「......ほんとに、これで帆風さんの夢が見られるのかな」
マジックシアターの自室で、美琴はインディアンポーカーのカードを枕元に置きながら、ぽつりと呟いた。
先ほど帆風から異世界デートを満喫していた話を聞かされたばかりである。
帆風さん、楽しそうだったなぁ......いや、別に羨ましいわけじゃないけど!
そんな強がりを胸の奥で呟きつつ、美琴は毛布を胸元まで引き上げた。
「よし、寝よ。......インディアンポーカー、頼んだわよ」
カードを額に当てて目を瞑った瞬間、視界がふっと暗転した。
体を包む熱気。足元から微かに震える地鳴り。
美琴はゆっくりと瞼を開き、そして、息を呑んだ。
「うそ......なに、この景色......!」
赤茶色の大地が果てしなく広がり、遠くでは複数の火山が隆起している。
だが、これは普通の火山地帯ではない。
火山灰に覆われた大地からは見たことのない植物が脈打つように伸び、過酷な環境に適応した生物たちが暮らしている。
「帆風さんが話してくれた、鏡の世界の......火山地帯?」
「そうだよお、美琴。この間、潤子と行った場所とは少し違ったエリアだけどねえ」
振り向くと、そこには結絆がいた。
深紅の溶岩を背に、コートをなびかせながら、いつもの柔らかい笑みを向けている。
「結絆......あんたは夢の中でも普通に居るのね」
「他者の夢に干渉する方法は覚えたからねえ。美琴が見たいって思ってた“潤子の世界の一部”を、俺が案内してあげるよお」
そう言って結絆は手を差し出す。
「......まあ、折角だし。しっかり案内しなさいよね」
「うん、任せてよお」
美琴は少し顔が熱くなるのを感じながら、その手を取った。
結絆が手を軽く引くと、周囲の景色がさらに鮮やかに変化していく。
火山の溶岩に照らされた奇妙な植物群の間を通り抜ける。
太陽なのかはわからないが、遠くに見える恒星から温かい光が降り注いでいた。
「帆風さん......こんなすごいとこ、普通に歩いてたんだ」
「潤子とはいろんなところを探検したよお。鏡の世界は目を引くものが沢山あったけど、それ以上に潤子の笑顔には何度も目を奪われたねえ」
美琴はその言葉に、ほんの少し胸がくすぐられるような感覚を覚えた。
「......そっか。それだけ楽しかったのね、帆風さん」
(でも、私も来れてよかった!)
胸が軽くなる気分のまま歩いていると、結絆がふいに足を止めた。
「美琴、あれ見てみて」
指差した先には、不思議な木が一本。
幹は黒曜石のように黒く、枝先には透明な飴玉のような実がいくつもぶら下がっていた。
「え、なにこれ。もしかして、食べられるの?」
「うん、食べられるよお。潤子も気に入ってねえ」
その言葉に、美琴の心のどこかが“ぴくっ”と反応した。
「なんか、夢の中なのに帆風さんに対する嫉妬心が......」
「ごめんごめん、とりあえず美琴も食べてみるかい?」
差し出された実は、ぱっと見ただけでも甘く香り、ほんのり熱を帯びている。
美琴は一つ手に取り、そっとかじった。
「ん......!おいしい......!」
「でしょお。俺も好きなんだよねえ、この木の実。気に入ったからマジックシアターの植物園エリアにも植えてるんだよお」
隣で結絆も実をひとかじりする。
その横顔を見て、美琴は自然と口元がゆるんだ。
「......なんか、不思議ね」
「どうしたんだい?」
「帆風さんが結絆とデートしてたって聞いた時は、『羨ましい』って思ったけど......こうして同じ場所を歩いてみたら、ただ単純に楽しいっていうか」
少し照れながら言葉を続ける。
「......“私も来れたんだ”って思って、ちょっとラッキーな気分になれた気がする」
結絆は目を丸くし、それから嬉しそうに笑った。
「美琴とこうして歩けるの、俺も嬉しいよお」
火山地帯の熱風がふわりと吹き抜け、二人の髪とコートを揺らした。
「ほら、美琴。あっちにもっと明るい場所があるよお。溶岩湖の近くに、綺麗な光る花が群生してるんだ」
「へぇ、そんなのもあるのね。よし、行くわよ!」
結絆が軽く手を引くと、美琴は自然に足を揃えて歩き始めた。
夢の中だと分かっていても、胸が高鳴る。
帆風が経験した“異世界デート”。
少し羨ましかったけれど、それ以上に今は自分の胸がぽかぽかしている。
「......これ、夢にしておくには惜しいわね」
