穏やかな波音が寄せては返し、白い砂浜に静かなリズムを刻んでいた。
強すぎない日差しと、海から吹き抜ける風が心地よい午後。
上条当麻と食蜂操祈は、浜辺で砂蒸し風呂を楽しむことにしていた。
「ねえ当麻、せっかく南の島まで来たんだから、こういうのも体験しないと損よねぇ」
操祈は麦わら帽子を押さえながら、楽しそうに微笑む。
「そうだな!でも砂蒸し風呂って、掘るのが大変なんじゃないのか?」
当麻が周囲を見回すと、操祈はにっこりと意味深な笑みを浮かべた。
「そのためにぃ......お兄様の力を借りるのよぉ」
操祈が指を鳴らすと、結絆の分身体が現れた。
「呼ばれたよお。砂蒸し風呂だって聞いたけど、穴掘り係かなあ?」
「二人分、景色のいい場所で頼んだわよぉ」
「任せてよお、ちょっと待っててねえ」
結絆の分身体は軽く手を振ると、砂浜にしゃがみ込み、驚くほど手際よく砂を掘り始めた。
崩れないように角度を調整し、背中を預けられる形に整え、あっという間に理想的な砂蒸し風呂用の穴が完成する。
「相変わらず仕事が早え......」
当麻が呆然と呟くと、操祈はくすくす笑った。
「ありがとう、お兄様♪さ、当麻。行きましょぉ」
二人は穴に横になり、結絆の分身体が砂を優しくかけていく。
顔の部分だけは空けられ、視界の先にはきらきらと輝く海が広がっていた。
「おっ......じんわり温かいな」
「血行が良くなるのよぉ。快適力が高いから、しばらく寛ぎましょぉ」
砂の重みと温もりが体を包み込み、自然と肩の力が抜けていく。
「こうして海を見ながらのんびりしてると、肩の力が抜ける感じがするわぁ」
「最近、慌ただしかったからな......こういう時間があると、気分が安らぐぞ」
二人は他愛のない話を続けた。
先日のイタリア旅行のこと、この島での出来事、学園都市では味わえない静けさ。
波の音が会話の合間を埋めていく。
と、その時だった。
ぷかり、と海面に浮かんでいた影が、波に乗って浜辺へ近づいてくる。
「......なあ操祈」
「どうしたの、当麻?」
「なんか、頭の上が重いんだが......」
次の瞬間、操祈の視界に飛び込んできたのは、当麻の頭にぺたりと乗っかる一匹のタコだった。
吸盤が髪にしっかり吸い付き、まるで最初からそこにいたかのように落ち着いている。
「......っ、なにそれ......!」
一瞬きょとんとした操祈は、次の瞬間、耐えきれずに吹き出した。
「ふ、ふふ......当麻......タコ......っ!似合いすぎ......!」
「はあ!?ちょ、笑ってないで取ってくれ!」
当麻が慌てて動こうとするが、砂に埋まっているため身動きが取れない。
タコはそんなことお構いなしに、のんびりと頭の上でくつろいでいる。
「だ、だめ......っ、無理......!」
操祈は腹を抱えて笑い、涙まで浮かべていた。
「もう......不幸だ......」
「不幸体質もここまで来ると芸術ねぇ......!」
暫くするとタコは何事もなかったかのように、再び波間へ消えていった。
「......最悪だ」
ため息をつく当麻に対して、操祈は当麻の方を見て微笑んでいる。
そして再び静かな時間が訪れる。
砂の温もりと潮風、そしてささやかな笑い声。
「なあ操祈、こういう時間を大切にしたいよな」
「ええ......私もそう思うわぁ」
砂蒸し風呂の中、二人は並んで海を眺めながら、ゆっくりと流れる時間を楽しんでいた。
島の空は青く、波は変わらず穏やかに寄せては返していた。
空が赤く染まり始めた頃、結絆は完成したばかりの小屋の前に立ち、皆を迎えていた。
潮風に揺れる松明の明かりが、砂浜と木造の壁を温かく照らしている。
「さあさあ、こっちだよお。今日の宿はここになるからねえ」
