食蜂操祈のお兄様   作:とんこつスープ

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今回からは、黒子視点です。

一応、天賦夢路編には含めています。


宝探しアプリ

 学園都市の午後は、いつも通り慌ただしい。

 

第七学区の風紀委員177支部。

 

その一角で、白井黒子と初春飾利は端末を広げ、日常業務に追われていた。

 

「次は落とし物の照会ですわ。まったく、どうしてこう毎日事件が起こりますの......」

 

黒子が小さくため息をつく一方で、初春はキーボードを叩きながら、ふと首を傾げた。

 

「そういえば白井さん、最近妙なアプリが流行っていることを知ってますか?」

 

「幻想御手の再来ですの......?」

 

黒子が覗き込むと、そこには簡素なアイコンが表示されていた。

 

宝探しアプリのようである。

 

「起動してみますね」

 

初春がタップすると、画面に時系列のリストが現れた。

 

日付、時刻、場所、そして短い文章。

 

「......これ、事件の記録みたいです」

 

「どれどれ......?」

 

黒子が読み上げる。

 

「近場で起こった事件を記録していると......これは、『今日の16時00分、第八学区・地下通路にて暴行事件発生』......?まだ未来の時間ですわよ」

 

「そうなんです。しかも、これ......過去の項目についてなんですが......」

 

初春がスクロールすると、数日前、数週間前の日付が並んでいた。

 

「この事件、実際に起きたものと一致してます。報告書と照合しました」

 

黒子は眉をひそめた。

 

「つまり......過去の事件や未来の事件が、記録されている、と?」

 

「現時点では、そうとしか......」

 

黒子は腕を組み、即座に結論を出す。

 

「悪質な犯行予告ですわね。風紀委員の対応を試すための」

 

「私も最初はそう思いました。でも......」

 

初春は画面を指差す。

 

「容疑者と被害者の関係性が、どの事件にも見当たらないんです。通り魔、偶発的衝突、突発的事故......計画性がないものばかりで」

 

「......」

 

「それに、犯行予告なら、日時も場所も、ここまで正確に書く必要はありません」

 

初春は少し考え込みながら言葉を続ける。

 

「これ、未来予知か......もしくは念写の類じゃないでしょうか」

 

「未来予知......?」

 

黒子は思わず口をつぐんだ。

 

戦闘時の結絆は、第六感を活用して高精度の未来予知を行っているのを黒子は知っている。

 

学園都市には、常識外れの力を持つ者が溢れているのである。

 

「それを、誰が、どうやって?」

 

「それが分かりません。アプリの製作者情報も、送信元も、全部匿名です。今後、犯罪に使われていることがわかればハッキングして送信元を特定しますが......」

 

沈黙が落ちる。

 

そのときだった。

 

支部内に設置された通信端末が、短く音を立てた。

 

「......別支部からの緊急連絡ですわ」

 

黒子が受信すると、声色が変わる。

 

「第八学区、地下通路にて暴行事件発生。発生時刻、16時00分......」

 

初春の目が見開かれた。

 

「......一致、しましたね」

 

二人は同時に、端末の画面を見る。

 

そこには、数分前まで“未来”だった事件が、今まさに現実になった証拠があった。

 

「偶然......にしては、出来すぎですわね」

 

黒子が静かに呟く。

 

「はい。少なくとも、このアプリに収録された未来は......」

 

初春は、はっきりと言葉を区切った。

 

「正しい可能性があります!」

 

その言葉に黒子は頷く。

 

「初春。これは、放置していい問題ではありませんわ」

 

黒子は端末を握りしめ、決意を込めて言った。

 

「はい。全部、調べましょう」

 

未来を記録するアプリ。

 

それが、学園都市に何をもたらすのか、二人はまだ知らなかった。

 

 

 

 風紀委員177支部の空気が、わずかに張り詰めていた。

 

初春の端末が、小さく振動する。

 

「あ......白井さん」

 

その声に、黒子はすぐ反応した。

 

「来ましたのね」

 

初春は頷き、画面を二人の間に向ける。

 

