無人島を裂いた亀裂の間を、夜風が唸りを上げて吹き抜けていた。
海水が割れ目に打ち寄せ、低く重い音を立てる。
その中心で、結絆とキャーリサの子は向かい合って立っていた。
青年は荒い息を一度整え、背中の大剣を両手で握り直す。
その眼差しは、先ほどよりも、純粋な闘志に染まっている。
「父さんに......どこまで俺の力が届くか、試したい」
低く、しかしはっきりとした声が響く。
「......いいよお」
結絆は静かに頷いた。
「では......参る」
その瞬間、青年の全身から圧が放たれた。
筋肉が軋み、足元の岩が耐えきれず砕ける。
ズンッ。
踏み込み一つで、島の空気が歪む。
キャーリサの子は結絆の目の前に瞬時に移動した後に大剣を頭上高く振り上げ、全力で振り下ろした。
島そのものを押し潰すかのような、純粋な力の塊。
「......っ!」
見守っていた帆風たちが思わず身を強張らせる。
だが結絆は、逃げなかった。
「マスターソード」
その名を呼ぶと同時に、結絆の手に光が集う。
澄んだ輝きを放つ剣が顕現し、彼は迷いなく正面から構えた。
次の瞬間。
ガァァァン!!
大剣とマスターソードが激突する。
衝撃波が円状に広がり、周囲の大地が震え上がった。
空気は爆ぜ、木々は根元から倒れ、海面は巨大な水柱を上げる。
「な......っ!」
美琴が思わず声を失う。
「ちょっとぉ、やりすぎよぉ......」
操祈も思わず息を呑み、結絆を見つめた。
「受け止めた......正面から」
剣と剣が噛み合ったまま、火花が散る。
キャーリサの子は歯を食いしばり、全体重と力を剣に乗せる。
「......押し切る......!」
だが、その刃を受け止める結絆の表情は、どこか楽しそうだった。
「いい攻撃だねえ」
衝撃の中心で、結絆は笑う。
「流石は俺の息子だよお」
その言葉と同時に、結絆の腕に力が籠もった。
ギンッ!!
次の瞬間、結絆は踏み込み、剣身を滑らせるようにして一気に振り抜いた。
キャーリサの子の大剣が、宙を舞う。
「......っ!」
金属音を残しながら、大剣は遠くの岩場に突き刺さり、島を再び震わせた。
キャーリサの子は力を使い切り、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
砂と砕けた岩の上に仰向けになり、荒い呼吸を繰り返した。
「はあ......はあ......」
月明かりの下、彼はゆっくりと目を細める。
「......やはり、父さんは強いな」
その声には、悔しさよりも、どこか清々しさを感じられた。
「当然だよお」
結絆はマスターソードを消して、歩み寄り、そっと手を差し伸べる。
キャーリサの子はその手を取り、わずかに笑った。
真っ二つに割れた無人島の中央で、父と子の力は確かに交差し、そして受け継がれていることを、夜空だけが静かに見守っていた。
無人島に吹いていた緊張の風は、いつの間にか穏やかな夜風へと変わっていた。
裂けた大地の向こうで、焚き火の明かりが小さく揺れている。
「さてさて......」
結絆はキャーリサの子と帆風の子を見渡し、軽く手を叩いた。
「戦いの後は、ご飯だよお。実はさっきのキャンプで、夕ご飯を少し残してたんだよねえ」
「......ご飯!?」
帆風の子が目を瞬かせる。
「今......から?」
「うん。体力、かなり使ったでしょお?」
困惑するキャーリサの子に対して結絆はにこりと笑い、二人を浜辺の焚き火へと誘った。
戻ってきた浜辺では、帆風たちが心配そうに、しかしどこか期待を含んだ視線を向けていた。
「お帰りなさい、結絆さん」
帆風が柔らかく声をかける。
「ただいま、ちゃんと勝って戻ってきたよお」
結絆に抱きしめられた帆風は、一気に赤くなる。
「結局、結絆の勘は当たりすぎて怖いってわけよ......」
フレンダが鼻をひくつかせる。
焚き火の上では、香ばしく焼けた魚が網の上に並び、鍋の中では魚の骨と野菜で取ったスープが静かに煮えていた。
潮の香りと出汁の匂いが混ざり、食欲を刺激する。
「戦いの直後に、こんな......」
キャーリサの子が、率直に呟いた。
「当たり前だよお」
結絆は器にスープを注ぎながら言う。
「生きてる限り、食べるのは大事だからねえ」
二人の前に、焼き魚とスープが並べられる。
「遠慮しなくていいですよ、おかわりも沢山用意していますから」
帆風たちは優しい表情で二人を見つめる。
「......いただきます」
二人は揃って手を合わせた。
最初に箸を伸ばしたのは、キャーリサの子だった。
焼き魚を一口食べると、目を見開く。
「......うまい」
帆風の子もスープを口にし、思わず息を吐く。
「体に染みる......母さんの味付けだ!」
