「本当にこの場所であっているんでしょうか?」
建物の階段を駆け上がりながら、初春が不安げに問いかけた。
「結絆さんの五感は学園都市はおろか世界一と言っても過言ではないですの、疑いようがありませんわ」
黒子は、最上階のドアノブを軽く捻った。
屋上に出ると、強い風が二人の髪を乱した。
遠くからパトカーのサイレンがかすかに聞こえる。
「あちらですわ」
黒子がフェンス越しに指さす方向には、先程の水路と蛇がいた地点が見える。
そこに小さな影が一つ。
少年が一人、双眼鏡を手にしてカメラを首から下げている。
「こんにちは」
初春が優しく声をかけると、少年はゆっくりと振り返った。
どこか知的な雰囲気を感じさせる小柄な少年だ。
年齢は小学四〜五年といったところか。
「あなたが予知能力者で合っていますの?」
黒子が尋ねると、少年は少し警戒した様子で答えた。
「そうだよ、こちらからお姉さんたちに接触するつもりだったけど、手間が省けて助かったね」
「ということは、あの蛇のことも......これまで発生した事件も全て把握していたようですわね」
少年は頷く。
「自己紹介が遅れたね、僕は美山写影(みやま しゃえい)、えっと、リボンのお姉さんとお花のお姉さん......」
「私たちは風紀委員の白井黒子と......」
「初春飾利です」
写影は頷きながら続けた。
「白井と初春、実は宝探しアプリを作ったのは僕だよ」
「やっぱり......!どうしてそんなことをしたんですか?」
初春が興奮気味に言う。
「僕の能力で予知した事件は必ず起こってしまう。これまで何度も止めようとしたけど、だめだった。」
写影は少し俯き加減に話す。
彼の瞳には強い意志が宿っていた。
「それで未来予知機能付きのアプリを?」
黒子が核心に触れる。
「そうだよ。過去の一連の事件と未来に起こるであろう事件を予測して共有することで誰かが助けてくれるかもしれないと思って」
写影を連れて支部に戻った二人は、彼を来客用のソファに座らせた。
写影は首から下げたインスタントカメラを両手でしっかりと握りしめている。
「写影くんは今いくつなんですか?」
「十歳だけど」
「小学生でそんな予知能力を持っているなんて......」
初春は思わず呟いた。
写影は首を横に振る。
「正確には“念写”なんだ。このカメラを通して未来の光景を見ることができる」
「そのカメラを使うことでどんな未来が見えるのですの?」
黒子が机を指で軽く叩きながら尋ねる。
「これから少し先に起きること。念写できるのは近くで起こる事件だけで、遠くの事件はできない」
そう言って写影はインスタントカメラを構えた。
シャッター音と共に写真が排出される。
「これは......」
「第四学区の駅構内で発生するケンカだね。右側の男性がナイフを持っていて左側の男性が倒れる」
黒子は写真を凝視する。
確かに人混みの中でうっすらと暴力行為の痕跡が写っている。
「でもこれだけじゃない」
写影はペンライトを取り出し、自身の目に向けてライトを当てた。
そして、彼は再びカメラを構える。
「書庫には載ってない情報だけど、集中力を高めると......」
再度シャッターを切る。今度の写真には先程よりも鮮明な映像が記録されていた。
次の事件は、研究所での爆発のようだ。
事件の様子だけではなく、時間や場所も正確に念写されている。
「この能力は悪用されやすいから内緒にしてほしいんだ」
写影は少し表情を曇らせた。
「はい、もちろんです」
初春が真剣な面持ちで頷く。
「狙われたら大変ですものね」
黒子も同意した。
安心した様子の写影は続ける。
「実は僕には仮説があって......」
彼は黒子の方をじっと見た。
「空間移動は11次元に干渉する能力だって言われてるよね?」
「ええ、理論的にはそういうことになっていますわ」
黒子は微かに眉を上げた。
「11次元を経由することによって......三次元の因果律に干渉できるかもしれない」
写影は指で空間を描くジェスチャーをした。
「つまり、未来を変える力があると?」
黒子の声が低くなる。
「可能性はあるよ。黒子は実際に事件を未然に防いでくれたからね。蛇の事件は......よくわからなかったけど」
「結絆さんは多分例外ですの......」
黒子は苦笑いしながら窓の外に視線を移した。
「ですが、私の能力で未来を変えることが可能なら......」
彼女は拳を軽く握った。
「あなたの予知した事件を一つずつ潰しますわよ」
「え?」
初春が驚いて黒子を見る。
「試してみる価値はありますの。空間移動の新たな可能性を知ることは、きっと誰かを守ることにも繋がりますわ」
「白井さん......また始末書を書かされますよ」
初春は苦笑いしながら黒子を見る。
風紀委員は管轄外の事件に首をつっこむと始末書を書かされるのである。
黒子は、よく始末書を書いているのである。
