マジックシアターの居住エリア、その中でも広々としたキッチンには、昼下がりの柔らかな光が差し込んでいた。
エプロンを胸元まできゅっと引き上げた美管は、冷蔵庫の前で腕を組み、真剣な表情でうなっている。
「......よし。決めた!」
ぱっと顔を上げた美管の瞳は、期待と決意でキラキラと輝いていた。
「いつも頑張ってるお兄ちゃんのために、今日は美管が手料理を作る!」
その声に反応したのは、すぐ近くのソファで優雅に紅茶を飲んでいた操祈だった。
カップをそっと置き、くすりと微笑む。
「あらぁ、美管ちゃん、素敵じゃない。何を作るつもりなのぉ?」
「唐揚げ!」
即答だった。
それを聞いた操祈は、少し意外そうに、けれどすぐに納得したように表情を緩める。
「ふふ......お兄様の好物よねぇ。潤子ちゃんたちもよく作ってるわよぉ」
「うん!だからね、ちゃんと美味しいのを作りたいの」
そう言って美管が視線を巡らせると、調理台の向こう側で腕まくりをしていた看取と目が合った。
看取も丁度料理を作ろうとしていたところらしい。
看取は少し驚いたように瞬きをした後、小さく息を吐いてから包丁を手に取る。
「唐揚げ作るの?......なら、手伝わないわけにはいかないわね」
「ほんと!?みーちゃんも一緒に作ってくれるの?」
「うん。結絆さんの好きな......醤油味のやつを作らないと」
そう呟く看取の声は、いつもより少しだけ柔らかい。
彼女はボウルを取り出し、下味用の調味料を並べ始めた。
操祈も立ち上がり、エプロンを身につける。
「じゃあ、私も手伝うわよぉ。当麻も喜んでくれるかしらぁ......」
その言葉とともに、操祈の表情は完全に蕩けていた。
頬に手を当て、どこか夢見る少女のような笑みを浮かべている。
「操祈ちゃんは、当麻さんのためなんだね?」
「もちろん♪好きな人のために料理するなんて、女子力の見せ場じゃなぁい?」
キッチンは一気に賑やかになった。
鶏肉を切る音、ボウルの中で調味料を混ぜる音、油の準備をする音。
美管は看取に教わりながら、真剣な表情で鶏肉に下味を揉み込んでいく。
「こう......優しく、だよね?」
「そう。力を入れすぎると、身が崩れるから」
「わあ......お料理って、奥が深いんだね......」
操祈はそんな二人の様子を眺めながら、微笑んだ。
「ふふ、美管ちゃんは筋がいいわぁ。お兄様もきっと感動するわよぉ?」
「えへへ~」
やがて下味を終えた鶏肉が衣をまとい、油の中へと投入される。
じゅわっと広がる香ばしい音と匂いが、キッチンいっぱいに満ちていった。
「わぁ......いい匂い......」
「成功しそうねぇ」
「これは期待できそう」
三人は顔を見合わせ、自然と笑みをこぼした。
その少し前。
廊下の向こうでは、結絆と当麻が並んで歩いていた。
ふと、漂ってくる匂いに結絆が鼻をひくつかせる。
「おおっ?この匂い......唐揚げかなあ?」
「お前鼻良すぎるだろ、俺は全然わかんないぞ」
完成する前から料理の匂いがわかる結絆の技術は謎である。
そして、タイミングを見計らったかのように、美管がキッチンから飛び出してくる。
「お兄ちゃん!」
「お、どうしたんだい、美管?」
美管は胸を張り、満面の笑みで言った。
「お兄ちゃん、唐揚げ作ってるから楽しみにしててね!」
「ええっ!?美管が作ってるのかい?」
「うんっ!みーちゃんと、操祈ちゃんと3人で!」
結絆の目がぱっと輝く。
「それは楽しみだねえ......美管の手料理かあ」
続いて操祈が姿を現し、ウインクをした。
「当麻のために女子力発揮して頑張ってるんだゾ☆」
「......そ、そんなこと言われると......期待しちゃうだろ......」
当麻は一瞬固まった後、耳まで赤くなりながら視線を逸らす。
結絆はそんな二人を見て、にこにこと機嫌良さそうに笑う。
「いやあ、これは最高だねえ。皆で作ってくれる唐揚げなんて、贅沢すぎるよお。看取がいるなら味付けは完璧だし、楽しみだねえ」
「出来上がるまで、少し待っててね」
看取がそう告げると、結絆と当麻は揃って頷いた。
漂う醤油と油の香りに、二人の表情は自然と緩む。
「......今日はいい日だな」
「そうだねえ。とっても、いい日だよお」
そんな上機嫌な声が、マジックシアターの廊下に優しく響いていた。
最後の一皿が揚げ終わる頃には、もはや最初に用意していた大皿では足りなくなっていた。
カウンターの上には、唐揚げが山のように盛られた皿がずらりと並び、湯気と香ばしい匂いが空間を支配している。
「......あれ?」
美管は菜箸を持ったまま、皿の数を数えて首を傾げた。
