波打ち際から少し沖へ出たところで、結絆は振り返った。
「じゃあ、ゆっくり泳ごうかあ。二人とも、無理しないでねえ」
その左右には、沙羅と白羽(結絆の前世の恋人)が並んでいた。
結絆が二人と一緒に海で泳ぐのは初めてである。
「ふふ......結絆君と一緒に泳げるなんて、夢みたいね」
沙羅はそう言いながら、軽く水をかいて前へ進む。
知的で落ち着いた彼女の横顔は、太陽光を受けてどこか柔らかく見えた。
一方の白羽は、少し後ろを泳ぎつつ、ちらちらと視線を結絆に向けている。
「......結絆様......」
「ん?どうしたの、白羽」
「い、いえ......」
白羽は慌てて首を振ったが、その視線はどうしても逸らしきれなかった。
ラッシュガードを着た結絆の体は、普段の服の上からでは分かりにくい、鍛え抜かれた線をはっきりと浮かび上がらせている。
背中から肩、腕へと続くギリシャ彫刻もびっくりな筋肉が、自然にしなやかに動いていた。
(......こんなにも......)
白羽だけではない。
沙羅もまた、さりげなく視線を走らせ、思わず小さく息を吐く。
「......本当に、努力の跡が分かる体ね。かっこよすぎるわ」
「ええ?そうかなあ」
結絆は照れたように笑いながら頭を掻く。
「二人だって、すごく似合ってるよお。沙羅は大人っぽくて落ち着いてるし、白羽はお淑やかで優雅だからねえ」
「......っ」
「......結絆様っ!」
二人の頬が、同時に朱に染まる。
「そんなふうに褒められると......困るわね」
「結絆様......とても嬉しいです」
そのまま三人は、ゆったりとしたペースで海中へと潜っていった。
水の中は驚くほど澄んでいた。
太陽光が揺らめきながら差し込み、白い砂地と色とりどりの珊瑚が幻想的な景色を作り出している。
結絆がゴーグルをつけて周囲を見渡した、その時だった。
「......おや?」
前方から、ぷくぷくとした影がいくつも近づいてくる。
丸い体に短いヒレがある、一見するとフグのような姿をしているが、決定的に違う点があった。
「......ゴーグルをつけてますね」
白羽の声が、水中でもはっきりと響く。
その生物たちは、まるで人間の真似をするかのように、小さなゴーグルを目に装着し、こちらをじっと観察していた。
数は五匹ほどで、ぷかぷかと浮かびながら一定の距離を保っている。
「面白いわね......視覚器官を補助しているのかしら」
沙羅は興味深そうに、少し近づく。
「マジックシアターの水族館エリアに展示したいわね。研究する価値もあるわ」
それを聞いて、白羽も大きく頷いた。
「かわいいですね。結絆様の水族館に展示すれば、人気になること間違いなしです」
「うん、確かに見た目も愛嬌もあるからねえ」
フグのような生物たちは、まるで会話を理解しているかのように、ぷくっと体を膨らませた。
「......じゃあ、連れて行こうかあ」
結絆の言葉に、沙羅が小さく微笑む。
「ええ、任せて」
次の瞬間、沙羅の能力が発動する。
水中に歪みが生まれ、静かで正確な空間移動が行われた。
フグたちは驚く様子もなく、そのまま姿を消す。
「これで、水族館エリアのバックヤードの水槽に送ったわ。環境も調整してあるから、問題ないはずよ」
「さすが沙羅だねえ」
「沙羅さん、お見事です」
白羽は安心したように胸を撫で下ろした。
「後で様子を見に行きましょう。きっと、すぐに慣れてるはずよ」
再び水面に顔を出すと、潮風が心地よく肌を撫でた。
「楽しかったねえ」
結絆がそう言うと、沙羅と白羽は顔を見合わせ、穏やかに笑う。
「ええ、初めてだったけれど、とても楽しめたわ」
「はい、忘れられない時間になりましたね」
常夏の海は、三人の距離を、静かに、そして確かに近づけていたのだった。
場面は変わり、陽射しが海面をきらめかせ、白い砂浜に照り返しが眩しく跳ね返ってくる。
潮風は心地よく、遠くでカモメが鳴いていた。
