結絆たちの未来に関係する話も出てきます。
時系列は気にしないでください。
鏡の世界の海へ
朝のマジックシアターは、穏やかな陽光に包まれていた。
結絆の部屋で、ベッドの上をぴょんと跳ねるようにして美管が声を上げる。
「ねえねえ、お兄ちゃん!美管、海で泳ぎたい!」
「海?うーん、少し寒くなってきたから近くで泳ぐのは厳しいかなあ。まあ、鏡の世界なら......」
美管がかつて海に行きたいと言っていたことを、結絆は鮮明に覚えている。
結絆は苦笑しながらも、その瞳には楽しげな光が宿る。
窓の外に広がる学園都市の景色とは違い、彼の背後には部屋の一角を占領するように立つ、巨大な鏡があった。
金縁に縁取られたそれは、鏡の世界へと繋がる扉でもある。
過去に結絆は帆風と共に鏡の国を救い、別の日にはアイテムのメンバーたちと共にスターカッターという船を作ったこともある。
「鏡の世界の海、行ってみたい!」
「もちろんだよお。あそこは常夏で、水質も素晴らしいからねえ」
そのやり取りを聞きつけて、次々と人が集まってくる。
結局、結絆の恋人たちと操祈と当麻が鏡の世界に行くこととなった。
操祈は涼しげな笑みを浮かべながら、結絆の腕にそっと触れた。
「お兄様、面白い場所に連れて行ってくれるのよねぇ」
「操祈は鏡の世界に行くのは初めてだったよねえ、楽しめると思うよお」
一方で当麻は、少し警戒した様子で鏡を見つめている。
「......なあ、それ本当に海に行くだけなんだよな?」
「大丈夫だって。多分、命の危険はない......かなあ?」
「多分っておい!絶対トラブルに巻き込まれるだろ!」
当麻の発言をきっかけに笑い声が部屋に広がり、結絆は皆を見回して頷いた。
「じゃあ行こうか。手、離さないでねえ」
結絆が鏡に触れると、水面のように揺らぎが広がる。
次の瞬間、足元の感覚がふっと軽くなり......
ざああ......という波音と共に、眩しい光が視界を満たした。
気づけば一行は、どこまでも続く白い砂浜に立っていた。
空は澄み渡る青、海はエメラルドグリーンに輝き、南国の太陽が惜しみなく照りつけている。
しかし、日差しの割にはそこまで暑くはない。
「わああ......!」
美管が真っ先に砂浜を駆け出した。
「すごーい!あったかいし、きれい!」
「鏡の世界の海は、いつ来ても常夏なんだよお。」
「まるで絵本の中みたいねぇ。現実感がなさすぎて、逆に安心するわぁ」
操祈は日傘を広げながら、くすりと笑う。
当麻はサンダルを脱ぎ、恐る恐る波打ち際に足を入れる。
「......普通に海だな。水はしょっぱいし」
「でしょお?ちゃんと海だよねえ」
恋人たちもそれぞれ水着に着替え笑い声が風に混じる。
そんな中、結絆がふと、砂浜の端に目を留めた。
「......ん?」
岩陰のあたり、潮だまりの中に、見慣れないものがある。
赤と緑が混ざり合った触手の塊――イソギンチャクのようだが、明らかに違う点があった。
「目、ついてない?」
「え?」
近づいて覗き込むと確かにそこには二つの目があり、きょろきょろと周囲を見回すように動いている。
「なにこれ......生きてるんだよな?」
当麻が一歩引く。
「かわいい!」
美管は無邪気に声を上げた。
「鏡の世界らしい生き物ねぇ。現実と少しずれてる感じが」
操祈も興味深そうに観察する。
結絆は顎に手を当て、感心したように呟いた。
「二つの目で世界を見てるのかなあ。不思議だねえ」
しばらくすると、そのイソギンチャクは、ぴくりと触手を揺らし、ゆっくりと砂の中に潜っていった。
「逃げちゃった......」
「刺激しすぎたかなあ」
波の音だけが残り、再び穏やかな時間が流れる。
結絆は皆の顔を見渡し、柔らかく微笑んだ。
「ここには、まだまだ不思議なものがたくさんあるよお。今日はゆっくり、海を楽しもうねえ」
「うん!」
常夏の砂浜で、鏡の世界の一日は、まだ始まったばかりだった。
砂浜に再び賑やかな気配が戻ってきたのは、それぞれが簡易テントで水着に着替え終えた頃だった。
最初に視界に飛び込んできたのは、潮風に髪を揺らしながら歩いてくる恋人たちの姿だった。
