。


常盤台悪夢事件その3

 翌朝

 

マジックシアターの居住エリアにある談話室には、朝の柔らかな光が差し込んでいた。

 

水族館エリアの大水槽では、イルカのアトラスがゆったりと泳ぎ、動物園エリアではレグルスが猛獣たちを従え、心を落ち着かせてくれる光景が広がっている。

 

だが、居住エリアに集まった面々の表情は、どこか重かった。

 

「......改めて、集まっていただき感謝いたしますの」

 

白井黒子はそう切り出し、膝の上で指を組んだ。

 

隣には御坂美琴、向かい側には帆風潤子と弓箭入鹿。

 

全員、昨夜ほとんど眠れていない顔をしている。

 

「大体の話は聞いたわ」

 

美琴が腕を組みながら言う。

 

「常盤台の女子寮だけじゃなくて......帆風さんや入鹿さんまで、悪夢を見てるって」

 

「はい......」

 

帆風は小さく頷き、視線を落とす。

 

「内容は違いますけれど......どれも、“一番怖かった記憶”をなぞるような夢でした......」

 

「私も......同じですわ」

 

入鹿は短く息を吐いた。

 

「結絆さんが......目の前で、消える夢を......」

 

その名前が出た瞬間、空気がわずかに張りつめた。

 

「......それで」

 

黒子は、部屋の奥に視線を向ける。

 

「今日は、“結絆さんの分身体”に、直接相談させていただくことになりましたの」

 

まるでその言葉を待っていたかのように。

 

「気付けなくてごめんねえ」

 

結絆の分身体が重々しく口を開く。

 

だが、その体は崩れかかっている。

 

「......結絆さん!」

 

帆風が思わず立ち上がる。

 

入鹿も、黒子も、美琴も、結絆の声を聴いて少し安心する。

 

「とりあえず、全員無事でよかったよお」

 

結絆の分身体は穏やかに微笑んだが、その瞳の奥には、普段よりもずっと鋭い光が宿っていた。

 

「黒子から大体の状況は聞いてるよお。常盤台女子寮を中心に、悪夢が連鎖的に発生。内容は個人ごとに違うけど、深層心理、特に“恐怖”や“後悔”を的確に突いてくるらしいねえ。」

 

そう言ってから、少し間を置く。

 

室内の空気が、ひやりと冷えた。

 

「結絆......あんた、何か心当たりあるの?」

 

美琴が鋭く尋ねる。

 

結絆は、ゆっくりと頷いた。

 

「あるよお。というより......これは、狙われたねえ」

 

「狙われた......ですの?」

 

黒子が眉をひそめる。

 

「俺の本体は今、イギリスにいるからねえ。その間、この分身体は、かなり広い距離を隔てて維持されてる」

 

結絆は自分の胸に手を当てる。

 

「普段なら問題ないんだけどお......魔力の流れが不安定になる“隙”が、どうしてもできる。そこを、精神干渉系の何者かに突かれたと思うよお......」

 

言葉は穏やかだが、そこに込められた感情は、確かな怒りだった。

 

「じゃあ......あの怪物とか、見えない“何か”は......」

 

「外部から夢に侵入するための中継器みたいなものだねえ」

 

結絆は静かに答える。

 

「本体を直接狙うには遠すぎる。だから、俺の仲間の心を削って、間接的に揺さぶってきたのかもしれないねえ」

 

帆風の肩が、わずかに震えた。

 

「......そんな......」

 

「大丈夫だよお」

 

結絆はすぐに、優しい声で続けた。

 

「このまま放っておく気は、俺にはないからねえ」

 

その瞬間。

 

分身体の輪郭が、ほんの一瞬、強く輝いた。

 

「俺の本体は、今からイギリスを発つ。一旦マジックシアターに戻って、分身の魔術を再構築するよお」

 

「再構築......?」

 

美琴が問い返す。

 

「距離に依存しない形に、作り直す。たとえ次元や大陸を隔てていても、分身体が揺らがないようにねえ。最近は悪魔に加えて天使の力も使えるようになったからできるはずだよお」

 

結絆は、きっぱりと言い切った。

 

「それが終われば、今回みたいな悪夢干渉は、二度と通用しなくなる。まあ、皆も元凶に仕返ししたいと思うから調査も並行して行うよお」

 

その言葉に、全員の表情が少しだけ緩んだ。

 

「......さすが結絆さんですの!」

 

黒子が小さく息を吐く。

 

「でも......今夜までは、少し不安が残るよねえ」

 

結絆はそう言って、ふっと柔らかく笑った。

 

「だからさあ」

 