「それでも、被害が減るならやるべきですの」
黒子は穏やかに微笑んだ。
「それに写影くんの安全のためにも......能力を悪用しようとする輩に絡まれないよう守りますわよ」
「ありがとう、白井」
「うっ、呼び捨てにされるのは慣れませんの」
写影は初めて年相応の笑顔を見せた。
「わかりました、それなら私も手伝います」
初春も乗り気になり、早速端末を開いた。
「初春、まずは予知された事件の情報を整理を......」
「時間は30分後......急げば間に合います!」
黒子の目が本気モードに入った。
「全ての事件を食い止めることはできなくても、やれることはあるはずですの!」
三人は顔を見合わせると、互いの決意を確かめ合うように頷き合った。
窓から差し込む夕日が、新たな冒険の幕開けを告げるようだった。
その後、三人が向かったのは、第七学区の外れにある小さな川だった。
整備された遊歩道と、ところどころに伸びる木々。夕暮れの光が水面に反射し、穏やかな景色を作っている。
「一見すると、事件が起こりそうには見えませんわね......」
黒子は周囲を見回しながら呟いた。
「でも......写影くんの写真では、ここでしたよね?」
初春が端末と、写影の念写写真を見比べる。
写影は川の上流を指差した。
「時間は、あと三十秒くらいだと思う」
「......了解ですわ」
黒子は深く息を吸い、能力使用に意識を集中させる。
三人が視線を向けた先の川沿いの一本の木の枝に、帽子が引っかかっていた。
その下で、背の小さな女の子が必死に手を伸ばしている。
「もう少し......」
女の子はつま先立ちになり、さらに身を乗り出した。
「......危ないですよ!」
初春が思わず声を上げた、その瞬間だった。
女の子の足元の小石が音を立てて崩れる。
「きゃっ!」
女の子の体が大きく傾き、そのまま川へと落ちていく。
(来ましたの......!)
黒子は迷わなかった。
「っ!」
次の瞬間、女の子のすぐ横に黄色い浮き輪が出現した。
「え......?」
水に落ちた女の子は、反射的にそれにしがみつく。
本人は何が起こっているかわかっていないようだが、身体はしっかりと浮いていた。
「だ、大丈夫ですよ!そのままつかまっていてください!」
初春が声をかける。
黒子は連続で空間移動し、女の子の体を歩道へ移動させた。
水音が止み、女の子は地面に座り込む。
「うえーん......怖かったよぉ......」
震えた声だったが、怪我はない。
「もう大丈夫ですよ」
初春が駆け寄り、肩にタオルをかける。
女の子はこくこくと頷いた。
「......うん。ありがとう」
少し遅れて、近くにいた女の子の友人が駆け寄ってくる。
「すみません!本当にありがとうございます!」
黒子は一歩下がり、軽く会釈した。
「いえ、無事で何よりですわ」
騒ぎが収まり、周囲が落ち着きを取り戻した。
三人は少し離れた場所に移動した。
最初に口を開いたのは、写影だった。
「現場の状況は写真通りだった。でも、結果は違う」
彼は自分のカメラを見下ろす。
「女の子は、本当は......川に流されて、最悪の場合......溺死するかもしれなかった」
「ですが、助かりました。白井さんの空間移動のおかげです」
初春がはっきりと言った。
「初春も、ナイスサポートでしたわよ」
二人はガッツポーズした。
黒子と初春は良いコンビなのだ。
「......やはり未来は固定されていませんのね」
黒子は、静かに拳を握りしめる。
胸の奥で、何かが確信に変わる感覚があった。
二人は写影を見る。
「あなたの予知は“起こり得る未来”を示している。でも、そこに私たちが介入すれば......」
「結果は変えられます!」
写影が、驚いたように目を見開いた。
「......本当に」
「ええ」
黒子はきっぱりと頷く。
「空間移動は、ただ移動する能力ではありませんの。因果の間に割り込む力......それを使えば、未来にも干渉できる」
学園都市にはたくさんの学生がいるものの、空間移動能力者の数は少ない。
わかっていない情報はまだまだある。
「未来予知って、怖いものだと思ってました。でも......」
初春は、少し感慨深そうに笑いながら川の方を見た。
「こうやって使うことができれば、人を助ける力になりますね」
写影の肩から、ふっと力が抜けた。
「......よかった」
彼は小さく笑う。
「僕の能力は、ずっと絶望を知らせるものだと思ってた......」
「違いますわ」
黒子は優しく言った。
「あなたの予知は、“人を救うための希望”ですの」
夕日が、三人を包み込む。
未来は、決まっていない。
変えることができる。
それを黒子たちは確かに証明したのだった。
美山の能力の仕様が原作と少し異なっていますが、小説という都合上わかりやすさを優先しています。
予知関連の話はあと二話程続きます。