その瞬間、結絆と当麻は、同時に言葉を失った。
「......」
「......」
まるで時間が止まったかのように、二人は立ち尽くす。
常夏の陽光を反射する砂浜、その上を歩く彼女たちは、どこか現実離れした美しさを放っていた。
それぞれが思い思いの水着に身を包み、健康的な肌が眩しく輝く。
いつも見慣れている姿であるはずだが、海という舞台に立っただけで、まるで別世界の住人のように見える。
「......二人ともどうしたの?固まってるよ?」
美管が不思議そうに首を傾げる。
その声で、ようやく二人は我に返った。
視線を慌てて逸らし、後頭部を掻きながら、絞り出すように呟く。
「......いや......その......」
一瞬、言葉を選ぶように黙り込み――。
「なんか、色々とすげえな......」
それは飾り気のない、だが本心からの言葉だった。
「......これは絶景だねえ」
続いて結絆も、ゆっくりと息を吐き、素直な感想を口にする。
その一言で、場の空気がぱっと華やぐ。
「え、ほんと?」
「そんなふうに言われると、照れるじゃない」
「......嬉しいです」
恋人たちは互いに顔を見合わせ、頬を染めながら嬉しそうに笑った。
普段はからかい合ったり、強気な態度を見せる者たちも、この時ばかりは素直な反応を隠せない。
美管は両手を広げてくるりと一回転する。
「美管も?美管もかわいい?」
「もちろん、すごく可愛いよお」
「えへへ!」
結絆の言葉に、美管は満面の笑みを浮かべて駆け回り始めた。
そんな和やかな光景を、少し離れた場所から操祈が眺めていた。
淡い色合いの水着に身を包み、日傘をくるりと閉じると、にこやかな笑みを当麻に向ける。
「ねえ、当麻ぁ」
「ん?どうしたんだ」
操祈は、ことさらゆっくりと歩み寄り、距離を詰める。
「日差し、強いでしょぉ?日焼け止め......塗ってほしいわぁ」
「............」
当麻の思考が、完全に停止した。
「え、ええええ!?な、なんで俺が!?」
「当麻が一番近くにいたからなんだゾ☆」
操祈は悪戯っぽく微笑み、日焼け止めのボトルを差し出す。
「お願い。背中、届かないのよぉ」
「......っ!」
理性が全力で警鐘を鳴らす。
視界に入るのは、白くて柔らかい肌、そして甘い香り。
内心で必死に自分を鼓舞しながら、当麻は震える手で日焼け止めを受け取った。
「......わ、分かったから......じっとしてろよ......」
「ふふ、背中が終わったらぁ、背中以外も塗ってほしいわよぉ」
操祈は素直に背を向ける。
当麻は息を止める勢いで、少量を手に取り、なるべく変なところに触らないように、慎重に塗り広げていく。
(まずいまずいまずい!これは試練ですことよ)
試練に立ち向かう当麻と対照的に操祈は、わざとらしく肩をすくめる。
「あ、そこ塗り残してほしいわぁ」
「......っ!」
当麻の顔は、もはや真っ赤だった。
一連の様子を眺めていた結絆は、くすくすと笑う。
「当麻、理性と必死に戦ってるねえ、見てて面白いよお」
「言うな!見んな!」
その後、ハプニングがあったりもしたが、なんとか日焼け止めを塗り終え、当麻は一歩距離を取る。
「......はあ、はあ、終わったぞ」
「ありがとう。当麻、優しいのねぇ」
操祈は満足そうに微笑み、そのまま当麻の手首を引いた。
「さあ、せっかく来たんだしぃ。一緒に泳ぎましょぉ」
「おっ、おう!」
抵抗する暇もなく、当麻は操祈に連れられて波打ち際へ向かうことになった。
冷たいはずの海水は不思議と心地よく、足元から優しく包み込む。
「......操祈と一緒に海に来れて嬉しいぞ」
当麻がそう呟くと、操祈は嬉しそうに笑う。
「でしょぉ?鏡の世界の海、気に入ったわぁ」
遠くでは、美管や結絆の恋人たちの楽しげな声が響き、結絆もゆっくりと海へ足を踏み入れる。
「今日は海水浴日和だねえ......これは楽しみつくすしかないかなあ」
結絆は恋人たちとの時間を楽しむために分身の魔術を使用した。
常夏の太陽の下、波音と笑顔に満ちた時間が、静かに、そして確かに流れていった。
番外編はしばらく続きます。