そして、少し照れたように、こう続ける。

 

「今日の夜は、寝るときに手をつないで不安を和らげるよお」

 

「......は?」

 

美琴が一瞬、素っ頓狂な声を上げる。

 

「い、いきなり何言ってんのよ!」

 

「でも、効果はあるよお?」

 

結絆は悪びれもせず言う。

 

「昨日は美琴は黒子の夢に干渉できたんだよねえ?悪夢を和らげるのと元凶を突き止めるためにはこれが一番だと思うよお」

 

帆風は、少し頬を赤らめながらも、そっと頷いた。

 

「結絆さんの本体と離れていても、それなら安心です」

 

入鹿も、視線を逸らしつつ言う。

 

「お姉様も本当は嬉しいんですわね?」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

美琴は慌てて抗議しかけたが、結絆の穏やかな視線と、黒子の表情を見て、言葉を飲み込んだ。

 

「......一晩だけだから」

 

「気に入ってくれたら毎晩するよお」

 

結絆は、彼女たちに優しく微笑んだ。

 

悪夢は、まだ完全には消えていない。

 

だが、守る意思も、対抗する術も、ここには確かにある。

 

 

 

 そして、その夜のこと。

 

マジックシアターの居住エリアは、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 

他のエリアの照明も落とされ、回廊には淡い間接光だけが灯っている。

 

その一室。

 

ベッドの上で、御坂美琴は仰向けになっていた。

 

ちなみに美琴や黒子は常盤台中学の女子寮とマジックシアターの居住エリアで交互に寝泊まりしている。

 

「......正直、ちょっと落ち着かないわね」

 

小さく呟いたその声に、隣で腰掛けていた結絆の分身体が、くすりと笑う。

 

「大丈夫だよお。ちゃんと手、握ってるからねえ」

 

美琴の右手は、結絆の分身体の左手にしっかりと包まれていた。

 

「......ほんと、あんたってこういう時は変に頼りになるんだから」

 

「褒め言葉として受け取っておくよお」

 

美琴は鼻を鳴らし、目を閉じる。

 

胸の奥でざわついていた不安が、ゆっくりと沈んでいく。

 

やがて、意識は自然と闇へと落ちていった。

 

   

 

 ピシッ。

 

嫌な音で、美琴は意識を取り戻した。

 

「......っ」

 

視界に広がるのは、見覚えのある光景。

 

それは、大覇星祭の真っただ中

 

空は不自然に歪み、地面には亀裂が走っている。

 

街灯は明滅し、電線が不安定に火花を散らしていた。

 

「......これ......」

 

美琴は歯を食いしばる。

 

「能力が......暴走した時の......」

 

1週間ほど前、木原幻生の手によって自身の能力が制御を失い、周囲を危険にさらしたことがあった。

 

何度も見たくないと思っていた記憶。

 

掌に意識を集中させると、ばちばち、と強すぎる電気が漏れ出す。

 

「っ......止まらない......!」

 

放電が勝手に走り、地面を焦がす。

 

雷鳴のような音が鳴り響き、遠くで何かが崩れる。

 

「また......この夢......!」

 

美琴は息を荒げ、周囲を見回す。

 

そのとき、歪んだ影が蠢いた。

 

紫色の球体が姿を変え、角を持つ人型の姿を形作る。

 

赤く光る目。

 

ねっとりとした笑み。

 

「くく......恐怖、後悔、焦燥......最高だ」

 

耳障りな声が、頭の中に直接響く。

 

「人間の負の感情は......実に、甘美だ」

 

「......あんたが......元凶ね」

 

美琴は睨みつけるが、電撃は制御できず、暴走は止まらない。

 

「無駄だ。ここは夢。君の恐怖が、力になる世界さ」

 

悪魔が嗤う。

 

視界が歪み、かつての失敗の映像が次々と再生される。

 

倒れる人影。

 

悲鳴。

 

自分の力に怯える自分自身。

 

「やめなさい......!」

 

叫んでも、悪夢は止まらない。

 

その瞬間。

 

「......結絆!」

 

美琴は、思わず叫んでいた。

 

「助けて!」

 

その声に応えるように。

 

ぱきん、と空気が割れた。

 

「呼んでくれてありがとう、もう大丈夫だよお」

 

優しい声。

 

次の瞬間、空が裂け、光の中から結絆の分身体が降り立った。

 

「......っ!」

 

美琴の胸が、一気に軽くなる。

 

「遅いわよ!」

 

「夢に干渉するのは初めてだから許してほしいよお」

 

そう言いながらも、結絆はすぐに美琴の前に立った。

 