「海、気持ちいいねえ。今日はのんびり遊べそうだよお」
サンダルを脱ぎながら結絆が伸びをする。
空からの光を受けて、金色の髪が光っていた。
「後で何か面白い勝負でもするんじゃありませんの?」
黒子が疑わしげな目で見上げると、結絆はにこっと笑って肩を竦めた。
「まあ、流れ次第かなあ」
「ねえ、せっかく海に来たんだからまずは泳ぐわよ!」
美琴が元気よく声を上げる。
水着姿で波打ち際に駆け寄る美琴は、とても楽しそうだ。
「結絆さん。身の回りのお世話は任せてください」
帆風が気合の入った声で言う。
水着姿でも凛とした雰囲気は変わらない。
そんな中、遠くない距離に、ぽつんと浮かぶ無人島が視界に入る。
「そうだ!あそこまで行くの、楽しそうだよねえ」
結絆が指を差した瞬間、美琴は察したように振り返る。
「ねえ、結絆。もしかして、あそこまでの......」
「勝負開始だねえ!」
結絆の号令とともに、それぞれの方法で海へ踏み出す。
美琴は当然というように海へ飛び込み、滑らかなフォームで泳ぎ出す。
一方で、結絆は足が沈む前にもう片方の足を前に出すことによって水面を走っていた。
「泳ぐより走った方早く着きそうだねえ」
結絆はあっという間に美琴を追い抜いた。
「結絆さん、負けませんよ」
帆風もまた結絆に並ぶように水面を駆ける。
二人の身体能力が高いのは今更である。
そして、黒子に至っては、海に足すらつけないまま......
「では先に失礼しますの、お姉様!」
黒子は空間移動で一瞬で数十メートル先に転移していく。
そこから連続で移動し、島へと一直線。
その背中を見た美琴が海中から顔を出し、叫ぶ。
「ちょっと!海に来てるんだから泳ぎなさいよ!」
「まあまあ美琴、泳がないといけないルールは......なかったからねえ?」
結絆がくるんと振り返って手を振る。
その余裕に美琴は歯噛みした。
「ずるいったらずるいっての!絶対追いつくから!!」
海をかき分けながら、美琴は全力で腕を振る。
彼女の背中に太陽の光が反射し、水しぶきがきらきらと散った。
しかし、結果は......
真っ先に島に辿り着いたのは結絆。
続いて帆風、黒子。
最後は美琴が息を切らしながら到着した。
「く、悔しい......!負けた......!」
「美琴も、よく頑張ったねえ。綺麗な泳ぎだったよお」
結絆が微笑むと、美琴は胸元を押さえてぷいと顔を背ける。
「そ、そんなの言われても嬉しくないんだから......」
だが、問題はここからだった。
「さあて、美琴。罰ゲームの時間だよお」
「罰ゲーム!?そんなの聞いてな......」
「うん、言ってないけどねえ」
結絆がにっこり。
次の瞬間、美琴はふわりと持ち上げられた。
「ちょ、ちょっと......お姫様抱っこって......!こ、こんな所で!?」
腕の中で暴れようとするが、結絆の腕は優しく、しかし逃がさない強さで支えていた。
「罰ゲームだよお。それに、美琴が可愛いのは事実だからねえ」
「~~~~っ!言うなぁ!!」
耳まで真っ赤になりながらも、完全には拒絶できず、美琴は無意識に結絆の首へ手を回してしまう。
結絆が顔を寄せる。
唇が触れた瞬間、美琴の体が小さく震えた。
潮風、太陽、海の匂い。
全てが混ざった甘いキス。
恥ずかしくて仕方がないはずなのに、美琴は目を閉じ、受け入れていた。
「......バカ。勝手なんだから。でも......嬉しいわよ」
「それは光栄だねえ」
引き寄せられるまま、二人は海風に揺られた。
黒子は「お姉様ぁぁぁぁ!羨ましいですのぉぉ」と叫び、帆風は微笑ましそうに見守る。
結絆は美琴を優しく地面へ下ろすと、照れくさそうに頭を撫でた。
「次は何しよっかなあ」
「......今度は負けないから。覚悟しなさいよ、結絆」
夏空の下、4人の笑い声が島に響いたのだった。
鏡の世界の生き物たちのモチーフは察している人もいると思います。