食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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今回からは、天賦夢路編です。


天賦夢路編
インディアンポーカー


 マジックシアター地下、技術部ラボフロア。

 

ホログラムの回路図が宙に幾重にも浮かぶ中、結絆は作業台に置かれたトランプ大のカードを手に取っていた。

 

「......ついに、商品化できるんだねえ」

 

それは、一見すると普通のマジックシアター公式デザインのカード。

 

だが内部は特殊な構造になっており、使用者の“夢の残滓”、つまり、睡眠中に見たイメージの断片を安全に定着・再生できるようになっている。

 

その名称は《インディアンポーカー》。

 

かつて結絆が才人工房にいた頃、同名のカードは、洗脳ツールとして使われることもあった。

 

夢を媒介にして深層意識に干渉する、あまりにも危険な技術。

 

「まさか......あれを、こんな形で使うことになるとはねえ......」

 

彼は苦笑しながらも、カードを裏返し、微細な安全刻印を確認した。

 

技術部が施した改良点は徹底している。

 

もはや、洗脳のための道具ではなく、他者の夢を楽しめる娯楽用デバイスである。

 

結絆は説明用モニターを眺めながら、腕を組んだ。

 

「夢ってさあ......誰にだって、一度は見せてみたい瞬間があるよねえ。楽しい夢、切ない夢、変な悪夢......。それらを安全に共有できれば、この街はもっと面白くなると思うんだよお」

 

技術部メンバーたちは、盛大に頷いた。

 

「確かに......!夢の見せ合いとか、絶対流行ります!」

 

「カップル向けパックも販売しましょう!」

 

「都市伝説閲覧系の夢、ガチャ形式にすれば売れるのでは?」

 

「熱くなりすぎだよお」

 

結絆は笑って制止した。

 

 

 

 そして結絆の予想通り、インディアンポーカーは学園都市全域で一斉販売され、瞬く間に社会現象になった。

 

常盤台中学では、悪夢を見せていた悪魔をボコボコにする夢が大流行している。

 

一方、駅前では若者たちが、くすくす笑ったり驚いて声をあげたりしている。

 

「面白すぎだろ、あの夢!?巨大ゲコ太に追われてたんだけど!」

 

「やめて!私の黒歴史、見ないでってば!」

 

動画投稿サイトには、“レアドリーム開封動画”“ホラー系夢まとめ”“絶景夢ベスト10”といった企画が次々と投稿され、マジックシアターの売上は初週で天井知らずである。

 

技術部から速報が届いた時、結絆はラウンジのソファで紅茶を飲んでいた。

 

「結絆さん、カード売上が想定の十倍を超えてます!!」

 

「おお......無事ヒットしたねえ......常盤台中学からの感謝状も届いたしいい感じだねえ」

 

肩の力を抜き、ほっと息を吐く結絆。

 

かつて人を縛るために使われた技術が、今では人を楽しませるために使われている。

 

その事実が、何より嬉しかった。

 

その時

 

ドアが勢いよく開き、ひとりの少女が飛び込んでくる。

 

「お兄ちゃーん!!」

 

美管は満面の笑顔で結絆の前まで駆け寄ると、机のカードケースを覗き込む。

 

美管はかつてドリーと呼ばれていた美琴のクローンである。

 

生き返った後に、結絆の妹になるにあたって美管と名付けてもらった。

 

「これが噂のインディアンポーカー?」

 

「そうだよお。試しに俺の記憶を書き込んでみたんだよねえ」

 

能力者の中にはインディアンポーカーに直接データを刻むことができるものもいる。

 

結絆がムルムルの力で蘇らせた才人工房出身の能力者たちも、面白い夢をインディアンポーカーに書き込むために能力を使用していたりする。

 

「ほんとに他人の夢見られるんだよね!?ねえねえ、早速やってみたい!」

 

興奮を隠しきれない様子で、美管はぴょんぴょん跳ねる。

 

「そんなに急がなくても......って、まあ、君なら言うと思ったけどねえ」

 

結絆は笑いながら、ふと一枚のカードを選び出した。

 

それは彼自身が先日体験した出来事を詰め込んだものだった。

 

「じゃあ、これにしようかなあ。怖い要素は無いから、安心だよお」

 

「えっ!?これって、お兄ちゃんの夢!?」

 

「うん。楽しめると思うよお」

 

美管の目が一層輝く。

 

「やったー!絶対見る!!」

 

彼女はカードを胸に抱え込むと、まるで宝物をもらった子どものように笑った。

 

「じゃ、部屋で見てくるね!!えへへ~、どんな夢かなぁ......」

 

「ほどほどにねえ。見終わったら感想も教えてほしいよお」

 

「はーい!」

 

美管は元気いっぱいに返事をして、カードを握ったまま廊下へ駆け出していった。

 

その背中を見送りながら、結絆は静かに呟く。

 

「かつては人を壊す道具だったのに......今は、夢を分かち合う“おもちゃ”かあ......」

 

窓の外、マジックシアターのイルミネーションと、カードを手に笑い合う学生たちの姿が重なって見える。

 

「悪くないねえ。きっとこれは、学園都市を盛り上げることができる道具だよお」

 

満足気に呟いた後、結絆はカードの製造ラインに増産の指示を出すのだった。 

 

 

 

 美管はマジックシアターの居住エリアにある自室へ駆け込むと、ドアを閉め、ベッドにぽふっと座り込んだ。

 

両手の中には、さきほど結絆から受け取ったインディアンポーカー。

 

艶のあるカード表面に、柔らかな虹色の光が走っている。

 

「お兄ちゃんの夢......えへへ......」

 

心臓がいっそう高鳴る。

 

どんな夢だろう?