彼が指を鳴らすと、暴走していた電撃が、嘘のように静まる。

 

「......え」

 

「美琴の力は、暴走してるんじゃない。揺さぶられてるだけだよお」

 

結絆は振り返り、微笑む。

 

「俺がいるからこれ以上は好き勝手させないよお」

 

美琴の背中に、温かな感覚が広がった。

 

美琴の呼吸が整い、掌の電気が制御された形で収束していく。

 

「......できる......」

 

美琴は、拳を握った。

 

「じゃあ、今からはこの悪魔をぶっ飛ばせばいいのよね!」

 

「そういうことだねえ」

 

結絆と美琴は一歩前へ出た。

 

 

 

 悪魔は不愉快そうに舌打ちする。

 

「ちっ......守護者気取りか。だが俺は人の負の感情によって顕現する存在だ。何度倒しても」

 

最後まで言わせなかった。

 

結絆は、無言で距離を詰める。

 

「は?」

 

次の瞬間。

 

ドゴォッ!!

 

結絆の拳が、悪魔の顔面を正面から打ち抜いた。

 

「ぶはっ!?」

 

悪魔の体が吹き飛び、地面を転がる。

 

「ちょ......ちょっと!?殴るの早すぎない!?」

 

美琴が目を見開く。

 

「俺の大切な人達を傷つけてタダで済むと思うなよ......」

 

結絆は瞬時に距離を詰め、今度は腹に一発。

 

バキッ!

 

「がっ......!」

 

さらに追撃。

 

顔、腹、顎。

 

容赦のない連打。

 

「ぐ......っ......!」

 

悪魔は為す術もなく、地面に叩き伏せられた。

 

「......ちょっと、ボコボコにしすぎでしょ......私の分も残しといてよね」

 

美琴が引き気味に呟く。

 

結絆は悪魔の胸倉を掴み、持ち上げた。

 

「さて。尋問の時間だねえ」

 

「......く、くく......無駄だ」

 

悪魔は血反吐のような黒い靄を吐きながら笑う。

 

「俺は人の負の感情によって顕現する存在だ。恐怖や後悔がある限り......何度倒しても復活できる......!」

 

それを聞いて。

 

「ふうん」

 

結絆は、にっこりと笑った。

 

そして、あっさりと言う。

 

「じゃあ、君のことを何度でもボコボコにできるねえ」

 

「......は?」

 

悪魔が呆けた声を出した。

 

「負の感情がある限り出てくるなら......そのたびに俺と皆で殴ればいいよねえ」

 

結絆は振り返り、美琴を見る。

 

「ねえ、美琴」

 

「......なに?」

 

「もうすぐ発売予定のインディアンポーカーの中身として、この悪魔をボコボコにする“夢のミニゲーム”、常盤台中学で配ろうと思うんだけど」

 

「......はあ!?」

 

美琴は一瞬呆れたが、すぐに口元を吊り上げた。

 

「......面白そうじゃない。カウンセリングも兼ねられるから丁度いいわね」

 

悪魔の顔が、引きつる。

 

「ま、待て......!?」

 

「悪魔をボコボコにしてポイントゲット。ポイントは集計して上位者には景品もあげようかあ。ストレス発散にもなるよねえ」

 

「......それ、絶対流行るわね」

 

美琴は腕を組み、うんうんと頷いた。

 

「悪夢対策にもなるし、一石二鳥じゃない」

 

「しっかりと反省してもらわないとねえ」

 

二人に挟まれ、悪魔は引きつった笑みを浮かべる。

 

「あ、悪魔め......」

 

「悪魔にそのセリフを言われるとツボりそうになるねえ。ということで、これからはストレス発散の道具として役に立ってもらうよお」

 

次の瞬間、美琴の本気の超電磁砲が悪魔の体を貫いた。

 

そして、視界が白く染まっていく。

 

   

 

 朝。

 

マジックシアターの一室で、美琴は目を覚ました。

 

隣には、椅子に座ったまま自分のことを見守ってくれている結絆の分身体。

 

手は、まだしっかりと握られている。

 

「......夢......だった、わね」

 

だが、不思議と怖さは残っていなかった。

 

「......結絆、ありがと」

 

小さく呟き、手を握り直す。

 

(......悪夢なんて、来たら来たで......ぶっ飛ばせばいいわよね)

 

そう思えるだけの、確かな強さと安心が、そこにはあった。

 

常盤台の悪夢は、確実に終わりへ向かい始めていた。




蜜蟻や悠里は精神系能力者なので、悪夢を見ていないという感じになっています。

次回からは、天賦夢路編です。
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