「最初、こんなに作る予定だったっけ......?」
「うーん......途中から数がわからなくなっちゃったわよねぇ」
操祈は苦笑しながら、揚げ色を確かめていた最後の唐揚げを皿に乗せる。
「でもいいじゃなぁい?お兄様、たくさん食べるしぃ」
「まあ、それにしても作りすぎちゃった気がするけど......」
看取はそう言いながらも、出来上がった唐揚げを見て得意げに胸を張る。
「......結絆さんの部下たちにも食べてもらったらいいかな」
その言葉を裏付けるように、キッチンの外から足音が増えていく。
匂いに誘われたのか、居住エリアの住人たちが自然と集まり始めていた。
マジックシアターの従業員や、ドリームの下部組織のメンバーも居住エリアに住んでいるのである。
「おおー、すごい量だねえ......」
最初に姿を現した結絆は、目の前の光景に思わず感嘆の声を漏らす。
「これは......唐揚げ祭りかなあ?」
「お兄ちゃん、いっぱい作ったからね!みんなで食べよ!」
「それは嬉しいねえ。食べるのが楽しみだよお」
その言葉を聞いた美管の目が一気に輝いた。
当麻も後ろから顔を覗かせ、素直に驚いた様子で言う。
「こんなに作ったのか......すげえな」
「ふふ、愛の力よぉ?」
操祈が胸を張ると、当麻は照れ臭そうにしながら頭を掻いた。
ほどなくして、結絆の恋人たちや部下たちも次々と集まり、食堂は一気に賑やかな空気に包まれた。
大皿がテーブルに並べられ、箸が一斉に伸びる。
「......うまっ!」
「これ、美管ちゃんが作ったんですか?おいしくできてますね」
「衣サクサクだし、中はジューシー......」
あちこちから感嘆の声が上がる。
美管は少し照れたように、でも誇らしげに胸を張った。
「えへへ......みーちゃんと操祈ちゃんに教えてもらったんだよ!」
「超おいしいです!」
「これは何個でも食べたくなる味です、とミサカは舌鼓を打ちます」
「美管さんも操祈さんも看取さんもありがとうございます。」
「さすが美管ちゃんってわけよ」
結絆も一口食べて、ゆっくりと目を細めた。
「......うん。これは美味しいねえ。愛情がしっかり染み込んでるよお」
「ほんと!?」
「結絆さんが喜んでる顔を見れて幸せ~」
美管と看取の顔がぱあっと明るくなる。
「お兄ちゃんにそう言ってもらえるの、一番嬉しい!」
その様子を見ていた結絆の部下の一人が、酒も入っていないのに妙にテンション高く手を挙げた。
「美管さん!俺のこともお兄ちゃんって呼んでください!」
一瞬、場が静まり返る。
次の瞬間。
「......それは笑えない冗談だねえ」
にこにこと微笑みながら、結絆は自然な動作でその部下の手首を取った。
そして、ほんの少し力を込めて、ある一点を指で押す。
「ぎゃあああっ!?!?」
部下は情けない悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる。
「じょ、冗談ですよ!?冗談ですってば!!」
「だよねえ。冗談じゃなかったらレグルスの餌にしてたよお」
結絆は穏やかな声でそう言い、すっと手を離した。
「美管は、俺の妹だからねえ」
「結絆さん、やっぱりシスコン......ぎゃあああっ」
「やっぱりレグルスと鬼ごっこさせようかなあ」
結絆とその部下のやり取りを見て周囲から笑いが起こる。
「さすがお兄様、容赦ないわねぇ」
「結絆らしいよな」
場の空気はすぐに和らぎ、再び唐揚げに手が伸びる。
気がつけば、最初は山のようだった唐揚げも、少しずつ減っていった。
「......あれ?もう半分なくなったの?」
「ほんとだ......」
美管は驚きつつも、どこか嬉しそうに笑った。
「結絆さんが3割ぐらい食べてるよね。はい、おかわりの唐揚げとご飯」
「ありがとう、看取。看取の作る唐揚げは最高だから、無限に食べられるねえ」
看取は沢山食べる結絆を見て笑顔でおかわりの唐揚げやご飯をよそう。
「いっぱい作ったと思ったのに、みんな食べてくれるんだね」
「それだけ美味しいってことよぉ」
美味しそうにに食べる当麻を見て、操祈も満足そうだ。
「これはまた作ってほしいなあ」
結絆はそう言って、空になりかけた皿を見回す。
結局、結絆は6キロ以上唐揚げを食べたのである。
「次は......唐揚げ以外も、みんなで作るのもいいかもねえ」
「えっ、ほんと!?」
「うん。美管がやりたいなら、何でも付き合うよお」
その言葉に、美管は満面の笑みを浮かべた。
「約束だよ、お兄ちゃん!」
笑い声と食器の音、そしてまだほんのり残る唐揚げの香り。
マジックシアターの食堂には、今日も温かな時間が流れていた。
次回からは、視点が変わります。