結絆の声に応えるように、恋人たちや当麻、操祈が次々と集まってきた。
当麻は小屋を見上げ、言葉を失う。
「キャンプって聞いてたんだが......これ、完全に合宿所じゃねえか」
「ふふ、お兄様らしいわぁ」
操祈はくすりと笑い、小屋の中を覗いた。
「10人どころじゃなくて、もっと泊まれそうじゃなぁい」
「皆でゆっくりできる場所が欲しかったからねえ」
結絆は照れたように笑いながら扉を開ける。
中は広々としており、床は丁寧に整えられ、壁際には荷物を置ける棚まで作られていた。
「流石結絆さんです、ここなら全員でくつろげますね!」
「結絆様と一緒に海を見ながら過ごせるなんて......白羽は感激です」
帆風と白羽は、結絆の腕に抱き着きながら嬉しそうな表情をしている。
「でしょお?美管たちと頑張ったよお」
結絆はそう言って、浜辺の方へ視線を向けた。
「さて、次は夕ご飯だねえ」
焚き火用に組まれた石のかまどの前で、結絆は釣りで得た魚を次々と並べていく。
小魚、大ぶりの白身魚、そしてあの巨大な魚まで、見事なラインナップだった。
時空間の原典の力によって鮮度はバッチリである。
「結絆クン、大量に釣ってたわよねえ」
蜜蟻は先ほどまでの船上デートを振り返る。
「結絆君、期待してるわよ」
沙羅も空間移動で結絆のサポートをしている。
「任せてよお」
結絆は包丁を手に取り、迷いのない手つきで魚に刃を入れた。
鱗を落とし、内臓を処理し、三枚におろしていく動きは流れるようで、まるで職人のようだった。
「本当に無駄のない動きですの......」
黒子が思わず呟く。
「結絆は逆に何ができないのか気になるわね」
美琴は自分の倍以上のスピードで魚をさばく結絆を見て複雑な表情をしている。
「え、ちょっと待って。結絆って、こんなことまでできたの?」
フレンダが身を乗り出す。
「料理の腕前は、私達よりも結絆さんの方が上ですね」
「超見事な包丁さばきです」
入鹿や絹旗も真剣な眼差しで見つめていた。
そして、魚がさばかれるたびに、周囲から歓声や感嘆の声が上がる。
結絆はそれを聞きながら、楽しそうに手を動かし続けた。
「次は火起こしだねえ。潤子、お願いできるかなあ」
「はい、任せてください」
帆風たちは手分けして動き始める。
乾いた木を組み、火打石で火花を散らす。
やがて、ぱちぱちと音を立てて炎が上がった。
「いい感じですね」
帆風は満足そうに頷く。
「では、こちらで焼き魚を。木の実はスープにしましょう」
「おお、段取りいいな」
米を炊いていた当麻は感心したように言う。
「ふふ、皆でやるから楽しいのよねぇ」
操祈はそう言いながら、野菜や木の実を並べていく。
結絆がさばいた魚は、塩を振られ、炭火の上へ。
適度に脂が落ちて炎が上がり、香ばしい匂いが浜辺に広がった。
別の鍋では、木の実と野菜、魚のアラを使ったスープが煮込まれている。
「......これはもう、キャンプ飯の域を超えてるわねぇ。」
操祈が微笑む。
「高級リゾートのディナーみたいだよ!」
「そう言われると照れるねえ」
結絆は頬をかきながら、最後の大魚を切り分けた。
「皆で食べる食事が一番のごちそうだからねえ」
やがて、即席とは思えないほど豪華な料理が完成した。
焼き魚、煮魚、スープ、木の実を使った付け合わせ。
焚き火の明かりに照らされ、どれも美味しそうに湯気を立てている。
「いただきます!」
その声を合図に、全員が食事を始めた。
先ほど結絆に木の実を届けてくれた動物や鳥たちも、調理された食材をおいしそうに食べている。
「......うまっ」
当麻が素直に声を上げる。
「皆で作っただけあってとてもおいしいです」
「結絆さん、大成功ですね!」
帆風は上品に微笑みながら箸を進める。