宝探しアプリに、新たな項目が追加されていた。

 

「日時、今日の16時20分。場所は......道路脇の自販機前」

 

「内容は?」

 

「『交通事故発生。女子学生一名、重傷』......」

 

初春の声が、わずかに震える。

 

黒子は一瞬、目を伏せた。

 

「だからこそ、向かいますの」

 

迷いはなかった。

 

予知が正しいかどうかを確かめるためではない。

 

そこに救える命があると分かっている以上、行かないという選択肢はない。

 

「初春、一応近くの支部への連絡を。急いで現場へ向かいますわよ」

 

「はい!」

 

二人は支部を飛び出した。

 

 

 

 事故が発生すると予言されている場所は、夕方特有の喧騒に包まれていた。

 

学生、研究者、買い物帰りのカップル。

 

信号待ちの人波が、何事もない日常を形作っている。

 

「白井さん......事件が起きる兆候、今のところは......」

 

「ええ。だからこそ、油断なりませんの」

 

黒子は周囲を鋭く見渡していた。

 

時刻は、16時18分。

 

アプリに記された時間まで、あと二分。

 

そのときだった。

 

「あっ、ボールが!」

 

甲高い声が聞こえる。

 

二人が視線を向けた瞬間、小さな男の子が、人の隙間をすり抜けるようにして道路へ飛び出した。

 

「危ない!」

 

男の子に気付いたトラックが急ブレーキを踏む。

 

だが、完全には止まれない。

 

止まれないことを悟った運転手は咄嗟にハンドルを切った。

 

「......っ!」

 

しかし、向きを変えたトラックの進行方向。

 

そこには、女子学生がいた。

 

「白井さん!!」

 

初春の叫び。

 

だが、黒子はすでに動いていた。

 

(来ましたの......予知された“本当の被害者”)

 

空間が、歪む。

 

次の瞬間、女子学生の姿は消え、トラックとの衝突は回避された。

 

トラックは歩道に乗り上げて、ようやく停止した。

 

静寂。

 

数拍遅れて、ざわめきが戻る。

 

「......え?」

 

助け出された女子学生が、地面に座り込んだまま呆然としている。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

初春が駆け寄る。

 

女子学生は、何度も瞬きをしてから、こくこくと頷いた。

 

「......はい。なんで......私、ここに......?」

 

誰も、怪我はしていない。

 

被害者は0人。

 

黒子は数歩下がり、その場で膝に手をついた。

 

「はぁ......はぁ......」

 

一歩間違えれば自身が重傷を負っていたと思うと息が苦しくなる。

 

「白井さん......!」

 

初春が心配そうに近寄る。

 

「予知がなければ......男の子の方に空間移動していましたわ......」

 

黒子は、息を整えながら、苦笑するように言った。

 

もし未来がわかっていなければ、道路に飛び出した男の子を、迷わず助けていた。

 

そうであれば、女子学生が犠牲になっていた可能性が高い。

 

黒子は、ゆっくりと立ち上がる。

 

そして、端末のアプリを見る。

 

そこに記されていた事件記録は残っている。

 

しかし......

 

「白井さん......未来を変えられましたね」

 

初春が、息を呑む。

 

黒子は、はっきりと頷いた。

 

「未来は決まってなどいませんの。“予知”は、変えることができますわ!」

 

予知は、絶対ではない。

 

今回のように干渉することはできるはずである。

 

黒子は夕暮れの道路を見渡し、静かに呟いた。

 

「このアプリ......危険ですけれど、同時に......」

 

救いにもなり得る。

 

 

 

 

 夕暮れの学園都市。

 

黒子と初春は、次の現場へと急いでいた。

 

「白井さん、次の現場に向かいましょう!」

 

初春の端末に映る宝探しアプリの画面。

 

そこには、先ほどとは明らかに毛色の違う内容が表示されていた。

 

「『第七学区・水路付近にて異常生物出現』......?」

 

「異常生物、ですの......?」

 

黒子は眉をひそめる。

 

「能力絡みか、実験体の逃走か......いずれにせよ、放置はできませんわね」

 