「でしょお?」
結絆は満足そうに頷く。
二人は言葉を発することなく、勢いよく食べ進めていく。
焼き魚はあっという間に骨だけになり、スープも何杯もおかわりしていた。
「ちょ、ちょっと......食べ過ぎじゃない?これも結絆の遺伝?」
美琴が半ば呆然としながら言う。
「育ち盛り、というやつですのね」
黒子は感心しながら二人を見つめていた。
帆風はスープを飲む姿を見て自然と頬を緩めていた。
ああ、この子は本当に、結絆さんとの子なんだ。
そう実感できる光景だった。
食べ終えた二人は、満足そうに息をついた。
「......ごちそうさまでした、父さん」
キャーリサの子が深く頭を下げる。
「ごちそうさま!おいしかったよ!」
帆風の子も、照れたように笑った。
「どういたしまして」
結絆は二人の頭を軽く撫でる。
「ちゃんと食べて、ちゃんと休む。それも強さだからねえ」
焚き火を囲む輪の中で、誰ともなく笑みが広がっていく。
戦いの余韻は消え、そこに残ったのは、家族のような温かさだった。
星空の下、結絆とその仲間たちは、静かで満ち足りた夜を過ごしていた。
満腹になったキャーリサの子と帆風の子は、並んで腰を下ろし、炎を眺めている。
その横顔は、つい先ほどまで無人島を割るほどの力を振るっていたとは思えないほど、年相応に落ち着いていた。
少し離れた場所で、その様子を眺めていた美琴が、意を決したように帆風の子へ声をかける。
「ねえ......ちょっと聞いてもいい?」
「うん、どうしたの?」
帆風の子はにこっと笑い、素直に応じた。
「未来ではさ......結絆とか、私たちって、どうしてるの?」
周囲の視線が集まる。
帆風は息を呑み、沙羅や白羽も興味深そうに耳を澄ませた。
当麻はなぜか嫌な予感がしたのか、微妙な顔をしている。
帆風の子は少し考えるように夜空を見上げ、それからあっけらかんとした口調で答えた。
「父さん?父さんはね、世界経済を牛耳ってるよ」
「......は?」
美琴の口から、間の抜けた声が漏れた。
「学園都市だけじゃなくて全世界に対して影響力を持ってるからね」
帆風の子は指で大きな円を描くようにしながら続ける。
「裏も表も含めて、経済の流れを掌握してる感じ。で、妻や子供たちと楽しく暮らしてるよ」
数秒の沈黙。
それから美琴は、こめかみを押さえながら乾いた笑いを漏らした。
「あー......なんか、想像がついたかも......」
「結絆さんなら、やりかねませんの......」
黒子も思わず頷く。
「牛耳るって言葉が......結絆には超似合ってますね」
絹旗も苦笑いを隠せない。
帆風は結絆をちらりと見てから、柔らかく微笑んだ。
「でも......幸せなんですね。みなさん」
「うん」
帆風の子は即答した。
「毎日騒がしくて、でも楽しい。父さんは相変わらず忙しいけど、皆の時間を作ってくれる」
「......そっかあ、それなら、悪くない未来だねえ」
結絆は焚き火を見つめながら、どこか照れたように笑った。
「......そろそろ時間だな」
その後しばらくして、キャーリサの子が立ち上がり、静かに言った。
「うん。あんまり長くいると、未来に影響が出ちゃうもんね」
帆風の子も頷く。
浜辺の空気が、名残惜しさを帯びる。
二人は結絆の前に立ち、揃って頭を下げた。
「父さん、今日はありがとう」
「色々ありがとう。今の父さんがいるから、未来があるからね」
「無事に帰るんだよお。向こうでも、元気でねえ」
結絆は二人の肩に手を置き、優しく言う。
「心配いらない。俺たちは、父さんの子だからな」
キャーリサの子は短く笑った。
「またね......過去の父さん。次に会うときは数年後かな」
帆風の子も、少し照れたように手を振った。
次の瞬間、二人の足元に淡い光が集まり、空間が歪む。
光は夜風に溶けるように広がり、やがて二人の姿は静かに消えた。
残された浜辺には、波の音と焚き火の揺らめきだけが残る。
「......帰っちゃったわね」
美琴がぽつりと呟く。
「未来が、ちゃんと続いてるって分かりましたね」
帆風は星空を見上げ、穏やかに微笑んだ。
「だねえ」
結絆も空を仰ぐ。
「明るい未来にするために、今をちゃんと生きないとねえ」
「当麻、死なないように気をつけなさぁい。生存力は大切よぉ」
操祈がからかうように言う。
「うおぉ、俺は死にたくねえ!」
当麻の叫びに、皆が思わず笑った。
笑い声が夜に溶けていく。
結絆たちはそれぞれ胸の奥に、小さく、しかし確かな決意を抱いた。
この仲間たちと、この世界で。
未来を、もっと良いものにするために。
結絆が魔神と渡り合えるだけの力を身に着けるのは、もう少し先の話になります。
次回からは0930事件編です。