「お兄ちゃん、美管、とっても楽しいよ!」
焚き火を囲み、笑い声が夜の浜辺に響く。
星空の下、潮風と炎の温もりに包まれながら、結絆はその光景を静かに見渡した。
「幸せな時間を大切にしたいねえ」
その呟きは、波の音に溶けていった。
大きな小屋と、豪華なキャンプの夜。
島の一日は、穏やかな余韻とともに更けていった。
食事を終えたあと、焚き火は小さくなり、ぱちぱちという音だけが残っていた。
夜空には雲ひとつなく、遥か彼方には無数の星が瞬いている。
結絆たちは小屋の前に敷いたシートや丸太に腰を下ろし、自然と空を見上げていた。
「......きれい」
誰かが小さく呟いた。
学園都市では見られないほどの星の数だった。
はるか遠くの銀河が淡く光り、数多の星々がまるで手を伸ばせば届きそうな距離にある。
操祈は当麻の隣に座り、静かに息をつく。
「こんな星空、なかなか見れないわよぉ。時間が止まったみたいだわぁ」
「だな......」
当麻も同じように空を見上げる。
「潤子ちゃん、あの星、凄い輝きねえ」
帆風や蜜蟻たちは焚き火の名残で手を温めながら、星座を探している。
そして、フレンダや絹旗は寝転がり、結絆の腕を枕にして夜空を独占するように眺めていた。
「ねえねえ、あれって有名な星じゃない?」
「多分超違うと思います」
「ちょっ!?ひどくない?」
そんなやり取りを、結絆は微笑ましく見ていた。
潮風が優しく吹き、波が規則正しく砂を撫でる。
そのすべてが、胸の奥を穏やかに満たしていく。
と、その時だった。
「あっ!」
誰かの声と同時に、夜空を一本の光が走った。
「お兄ちゃん、流れ星!」
「本当だねえ!」
細く、けれど確かな光が弧を描き、星の海を横切っていく。
「願い事、願い事!」
操祈が慌てて目を閉じ、当麻も条件反射のように口を閉ざす。
ところが......
「......え?」
光は消えなかった。
二本目、三本目。次々と流れ星が現れ、まるで夜空が祝福するかのように輝き続ける。
「ちょ、ちょっと待って......まだ終わらないんだけど」
「流星群......ですか?」
帆風が驚いたように呟く。
五分、十分――それでも星は流れ続けた。
「......ねえ、これ長くない?」
フレンダが半身を起こし、空を睨む。
「流石に10分以上も願い事してたら、願うこともなくなるってわけよ......」
「超わかります」
絹旗が真顔で頷いた。
「最初は健康とか幸せとかだったのに、今はもう何願えばいいか超迷ってます」
「......さっきから同じ願いを何回も言ってるのを聞いてるんだけど」
警策がぽつりと言い、周囲が小さく笑った。
その中で、結絆は静かに立ち上がり、再び空を見上げた。
長く続く流れ星の帯は、どこか現実離れしていて、それでも確かにここにある奇跡だった。
(願い事、かあ......)
結絆は目を閉じる。
(これからも、恋人たちや仲間たちと皆で笑って、こうして同じ空を見上げて幸せに過ごせますように)
言葉にすればそれだけだった。
でも、その願いは胸の奥から自然と溢れ出てきたものだった。
やがて、流れ星は少しずつ数を減らし、夜空は元の静けさを取り戻していく。
「......終わっちゃった?」
「みたいだねえ」
「はぁ......疲れた」
フレンダが再び寝転がる。
「流れ星はきれいだったけど、願い事マラソンはもう勘弁してほしいってわけよ」
「綺麗でよかったじゃない」
沙羅が穏やかに微笑む。
「忘れられない夜になりましたね!」
白羽の言葉を聞いた結絆は小さく頷き、皆の姿を見渡した。
「本当に、いい夜だねえ」
星空の下、波の音と微かな笑い声が重なり合う。
その時間は、誰の願いよりも確かな形で、彼らの心に刻まれていった。
次回も番外編の続きですが、展開が変わります。