マジックシアター地下の訓練施設。
透明強化ガラスに囲まれた円形アリーナの中央で、御坂美琴は軽く肩を回しながら、深呼吸をしていた。
「......はぁ......よし」
床に走るラインが淡く光り、天井の照明が二人を照らす。
向かいに立つのは、帆風潤子。
白い訓練用ジャージ姿の彼女は、いつもの凛とした佇まいのまま、美琴をじっと見つめていた。
「御坂さん。電気を纏う練習がしたいんですよね!」
「そうね、今日は色々学ばせてもらうから」
美琴は小さくうなずく。
結絆と出会う前は、美琴は己の強さに絶対的な自信を持っていた。
しかし、数々の事件に巻き込まれ、結絆の強さを間近で見続けるにつれ、彼女の胸にはある思いが芽生えていた。
守られているばかりではなく、一緒に戦える存在になりたい。
(結絆に......守られる側じゃなくて、私は、支える側になりたい)
美琴は小さく拳を握りしめた。
「......理由は、聞かなくても、なんとなく分かります」
美琴の思いを察したのか、帆風はそう言って優しくほほえんだ。
「結絆さんの背中を、見てきたんですよね?」
「......うん」
核心を突かれた美琴は一瞬、驚いたように目を見開き、それから素直にうなずいた。
「まず、基本から」
帆風は美琴の前に歩み寄り、両腕を軽く取った。
指が、しっかりと美琴の二の腕に添えられる。
「電気は流すだけじゃなくて、留めることができます。筋繊維の周りに電気の膜を張るイメージで」
そう言いながら、帆風は美琴の腕を軽く持ち上げ、角度を調整した。
「うまくいけば、反射神経や身体能力の向上につながります」
美琴の腕に、ひたりと帆風の手が触れたまま、実践の指導に入る。
「今、軽く通してください」
「よし、やってみるわよ」
「はい、実践あるのみです!」
美琴は唇を噛みしめ、集中する。
ぴり......と、微かな静電の感触が、腕の内側を走った。
次の瞬間――
「......っ」
筋肉の奥が、ぎゅっと自然に締まる。
力を入れていないのに、腕が硬質化したように感じられた。
「おお......!」
「その感覚です」
帆風は微笑んだまま、今度は美琴の脚へと回り込む。
膝に軽く触れ、足首を支えながら姿勢を正した。
「脚は特に大事です。踏み込みの瞬間、脊髄 → 太もも → ふくらはぎ → 足裏へと、連鎖的に流す感じで......」
美琴は言われるまま、目を閉じてイメージする。
背骨の奥を走る放電ライン。
そこから脚へ正確に流し込む。
びしっ。
床を踏んだ瞬間、控えめな電光が走った。
次の瞬間、美琴の脚が床を“抉る”ように沈み、体が跳ねる。
「え!?」
一気に五メートル以上は跳びあがり、美琴はバランスを崩す。
「う、わ......と、止まれ......!」
美琴はパニックになる。
しかし、その様子を見た帆風は、天衣装着を発動させて美琴をキャッチした。
「いい感じです!今の踏み込み、かなり上出来でした」
「ありがとう、帆風さん。」
美琴は軽く息を乱しながら、自分の脚を見つめた。
それから数十分。
美琴は汗を流しながら、腕打、踏み込み、跳躍を繰り返す。
電気を“撃つ”のではなく、自分の体の内に循環させる――その使い方が、次第に感覚として染みついていった。
「......っ、はぁ......!」
最後の跳躍で、天井近くまで跳び上がり、壁を蹴って音もなく着地。
床に立った美琴の全身には、淡い稲妻のオーラがまとわりついていた。
「やった......出来てる......わね!」
美琴は息を切らしているが、その表情は達成感に満ち溢れている。
「ええ。もう、十分に肉体強化として成立していますね」
帆風は、少し誇らしげにうなずく。
二人は訓練施設の端にあるベンチに腰を下ろした。
スポーツドリンクをひと口飲みながら、美琴は天井を見上げる。
「......ありがとう、帆風さん。そうだ、私......ずっと思ってたんだけどさ」
視線を前に向けたまま、美琴は続ける。
「結絆ってさ......いつも前に立って全部背負おうとするじゃない。私......守られるだけじゃ嫌なのよ」
拳を握りしめる。
「あいつと一緒に戦いたい。支えてあげたい。なのに......結絆には、助けてもらってばかりで......」
帆風は、黙って聞いていた。
そして、しばらくの沈黙の後、静かに口を開く。
「......きっと結絆さんは、その気持ちを持ってくれてるだけで嬉しいと言いますよ」
「......でも、私は......あいつの背負っているものを少しでも肩代わりしたい!」
その声は、震えながらもまっすぐだった。