 

戦いの夢?空を駆ける夢?それとも、誰かと笑い合っている夢?

 

美管は説明書に目を落とす。

 

深呼吸をして、意識をカードに預ける。

 

言われた通り、そっとカードを額に当ててから、ゆっくりと目を閉じた。

 

ひゅ、と空気が吸い込まれるような感覚。

 

そして

 

「わっ!」

 

足元が一瞬ふわりと抜け、次の瞬間、世界が開けた。

 

 

 

 眩しいほどの青空の下。

 

視界の中心に、堂々とした白亜の宮殿が広がっている。

 

「......え、ここ......」

 

映像でしか見たことのない、壮麗な建物。

 

美管は息を呑んだ。

 

金色の柵、左右に並ぶ近衛兵、はためく国旗。

 

「バッキンガム宮殿だ......!」

 

夢ではあるが、まるで自分がそこにいるかのように、空気は澄み、風の匂いまで感じられる。

 

石畳のひんやりした感触が、靴越しに伝わってきた。

 

(これ......ほんとに見てるだけじゃない......)

 

美管はふと気づく。

 

ある程度自由に周囲を観察することができる。

 

カメラのように外から眺めているのではなく、まるでその場に立っているような感覚。

 

「すご......ほんとに追体験だ......」

 

夢の中で、美管はゆっくり宮殿を見回していた。

 

衛兵の行進をじっと眺め、貴族のざわめきに耳を澄ませながら、美管は人々の間を歩いていく。

 

しばらくすると視界は、またふわりと切り替わる。

 

 

 

 水面がきらめき、建物が左右に並ぶ。

 

「......えっ、ここ......!」

 

次の瞬間、目の前に現れたのは、ヴェネツィアの運河だった。

 

細長い水路を進むゴンドラ、カラフルな家々、石橋のアーチ。

 

櫂が水を押す音が、しっとりとした空気に溶け込む。

 

そして、美管はゴンドラに乗り、ゆったりと景色を眺めていた。

 

水面に映る夕焼け。

 

橋の下をくぐる瞬間のひんやりとした空気。

 

肌を撫でる潮風。

 

「......気持ちいい」

 

美管は、思わず笑みをこぼす。

 

ゴンドリエーレが陽気に歌いだすと、胸にそのまま振動が響いた。

 

視覚だけじゃない、音も匂いも身体感覚までもが完全に共有されている。

 

(これ......行ったのと同じじゃん......)

 

夢の追体験どころではない。

 

旅行そのものだった。

 

 

 

 場面はさらに変わる。

 

テーブルが並ぶレストラン。

 

白い皿に盛られた、出来立ての料理。

 

「うわ......!」

 

湯気の立つシーフードパスタ。

 

オリーブオイルをたっぷりかけた焼き立てピザ。

 

金色に揚がったアランチーニ(ライスコロッケのこと)。

 

そして、ふわふわのティラミス。

 

美管はフォークを取り、ひと口ずつ味わっていく。

 

「......んんっ......!」

 

美管の口の中に、濃厚なトマトの酸味と甘みが広がった。

 

海老のぷりっとした食感、チーズのとろけるコク。

 

(味まで......!?)

 

現実では寝ているはずなのに、はっきりと“食べている”。

 

そして、舌の上で溶ける甘いティラミスの感触に、美管は思わず身をよじった。

 

「おいしい......なにこれ......」

 

旅の楽しさ。

 

自由の高揚感。

 

誰かにこの景色を見せたいという結絆の想いに、美管の胸がじんわりとあたたかくなった。

 

 

 

 そして、最後の場面。

 

夜の水辺。

 

ライトアップされた街並みを背景に、運河を吹き抜ける涼風。

 

あまりの美しさにため息が出た瞬間、ふっと、世界が溶ける。

 

「......あ......れ......?」

 

美管は、はっと目を開けた。

 

見慣れた自分の部屋。

 

頭の上には、鈍く光るインディアンポーカーのカードがある。

 

まだ少し手が震えていた。

 

「......すごかった......」

 

思わず呟く。

 

心臓がドキドキしている。

 

あれは、夢だったのか。

 

だが、足の裏には石畳の冷たさが残り、舌にはまだティラミスの風味がわずかに残っている気がしていた。

 

「もう......ほんと......ずるい......」

 

美管はカードをぎゅっと握りしめ、頬を膨らませる。

 

「こんなの......旅行に行ったのと同じじゃん......」

 

そして、次第にニヤリと笑みが浮かぶ。

 

「ってことは......お兄ちゃんの技も、冒険も、ぜーんぶ体験できるってことだよね?」

 

カードを見つめる目が、期待で輝く。

 

「次はどの夢、見ようかな」




天賦夢路編は明るめな話が多めです。
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