二人は全速力で指定された水路へ向かった。

 

 

 

 現場に近づくにつれ、ただならぬ気配が漂い始めた。

 

水路沿いの歩道には人だかりができ、誰もが距離を取って怯えたようにこちらを見ている。

 

「な、なんか......いますよ......」

 

初春の声が震える。

 

次の瞬間。

 

ばしゃり、と水音が上がった。

 

水路の中から、ぬらりとした黒い影が姿を現す。

 

「......蛇?」

 

だが、普通ではない。

 

胴回りは円形テーブルと同程度の太さで、頭だけでも人と同じぐらいの大きさである。

 

全身が異様な光沢を放ち、明らかに“巨大化”していた。

 

「やっぱり能力絡みですの......!」

 

黒子が空間移動の構えを取った、そのとき。

 

「おっとお?」

 

間の抜けた声が、すぐ近くから聞こえた。

 

巨大な蛇が、するすると体をくねらせながら、たまたま水路の脇に立っていた一人の青年へと巻き付いたのだ。

 

「結絆さん!?」

 

初春が叫ぶ。

 

蛇はそのまま、ぎちり、と締め付ける。

 

そして大きく口を開き、今にも丸呑みにしようとしている。

 

だが......

 

「......んー?遊びたいのかなあ、この子」

 

締め付けられている当の本人は、なぜか首を傾げていた。

 

「普通の人なら死んでる気がするけど......よいしょっと」

 

次の瞬間。

 

結絆は、蛇の胴体を軽く掴み、まるで体に付いた蜘蛛の巣をはらうように、あっさりと振りほどいた。

 

「なっ......」

 

黒子と初春の動きが、完全に止まる。

 

蛇は驚いたように身を引いたが、結絆はまったく気にせず近づく。

 

「大丈夫だよお。怖くない、怖くない」

 

そう言って、巨大な蛇の頭をぽんぽんと撫でた。

 

蛇は一瞬硬直し、次の瞬間、信じられないほど大人しくなった。

 

「......」

 

「......」

 

沈黙。

 

「......白井さん」

 

初春が、ぽつりと呟く。

 

「......分かっていますわ、初春」

 

二人は同時に、深いため息をついた。

 

「また、この方ですのね......」

 

「ですよね......」

 

結絆は満足そうに笑う。

 

「こいつは、悪い子じゃないよお。ただ、構ってほしかっただけだからねえ」

 

蛇は巨大化を解除した後、まるで肯定するかのように、しゅるりと体を結絆の首へと巻き付けた。

 

「......予知では“異常生物出現”としか......」

 

初春がアプリを確認すると、そこには確かに異常生物出現と書かれている。

 

黒子は、こめかみを押さえた。

 

「結絆さん。お怪我はありませんの?」

 

「大丈夫だよお。普段から鍛えてるからねえ」

 

「鍛えてる次元が違いすぎますの......」

 

黒子のツッコミに笑顔を返しながら、結絆は蛇の頭を撫でつつ少し考え込む。

 

「じゃあ、この子は俺が連れて帰ろうかなあ」

 

「......はい?」

 

「動物園エリア、空いてる場所もあるし。こいつは、大きさも調整できそうだからねえ」

 

蛇は嬉しそうに尾を揺らした。

 

黒子と初春は顔を見合わせ、再びため息をつく。

 

「......事件としては、解決ですわね」

 

「ですね......被害者も、いませんし......」

 

結絆は歩き出しながら、振り返って手を振った。

 

「二人ともお疲れ様。そうそう、後ろの建物の屋上からこっちを見てる男の子がいるから、話を聞いてみるといいよお。」

 

再び少し巨大化した蛇を従え、結絆はのんびりと去っていく。

 

黒子は小さく呟いた。

 

「未来を変えるのも大切とはいえ......この街、やっぱり色々おかしいですの......」

 

夕暮れの水路に、再び静けさが戻っていった。

 

もっとも、その静けさが長く続かないことを、二人はもう悟り始めていたのだが。




オリジナルストーリーを混ぜながら、黒子視点で書いてみました。
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