帆風は、少し目を細めて微笑む。
「......いいですね、その想い」
そして、美琴の肩に手を置いた。
「御坂さんがこうやって努力している姿を見たら、結絆さんは絶対に喜びますよ!」
「......そう、かな」
「ええ。結絆さんは仲間や家族を、何よりも大事にする人ですから」
美琴は、小さく息を吐き、頬を緩めた。
「......よし。もっと強くなる。絶対」
「私も付き合います。共に、結絆さんを支えるために」
こうして二人は改めて決意を固めるのであった。
外では、夜のマジックシアターの灯がきらめく。
美琴と帆風は並んで座りながら、これからの訓練の約束と、そして結絆について、しばらく語り合っていた。
訓練施設を後にした二人は、シャワーを浴びた後に、マジックシアターのラウンジへと移動していた。
円形のソファに腰を下ろすと、天井の間接照明が柔らかく二人を包み込む。
「......さっきの練習、きつかったけど......なんか、気持ちいいわね」
炭酸飲料を飲みながら、美琴がぽつりと零した。
「分かります。体を鍛えている、って実感がありますから」
帆風は微笑み、タオルを畳んでバッグにしまう。
しばしの沈黙のあと、彼女はふと思い出したようにポケットを探った。
「......そういえば、御坂さん。インディアンポーカーはお持ちですか?」
「そういえば、交換するって約束だったわよね」
美琴は頷き、小さなケースを取り出した。
中に収められているのは、マジックシアターのマークがついたカード。
帆風も、似たカードを手にしていた。
「御坂さんがどのような夢を見たのか気になります!」
「私も、帆風さんがどんな夢を見たか気になるわ!」
そして二人は頷き合い、それぞれのカードをそっと差し出した。
交換する指先が一瞬触れ、軽く微笑み合う。
「私は......結絆さんと二人で、鏡の世界に行った時のことを夢に見ました」
帆風はカードを見つめながら、静かに言った。
「......鏡の世界」
「はい。学園都市とは全然違って、とても不思議な場所です」
言葉にするだけで、帆風の瞳が遠くを見る色になる。
「夢の中で、結絆さんは私の手を引いてくれて、様々な場所をエスコートしてくれました」
小さく笑う。
「鏡の世界にいたのは1週間にも満たない期間でしたが......妙に、はっきり覚えてて......今でも時々夢に見るんです。」
美琴は、静かに聞いていた。
「......優しい夢なのね」
帆風の話を聞いていると、美琴は鏡の世界について興味がわいてくるのを感じた。
「ええ。目が覚めてからも、胸が温かくて......」
そう言いながら、帆風は手を頬に当てる。
「御坂さんは......どんな夢を?」
問われて、美琴は一瞬だけ視線を落とした。
「私も、結絆と一緒に過ごした夢」
「......やっぱり!」
美琴は、どこか照れたように頬をかいた。
「夜のマジックシアターでさ......人がいなくなったあと、屋上に空間移動で連れて行かれて......」
ほのかに笑って続きを語る。
「『ここ、静かで綺麗だよねえ』って言って、夜景を見せてくれて。それから隣に座って......風に当たりながら話したりしたわよ」
胸に手を当てる。
「戦いも、危ないことも、何もなくて......ただ、二人でのんびりしてる夢」
「......いい夢ですね」
帆風はそっと息を吸った。
「......うん」
短い返事と共に、二人は視線を落とした。
しばらくの沈黙。
天井の光が静かに瞬き、周囲には他に人の気配はない。
「まさか、お互い結絆に関する夢を見るなんて......」
美琴がぽつりと呟く。
「どんな時も心の中心にいる人、ということでしょうね」
二人の考えは同じだった。
結絆を想い、お互い助け合って生きていきたい。
それぞれ形は違えど、同じ強さの想いを抱いている。
「このカード、ちょっと怖いと思ってたけど......なんだか面白そうじゃない」
美琴はカードを手の中でくるりと回しながら言う。
「御坂さんの夢を見るのが楽しみですね」
帆風も、そっと微笑んだ。
胸の奥で、同じ人の背中を支えようとする意志が、静かに重なり合っていた。
「あ、御坂さん、肉体強化に慣れないうちは激しい筋肉痛に襲われるので注意してください。」
「嘘っ、思い切り練習したからまずいかも......」
この後美琴が激しい筋肉痛に襲われ、結絆のマッサージを受けたのは、余談である。
インディアンポーカーの設定は原作から結構変えています。
他者の見た夢を使用者が見ることができる娯楽グッズという感じで書いてます。