ふと漏れた本音に、結絆はくすりと笑った。
「じゃあ、美琴。次は夢じゃなくて、ちゃんと現地で案内してあげるよお」
「え......?」
頬に熱が差し、胸が跳ねる。
「美琴と異世界デートするのは楽しみだなあ」
「ちょ、ちょっと......勝手に......!」
照れる美琴の手を、結絆は優しく握り直した。
その後も、美琴は胸をどきどきさせながら、異世界の光景の中を歩き続けた。
帆風が見た夢の中、その追体験は想像よりもずっと鮮やかで、温かかった。
美琴の中でインディアンポーカーに対する印象はとても良いものとなったのである。
夢の余韻がまだ胸に残る朝。
美琴はマジックシアター居住エリアのテラスで、ぼんやりとココアを啜っていた。
鏡の世界の火山地帯。
不思議な植物。
結絆と並んで歩いた、あの鮮やかな光景。
(......夢とは思えないくらい、リアルだったわね)
そんなことを考えていると、背後からやけにのんびりした声が聞こえてきた。
「おはよう、美琴。よく眠れたかい?」
振り返れば、そこに立っていたのは結絆だった。
何事もなかったような、いつもの飄々とした笑顔。
美琴はぴくりと眉を動かし、きっと睨む。
「ちょっと......結絆。あんたに聞きたいことがあるんだけど」
「ん、なにかなあ?」
「昨日、帆風さんの夢をインディアンポーカーで見たのよ。......鏡の世界、行ってたんでしょ?」
「ああ、行ったねえ」
あまりにもあっさりした肯定に、美琴のこめかみがぴくっと跳ねる。
「しかも!!」
美琴は一息で続けた。
「火山地帯に温泉があるって聞いたし、さらに、あんたと帆風さん......一緒に入ったって......」
言葉の途中から声がひっくり返る。
「ちょっと待って!!あんたたち、付き合う前から一緒にお風呂入ってたの!?」
テラスに、美琴の悲鳴に近い声が響いた。
結絆は一瞬きょとんとしたあと、くすっと笑う。
「美琴がそのことを知ってるってことは、夢の中で俺と一緒に温泉に入ったってことだよねえ?」
結絆の言葉を聞いた美琴は固まった。
「......ち、ちがっ......」
「そもそも、夢の中で美琴を案内した記憶は残ってるから、美琴の反応も全部覚えてるんだけど」
「......」
美琴は顔を真っ赤にしながら口をパクパクしている。
「今度、一緒に鏡の世界でデートしようねえ」
「うっさい!」
軽く言い合っていると、結絆がふと手を差し出した。
「せっかくだからさあ......美琴も温泉、行ってみるかい?」
「......え?」
「ここにも、同じ源泉を再現した場所があってね。お客さんの満足度も高くて、マジックシアターの観光の締めにもピッタリみたいだよお」
結絆は水の原典で水脈を操ってマジックシアターに温泉をひいているのである。
図らずとも魔術の偉大さを世に示しているので、結絆は原典に好かれているのだろう。
二人はマジックシアターの温泉エリアへと移動した。
マジックミラーに覆われた空間。
眼下には学園都市の街並みが広がっている。
「......なにこれ、思ったよりちゃんとしてるわね」
石造りの浴槽から、ほわほわと白い湯気が立ち上っていた。
「再現だけど、成分も温度も、ほぼ本物だよお。今は貸し切りだから、安心してねえ」
「じゃ、じゃあ、一緒に......入るわよ」
美琴は体にタオルを巻き、そっと湯に足を浸す。
「っ!」
程よい熱が、足首から一気に広がった。
「き、気持ちいい......」
「でしょお。温泉っていいよねえ」
二人並んで街の光を眺めながら、しばし無言になる。
じんわりと温もりが体中に巡り、体のこわばりが解けていく。
「......帆風さんも、ここでこうしてたわけ?」
美琴がぽつりと訊く。
「潤子も疲れを癒すためによく来てるからねえ」
「ふーん、そうなんだ」
「ちょっとだけ、焦ったの。私だけ置いてかれてるんじゃないかって」
しばらくしていると、美琴は不意にぽつりとつぶやいた。
「確かに潤子達とは美琴よりも先に出会ったけど、俺は美琴のことも大切にしてるよお」
「もうっ、そんなこと言われたら恥ずかしくなるじゃない」
湯気の中で、二人の影が並んで揺れる。
こうして二人は、火山地帯の思い出を重ねながら、学園都市の景色を眺めて、しばらく温泉でくつろぎ続けたのだった。
温泉っていいですよね。
僕は旅行に行くと、毎日何回も温泉に入りに行きます。